はじめに
お子さんが突然高熱を出し、喉の痛みを訴えたことはありませんか。「溶連菌」という言葉を耳にしたことがある方も多いかもしれません。溶連菌感染症は、特に5歳から15歳のお子さんに多く見られる感染症で、保育園や学校などの集団生活の場で流行することがあります。
近年、溶連菌感染症の報告数が増加傾向にあり、2023年以降は過去10年で最大規模の流行が起こっています。適切な治療を行わないと、腎炎やリウマチ熱などの合併症を引き起こす可能性があるため、早期発見と適切な治療が重要です。
この記事では、アイシークリニック渋谷院が、溶連菌感染症について、その原因、症状、診断方法、治療法、予防法まで、わかりやすく詳しく解説します。
溶連菌とは
溶連菌の正式名称と特徴
溶連菌とは、正式には「溶血性連鎖球菌」と呼ばれる細菌の略称です。この細菌は血液寒天培地上で溶血を起こすことから「溶血性」、顕微鏡で見ると球菌が鎖状に連なって見えることから「連鎖球菌」という名前がついています。
溶血性連鎖球菌にはα溶血とβ溶血を呈する2種類があり、ヒトに病原性を有するβ溶血性連鎖球菌には、A群、B群、C群、G群などの種類が存在します。一般的に「溶連菌感染症」と呼ばれるものの90%以上は、**A群β溶血性連鎖球菌(A群溶連菌)**によるものです。別名「化膿性連鎖球菌」とも呼ばれています。
どこに存在する細菌なのか
A群溶連菌は、健康な人の鼻やのどなどにも常在していることがある細菌です。実際、健康な学童の15~30%程度が咽頭や鼻に溶連菌を保菌しているという報告もあります。通常は無症状ですが、体調不良や免疫力の低下時に感染症を引き起こすことがあります。
溶連菌が引き起こす主な疾患
溶連菌は、感染部位や組織によって多彩な臨床症状を引き起こすことが知られています。
主な疾患
- 咽頭炎・扁桃炎: 最も一般的な感染症
- 猩紅熱(しょうこうねつ): 全身に発疹が現れる疾患
- 伝染性膿痂疹(とびひ): 乳幼児に多い皮膚感染症
- 蜂窩織炎: 皮膚や皮下組織の感染症
- 中耳炎: 耳の感染症
- 副鼻腔炎: 鼻の周囲の空洞の感染症
これら以外にも、まれではありますが、肺炎、化膿性関節炎、骨髄炎、髄膜炎などを引き起こす場合もあります。
溶連菌感染症の原因と感染経路
感染の原因
溶連菌感染症の原因は、A群β溶血性連鎖球菌という細菌です。この細菌が鼻粘膜、咽頭粘膜、扁桃腺などの上気道に感染することで、さまざまな症状を引き起こします。
溶連菌は細菌の産生する毒素によって、発熱や発疹などの多彩な症状を引き起こします。この毒素が全身に影響を及ぼすことで、単なる喉の炎症だけでなく、全身症状が現れるのです。
感染経路
溶連菌感染症の主な感染経路は以下の3つです。
1. 飛沫感染
感染者の咳やくしゃみによって飛散した飛沫(しぶき)を吸い込むことで感染します。溶連菌感染症では咳や鼻水の症状は少ないのですが、日常生活の中で出る咳やくしゃみで周囲の人に感染させる可能性があります。
2. 接触感染
溶連菌が付着した手で口や鼻に触れることで感染します。ドアノブ、おもちゃ、タオル、食器などを介して感染が広がることがあります。
3. 経口感染
溶連菌に汚染された食品を介して感染することもあります。食品を介した集団感染の事例も報告されています。
潜伏期間
溶連菌に感染してから症状が現れるまでの潜伏期間は、一般的に2~5日程度です。この潜伏期間中に感染性があるかどうかは明確ではありませんが、症状が現れてからの急性期に最も感染力が強くなります。
溶連菌感染症の症状
典型的な症状
溶連菌感染症の発症は急激です。以下のような症状が特徴的に見られます。
主要な症状
発熱
- 38℃以上の高熱が突然現れます
- 39℃以上の高熱になることも珍しくありません
咽頭痛
- のどの強い痛みが特徴的です
- 飲み込むことが困難になるほど痛むこともあります
- 唾を飲み込むのもつらい場合があります
扁桃の腫れ
- 扁桃が赤く腫れ上がります
- 白い膿が付着することもあります
- のどに点状の赤い出血斑が見られることがあります
特徴的な所見
イチゴ舌
- 舌の表面に赤いぶつぶつができます
- イチゴのような外観になることからこう呼ばれています
- 感染後1~2日後に現れることが多いです
発疹
- 全身にかゆみを伴う細かく紅い発疹が出現します
- 特に胸部、腹部、四肢に多く見られます
- 発疹は1~2日後に現れることが多いです
皮膚の落屑(らくせつ)
- 回復期(症状が治まった後)に、手足の指先から皮膚がむけてくることがあります
- じゃがいもの皮のように薄くむけるのが特徴です
- これは3週間程度で自然に治ります
その他の症状
全身症状
- 全身倦怠感(だるさ)
- 頭痛
- 悪寒
消化器症状
- 吐き気、嘔吐(特に小児に多い)
- 腹痛
- 食欲不振
頸部リンパ節の腫れ
- 首のリンパ節が腫れて痛むことがあります
風邪との違い
溶連菌感染症は風邪と似た症状を呈しますが、重要な違いがあります。
溶連菌感染症の特徴
- 咳や鼻水がほとんど出ない
- のどの痛みが非常に強い
- 突然の高熱
- イチゴ舌や発疹が見られることがある
一般的な風邪では咳や鼻水が主な症状ですが、溶連菌感染症ではこれらの症状が乏しいのが特徴です。
年齢による症状の違い
3歳未満の乳幼児
3歳未満の乳幼児では、典型的な症状が現れにくいことが知られています。
- 発熱や咳、鼻汁などの非特異的な症状
- 不機嫌
- 哺乳不良、食欲不振
- 元気がない
イチゴ舌や発疹などの特徴的な所見が現れないことが多く、診断が難しい場合があります。
学童期(5~15歳)
この年齢層が最も典型的な症状を呈します。溶連菌感染症の発症のピークは5~10歳とされています。
成人
成人でも溶連菌感染症にかかることがあります。成人の場合、発熱が軽度であったり、のどの痛みが軽かったりすることがあり、典型的な症状が出ないこともあります。
診断方法
臨床診断
医師は、症状や地域での流行状況などから溶連菌感染症を疑います。のどの診察では以下のような所見が重要です。
- 咽頭や扁桃の発赤と腫脹
- 扁桃への白い膿の付着
- 点状出血斑
- イチゴ舌
- 頸部リンパ節の腫脹
症状が典型的であれば、臨床所見だけでも診断がつく場合があります。しかし、確実な診断と適切な治療のため、検査が行われることが一般的です。
検査方法
溶連菌感染症の診断には主に3つの検査方法があります。
1. 迅速診断検査(迅速抗原検査)
最も一般的に行われる検査
方法
- 綿棒で喉の奥をこすって咽頭ぬぐい液を採取します
- 採取した検体に溶連菌の抗原が含まれているかを検査します
特徴
- 5~10分程度で結果が判明します
- 感度は約80%と高いですが、100%ではありません
- 外来診療で広く使用されています
注意点
- 菌や抗原の量が少ないと陰性に出ることがあります
- 臨床症状と合わせて総合的に判断します
2. 培養検査
より精度の高い検査
方法
- 綿棒で採取した喉の粘膜を培地に植え付けます
- 溶連菌が増殖するかどうかを確認します
特徴
- 迅速検査より精度が高い
- 菌の種類の同定や薬剤感受性も調べられます
デメリット
- 結果が出るまでに数日~1週間かかります
- 初期診断には不向きです
注意点
- 抗生剤を服用した6~12時間後には、培地で溶連菌が増殖しなくなります
- 検査前に抗生剤を服用していると陰性に出ることがあります
3. 血液検査(抗体検査)
後期診断や合併症の診断に有用
検査項目
- ASO(抗ストレプトリジンO抗体)
- ASK(抗ストレプトキナーゼ抗体)
特徴
- 溶連菌に感染すると体内でこれらの抗体が産生されます
- 抗体は感染後1週間程度から上昇し始め、3~5週間後(約4週間後)にピークに達します
- 2~3か月で正常値に回復します
用途
- 急性期の診断には不向きです
- 溶連菌感染後の合併症(急性糸球体腎炎など)の診断に有効です
- 数週間~数か月以内の溶連菌感染の有無を判断するために使用されます
診断の流れ
実際の診療では、これらの検査結果と臨床症状を組み合わせて総合的に診断します。
- 問診と診察で溶連菌感染症を疑う
- 迅速検査を実施
- 陽性であれば溶連菌感染症と診断
- 必要に応じて培養検査や血液検査を追加
なお、健康な人でも喉に溶連菌を保菌していることがあるため、検査で陽性に出ても、必ずしもそれが症状の原因とは限らない場合があります。症状と照らし合わせながら慎重に判断することが重要です。
治療方法
抗菌薬(抗生物質)による治療
溶連菌感染症は細菌による感染症ですので、治療には抗菌薬が有効です。適切な抗菌薬を使用することで、症状の改善と合併症の予防が可能になります。
第一選択薬:ペニシリン系抗生物質
主な薬剤
- アモキシシリン(サワシリン、ワイドシリン、パセトシンなど)
- 用量:40mg/kg/日を1日1~3回に分けて服用
- 期間:10日間
ペニシリンアレルギーがある場合
代替薬
- エリスロマイシン(エリスロシンなど)
- クラリスロマイシン(クラリス、クラリシッドなど)
治療の重要なポイント
1. 処方された抗菌薬を最後まで飲み切ること
これが最も重要です
溶連菌感染症の治療において、処方された抗菌薬を指示された量と回数で、最後まで確実に服用することが極めて重要です。
理由
- 症状が改善しても、体内から溶連菌が完全に消えたわけではありません
- 中途半端に服用を中止すると、菌が完全に退治されず再発する可能性があります
- 合併症(リウマチ熱、急性糸球体腎炎など)のリスクが高まります
- 抗菌薬に対する耐性菌が出現する可能性があります
よくある誤解
- 「熱が下がったから薬をやめた」→これは危険です
- 「発疹が消えたから服用をやめた」→これも危険です
- 「症状がなくなったから大丈夫」→菌はまだ残っています
医師の指示通りに、通常10日間、しっかりと抗菌薬を服用し続けることが必要です。
2. 治療効果の確認
解熱までの期間
- 抗菌薬の服用開始後、1~3日(通常1~2日)で解熱します
- のどの痛みも徐々に軽減します
- 発疹も軽快していきます
効果がない場合
- 抗菌薬を服用しても発熱が続く場合は、診断が異なる可能性があります
- その際は再度受診が必要です
対症療法
抗菌薬に加えて、症状を和らげるための対症療法も行われます。
解熱鎮痛薬
- 高熱やのどの痛みを和らげます
- アセトアミノフェン(カロナールなど)やイブプロフェンなどが使用されます
その他の対症療法
- 十分な水分補給
- 安静
- 消化の良い食事
ホームケアのポイント
のどの痛みが強いとき
食事の工夫
- 熱いものや辛いもの、酸っぱい食べ物は避けましょう
- 刺激の少ない、のどごしの良いものを選びましょう
- プリン、ゼリー、アイスクリーム、うどん、おかゆなどがおすすめです
- 冷たいものはのどの痛みを和らげる効果があります
水分補給
- 発熱時は脱水症状に注意が必要です
- こまめに水分を補給しましょう
- のどの痛みで飲み込みにくい場合は、冷たい飲み物やストローを使うと飲みやすくなります
発熱時の対応
体温測定
- 朝・昼・夕方・夜と1日4回以上測定しましょう
- 熱の上がり方(急に上がってきた、夕方~夜に高熱が出るなど)にも注意しましょう
測り方
- 脇の下は汗がたまりやすいのでよく拭いてから測定します
- 体温計の先端が脇の下の中央にくるように斜め前下からはさみます
合併症について
溶連菌感染症で最も注意すべきなのが合併症です。適切に治療を行えば合併症のリスクは大幅に低減しますが、治療が不十分だと以下のような合併症を引き起こす可能性があります。
急性期の合併症
これらは溶連菌感染の急性期に起こる可能性があります。
中耳炎
- 耳の痛み、耳だれなどの症状
副鼻腔炎
- 鼻づまり、鼻汁、顔面の痛みなど
扁桃周囲膿瘍
- 扁桃の周りに膿がたまる状態
- 重症化すると切開排膿が必要になることも
咽後膿瘍
- のどの奥に膿がたまる状態
頸部リンパ節炎
- 首のリンパ節が腫れて痛む
後期合併症(免疫学的合併症)
溶連菌感染から数週間後に、免疫反応を介して起こる合併症です。これらを予防することが溶連菌感染症治療の最も重要な目的です。
1. 急性糸球体腎炎(溶連菌感染後糸球体腎炎)
発症時期
- 溶連菌感染後3~4週間後
症状
- むくみ(特に顔や足)
- 尿量の減少
- 血尿(尿が赤褐色、ウーロン茶のような色)
- 蛋白尿
- 血圧上昇
- 頭痛
治療
- 入院して安静にすることが多いです
- 塩分制限
- 運動の制限
- 多くの場合は自然に回復しますが、経過観察が必要です
予防
- 溶連菌感染症の適切な治療で予防できます
- 治癒後2~4週間後の尿検査が推奨されます
2. リウマチ熱
発症時期
- 溶連菌感染後2~3週間後
症状
- 発熱
- 多関節炎(複数の関節が次々に腫れて痛む)
- 心炎(心臓の弁膜症)
- 不随意運動(舞踏病:自分の意思とは無関係に体が動く)
- 輪状紅斑(特徴的な皮膚の発疹)
- 皮下結節
重要性
- 心臓弁膜症を残すと、将来的に心不全のリスクとなります
- 適切な抗菌薬治療で予防可能です
注意点
- 現在、日本ではリウマチ熱の発症は非常にまれになっています
- 3歳未満ではリウマチ熱の発症リスクは極めて低いとされています
3. その他の合併症
アレルギー性紫斑病(血管炎)
- 皮膚の紫斑、関節痛、腹痛などが現れます
溶連菌感染後反応性関節炎(PSReA)
- リウマチ熱に似た関節症状を呈しますが、後遺症は残らず治癒します
連鎖球菌感染性小児自己免疫神経精神障害(PANDAS)
- 溶連菌感染後に急性に発症する強迫性障害やチックなどの症状
- 関連性についてはまだ研究段階です
劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS)
非常にまれですが、溶連菌感染症の中で最も重篤な病態です。
特徴
- 発症から多臓器不全に至るまでの経過が急激です
- 発熱、手足の激しい痛みから始まります
- 菌が全身に広がり、筋肉や臓器の壊死を起こします
- 血圧低下、ショック状態になります
症状
- 突然の発熱
- 激しい手足の痛み
- 筋肉の腫れ
- 皮膚の変色
- 急速な症状の悪化
治療
- 緊急の集中治療が必要です
- 強力な抗菌薬投与
- 壊死した組織の除去手術が必要になることもあります
予後
- 致死率が高い重篤な疾患です
- 早期発見と早期治療が極めて重要です
近年の動向
- 2024年には統計開始以来、過去最多の報告数となっています
- 特に50歳以上での報告が増加していますが、若年者でも発症します
合併症を防ぐために
最も重要なこと
- 溶連菌感染症の早期診断と早期治療
- 抗菌薬を医師の指示通りに最後まで服用すること(通常10日間)
- 治癒後も以下の症状に注意し、異常があれば受診すること
- むくみ
- 尿の色の変化(赤褐色)
- 関節の痛み
- 再度の発熱
登園・登校の基準
学校保健安全法における位置づけ
溶連菌感染症は、学校保健安全法で**「第三種学校伝染病」**に指定されています。
登園・登校可能となる基準
基準
- 適正な抗菌薬治療開始後24時間を経過していること
- 全身状態が良好であること
根拠
- 抗菌薬を服用して24時間が経過すると、感染力がほとんどなくなります
- 厚生労働省の「保育所における感染症対策ガイドライン」でも、抗菌薬内服後24~48時間経過していることが記載されています
実際の登園・登校時期
最短の場合
- 病院を受診して治療開始した翌々日頃から登園・登校が可能です
現実的な判断
- 基準を満たしていても、体調が悪い中で登園・登校させるのは適切ではありません
- お子さんの様子(体力、食欲、元気さなど)を見ながら判断しましょう
登園許可証・登校許可証について
園や学校によって対応が異なります
パターン1:登園届(保護者記入)
- こども家庭庁のガイドラインでは、「医師の診断を受け、保護者が登園届を記入することが考えられる感染症」に分類されています
パターン2:登園許可証(医師記入)
- 医師が記入した登園許可証の提出を求められるケースも多くあります
事前確認が重要
- お子さんが通う園や学校に、事前に確認しておきましょう
兄弟姉妹の登園・登校について
原則
- 兄弟姉妹が溶連菌に感染しても、症状がなく元気な子は登園・登校してかまいません
注意点
- 潜伏期間は2~5日あります
- 少しでものどの痛みや発熱などの症状が見られたら、大事をとって休ませ、医療機関を受診しましょう
- 園や学校にも兄弟姉妹が溶連菌に感染している旨を伝え、指示に従いましょう
予防方法
基本的な感染予防策
溶連菌感染症は飛沫感染と接触感染で広がるため、以下の基本的な感染予防策が有効です。
1. 手洗いの徹底
最も重要な予防策
タイミング
- 外から帰ったとき
- 食事の前
- トイレの後
- 咳やくしゃみをした後
正しい手洗い方法
- 石鹸を使って丁寧に洗いましょう
- 指の間、爪の周り、手首まで忘れずに
- 20~30秒かけて洗いましょう
- 流水でしっかりすすぎましょう
2. アルコール消毒
- 手洗いができない場合は、アルコール消毒も有効です
- 手指消毒用のアルコール製剤を使用しましょう
3. マスクの着用
感染者が着用
- 周囲への感染を防ぐため、感染者はマスクを着用しましょう
- 家庭内でも着用が推奨されます
予防としての着用
- 流行時期や流行地域では、予防的なマスク着用も有効です
4. 咳エチケット
- 咳やくしゃみをするときは、ティッシュや肘の内側で口と鼻を覆いましょう
- 使用したティッシュはすぐにゴミ箱に捨てましょう
- 咳やくしゃみの後は手を洗いましょう
5. うがいの励行
- 帰宅時にうがいをする習慣をつけましょう
- のどの粘膜についた菌を洗い流す効果があります
家庭内感染の予防
溶連菌感染症は家庭内での感染率が20~60%と高いため、家庭内での予防対策が重要です。
1. 感染者の隔離
可能であれば
- 感染者と他の家族(特に乳幼児)を別室で過ごさせましょう
- 少なくとも抗菌薬服用後24時間まではできるだけ接触を避けましょう
2. 共用物の注意
共用を避けるもの
- タオル
- 食器(コップ、お箸など)
- 歯ブラシ
- おもちゃ(特に口に入れるもの)
3. 環境の清掃と消毒
- ドアノブ、スイッチ、テーブルなど、よく触る場所をこまめに清掃・消毒しましょう
- アルコールや次亜塩素酸ナトリウムが有効です
4. 換気
- 部屋の換気を定期的に行いましょう
- 1時間に1回、5~10分程度が目安です
家族に症状が出た場合
すぐに受診
家族の中でのどの痛みや発熱などの症状を訴える人が出た場合は、すぐに医療機関を受診しましょう。
注意点
- 保護者や高学年のお子さんの場合、発熱がなかったり、のどの痛みが軽かったりすることがあります
- 軽い症状でも検査を受けることが重要です
- 家族全員で受診することが推奨されます
流行期の注意
溶連菌感染症には年間で2つの流行ピークがあります。
流行時期
- 冬季(12月~3月頃)
- 春から初夏(5月~7月頃)
流行時の対策
- 手洗い、うがい、マスク着用などの基本的な予防策を徹底しましょう
- 流行情報に注意しましょう
- 人混みを避けることも検討しましょう
傷の管理
重要なポイント
- 溶連菌は傷口からも感染する可能性があります
- 靴ずれ程度の小さな傷でもきちんと消毒しましょう
- 傷は清潔に保ちましょう
予防接種について
現状
- 現在、溶連菌感染症に対する予防接種(ワクチン)はありません
- 基本的な感染予防策が最も重要です
保菌者への対応
注意点
- 健康な人でも溶連菌を保菌していることがあります
- 症状がない保菌者に対しての治療は通常必要ありません
- ただし、家族内に溶連菌感染症の患者がいる場合は、無症状でも検査を受けることが推奨されます
繰り返し感染する理由
なぜ何度もかかるのか
溶連菌感染症は、一度かかっても何度も繰り返し感染することがあります。ときに4~5回感染することもあります。
理由
- 菌の型が複数存在する
- A群溶連菌にはいくつものタイプ(血清型)が存在します
- 一つの型に対して免疫ができても、別の型には免疫がありません
- そのため、異なる型の溶連菌に感染すると再び発症します
- 免疫の持続期間
- 溶連菌に対する免疫は獲得されますが、長期間持続するわけではありません
- 時間が経つと再び感染する可能性があります
- 保菌者からの感染
- 家族や周囲に保菌者がいると、繰り返し感染するリスクが高まります
繰り返し感染した場合の対応
基本的な対応は同じ
- 初回感染と同様に、適切な診断と治療を受けましょう
- 抗菌薬を最後まで服用することが重要です
予防策の強化
- 家族全員での手洗いの徹底
- タオルや食器の共用を避ける
- 家族内に保菌者がいる可能性を考慮する
自然治癒について
溶連菌感染症は自然に治るのか
結論
- 溶連菌感染症は、抗体が作られることで自然治癒する可能性があります
- 薬を飲まなくても自然に治ることはあります
しかし
- 自然治癒を待つことは推奨されません
- 以下の理由から、早期に検査・診断・治療を受けることが強く推奨されます
薬を飲まない場合のリスク
1. 症状が長引く
症状の持続期間
- 薬を飲まない場合:3~7日程度症状が続きます
- 薬を飲んだ場合:1~2日で解熱し、症状が改善します
2. 合併症のリスクが高まる
最も重要な問題
- 適切な治療を行わないと、合併症のリスクが高まります
- 特にリウマチ熱や急性糸球体腎炎などの重篤な合併症を予防するためには、抗菌薬による治療が必要です
3. 感染力が持続する
感染予防の観点
- 抗菌薬を服用すれば24時間以内に感染力がなくなります
- 薬を飲まない場合は感染力が持続します
- 登園・登校できるまでの期間が長くなります
- 家族や周囲の人への感染リスクが高まります
治療の目的
溶連菌感染症の治療の主な目的は以下の通りです。
- 症状の早期改善
- 発熱やのどの痛みなどの症状を早く和らげます
- 合併症の予防
- リウマチ熱、急性糸球体腎炎などの後期合併症を予防します
- これが最も重要な治療目的です
- 急性期の合併症予防
- 扁桃周囲膿瘍、咽後膿瘍、頸部リンパ節炎などの感染症の合併症を予防します
- 感染拡大の防止
- 周囲への感染を防ぎます
- 早期に社会復帰できるようにします

よくある質問(Q&A)
A: はい、大人もかかります。溶連菌感染症は主に5~15歳の子どもに多い病気ですが、成人も感染することがあります。成人の場合、典型的な症状が出にくく、発熱が軽度であったり、のどの痛みが軽かったりすることがあります。家族内感染も多いため、お子さんが溶連菌に感染した場合、保護者の方も注意が必要です。
A: 3歳未満の乳幼児については、特別な考慮が必要です。アメリカ感染症学会(IDSA)のガイドラインでは、3歳未満では溶連菌の治療は必ずしも必要ないとされています。理由として、3歳未満ではリウマチ熱発症のリスクが極めて低いこと、溶連菌咽頭炎の罹患率が低いこと、典型的な症状が少なく診断が難しいことが挙げられます。しかし、症状が強い場合や他の合併症のリスクがある場合は治療が行われます。医師の判断に従ってください。
Q3: 溶連菌の検査は必ず必要ですか?
A: 症状が典型的で、臨床診断が確実な場合は検査なしで治療を開始することもあります。しかし、以下の理由から検査を行うことが推奨されます。
- 確実な診断をつけるため
- 不必要な抗菌薬使用を避けるため(ウイルス性の咽頭炎との鑑別)
- 治療方針(抗菌薬の種類や服用期間)を決定するため
Q4: 検査が陰性でも溶連菌感染症のことはありますか?
A: はい、可能性があります。迅速検査の感度は約80%で、完璧ではありません。菌や抗原の量が少ないと陰性に出ることがあります。また、検査前に抗生剤を服用していると陰性になることがあります。臨床症状が典型的で溶連菌感染症が強く疑われる場合は、検査が陰性でも治療を開始することがあります。
Q5: 薬を飲み始めてどのくらいで良くなりますか?
A: 通常、抗菌薬の服用開始後1~3日(多くは1~2日)で解熱します。のどの痛みも徐々に軽減し、1週間以内におさまります。もし抗菌薬を服用しても3日以上発熱が続く場合は、診断が異なる可能性があるため、再度受診してください。
Q6: 症状が良くなったら薬をやめても良いですか?
A: いいえ、絶対にやめないでください。これは溶連菌感染症治療で最も重要なポイントです。症状が改善しても、体内から溶連菌が完全に消えたわけではありません。処方された抗菌薬を、医師の指示通りに最後まで(通常10日間)服用することが極めて重要です。中途半端に服用を中止すると、合併症のリスクが高まったり、耐性菌が出現したりする可能性があります。
Q7: 熱が下がればすぐに登園・登校できますか?
A: 熱が下がっただけでは登園・登校できません。抗菌薬を服用して24時間が経過し、全身状態が良好であることが必要です。最短で受診の翌々日頃から可能になりますが、お子さんの体調を見ながら判断しましょう。また、園や学校によって登園許可証などの提出が必要な場合があるため、事前に確認してください。
Q8: 家族に感染者が出た場合、他の家族も検査を受けるべきですか?
A: 症状がある家族は検査を受けることをお勧めします。溶連菌感染症の家族内感染率は20~60%と高く、特にのどの痛みや発熱などの症状がある場合は受診して検査を受けましょう。無症状の場合は通常検査は不要ですが、保護者や高学年のお子さんの場合、軽症のこともあるため注意が必要です。
Q9: 治癒後の尿検査は必要ですか?
A: 以前は溶連菌感染症治療後2~4週間後に尿検査を行うことが推奨されていましたが、現在は必ずしも全例で行われているわけではありません。適切な抗菌薬治療を行えば、急性糸球体腎炎のリスクは大幅に低減します。ただし、医療機関によっては合併症の確認のために尿検査を推奨している場合もあります。治癒後にむくみや血尿などの症状が出た場合は、すぐに受診してください。
Q10: 溶連菌感染症の予防接種はありますか?
A: 現在、溶連菌感染症に対する予防接種(ワクチン)はありません。そのため、手洗い、うがい、マスク着用、咳エチケットなどの基本的な感染予防策が最も重要です。
受診のタイミング
すぐに受診すべき症状
以下のような症状がある場合は、速やかに医療機関を受診してください。
緊急性の高い症状
- 高熱(38℃以上)とのどの強い痛み
- 飲み込むことができないほどののどの痛み
- 水分が取れない、飲み込めない
- 呼吸が苦しい
- ぐったりしている、意識がもうろうとしている
- 手足の激しい痛み(劇症型を疑う)
- 皮膚の色の変化、皮膚の壊死を疑う変化
一般的な受診の目安
- 38℃以上の発熱
- のどの強い痛み
- 扁桃の腫れ
- 全身の発疹
- イチゴのような舌
- 頸部リンパ節の腫れ
治癒後も注意が必要な症状
溶連菌感染症が治った後も、以下のような症状が出た場合は受診してください。
合併症を疑う症状(感染後3~4週間)
- 体のむくみ(特に顔や足)
- 尿量の減少
- 血尿(尿が赤褐色、ウーロン茶のような色)
- 関節の痛みや腫れ
- 再度の発熱
- 息切れ、胸の痛み
まとめ
溶連菌感染症は、A群β溶血性連鎖球菌による感染症で、特に5~15歳の子どもに多く見られます。突然の高熱、のどの強い痛み、イチゴ舌、全身の発疹などが特徴的な症状です。
重要なポイント
- 早期診断と早期治療が重要
- 症状が出たら速やかに医療機関を受診しましょう
- 迅速検査で短時間に診断可能です
- 抗菌薬を最後まで服用すること
- 処方された抗菌薬を医師の指示通りに、最後まで(通常10日間)服用することが最も重要です
- 症状が改善しても、途中でやめないでください
- 合併症の予防と完全な治癒のために必須です
- 合併症に注意
- 適切な治療を行えば合併症のリスクは大幅に低減します
- 治癒後も3~4週間は、むくみや血尿などの症状に注意しましょう
- 感染予防の徹底
- 手洗い、うがい、マスク着用、咳エチケットを徹底しましょう
- 家庭内感染率が高いため、家族間での予防対策が重要です
- タオルや食器の共用を避けましょう
- 登園・登校の基準を守る
- 抗菌薬服用後24時間経過し、全身状態が良好になってから登園・登校しましょう
- 感染拡大を防ぐためにも重要です
- 繰り返し感染する可能性
- 溶連菌には複数の型があるため、何度も感染することがあります
- そのたびに適切な治療が必要です
溶連菌感染症は、適切な診断と治療を行えば予後良好な疾患です。しかし、治療が不十分だと重篤な合併症を引き起こす可能性があります。症状が出たら自己判断せず、必ず医療機関を受診して適切な診断と治療を受けることが大切です。
参考文献
本記事の作成にあたり、以下の信頼できる医学情報源を参考にしました。
- 日本小児科学会 予防接種・感染対策委員会「学校、幼稚園、保育所において予防すべき感染症の解説」
https://www.jpeds.or.jp/ - 東京都こども医療ガイド「溶連菌(ようれんきん)-解説」
http://www.guide.metro.tokyo.lg.jp/sick/youren/index.html - 厚生労働省「保育所における感染症対策ガイドライン」
https://www.mhlw.go.jp/ - 塩野義製薬株式会社「こどもに多いのどの病気 溶連菌感染症のおはなし」
https://wellness.shionogi.co.jp/infections/child/streptococcal.html - ヤクルト本社「健康管理ラボ 溶連菌とは?」
https://www.yakult.co.jp/shirota/science/streptococcus/
免責事項
本記事は医学的な情報提供を目的としたものであり、特定の診断や治療を推奨するものではありません。症状がある場合は、必ず医療機関を受診して医師の診断を受けてください。治療方針については、担当医師の指示に従ってください。
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務