はじめに
2024年、マイコプラズマ肺炎が全国的に大流行しました。当時は、「子どもが咳をしているけれど、学校はいつから行けるの?」「自分が感染したら、いつまで人にうつしてしまうの?」こうした疑問を抱えている方も多いのではないでしょうか。
マイコプラズマ肺炎は、咳が長引くのが特徴的な感染症です。しかし、明確な出席停止期間が定められていないため、いつから日常生活に戻れるのか判断に迷う方が少なくありません。本記事では、マイコプラズマ肺炎がうつる期間について、最新の医学的知見をもとに詳しく解説していきます。
マイコプラズマ肺炎とは
病原体と特徴
マイコプラズマ肺炎は、「肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae)」という細菌によって引き起こされる呼吸器感染症です。この細菌は、一般的な細菌とは異なり、細胞壁を持たないという特殊な構造をしています。そのため、細胞壁を標的とする抗菌薬は効果がありません。
この感染症は、肺炎という名前がついていますが、実際には多くの方が気管支炎などの比較的軽い症状で済むことが多いのが特徴です。しかし、一部の方は肺炎を発症し、入院治療が必要になることもあります。
「歩く肺炎」と呼ばれる理由
マイコプラズマ肺炎は、しばしば「歩く肺炎(Walking Pneumonia)」と呼ばれます。これは、肺炎を起こしているにもかかわらず、比較的元気で日常生活を続けられることが多いためです。レントゲンで撮影すると肺に炎症の影が見られるのに、本人は学校や職場に通えるほど元気という特徴があります。
この「元気そうに見える」という特徴が、実は感染拡大の一因となっています。症状が軽いため、本人も周囲も気づかないうちに感染を広げてしまうことがあるのです。
「オリンピック肺炎」の歴史
マイコプラズマ肺炎は、かつて「オリンピック肺炎」とも呼ばれていました。これは、1980年代から1990年代にかけて、ほぼ4年周期で流行が起こり、その年がオリンピック開催年と重なることが多かったためです。1980年、1984年、1988年と、4年ごとに流行のピークが観察されました。
しかし、2000年代以降はこの4年周期の法則が崩れてきており、2016年に大きな流行があった後、2020年はコロナ禍の影響でほとんど患者が出ませんでした。そして2024年、パリオリンピックの年に8年ぶりの大流行が発生しています。
2024年の流行状況
2024年は、マイコプラズマ肺炎が過去最多レベルで流行しています。国立感染症研究所の報告によると、2024年第35週(8月26日〜9月1日)までの累積報告数は5,934例で、2016年の大流行以来の高い水準となっています。
特に注目すべきは、5月頃から報告数が増加し始め、秋に入ってからさらに増加傾向が続いていることです。2020年から2023年は新型コロナウイルス対策の影響で報告数が極めて少なかったため、免疫を持たない人が増えたことが、今回の大流行の一因と考えられています。
地域別では、大阪府、愛知県、兵庫県、岐阜県など、西日本を中心に報告数が多い傾向にあります。東京都でも2024年9月に過去最多の報告数を記録しました。
マイコプラズマ肺炎の感染経路
主な感染経路
マイコプラズマ肺炎の感染経路は、主に次の2つです。
1. 飛沫感染
感染者の咳やくしゃみ、会話の際に飛び散る小さな飛沫を吸い込むことで感染します。これらの飛沫は約1メートルの範囲に飛散するため、感染者の近くにいる人が特に感染リスクが高くなります。新型コロナウイルスやインフルエンザと同様の感染経路です。
2. 接触感染
感染者の唾液や分泌物が付着した物に触れ、その手で自分の口や鼻、目などの粘膜に触れることで感染します。ドアノブ、電車のつり革、共用のタブレット端末なども感染経路となり得ます。
感染力の特徴
マイコプラズマ肺炎の感染力は、インフルエンザや新型コロナウイルスと比較すると、それほど強くありません。短時間一緒に過ごしただけで感染することは少なく、感染が成立するには一定時間の濃厚接触が必要とされています。
しかし、家族や学校、職場など、長時間を共に過ごす環境では感染率が高まります。特に家族内での感染率は高く、同じ家庭内で生活する子どもどうしでは80%以上が感染してしまうという報告もあります。
家族内感染の確率は5.2〜27.4%とされており、濃厚接触者である家族が最も感染リスクが高いグループといえます。
学校や幼稚園での感染拡大
マイコプラズマ肺炎は、学校や幼稚園など同世代が集団生活を送る場面で流行を引き起こしやすいという特徴があります。これは、以下の理由によります。
- 長時間同じ空間で過ごす
- 遊びや活動を通じて濃厚接触する機会が多い
- 症状が軽い場合、登校・登園を続けてしまう
- 潜伏期間が長く、感染に気づきにくい
特に注意が必要なのは、子どもが学校で感染し、それを家庭に持ち込むことで家族内感染が連鎖的に起こることです。
マイコプラズマ肺炎がうつる期間:潜伏期間
潜伏期間の長さ
マイコプラズマ肺炎の潜伏期間(感染してから症状が現れるまでの期間)は、2〜3週間と比較的長いのが特徴です。文献によっては1〜4週間と幅を持たせて記載されていることもあります。
この長い潜伏期間は、他の呼吸器感染症と比較しても特徴的です。
| 感染症 | 潜伏期間 |
|---|---|
| マイコプラズマ肺炎 | 2〜3週間 |
| インフルエンザ | 1〜4日 |
| 新型コロナウイルス | 2〜14日(多くは5日前後) |
| 溶連菌感染症 | 2〜5日 |
潜伏期間中の感染力
重要なポイントは、潜伏期間中も感染する可能性があるということです。つまり、症状が現れていなくても、すでに病原菌を排出している場合があるのです。
本人も感染に気づいていない状態で他の人にうつしてしまう可能性があるため、周囲にマイコプラズマ肺炎の患者がいる場合は、症状がなくても感染予防を心がけることが大切です。
潜伏期間が長いことの影響
潜伏期間が2〜3週間と長いことには、以下のような影響があります。
1. 感染経路の特定が困難
2〜3週間前に誰と接触したかを正確に思い出すことは容易ではありません。そのため、どこで感染したのかを特定することが難しくなります。
2. 知らないうちに感染が広がる
症状がない期間が長いため、本人が気づかないうちに多くの人と接触し、感染を広げてしまう可能性があります。
3. 流行の早期発見が難しい
地域での流行が始まっていても、潜伏期間が長いため、その兆候を早期に察知することが困難です。
マイコプラズマ肺炎がうつる期間:発症後
感染力が最も強い期間
マイコプラズマ肺炎の感染力が最も強いのは、発症時から発症後1週間程度とされています。発熱や咳などの症状が現れている時期が、病原菌の排出量が最も多く、感染力のピークとなります。
この期間は特に注意が必要で、できる限り他の人との接触を避けることが推奨されます。学校や職場は休み、家族内でもマスクを着用し、できるだけ別の部屋で過ごすなどの対策が望ましいでしょう。
症状改善後の排菌期間
マイコプラズマ肺炎で特に注意すべきなのは、症状が改善した後も、発症後4〜6週間程度は病原菌を排出し続ける可能性があるという点です。
つまり、熱が下がり、咳も落ち着いてきて、日常生活に戻れるようになった後も、約1か月間は感染源となる可能性があるということです。
この期間の特徴は以下の通りです。
- 排菌量は発症時よりも少ない
- 感染力は弱まっているが、ゼロではない
- 長時間の濃厚接触があれば感染する可能性がある
- マスク着用や手洗いなどの基本的な対策が有効
トータルの感染可能期間
マイコプラズマ肺炎で他の人にうつす可能性がある期間をまとめると、以下のようになります。
潜伏期間(感染前) → 可能性あり(排菌量は少ない)
↓
発症〜発症後1週間 → 最も感染力が強い
↓
発症後2週間〜6週間 → 可能性あり(排菌量は減少)
つまり、感染から回復まで、約1〜2か月間にわたって感染リスクが存在するということになります。
感染リスクの推移
発症前後の感染リスクを時系列で整理すると、以下のようになります。
感染直後〜潜伏期間中
- 感染リスク:低
- 症状:なし
- 排菌量:少量
発症時〜発症後1週間
- 感染リスク:高
- 症状:発熱、咳、全身倦怠感など
- 排菌量:最多
発症後2〜4週間
- 感染リスク:中
- 症状:咳が続く(発熱は解熱)
- 排菌量:中等度
発症後4〜6週間
- 感染リスク:低〜中
- 症状:軽度の咳またはほぼ回復
- 排菌量:少量
マイコプラズマ肺炎の症状と経過
初期症状
マイコプラズマ肺炎の初期症状は、一般的な風邪と非常によく似ています。
主な初期症状
- 発熱(37〜38℃台が多い)
- 全身倦怠感(体のだるさ)
- 頭痛
- 咽頭痛(のどの痛み)
- 微熱
これらの症状は、インフルエンザや新型コロナウイルス感染症とも類似しているため、初期段階での鑑別診断は困難です。
特徴的な咳の症状
マイコプラズマ肺炎で最も特徴的なのが、長引く乾いた咳です。
咳の特徴
- 発熱後3〜5日から徐々に咳が出始める
- 初期は痰を伴わない乾いた咳(乾性咳嗽)
- 「コンコン」という音の咳が続く
- 徐々に咳が強くなる
- 解熱後も3〜4週間にわたって持続する
- 夜間や明け方に咳が強くなることが多い
- 一度咳が出始めると連続して止まらないことがある
成人の場合は、時間が経つにつれて乾いた咳から痰を伴う湿った咳に変化することがあります。
症状の経過
典型的なマイコプラズマ肺炎の症状経過は以下の通りです。
第1週:発症期
- 微熱、全身倦怠感、頭痛などの前駆症状
- その後、咳が出始める
- 発熱は38〜39℃程度
第2週:急性期
- 咳が徐々に強くなる
- 多くの場合、2〜3日で解熱
- 解熱しても咳は続く
第3〜4週:回復期
- 熱は下がっているが、咳が持続
- 全身状態は改善
- 徐々に咳の頻度や強さが減少
第5〜6週以降
- ほとんどの方が回復
- 一部の方で咳が残ることも
重症化のサイン
マイコプラズマ肺炎は多くの場合軽症で済みますが、以下のような症状がある場合は重症化の可能性があるため、早急に医療機関を受診する必要があります。
注意すべき症状
- 呼吸困難や息苦しさ
- 高熱(39℃以上)が3日以上続く
- 胸痛
- 血痰
- 顔色が悪い、唇が紫色になる(チアノーゼ)
- ぐったりして元気がない
- 水分が摂れない
- 呼吸が速く浅い
合併症について
マイコプラズマ肺炎では、患者の5〜10%未満で以下のような合併症が報告されています。
呼吸器系の合併症
- 胸膜炎
- 喘息様気管支炎
神経系の合併症
- 無菌性髄膜炎
- 脳炎
- ギラン・バレー症候群
その他の合併症
- 中耳炎
- 心筋炎
- 肝炎
- 膵炎
- 溶血性貧血
- 関節炎
- スティーブンス・ジョンソン症候群
- 皮疹
これらの合併症は稀ですが、症状が通常と異なる経過をたどる場合や、新たな症状が出現した場合は、速やかに医療機関を受診することが重要です。
マイコプラズマ肺炎の診断と検査
診断の基本
マイコプラズマ肺炎の診断は、いくつかの「状況証拠」を積み上げて行います。特定の検査だけで確定診断できるものではなく、以下の要素を総合的に判断します。
診断に重要な要素
- 地域での流行状況
- 患者の年齢(5〜14歳に多い)
- 症状の特徴(長引く乾いた咳など)
- 周囲の感染者の有無
- 胸部X線検査の所見
- 検査結果
迅速診断検査
マイコプラズマ抗原定性検査
咽頭を綿棒で拭って抗原を検出する方法です。
- 検査時間:約15分
- メリット:結果が早い、外来診療で実施可能
- デメリット:正確性がやや劣る、発症初期は陽性率が低い
流行期で周囲に同様の症状の方がいて、強い咳がある場合に実施されることが多い検査です。
その他の検査方法
LAMP法(DNA検査)
マイコプラズマのDNAを検出する方法です。
- 検査時間:2〜3日
- メリット:感染初期から検出可能、高い精度
- デメリット:結果が出るまでに時間がかかる
血清抗体検査
血液を採取し、マイコプラズマに対する抗体を調べる方法です。
- 検査時間:数日〜1週間
- メリット:確定診断に有用
- デメリット:抗体は感染初期には産生されないため、急性期の診断には向かない。より正確な判定には、2〜4週間の間隔をあけて2回採血し、抗体価の上昇を確認する必要がある
胸部X線検査
肺の状態を画像で確認します。
- マイコプラズマ肺炎では「すりガラス陰影」が見られることが特徴的
- ただし、他の疾患でも同様の陰影が見られるため、他の検査と併せて総合的に判断する
診断の実際
実際の診療現場では、流行状況や症状から「マイコプラズマ肺炎の可能性が高い」と判断された場合、検査で確定する前に治療を開始することもあります。これは、早期治療により症状が改善するまでの期間を短縮できるためです。
また、マイコプラズマに有効な抗菌薬を投与して、症状が改善すれば、それ自体がマイコプラズマ感染であったことの傍証となります。
マイコプラズマ肺炎の治療
治療の基本
マイコプラズマ肺炎の治療は、抗菌薬による薬物療法が中心となります。ただし、マイコプラズマは細胞壁を持たない特殊な細菌のため、一般的な肺炎に使用されるペニシリン系やセフェム系の抗菌薬は効果がありません。
第一選択薬:マクロライド系抗菌薬
マイコプラズマ肺炎の治療では、マクロライド系抗菌薬が第一選択薬として推奨されています。
主なマクロライド系抗菌薬
- アジスロマイシン(ジスロマック®)
- クラリスロマイシン(クラリス®、クラリシッド®)
- エリスロマイシン
投与期間
- 通常3〜14日間
- 症状が改善しても、処方された分は必ず最後まで飲み切ることが重要
治療効果
- 適切な抗菌薬を開始すると、一般的に2〜3日で解熱
- ただし、咳は解熱後も数週間続くことがある
マクロライド耐性菌の問題
近年、マクロライド系抗菌薬に耐性を持つマイコプラズマが増加していることが問題となっています。
耐性菌の状況
- 2012年頃には国内分離株の80〜90%がマクロライド耐性
- その後、耐性率は減少し、2018〜2020年は30%代以下
- しかし、流行年には再び耐性率が上昇する傾向
耐性菌感染が疑われる場合
- マクロライド系抗菌薬を投与しても2〜3日で解熱しない
- 症状が悪化する
- 咳や発熱が持続する
このような場合は、以下の薬剤への変更が検討されます。
代替薬
マクロライド系抗菌薬が無効、または使用できない場合は、以下の抗菌薬が使用されます。
ニューキノロン系抗菌薬
- レボフロキサシン(クラビット®)など
- 8歳以上の小児や成人に使用可能
テトラサイクリン系抗菌薬
- ミノサイクリン(ミノマイシン®)など
- 8歳以上の小児や成人に使用可能
- 注意:8歳未満の小児には原則使用しない(歯の着色の副作用があるため)
対症療法
抗菌薬に加えて、症状を和らげるための対症療法も行われます。
解熱剤
- アセトアミノフェン(カロナール®など)
- イブプロフェン(ブルフェン®など)
咳止め
- デキストロメトルファン配合剤
- カルボシステインなどの去痰薬
その他
- 十分な水分摂取
- 安静
- 栄養バランスの良い食事
治療期間と回復の見通し
一般的な経過
- 治療開始から数日〜1週間で症状が改善し始める
- 完全に回復するまでには個人差があり、数週間を要することもある
- 咳は解熱後も3〜4週間続くことがある
重症例の場合
- 入院治療が必要になることもある
- 閉塞性細気管支炎や低酸素血症、呼吸困難を起こしている場合
- 点滴による抗菌薬投与や酸素吸入が行われる
治療上の注意点
抗菌薬は最後まで飲み切る
症状が改善したからといって、自己判断で抗菌薬の服用を中止してはいけません。処方された抗菌薬は必ず最後まで飲み切ることが重要です。途中で中止すると、耐性菌の発生につながる可能性があります。
症状が改善しない場合は再受診
抗菌薬を服用しても数日で解熱しない、症状が悪化するなどの場合は、耐性菌の可能性や他の疾患の合併も考えられるため、再度医療機関を受診してください。
学校・職場への復帰:いつから行ける?
学校保健安全法における位置づけ
マイコプラズマ肺炎は、学校保健安全法において**第三種の感染症「その他の感染症」**に分類されています。
重要なポイント
- 明確な出席停止期間の定めはない
- 「病状により学校医その他の医師において感染のおそれがないと認めるまで」が基準
- 学校医や担当医師の判断で個別に決定される
学校・幼稚園・保育園への登校・登園の目安
一般的には、以下の条件を満たした場合に登校・登園が可能とされています。
登校・登園の目安
- 発熱や激しい咳などの急性期症状が治まっていること
- 全身状態が良好であること
- 元気があり、通常の活動が可能であること
具体的には
- 解熱してから少なくとも2日間は様子を見る
- 激しい咳が落ち着いている
- 食欲があり、水分摂取ができる
- 遊んだり勉強したりできる元気がある
日本小児科学会では「発熱や激しい咳が治まり全身状態がよいこと」、こども家庭庁では「発熱や激しい咳が治まっていること」が登校・登園の目安とされています。
咳が残っている場合
解熱後も咳が残ることは、マイコプラズマ肺炎では一般的です。咳だけが残っていて、その他の症状がなく元気であれば、登校・登園を再開しても構いません。
ただし、以下の点に注意が必要です。
- マスクを着用する
- こまめに水分補給をする
- 激しい運動は控える
- 咳が悪化したら早退や休養を検討する
保育園・幼稚園独自のルール
保育園や幼稚園によっては、独自のルールを設けていることがあります。
よくある独自ルール
- 解熱後3日間は登園不可
- 医師の登園許可証が必要
- 咳が完全に治まるまで登園不可
施設によって対応が異なるため、必ず事前に確認しましょう。
職場への復帰の目安
成人の場合、マイコプラズマ肺炎に関して法的な出勤停止期間の定めはありません。
一般的な復帰の目安
- 発熱症状が治まってから少なくとも2日間は自宅で様子を見る
- 激しい咳などのつらい症状がない
- 業務遂行に支障がない程度に回復している
職場復帰時の注意点
- マスクを着用する
- こまめに手洗い・手指消毒をする
- 咳エチケットを徹底する
- 可能であれば在宅勤務やリモートワークを活用する
- 無理せず、体調が悪化したら早めに休む
症状改善後も注意が必要
前述の通り、症状が改善した後も発症後4〜6週間程度は病原菌を排出する可能性があります。学校や職場に復帰した後も、以下の点に注意しましょう。
復帰後の注意点
- マスクの着用(特に発症後2〜3週間は継続することが望ましい)
- 咳エチケットの徹底
- こまめな手洗い・手指消毒
- タオルや食器の共用を避ける
- 長時間の濃厚接触を避ける
流行時の特別な対応
学校や幼稚園で通常見られないような重大な流行が起こった場合、感染拡大を防ぐために、校長が学校医の意見を聞いて、緊急的な措置をとることができます。
この場合、マイコプラズマ肺炎が「第三種の感染症のその他の感染症」として、一時的に出席停止の対象となることがあります。
家族内感染を防ぐために
家族が最も感染リスクが高い
マイコプラズマ肺炎では、家族内感染の確率が特に高いことが知られています。同じ家庭内で生活する子どもどうしでは80%以上、家族全体では5.2〜27.4%が感染するとされています。
長時間を共に過ごし、濃厚接触の機会が多い家族は、最も感染リスクが高いグループといえます。
家族内感染を防ぐ基本対策
1. 隔離とマスク着用
可能な限り、患者を別の部屋で過ごさせることが望ましいです。同じ部屋で過ごす場合は、患者も家族もマスクを着用しましょう。
特に、発症後1週間は感染力が強いため、この期間は特に注意が必要です。
2. 換気の徹底
定期的に窓を開けて換気を行いましょう。1時間に5〜10分程度、対角線上の窓を開けて空気を入れ替えるのが効果的です。
3. 手洗い・手指消毒
家族全員が、こまめに手洗いや手指消毒を行いましょう。
- 外から帰った時
- 食事の前
- トイレの後
- 患者の世話をした後
- 咳やくしゃみをした後
4. タオル・食器の共用を避ける
患者のタオル、コップ、食器などは共用せず、専用のものを用意しましょう。洗濯物も別々に洗うか、他の家族のものを洗った後に洗うようにします。
5. 患者の咳エチケット
患者は咳やくしゃみをする時、ティッシュや腕の内側で口を覆うようにしましょう。使用したティッシュはすぐにゴミ箱に捨て、その後手洗いをします。
6. 高頻度接触面の消毒
ドアノブ、電気のスイッチ、リモコン、トイレのレバーなど、よく触る場所をこまめに消毒しましょう。
アルコール消毒液や、次亜塩素酸ナトリウム液(塩素系漂白剤を薄めたもの)が有効です。
家族で感染が疑われる場合
家族の中で複数の人がマイコプラズマ肺炎に感染することは珍しくありません。以下のような症状が出た場合は、早めに医療機関を受診しましょう。
受診の目安
- 家族に患者がいて、長引く咳が出始めた
- 微熱が続いている
- 体がだるい
- のどが痛い
早期に診断・治療を開始することで、症状の悪化を防ぎ、さらなる感染拡大を抑えることができます。
特に注意が必要な家族
以下のような方がいる家庭では、特に注意深く予防対策を行う必要があります。
注意が必要な方
- 乳幼児(特に1歳未満)
- 高齢者
- 喘息などの呼吸器疾患を持つ方
- 免疫力が低下している方
- 妊娠中の方
これらの方は、感染した場合に重症化するリスクが高い可能性があるため、患者との接触をできるだけ避けることが望ましいです。
効果的な予防対策
ワクチンは存在しない
現時点では、マイコプラズマ肺炎を予防するためのワクチンは開発されていません。そのため、日常生活での感染予防対策が非常に重要となります。
基本的な感染予防対策
マイコプラズマ肺炎の予防には、新型コロナウイルスやインフルエンザと同様の対策が有効です。
1. 手洗いの徹底
石けんを使った手洗いを、こまめに行いましょう。
効果的な手洗いの方法
- 流水で手を濡らす
- 石けんをつけて泡立てる
- 手のひら、手の甲、指の間、爪の間、手首まで丁寧に洗う(30秒程度)
- 流水でよくすすぐ
- 清潔なタオルやペーパータオルで拭く
2. 手指消毒
外出先など、手洗いができない場合は、アルコール系の手指消毒剤を使用しましょう。
3. マスクの着用
流行期には、人混みや密閉された空間ではマスクを着用することが推奨されます。特に、周囲に咳をしている人がいる場合は、マスクの着用が有効です。
また、自分自身に咳の症状がある場合は、必ずマスクを着用し、他の人への感染を防ぎましょう。
4. 咳エチケット
咳やくしゃみをする時は、以下の方法で飛沫が飛散するのを防ぎましょう。
- マスクを着用する
- ティッシュやハンカチで口と鼻を覆う
- ティッシュがない場合は、腕の内側(肘の内側)で覆う
- 手のひらで覆うのは避ける(手についた病原菌が広がるため)
5. 換気
室内では定期的に換気を行い、新鮮な空気を取り入れましょう。
- 1時間に5〜10分程度
- 対角線上の窓を開ける
- 冬場でも定期的な換気を心がける
6. 適切な湿度の保持
空気が乾燥すると、気道の粘膜が傷つきやすくなり、感染しやすくなります。室内の湿度を50〜60%程度に保つようにしましょう。
加湿器を使用する、濡れタオルを干すなどの方法が有効です。
7. 体調管理
免疫力を維持することも重要です。
- 十分な睡眠をとる
- バランスの良い食事を心がける
- 適度な運動を行う
- ストレスを溜めない
- 規則正しい生活を送る
流行期の注意事項
マイコプラズマ肺炎が流行している時期は、以下の点に特に注意しましょう。
1. 密閉・密集・密接を避ける
いわゆる「3密」の状況では感染リスクが高まります。
- 換気の悪い密閉空間
- 多くの人が密集する場所
- 近距離での会話や発声が行われる密接場面
2. 体調不良時は外出を控える
少しでも体調が悪い場合は、無理をせず休養しましょう。「ちょっとした咳だから大丈夫」という判断が、感染を広げる原因となります。
3. 流行情報を確認する
自治体や学校からの流行情報に注意を払い、地域での流行状況を把握しましょう。
4. 早期受診
長引く咳、発熱などの症状があれば、早めに医療機関を受診しましょう。早期診断・早期治療により、重症化を防ぎ、周囲への感染拡大も抑えることができます。
学校・職場での予防対策
学校での対策
- こまめな換気
- 手洗い場にポスターを掲示し、正しい手洗いを促す
- 体調不良の児童・生徒の早期発見
- 保護者への情報提供
職場での対策
- オフィスの定期的な換気
- アルコール消毒液の設置
- テレワークやリモート会議の活用
- 時差出勤の推奨
- 体調不良者の早期休養を促す

よくある質問(Q&A)
A. いいえ、マイコプラズマ肺炎は何度でも感染します。一度感染しても獲得する免疫は長くは維持されず、再感染する可能性があります。インフルエンザのように毎年のように予防接種を受ける必要はありませんが、流行期には再び感染予防を心がける必要があります。
A. マイコプラズマ肺炎は主に5〜14歳の小児に多く見られますが、大人もかかります。60歳以上の報告は全体の約1割程度ですが、幼児から高齢者まで、あらゆる年齢層で発症する可能性があります。
実際、2024年の流行では30〜40代の感染者も多く報告されており、家族内感染による成人の発症も珍しくありません。
Q3. 咳が止まらないけれど、学校や職場に行っても大丈夫?
A. 熱が下がり、激しい咳が治まって全身状態が良好であれば、咳が残っていても登校・出勤は可能です。ただし、以下の点に注意してください。
- マスクを必ず着用する
- 咳エチケットを守る
- こまめに水分補給をする
- 無理をせず、体調が悪化したら休む
症状改善後も4〜6週間は病原菌を排出する可能性があるため、他の人への配慮が必要です。
Q4. 市販の風邪薬で治る?
A. マイコプラズマ肺炎は細菌感染症のため、抗菌薬による治療が必要です。市販の風邪薬は症状を和らげることはできても、原因菌を退治することはできません。
長引く咳や発熱がある場合は、自己判断で市販薬だけに頼らず、医療機関を受診して適切な診断と治療を受けることが重要です。
Q5. 抗菌薬を飲み始めたら、すぐに症状は良くなる?
A. 適切な抗菌薬を服用した場合、一般的には2〜3日で解熱することが多いです。ただし、咳は解熱後も3〜4週間続くことがあります。
もし抗菌薬を服用しても数日で解熱しない場合や症状が悪化する場合は、耐性菌の可能性や他の疾患の合併も考えられるため、再度医療機関を受診してください。
Q6. 家族全員が予防接種を受けた方がいい?
A. 残念ながら、現時点ではマイコプラズマ肺炎のワクチンは存在しません。そのため、予防接種での予防はできません。
日常的な感染予防対策(手洗い、マスク着用、換気など)を徹底することが、最も有効な予防方法です。
Q7. 妊娠中にマイコプラズマ肺炎にかかったらどうなる?
A. 妊娠中にマイコプラズマ肺炎にかかった場合、一般的には適切な治療を受ければ大きな問題はないとされています。ただし、以下の点に注意が必要です。
- 使用できる抗菌薬に制限がある(妊娠週数や薬剤の種類による)
- 症状が重い場合は胎児への影響が懸念される
- 必ず産婦人科医にも相談する
家族にマイコプラズマ肺炎の患者がいる場合、妊婦は特に感染予防に気をつける必要があります。
Q8. マイコプラズマ肺炎と診断されたら、家族も検査を受けるべき?
A. 家族に症状がない場合は、必ずしもすぐに検査を受ける必要はありません。ただし、潜伏期間が2〜3週間あることを考慮して、以下の点に注意しましょう。
- 家族全員が感染予防対策を徹底する
- 咳や発熱などの症状が出たら、すぐに医療機関を受診する
- 2〜3週間は体調の変化に注意を払う
症状が出る前に検査をしても、正確な結果が得られない可能性があります。
Q9. 学校でマイコプラズマ肺炎が流行しているけれど、予防のために休ませるべき?
A. お子さんが元気で症状がない場合、予防的に学校を休ませる必要はありません。ただし、以下の対策を行いましょう。
- マスク着用を徹底する
- 手洗い・うがいを励行する
- 規則正しい生活で免疫力を維持する
- 少しでも体調が悪い場合はすぐに休ませる
学校と連携して、流行状況を把握しておくことも重要です。
Q10. マイコプラズマ肺炎にかかったら、どのくらいで完全に治る?
A. 個人差がありますが、一般的な経過は以下の通りです。
- 治療開始から数日〜1週間で症状が改善し始める
- 2週間程度で日常生活に支障がない程度に回復
- 完全に回復するまでには2〜4週間程度かかることが多い
- 咳は3〜4週間(時には6週間程度)続くことがある
ただし、重症例や合併症がある場合は、さらに時間がかかることもあります。
まとめ
マイコプラズマ肺炎のうつる期間の要点
本記事で解説したマイコプラズマ肺炎がうつる期間について、重要なポイントをまとめます。
1. 潜伏期間は2〜3週間
- 感染してから症状が出るまでの期間が長い
- 潜伏期間中も感染する可能性がある
- 感染経路の特定が困難
2. 発症後1週間が最も感染力が強い
- 発熱や咳などの症状がある時期
- 病原菌の排出量が最も多い
- 学校や職場は休むべき期間
3. 症状改善後も4〜6週間は排菌の可能性
- 熱が下がり、咳が落ち着いた後も注意が必要
- 排菌量は減少するが、ゼロではない
- マスク着用などの予防対策を継続する
4. 感染可能期間は約1〜2か月間
- 潜伏期間から回復期まで、長期にわたって感染リスクが存在
- 時期によって感染力の強さは異なる
- 周囲への配慮が必要
2024年大流行への対応
2024年は8年ぶりの大流行が起きました。今年も冬にかけて感染者が増加する可能性があります。以下の対策を徹底しましょう。
個人でできる対策
- こまめな手洗い・手指消毒
- 適切なマスク着用
- 咳エチケットの徹底
- 定期的な換気
- 体調管理と十分な休養
- 早期受診・早期治療
家族内感染を防ぐために
- 患者の隔離(可能な範囲で)
- タオルや食器の共用を避ける
- 高頻度接触面の消毒
- 家族全員での予防対策
学校・職場での対応
- 流行情報の共有
- 体調不良者の早期休養
- 換気の徹底
- リモートワークの活用
早期受診の重要性
マイコプラズマ肺炎は、適切な診断と治療により、症状を軽減し、重症化を防ぐことができます。以下のような症状がある場合は、早めに医療機関を受診しましょう。
受診の目安
- 1週間以上続く咳
- 発熱が3日以上続く
- 徐々に悪化する咳
- 周囲にマイコプラズマ肺炎の患者がいる
- 呼吸が苦しい、胸が痛いなどの症状
アイシークリニック渋谷院からのメッセージ
マイコプラズマ肺炎は、正しい知識と適切な対応により、重症化を防ぎ、感染拡大を抑えることができる疾患です。「うつる期間」を理解し、自分自身と周囲の人々を守るための行動を心がけましょう。
参考文献
本記事の作成にあたり、以下の信頼できる情報源を参考にしました。
- 国立感染症研究所「マイコプラズマ肺炎とは」
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/503-mycoplasma-pneumoniae.html - 国立感染症研究所「IDWR 2024年第35号<注目すべき感染症>マイコプラズマ肺炎」
https://www.niid.go.jp/niid/ja/idwr.html - 厚生労働省「マイコプラズマ肺炎」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/mycoplasma.html - 日本呼吸器学会・日本感染症学会・日本化学療法学会・日本環境感染学会・日本マイコプラズマ学会「マイコプラズマ感染症(マイコプラズマ肺炎)急増にあたり、その対策について」(2024年11月)
https://www.jrs.or.jp/ - 日本小児科学会「マイコプラズマ肺炎流行に対する日本小児科学会からの注意喚起」(2024年10月)
https://www.jpeds.or.jp/ - こども家庭庁「保育所における感染症対策ガイドライン」(2018年改訂版)
- 文部科学省「学校保健安全法施行規則」
免責事項:
本記事は一般的な医療情報の提供を目的としており、特定の医療行為を推奨するものではありません。個別の症状や治療については、必ず医師などの専門家にご相談ください。
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務