足の付け根にしこりを発見すると、多くの方が「何か病気かもしれない」と不安になるものです。実際に、足の付け根(医学的には鼠径部と呼ばれます)は、さまざまな疾患によってしこりができやすい部位として知られています。
このコラムでは、足の付け根にできるしこりの原因、症状、診断方法、治療法について、アイシークリニック渋谷院の専門医が詳しく解説いたします。しこりを発見された方や、症状について心配されている方にとって、適切な判断と行動の指針となることを願っています。
足の付け根(鼠径部)とは
足の付け根の部分は、医学的には「鼠径部(そけいぶ)」と呼ばれています。この鼠径部は、下腹部と太ももの境界にある三角形状の領域で、左右の恥骨の外側から股関節の前方にかけて広がっています。
鼠径部には重要な解剖学的構造が存在しており、鼠径靭帯、動脈、静脈、リンパ管、神経などが走っています。また、鼠径管という細い管もあり、男性では精索、女性では子宮円索が通っています。このような複雑な構造により、鼠径部はさまざまな疾患の発生部位となりやすいのです。
健康な状態でも、鼠径部には小さなリンパ節が存在しており、1cm未満の小さな結節を触れることは正常な範囲内とされています。しかし、1cmを超えるしこりや、痛み、発熱などの症状を伴う場合は、何らかの疾患を疑う必要があります。
足の付け根にできるしこりの主な原因
足の付け根にしこりができる原因は多岐にわたります。以下に、代表的な疾患とその特徴について詳しく説明いたします。
1. 鼠径ヘルニア(脱腸)
鼠径ヘルニアは、足の付け根のしこりの最も多い原因の一つです。一般的に「脱腸」とも呼ばれ、腹部の内臓(主に腸)が鼠径部の筋肉の隙間から皮膚の下に飛び出してくる状態です。
症状と特徴
- 鼠径部にピンポン球程度の膨らみ(しこり)が出現
- 立っている時や力を入れた時に膨らみが大きくなる
- 横になったり手で押したりすると膨らみが引っ込む
- 初期段階では痛みがないことが多い
- 違和感や突っ張るような感覚
- 男性に多く発症(男性の約3人に1人が生涯に一度は発症)
- 40代以上の男性で特に多い
原因とメカニズム
鼠径ヘルニアの発症には、先天性要因と後天性要因があります。先天性の場合は生まれつきヘルニア嚢が存在し、後天性の場合は加齢による腹壁の脆弱化や慢性的な腹圧の上昇が原因となります。
治療法
鼠径ヘルニアは自然治癒することはなく、手術以外に根治的な治療法はありません。現在では腹腔鏡下修復術が主流となっており、体への負担が少なく、回復も早いとされています。放置すると「嵌頓(かんとん)」という危険な状態を引き起こす可能性があるため、早期の手術が推奨されています。
2. リンパ節腫脹
鼠径部には多くのリンパ節が存在しており、さまざまな原因でリンパ節が腫れてしこりとして触れることがあります。
感染症によるリンパ節腫脹
最も多い原因は感染症です。特に以下のような疾患が挙げられます:
一般的な感染症
- 風邪やインフルエンザなどのウイルス感染
- 細菌感染症
- 下肢の傷からの感染
性感染症
- 梅毒
- クラミジア感染症
- 淋病
- ヘルペス
- HIV感染症
これらの感染症では、感染から2~3週間後に鼠径部のリンパ節が腫れることが多く、しばしば痛みを伴います。
悪性疾患によるリンパ節腫脹
悪性リンパ腫や他の臓器からの癌の転移により、リンパ節が腫大することがあります。
悪性リンパ腫 悪性リンパ腫は、リンパ球が「がん化」して増殖する疾患です。症状として以下が挙げられます:
- 痛みのないリンパ節腫大
- 数週間から数ヶ月かけて徐々に大きくなる
- 発熱、体重減少、盗汗(寝汗)
- 全身の複数のリンパ節が腫れることが多い
転移性リンパ節腫大 以下のような癌からの転移でリンパ節が腫れることがあります:
- 陰茎癌
- 肛門管癌
- 外陰癌
- 子宮頸癌
- 膀胱癌
自己免疫疾患
関節リウマチや全身性エリテマトーデス(SLE)などの自己免疫疾患でも、リンパ節腫脹が起こることがあります。
3. 皮膚・皮下腫瘍
粉瘤(アテローム)
粉瘤は、皮膚の下にできる袋状の嚢胞で、その中に皮脂や角質などの老廃物が蓄積される良性腫瘍です。
症状と特徴
- 皮膚の下に硬いしこりとして触れる
- 中央に小さな黒い点(開口部)が見られることがある
- 通常は痛みがない
- 時間の経過とともに徐々に大きくなる
- 感染すると赤く腫れ、強い痛みを伴う
- 独特の悪臭を伴う内容物
好発部位 粉瘤は体のさまざまな部位にできますが、特に以下の部位に多く見られます:
- 顔面(特に頬部)
- 首
- 背中
- 耳の後ろ
- 腋窩(わきの下)
- 鼠径部
治療法 粉瘤の根治的治療は手術による摘出です。手術方法には以下があります:
- くり抜き法:4-5mmの小さな穴から内容物と嚢胞壁を摘出
- 切開法:メスで切開して嚢胞を完全に摘出
感染していない状態での手術が望ましく、早期治療により傷跡も小さく、回復も早くなります。
脂肪腫
脂肪腫は、脂肪細胞が腫瘍化した良性腫瘍です。
症状と特徴
- 皮膚の下に柔らかいしこりとして触れる
- 可動性があり、皮膚とは独立して動く
- 通常は痛みがない
- 大きさは数mmから10cm以上まで様々
- 単発性が多いが、まれに多発することもある
- 40-50代の女性に多い
分類
- 浅在性脂肪腫:皮下組織に発生(背中、肩、臀部に多い)
- 深在性脂肪腫:筋肉内に発生(大腿部に多い)
治療法 脂肪腫は良性腫瘍のため、治療は必須ではありませんが、以下の場合に手術を検討します:
- 大きくなって日常生活に支障をきたす
- 神経を圧迫して痛みが生じる
- 美容上の問題
- 急速に大きくなる場合(悪性の可能性を除外するため)
4. 血管系疾患
静脈瘤
静脈瘤は血管の一部が膨らんでしまう状態で、鼠径部にも発生することがあります。
症状と特徴
- 血管が膨らんでしこりとして触れる
- 立位で目立ち、臥位で改善することがある
- 足のむくみやだるさを伴うことがある
- 血管がボコボコと浮き出て見える
動脈瘤
動脈の一部が膨らんで瘤を形成する疾患です。鼠径部では大腿動脈瘤が考えられます。
5. 女性特有の疾患
ヌック管水腫
ヌック管水腫は女性特有の疾患で、鼠径部にあるヌック管に液体が溜まって腫れる状態です。
症状と特徴
- 鼠径部にコリッとしたしこりを触れる
- 押しても引っ込まない
- 痛みを伴うことがある
- 子宮内膜症と関連することがある
治療法 小さなものは経過観察で済むことが多いですが、症状がある場合や大きくなる場合は手術を検討します。
6. その他の疾患
精索静脈瘤(男性)
男性の精索静脈が瘤状に拡張する疾患で、鼠径部から陰嚢にかけて痛みや腫れを引き起こすことがあります。
鼠径部痛症候群
スポーツ選手に多く見られる疾患で、運動時に鼠径部に痛みを感じます。しこりは通常ありません。
診断方法
足の付け根のしこりの診断には、以下の手順で検査が行われます。
1. 問診
医師は以下の項目について詳しく聞き取りを行います:
- しこりに気づいた時期
- しこりの大きさの変化
- 痛みの有無
- 発熱などの全身症状
- 既往歴
- 服用している薬剤
- 職業や運動歴
- 性感染症のリスク
2. 身体所見(視診・触診)
医師は実際にしこりを観察し、触診を行います:
視診
- しこりの大きさ、形状
- 皮膚の色調変化
- 炎症所見の有無
触診
- しこりの硬さ
- 可動性
- 圧痛の有無
- 体位による変化(立位と臥位での比較)
特に鼠径ヘルニアが疑われる場合は、立位で腹圧をかけた状態での観察が重要です。
3. 画像検査
超音波検査
超音波検査は診断において非常に有用です:
- 非侵襲的で痛みがない
- 放射線被曝がない
- 診察室で簡単に実施可能
- リアルタイムでの観察が可能
超音波検査により、以下の情報が得られます:
- しこりの性状(液体か固体か)
- 血流の評価
- 周囲組織との関係
- ヘルニアの有無と種類
CT検査
CT検査は以下の場合に有用です:
- 超音波検査で十分な情報が得られない場合
- 深部の病変が疑われる場合
- 悪性疾患の検索が必要な場合
- 骨盤内の詳細な評価が必要な場合
MRI検査
MRI検査は以下の場合に実施されます:
- 軟部組織の詳細な評価が必要
- 脂肪腫などの組織診断
- 神経や血管との関係を詳しく調べる必要がある場合
4. 血液検査
血液検査では以下の項目を調べます:
一般的な検査
- 白血球数、赤血球数、血小板数
- 炎症反応(CRP、ESR)
- 肝機能、腎機能
特殊検査
- 可溶性インターロイキン2受容体(sIL-2R):悪性リンパ腫のスクリーニング
- 腫瘍マーカー:悪性疾患の検索
- 感染症検査:性感染症やウイルス感染の確認
- 自己抗体:自己免疫疾患の検索
5. 組織検査(生検)
以下の場合に組織検査が必要となります:
- 悪性疾患が疑われる場合
- リンパ節腫大の原因が不明な場合
- しこりが2cmを超える場合
- 他の検査で診断がつかない場合
組織検査の方法:
- 細針吸引細胞診(FNA)
- 針生検(コア生検)
- 切除生検
症状別の受診の目安
足の付け根のしこりで以下の症状がある場合は、早急な受診が必要です:
緊急性の高い症状
- 激しい痛みを伴うしこり
- 急速に大きくなるしこり
- 発熱を伴う場合
- 皮膚の発赤や熱感を伴う場合
- 吐き気や嘔吐を伴う場合
- しこりが非常に硬くなった場合
これらの症状は、鼠径ヘルニアの嵌頓や感染性疾患の可能性を示唆するため、直ちに医療機関を受診してください。
比較的緊急性の低い症状でも受診が必要な場合
- しこりが1cmを超える場合
- しこりが徐々に大きくなっている場合
- 数週間経過してもしこりが消失しない場合
- しこりに軽度の痛みがある場合
- 複数のしこりがある場合
経過観察可能な場合
- しこりが1cm以下で痛みがない場合
- 発熱などの全身症状がない場合
ただし、このような場合でも1週間程度で改善しない場合は受診を検討してください。
受診すべき診療科
足の付け根のしこりの症状や疑われる疾患によって、適切な診療科が異なります。
外科・消化器外科(ヘルニア外来)
以下の症状がある場合:
- しこりが押すと引っ込む
- 立位で目立ち、臥位で改善する
- 腹圧をかけると大きくなる
- 鼠径ヘルニアが疑われる症状
皮膚科・形成外科
以下の症状がある場合:
- 皮膚と一体化したしこり
- 中央に黒い点が見える
- 感染して赤く腫れている
- 粉瘤や脂肪腫が疑われる症状
内科
以下の症状がある場合:
- 発熱を伴うリンパ節腫脹
- 全身の複数のリンパ節が腫れている
- 体重減少や倦怠感を伴う
- 悪性リンパ腫や感染症が疑われる症状
血液内科
以下の症状がある場合:
- 悪性リンパ腫が疑われる
- 血液検査で異常値が指摘された
- 内科からの紹介
泌尿器科(男性の場合)
以下の症状がある場合:
- 陰嚢の腫れを伴う
- 排尿時の症状がある
- 性感染症が疑われる
婦人科(女性の場合)
以下の症状がある場合:
- 性感染症が疑われる
- 月経異常を伴う
- 下腹部痛を伴う
初診時の受診科選択
どの診療科を受診すべきか迷う場合は、以下のように考えてください:
- かかりつけ医がいる場合は、まずかかりつけ医に相談
- 鼠径ヘルニアが疑われる場合は外科
- 皮膚のトラブルが疑われる場合は皮膚科
- 発熱などの全身症状がある場合は内科
- 緊急性が高い場合は救急科

治療方法
足の付け根のしこりの治療は、原因となる疾患によって大きく異なります。
鼠径ヘルニアの治療
手術適応
鼠径ヘルニアは手術以外に根治的な治療法はありません。症状がある場合は基本的に手術適応となります。
手術方法
現在主流となっている手術方法:
腹腔鏡下修復術(TAPP、TEP)
- 腹腔内から腹腔鏡を用いて修復
- 創が小さく、術後の痛みが少ない
- 回復が早い
- 両側ヘルニアに対して同時手術が可能
鼠径部切開法(Lichtenstein法など)
- 鼠径部を3-4cm切開して修復
- 局所麻酔で実施可能
- 手術時間が短い
日帰り手術
多くの施設で日帰り手術が可能となっており、患者さんの負担軽減に貢献しています。
リンパ節腫脹の治療
感染症が原因の場合
細菌感染
- 抗生物質の投与
- 局所の安静
- 鎮痛剤の使用
ウイルス感染
- 対症療法(解熱剤、鎮痛剤)
- 安静
- 十分な水分摂取
性感染症
- 原因に応じた特異的治療
- パートナーの検査と治療
- 性行為の制限
悪性疾患が原因の場合
悪性リンパ腫
- 病型に応じた化学療法
- 放射線療法
- 必要に応じて造血幹細胞移植
転移性リンパ節腫大
- 原発巣の治療
- 全身化学療法
- 放射線療法
皮膚・皮下腫瘍の治療
粉瘤の治療
手術的治療 粉瘤の根治的治療は手術による完全摘出です:
- くり抜き法:小さな穴から摘出、縫合不要
- 切開法:メスで切開して完全摘出
炎症時の治療 感染を起こした粉瘤の場合:
- 切開排膿
- 抗生物質の投与
- 炎症沈静化後の根治手術
脂肪腫の治療
経過観察 症状がない場合は経過観察が可能です。
手術的治療 以下の場合に手術を検討:
- 日常生活に支障をきたす大きさ
- 痛みやしびれなどの症状
- 美容上の問題
- 急速な増大(悪性の除外)
血管系疾患の治療
静脈瘤
- 弾性ストッキングの着用
- 硬化療法
- 手術(ストリッピング、レーザー治療)
動脈瘤
- 血管内治療
- 外科的修復術
- 定期的な画像検査による経過観察
予防と生活上の注意点
鼠径ヘルニアの予防
完全な予防は困難ですが、以下の点に注意することで発症リスクを軽減できます:
生活習慣の改善
- 適正体重の維持
- 禁煙(咳による腹圧上昇を防ぐ)
- 便秘の予防と治療
- 激しい運動や重労働時の注意
腹筋の強化
- 適度な腹筋運動
- 腹圧のかけ方に注意
感染症の予防
一般的な感染症予防
- 手洗いの徹底
- 適切な栄養と休養
- 予防接種の実施
性感染症の予防
- 安全な性行為の実践
- 定期的な検査
- パートナーとの情報共有
皮膚疾患の予防
粉瘤の予防
- 皮膚の清潔保持
- 摩擦の軽減
- 適切なスキンケア
炎症の予防
- しこりをいじらない
- 清潔な環境の維持
- 早期の医療機関受診
定期的な自己チェック
月1回程度のセルフチェック
- 鼠径部の触診
- しこりの大きさや硬さの変化
- 皮膚の色調変化
- 痛みなどの症状の有無
記録の保持
- しこりを発見した日時
- 大きさの変化
- 症状の推移
- 写真による記録(可能であれば)
まとめ
足の付け根のしこりは、さまざまな原因によって生じる可能性があります。最も多い原因である鼠径ヘルニアから、感染症によるリンパ節腫脹、皮膚・皮下腫瘍、そして悪性疾患まで、多岐にわたる疾患が考えられます。
重要なのは、しこりを発見した際に自己判断せず、適切な医療機関を受診することです。特に以下の症状がある場合は、早急な受診が必要です:
- 急速に大きくなるしこり
- 激しい痛みを伴う場合
- 発熱などの全身症状を伴う場合
- しこりが非常に硬くなった場合
一方で、1cm以下の小さなしこりで痛みがない場合は、しばらく経過を観察することも可能ですが、1週間程度で改善しない場合は受診を検討してください。
現代の医学では、多くの疾患に対して効果的な治療法が確立されています。早期診断・早期治療により、良好な結果を得ることができます。しこりを発見された方は、不安に感じることなく、まずは専門医にご相談ください。
アイシークリニック渋谷院では、足の付け根のしこりをはじめとする皮膚・皮下腫瘍の診断と治療を専門的に行っております。経験豊富な医師が、最新の検査機器を用いて正確な診断を行い、患者さん一人ひとりに最適な治療方針をご提案いたします。ご心配な症状がございましたら、お気軽にご相談ください。
参考文献
- 日本ヘルニア学会ガイドライン委員会. 鼠径部ヘルニア診療ガイドライン 2024 第2版. 金原出版, 2024. https://jhs.gr.jp/guideline.html
- MSDマニュアル プロフェッショナル版. リンパ節腫脹. https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/04-心血管疾患/リンパ系疾患/リンパ節腫脹
- 国立がん研究センター がん情報サービス. 悪性リンパ腫について. https://www.ncc.go.jp/jp/information/knowledge/Lymphoma/001/index.html
- 日本皮膚科学会. 皮膚腫瘍診療ガイドライン. 日本皮膚科学会雑誌.
- 国立国際医療研究センター病院 ヘルニアセンター. 鼠径ヘルニアとは. https://www.hosp.jihs.go.jp/hernia/010/index.html
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務