はじめに
帯状疱疹は、多くの方が子どもの頃にかかった水ぼうそうのウイルスが原因で発症する病気です。一度治ったと思っても、実はウイルスは体内に潜伏し続けており、免疫力が低下したときに再び活動を始めます。帯状疱疹そのものも辛い症状ですが、実は治療後も長期間にわたって痛みなどの症状が残る「後遺症」に悩まされる方が少なくありません。
特に高齢者では、帯状疱疹後神経痛(PHN)と呼ばれる後遺症により、日常生活に大きな支障をきたすケースが多く見られます。「もう皮膚の症状は治ったのに、まだ痛みが続いている」「夜も眠れないほどの痛みがある」といった訴えは、帯状疱疹を経験した方からよく聞かれます。
この記事では、帯状疱疹の後遺症について、その種類や症状、発症メカニズム、治療法、そして予防法まで、皮膚科専門医の視点から詳しく解説します。帯状疱疹の後遺症について正しい知識を持つことで、早期発見・早期治療につなげ、後遺症のリスクを最小限に抑えることができます。
帯状疱疹とは?基本を理解する
帯状疱疹の原因
帯状疱疹は、水痘・帯状疱疹ウイルス(Varicella-Zoster Virus: VZV)によって引き起こされる感染症です。このウイルスは、初めて感染すると水ぼうそう(水痘)を発症させます。水ぼうそうが治癒した後も、ウイルスは完全に体から排除されるわけではなく、脊髄の神経節に潜伏し続けます。
通常、私たちの免疫システムはこのウイルスを抑え込んでいますが、加齢やストレス、疲労、他の病気などによって免疫力が低下すると、ウイルスが再活性化します。再活性化したウイルスは神経を伝って皮膚に到達し、帯状疱疹として発症するのです。
帯状疱疹の症状
帯状疱疹の典型的な症状は、体の片側に現れる痛みと水疱(水ぶくれ)です。発症の流れは以下のようになります。
初期段階(1〜3日目)
- 皮膚の違和感、ピリピリ感、チクチクした痛み
- 患部の赤み
- 軽い発熱や倦怠感を伴うことも
水疱形成期(3〜7日目)
- 赤い発疹が出現
- 発疹が水疱に変化
- 痛みの増強
- 水疱は帯状に分布することが多い
かさぶた形成期(7〜14日目)
- 水疱が破れてかさぶたになる
- 痛みは続くが、徐々に軽減する傾向
- 完全に治癒するまで2〜4週間程度
帯状疱疹の好発部位
帯状疱疹は体のどこにでも発症する可能性がありますが、特に多いのは以下の部位です。
- 胸部から背中(最も多い)
- 顔面(特に三叉神経領域)
- 腹部
- 腰部
- 頸部
顔面に発症した場合、目や耳に症状が及ぶと、視力障害や聴力障害などの重篤な合併症を引き起こす可能性があるため、特に注意が必要です。
発症リスクが高い人
以下のような方は、帯状疱疹を発症しやすいとされています。
- 50歳以上の方(加齢による免疫力の低下)
- 過度のストレスを受けている方
- 疲労が蓄積している方
- 免疫抑制剤を使用している方
- がんやHIVなど免疫力が低下する病気を持つ方
- 糖尿病の方
- 過去に重症の水ぼうそうを経験した方
日本国内では、80歳までに約3人に1人が帯状疱疹を発症すると言われており、決して珍しい病気ではありません。
帯状疱疹の後遺症とは
帯状疱疹の皮膚症状が治癒した後も、さまざまな症状が長期間にわたって残ることがあります。これらを「帯状疱疹の後遺症」と呼びます。後遺症の中で最も頻度が高く、問題となるのが「帯状疱疹後神経痛(Post-Herpetic Neuralgia: PHN)」です。
帯状疱疹後神経痛(PHN)の定義
帯状疱疹後神経痛とは、帯状疱疹の皮膚症状(発疹や水疱)が治癒した後も、3か月以上にわたって痛みが持続する状態を指します。一般的には、皮膚病変の出現から1か月以上経過した時点で残存する痛みをPHNと定義することが多いです。
厚生労働省や日本ペインクリニック学会の資料によれば、帯状疱疹患者の約10〜30%がPHNに移行すると報告されています。特に50歳以上の高齢者では発症率が高く、60歳以上では30〜50%、70歳以上では50%以上がPHNを発症するとも言われています。
なぜ後遺症が起こるのか?
帯状疱疹後神経痛が発生するメカニズムは複雑ですが、主に以下の要因が関与していると考えられています。
神経の損傷 水痘・帯状疱疹ウイルスの再活性化により、神経細胞が直接的なダメージを受けます。ウイルスは神経節から神経線維を伝って皮膚に移動する際、その経路にある神経組織を破壊します。この神経損傷が修復されない、あるいは不完全な修復しかされない場合、異常な痛み信号が発生し続けることになります。
神経の過敏化 神経がダメージを受けると、通常では痛みとして感じない刺激にも過剰に反応するようになります(アロディニア)。また、軽い痛み刺激を強い痛みとして感じる現象(痛覚過敏)も起こります。これは、損傷を受けた神経が異常な興奮状態にあり、正常な感覚情報を適切に処理できなくなっているためです。
中枢神経系の変化 長期間にわたる痛み刺激は、脊髄や脳における痛みの処理システムにも変化をもたらします。痛み信号が繰り返し伝わることで、中枢神経系が痛みに対して敏感になり(中枢性感作)、痛みが慢性化しやすくなります。
炎症反応の持続 ウイルス感染によって引き起こされた炎症反応が完全に収まらず、神経周囲に慢性的な炎症状態が続くことも、痛みの持続に関与しています。
PHNのリスク因子
以下の要因があると、帯状疱疹後神経痛を発症するリスクが高まります。
年齢 最も重要なリスク因子です。50歳以上で発症率が急激に上昇し、高齢になるほどリスクは高まります。これは加齢に伴う神経の修復能力の低下や、免疫機能の低下が関係しています。
帯状疱疹の重症度 皮膚症状が広範囲に及ぶ場合や、水疱の数が多い場合、発疹が重症であるほど、PHNのリスクが高まります。これはより多くの神経がダメージを受けることを意味します。
急性期の痛みの強さ 帯状疱疹発症時の痛みが強いほど、後遺症としての痛みが残りやすい傾向があります。急性期に適切な疼痛管理が行われなかった場合も、リスクが上昇します。
前駆痛の存在 発疹が出現する前に痛みがあった場合(前駆痛)、PHNに移行しやすいとされています。前駆痛は神経のダメージがすでに始まっていることを示唆する兆候です。
発症部位 顔面、特に眼や額の領域(三叉神経第一枝領域)に発症した場合や、上肢に発症した場合、PHNのリスクが高いとされています。
治療開始の遅れ 抗ウイルス薬による治療が遅れた場合、ウイルスの増殖期間が長くなり、より多くの神経ダメージが生じるため、PHNのリスクが上昇します。発疹出現から72時間以内に治療を開始することが理想的です。
免疫力の低下 糖尿病、がん、HIVなどの疾患や、免疫抑制剤の使用により免疫力が低下している場合、PHNのリスクが高まります。
心理的要因 うつ状態や不安が強い場合、痛みの慢性化につながりやすいことが知られています。痛みは身体的な要因だけでなく、心理的・社会的要因も複雑に絡み合って成立しているためです。
帯状疱疹後神経痛(PHN)の症状
帯状疱疹後神経痛の症状は多様で、患者さんによって表現が異なります。以下のような痛みや感覚異常が代表的です。
痛みの種類
持続性の痛み
- 焼けるような痛み
- ズキズキとした痛み
- 締め付けられるような痛み
- 重だるい痛み
これらの痛みは24時間持続することもあれば、波のように強弱を繰り返すこともあります。
発作性の痛み
- 電気が走るような鋭い痛み
- 刺すような痛み
- 突き刺さるような痛み
突然発生し、数秒から数分間続きます。何の前触れもなく起こることもあれば、特定の動作や刺激によって誘発されることもあります。
感覚異常
アロディニア(異痛症) 通常は痛みとして感じない刺激、例えば衣服が触れる、風が当たる、シャワーの水流などで強い痛みを感じる状態です。PHN患者の多くが経験する症状で、日常生活に大きな支障をきたします。
痛覚過敏 軽い痛み刺激を通常よりも強い痛みとして感じる状態です。軽く触れただけで激痛が走ることもあります。
感覚鈍麻 逆に、患部の感覚が鈍くなることもあります。触覚や温度感覚が低下し、しびれた感じが続きます。ただし、感覚鈍麻があっても痛みは感じるという複雑な状態が見られることもあります。
異常感覚 痛み以外にも、以下のような不快な感覚が生じることがあります。
- ピリピリ感
- チクチク感
- ムズムズ感
- 虫が這うような感覚
- 皮膚の下に何かがいるような感覚
痛みの日内変動
PHNの痛みは、時間帯によって強さが変化することがあります。
- 夜間に痛みが増強することが多い
- 疲労が蓄積する夕方に悪化しやすい
- 気候の変化(特に寒冷時や低気圧)で悪化することがある
- ストレスや不安があるときに強く感じやすい
日常生活への影響
PHNによる痛みは、患者さんの生活の質(QOL)を大きく低下させます。
睡眠障害 夜間の痛みにより、寝つきが悪い、夜中に何度も目が覚める、朝早く目が覚めてしまうなどの睡眠障害が生じます。睡眠不足はさらに痛みの感受性を高め、悪循環を生み出します。
日常動作の制限
- 衣服の着脱が困難
- 入浴が辛い(特に顔面のPHNの場合、洗顔やシャンプーが困難)
- 横になることができない(背中や胸部のPHNの場合)
- 座位が保てない(腰部や臀部のPHNの場合)
心理的影響 長期間にわたる痛みは、以下のような心理的問題を引き起こすことがあります。
- 抑うつ状態
- 不安感の増大
- いらだち、怒りの感情
- 無気力、意欲の低下
- 集中力の低下
社会生活への影響
- 仕事の継続が困難になる
- 趣味や楽しみの活動ができなくなる
- 外出を控えるようになる
- 家族や友人との関係に影響が出る
- 社会的に孤立する
日本ペインクリニック学会の調査によれば、PHN患者の約60%が日常生活に中等度以上の支障をきたしており、約30%が重度の障害を経験していると報告されています。
PHN以外の後遺症
帯状疱疹後神経痛以外にも、帯状疱疹はさまざまな後遺症を引き起こす可能性があります。
皮膚の変化
色素沈着 帯状疱疹の発疹があった部位に、茶色っぽい色素沈着が残ることがあります。これは炎症によってメラニン色素が増加したためで、数か月から数年かけて徐々に薄くなっていきますが、完全には消えないこともあります。
色素脱失 逆に、白く色が抜けてしまうこともあります(白斑)。これは炎症によってメラニン細胞が破壊された結果です。
瘢痕(はんこん) 深い潰瘍を形成した場合や、二次感染を起こした場合、傷跡(瘢痕)が残ることがあります。盛り上がった瘢痕(肥厚性瘢痕)や、凹んだ瘢痕(萎縮性瘢痕)として残ります。
顔面神経麻痺(ラムゼイ・ハント症候群)
耳の周囲や外耳道に帯状疱疹が発症し、顔面神経に障害が及ぶと、顔面神経麻痺を引き起こします。これをラムゼイ・ハント症候群(Ramsay Hunt syndrome)と呼びます。
症状としては以下のようなものがあります。
- 顔の片側が動かなくなる
- 口角が下がる、口から飲み物がこぼれる
- 目を閉じられない、涙が出る
- 味覚障害
- 聴覚障害、耳鳴り、めまい
- 耳の中や周囲の激しい痛み
ラムゼイ・ハント症候群は、通常の顔面神経麻痺(ベル麻痺)よりも予後が悪いとされ、完全に回復しないケースも少なくありません。早期の適切な治療が特に重要です。
眼の合併症(眼部帯状疱疹)
顔面、特に額や上まぶたに帯状疱疹が発症した場合(三叉神経第一枝の領域)、眼に影響が及ぶことがあります。これを眼部帯状疱疹と呼びます。
角膜炎・結膜炎 角膜(黒目の部分)や結膜(白目の表面)に炎症が起こり、痛み、充血、涙目、視力低下などの症状が現れます。
ぶどう膜炎 眼球内部の炎症で、視力低下、飛蚊症(視野に浮遊物が見える)、眼痛などを引き起こします。
緑内障 眼圧が上昇し、視神経が障害される病気です。視野が狭くなり、放置すると失明に至ることもあります。
視力障害 重症例では、永続的な視力低下や失明に至ることもあります。
眼部帯状疱疹は、帯状疱疹全体の約10〜20%を占め、適切な治療を受けないと約半数に視力障害などの後遺症が残ると言われています。鼻の先端に水疱が出現した場合(Hutchinsonサイン)は、眼への影響が強く出やすいとされ、眼科への受診が必須です。
聴覚・平衡感覚の障害
内耳に影響が及ぶと、以下のような症状が現れることがあります。
- 難聴、耳鳴り
- めまい、平衡感覚の障害
- 吐き気、嘔吐
これらの症状は、ラムゼイ・ハント症候群に伴うこともありますが、単独で起こることもあります。内耳の神経細胞が障害されると、聴力の回復が困難なこともあります。
運動神経麻痺
稀ですが、運動神経が障害されると、筋力低下や麻痺が生じることがあります。
- 腕や脚の筋力低下
- 膀胱や直腸の機能障害(排尿・排便のコントロールができなくなる)
- 呼吸筋の麻痺(非常に稀だが重篤)
中枢神経系の合併症
免疫力が著しく低下している場合や、治療が遅れた場合、ウイルスが中枢神経系(脳や脊髄)に広がることがあります。
髄膜炎・脳炎 頭痛、発熱、意識障害、けいれんなどを引き起こし、生命に関わることもあります。
脊髄炎 四肢の麻痺、感覚障害、膀胱直腸障害などが生じます。
脳血管障害 帯状疱疹ウイルスが脳の血管に炎症を起こし、脳梗塞や脳出血を引き起こすことがあります。特に眼部帯状疱疹後の数週間から数か月以内に起こりやすいとされています。
これらの中枢神経系合併症は稀ですが、早期発見・早期治療が予後を大きく左右します。
帯状疱疹後神経痛(PHN)の治療
PHNの治療は、痛みのコントロールを中心に、複合的なアプローチが必要となります。完全に痛みをゼロにすることは難しい場合もありますが、適切な治療により、痛みを軽減し、生活の質を改善することが可能です。
薬物療法
PHNの痛みは通常の痛み止め(非ステロイド性抗炎症薬)では効果が乏しいことが多く、神経障害性疼痛に特化した治療薬が使用されます。
プレガバリン(リリカ)・ガバペンチン 神経の興奮を抑える作用があり、PHNの第一選択薬とされています。神経細胞のカルシウムチャネルに作用し、痛みの信号伝達を抑制します。
効果:
- 持続痛、電撃痛の両方に有効
- アロディニアにも効果が期待できる
- 睡眠の質の改善にも寄与
副作用:
- めまい、ふらつき
- 眠気
- 体重増加
- むくみ
服用開始後、徐々に用量を増やしていき、効果と副作用のバランスを見ながら最適な用量を決定します。
デュロキセチン(サインバルタ)・ミルタザピン(レメロン) 抗うつ薬の一種ですが、痛みの信号伝達を抑制する作用があり、神経障害性疼痛の治療にも使用されます。脳内のセロトニンやノルアドレナリンという神経伝達物質のバランスを調整します。
効果:
- 持続痛に特に有効
- 抑うつ気分の改善
- 睡眠の質の改善
副作用:
- 吐き気
- 口の渇き
- 便秘
- 眠気または不眠
三環系抗うつ薬(アミトリプチリン) 古くから神経障害性疼痛に使用されてきた薬剤で、現在でも有効性が認められています。
効果:
- 痛みの軽減
- 睡眠の改善
副作用:
- 口の渇き
- 便秘
- 尿が出にくい
- 眠気
- ふらつき
高齢者では副作用が出やすいため、少量から開始し、慎重に増量します。
オピオイド鎮痛薬(医療用麻薬) 他の治療で効果が不十分な場合、オピオイド鎮痛薬が検討されることがあります。トラマドール、オキシコドンなどが使用されます。
効果:
- 強力な鎮痛効果
副作用:
- 便秘
- 吐き気
- 眠気
- 依存性のリスク
オピオイドの使用にあたっては、依存性や副作用のリスクを十分に理解し、医師の指導のもとで適切に管理することが重要です。
外用薬 内服薬に加えて、患部に直接塗布する外用薬も使用されます。
- カプサイシンクリーム:唐辛子の成分であるカプサイシンが、痛みの伝達物質(サブスタンスP)を枯渇させることで鎮痛効果を発揮します。塗布時に灼熱感が生じることがあります。
- リドカインテープ・クリーム:局所麻酔薬で、塗布部位の神経の興奮を抑えます。アロディニアに対して特に有効です。副作用が少なく、高齢者にも使いやすい治療法です。
神経ブロック療法
薬物療法で十分な効果が得られない場合、神経ブロック療法が検討されます。痛みを伝える神経の周囲に局所麻酔薬を注射し、痛みの伝達を遮断する治療法です。
交感神経ブロック 交感神経節に局所麻酔薬を注入します。血流を改善し、痛みを軽減する効果があります。胸部や腹部のPHNに対して行われることが多いです。
硬膜外ブロック 脊髄の周囲(硬膜外腔)に局所麻酔薬やステロイドを注入します。広範囲の痛みに対応でき、効果が比較的長く持続します。
神経根ブロック 痛みが生じている特定の神経根に局所麻酔薬を注入します。ピンポイントで効果を発揮します。
神経ブロックは、一時的な痛みの軽減だけでなく、繰り返し行うことで痛みの悪循環を断ち切り、長期的な改善につながることが期待されます。ただし、技術を要する治療であり、ペインクリニックや麻酔科などの専門施設で行われます。
脊髄刺激療法(SCS)
薬物療法や神経ブロックでも効果が不十分な難治性のPHNに対して、脊髄刺激療法が選択肢となります。これは、脊髄の近くに電極を植え込み、微弱な電気刺激を与えることで痛みを軽減する方法です。
電気刺激が痛みの信号をマスキングし、脳に痛みが伝わりにくくなります。また、痛みを抑制する神経系を活性化する作用もあると考えられています。
ただし、外科的な処置を伴い、機器の植え込みに伴うリスクもあるため、適応は慎重に判断されます。
物理療法
経皮的電気神経刺激療法(TENS) 皮膚の表面から微弱な電気刺激を与える治療法です。自宅でも使用できる小型の機器があり、侵襲性が低く、副作用も少ないため、補助的な治療として用いられます。
温熱療法・冷却療法 温めたり冷やしたりすることで、一時的に痛みが軽減することがあります。ただし、患部の感覚が低下している場合、やけどや凍傷のリスクがあるため注意が必要です。
心理的アプローチ
慢性的な痛みは、身体的な問題だけでなく、心理的・社会的な要因も複雑に絡み合っています。そのため、心理的なアプローチも治療の重要な一部となります。
認知行動療法(CBT) 痛みに対する考え方や行動パターンを変えることで、痛みの感じ方や生活への影響を改善する心理療法です。「痛みがあっても、自分でコントロールできる」という感覚を取り戻すことが目標です。
リラクゼーション法 深呼吸、瞑想、ヨガ、筋弛緩法などを通じて、心身の緊張をほぐし、痛みの緩和を図ります。
カウンセリング 痛みによる不安や抑うつ、日常生活の困難について、専門家に相談することで、心理的なサポートを得ることができます。
集学的治療(学際的ペインクリニック)
PHNの治療では、単一の方法だけでなく、複数の治療法を組み合わせる「集学的治療」が推奨されています。医師、薬剤師、理学療法士、心理士などの多職種チームが連携し、患者さん一人ひとりに最適な治療プランを提供します。
日常生活での工夫
治療と並行して、日常生活での工夫も痛みの管理に役立ちます。
- 規則正しい生活リズム:十分な睡眠と休息をとる
- ストレス管理:リラクゼーション、趣味の時間を持つ
- 適度な運動:無理のない範囲で体を動かす
- バランスの良い食事:栄養状態を良好に保つ
- 衣服の工夫:締め付けの少ない、柔らかい素材の服を選ぶ
- 室温の管理:寒さや暑さの刺激を避ける
- 支援グループへの参加:同じ悩みを持つ人との交流
帯状疱疹の早期治療が後遺症予防の鍵
帯状疱疹後神経痛をはじめとする後遺症を予防する最も有効な方法は、帯状疱疹の早期発見・早期治療です。
抗ウイルス薬による治療
帯状疱疹の治療では、抗ウイルス薬が中心となります。主に以下の薬剤が使用されます。
- アシクロビル(ゾビラックス)
- バラシクロビル(バルトレックス)
- ファムシクロビル(ファムビル)
これらの薬剤は、ウイルスの増殖を抑制し、症状の悪化を防ぎます。また、神経へのダメージを最小限に抑えることで、PHNの発症リスクを低下させます。
治療のタイミングが重要 抗ウイルス薬の効果を最大限に得るためには、発疹が現れてから72時間以内に治療を開始することが推奨されています。この時期を過ぎると、ウイルスの増殖が進み、神経のダメージが大きくなってしまいます。
そのため、「体の片側に痛みがある」「皮膚に赤い発疹や水疱が出てきた」といった症状が現れたら、できるだけ早く医療機関を受診することが重要です。
急性期の疼痛管理
帯状疱疹の急性期から積極的に痛みをコントロールすることも、PHNの予防に重要です。痛みを我慢していると、神経が過敏になり、痛みが慢性化しやすくなります。
急性期には以下のような薬剤が使用されます。
- 非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)
- アセトアミノフェン
- プレガバリンなどの神経障害性疼痛治療薬
- 必要に応じてオピオイド
また、神経ブロックを早期に行うことで、痛みの悪循環を断ち、PHNへの移行を防ぐことができる場合もあります。
ステロイド薬の併用
重症例や高齢者では、抗ウイルス薬に加えてステロイド薬(プレドニゾロンなど)を併用することがあります。ステロイドには強力な抗炎症作用があり、神経の炎症を抑えることで、急性期の痛みを軽減し、神経障害を最小限に抑える効果が期待されます。
ただし、ステロイドには副作用もあるため、使用にあたっては医師が患者さんの状態を総合的に判断します。
十分な休養
帯状疱疹の治療期間中は、十分な休養をとることが大切です。疲労やストレスは免疫力を低下させ、治癒を遅らせる可能性があります。無理をせず、体を休めることで、回復を促進できます。
ワクチンによる予防
帯状疱疹とその後遺症を予防する最も確実な方法は、ワクチン接種です。日本では現在、2種類の帯状疱疹ワクチンが使用可能です。
生ワクチン(乾燥弱毒生水痘ワクチン)
水ぼうそうの予防に使用されるワクチンと同じもので、帯状疱疹の予防にも使用されます。
特徴
- 接種回数:1回
- 効果:50歳以上での発症予防効果は約50〜60%
- 持続期間:効果は5〜8年程度持続するとされる
- 副作用:注射部位の痛み、赤み、腫れ。まれに発疹が出ることも
- 費用:約8,000〜10,000円(自費診療)
注意点
- 生ワクチンのため、免疫抑制状態にある方は接種できません(がん治療中、免疫抑制剤使用中、HIV感染症など)
- 妊娠中または妊娠の可能性がある方は接種できません
不活化ワクチン(シングリックス)
2020年に日本で承認された新しいワクチンで、より高い予防効果が期待できます。
特徴
- 接種回数:2回(2か月間隔、遅くとも6か月以内に2回目を接種)
- 効果:50歳以上での発症予防効果は約97%、70歳以上でも約90%と非常に高い
- 持続期間:少なくとも10年以上効果が持続すると考えられている
- PHN予防効果:約90%
- 副作用:注射部位の痛み、赤み、腫れが高頻度で出現。全身反応(疲労感、筋肉痛、頭痛、発熱など)も比較的多い
- 費用:1回あたり約22,000円、合計約44,000円(自費診療)
利点
- 不活化ワクチンのため、免疫抑制状態にある方でも接種可能(主治医との相談が必要)
ワクチンの選択
どちらのワクチンを選ぶかは、以下の要因を考慮して決定します。
- 予防効果の高さ:より確実な予防を望む場合は不活化ワクチン
- 費用:生ワクチンの方が経済的負担は少ない
- 副作用の強さ:不活化ワクチンは副作用が出やすいが、数日で改善する
- 免疫状態:免疫抑制状態にある方は不活化ワクチンのみ選択可能
- 接種回数:1回で済ませたい場合は生ワクチン
厚生労働省は、50歳以上の方に対して帯状疱疹ワクチンの接種を推奨しています。特に以下のような方には、接種が強く勧められます。
- 60歳以上の方
- 免疫力が低下している方
- 過去に重症の帯状疱疹を経験した方
- 帯状疱疹のリスク因子を複数持つ方
一部の自治体では、帯状疱疹ワクチンの接種費用に対する助成制度を設けているところもあります。お住まいの自治体に確認してみるとよいでしょう。
注意点
ワクチンは帯状疱疹の発症を完全に防ぐものではありません。接種後も発症する可能性はありますが、その場合でも症状が軽く済み、後遺症のリスクも低下することが期待できます。
また、すでに帯状疱疹を発症したことがある方でも、ワクチン接種は可能であり、再発予防に有効です。帯状疱疹が完全に治癒してから接種することが推奨されます。

よくある質問(FAQ)
A: 帯状疱疹は一度発症すると、通常は再発しないと言われていますが、実際には約5〜10%の方が再発すると報告されています。特に免疫力が低下している方では再発のリスクが高まります。再発予防のためには、日頃から免疫力を維持する生活を心がけることが大切です。ワクチン接種も再発予防に有効です。
A: PHNの持続期間は個人差が大きく、数か月で改善する方もいれば、数年以上続く方もいます。一般的には、発症後1年以内に多くの方で痛みが軽減しますが、高齢者や重症例では長期化しやすい傾向があります。適切な治療により、痛みのコントロールは可能です。
A: 帯状疱疹そのものは「帯状疱疹」として人にうつることはありません。しかし、水疱の中には水痘・帯状疱疹ウイルスが含まれているため、水ぼうそうにかかったことがない人(特に乳幼児)や、免疫力が低下している人が接触すると、「水ぼうそう」として発症する可能性があります。水疱がかさぶたになるまでは、他者との接触を避けることが推奨されます。
Q4: 帯状疱疹後神経痛は自然に治りますか?
A: 一部の方では時間経過とともに自然に改善することもありますが、多くの場合、治療なしでは痛みが長期化します。特に高齢者では自然治癒は期待しにくいため、早期に専門的な治療を受けることが重要です。放置すると痛みが慢性化し、治療が困難になる可能性があります。
Q5: 帯状疱疹後神経痛の痛みを完全になくすことはできますか?
A: 残念ながら、すべての方で痛みを完全にゼロにすることは難しい場合もあります。しかし、適切な治療により、痛みを大幅に軽減し、日常生活を送れるレベルまで改善することは多くのケースで可能です。痛みとうまく付き合いながら、生活の質を維持することが治療の目標となります。
Q6: 若くても帯状疱疹後神経痛になりますか?
A: 若い方でもPHNを発症する可能性はありますが、頻度は低く、高齢者に比べて症状も軽い傾向があります。ただし、免疫力が著しく低下している場合や、急性期の治療が遅れた場合などでは、若い方でも重症のPHNに至ることがあります。
Q7: 帯状疱疹のワクチンは必ず打つべきですか?
A: ワクチン接種は義務ではありませんが、50歳以上の方、特に60歳以上の方には強く推奨されています。帯状疱疹は誰でも発症する可能性があり、発症すると強い痛みや後遺症に悩まされるリスクがあります。ワクチンにより発症と重症化を予防できるため、接種のメリットは大きいと言えます。
Q8: 皮膚科とペインクリニック、どちらを受診すべきですか?
A: 帯状疱疹の急性期(発疹や水疱がある時期)は、まず皮膚科を受診して抗ウイルス薬などの治療を受けることが重要です。皮膚症状が治癒した後も痛みが続く場合(PHN)は、ペインクリニックや麻酔科の専門医に相談することが推奨されます。多くの場合、皮膚科とペインクリニックが連携して治療にあたります。
まとめ
帯状疱疹は、水ぼうそうのウイルスが再活性化することで発症する病気で、皮膚症状が治癒した後も長期間にわたって痛みが残る「帯状疱疹後神経痛(PHN)」という後遺症に悩まされる方が少なくありません。特に高齢者では発症率が高く、日常生活に大きな影響を及ぼします。
PHNは、神経のダメージによって引き起こされる難治性の痛みであり、通常の痛み止めでは効果が乏しいため、神経障害性疼痛に特化した薬物療法や神経ブロック療法などの専門的な治療が必要となります。また、心理的アプローチや物理療法を組み合わせた集学的治療が推奨されています。
帯状疱疹の後遺症を予防する最も重要なポイントは、早期発見・早期治療です。発疹が現れてから72時間以内に抗ウイルス薬による治療を開始することで、ウイルスの増殖を抑え、神経へのダメージを最小限に抑えることができます。また、急性期から積極的に痛みをコントロールすることも、PHNへの移行を防ぐために重要です。
さらに、50歳以上の方は、帯状疱疹ワクチンの接種を検討することが推奨されます。特に不活化ワクチン(シングリックス)は、高い予防効果が証明されており、帯状疱疹の発症およびPHNのリスクを大幅に低減することができます。
「体の片側にピリピリとした痛みがある」「赤い発疹や水疱が出てきた」といった症状が現れたら、すぐに医療機関を受診してください。また、皮膚症状が治った後も痛みが続く場合は、我慢せずに専門医に相談することが大切です。
帯状疱疹とその後遺症について正しい知識を持ち、早期の対応を心がけることで、痛みに悩まされる期間を最小限に抑え、快適な日常生活を取り戻すことができます。
参考文献
本記事の作成にあたり、以下の信頼できる情報源を参考にしました。
- 厚生労働省「帯状疱疹について」
https://www.mhlw.go.jp/
帯状疱疹の基本情報、疫学、予防に関する公的情報 - 国立感染症研究所「水痘・帯状疱疹とは」
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/418-varicella-intro.html
ウイルス学的特徴、感染経路、疫学データ - 日本皮膚科学会
https://www.dermatol.or.jp/
帯状疱疹の診断基準、治療ガイドライン - 日本ペインクリニック学会「神経障害性疼痛薬物療法ガイドライン」
https://www.jspc.gr.jp/
帯状疱疹後神経痛の診断と治療に関するエビデンスに基づいた指針 - 日本神経治療学会「神経障害性疼痛薬物療法ガイドライン 第2版」
帯状疱疹後神経痛を含む神経障害性疼痛の治療戦略 - 国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)
https://www.amed.go.jp/
帯状疱疹とその後遺症に関する最新の研究動向
これらの公的機関や学会の情報は、医学的に信頼性が高く、最新のエビデンスに基づいています。医療情報は日々更新されているため、より詳細な情報や個別の症状については、必ず医療機関を受診し、専門医にご相談ください。
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務