はじめに
足に小さな水ぶくれやかゆみが現れると、多くの方が「水虫かもしれない」と心配されることでしょう。確かに、足の皮膚トラブルの代表的な疾患として水虫は広く知られていますが、実は水虫と症状がよく似た「汗疱(かんぽう)」という皮膚疾患があることをご存知でしょうか。
水虫だと思って皮膚科を受診する患者さんの2~3人に1人は水虫ではない別の病気だといわれています。つまり、足の症状を自己判断で「水虫」と決めつけてしまうのは危険で、適切な診断と治療を受けるためには、これらの疾患の違いを理解することが重要です。
本コラムでは、足にできる汗疱と水虫の違いについて、症状、原因、治療法、予防方法まで、専門医の視点から詳しく解説いたします。正しい知識を身につけることで、早期の適切な治療につなげていただければと思います。
汗疱(かんぽう)とは何か
汗疱の基本的な概念
汗疱(かんぽう)とは、手のひらや足の裏にできる皮膚疾患で、「異汗性湿疹(いかんせいしっしん)」とも呼ばれます。汗をかきやすい部位に発症することが多く、手足の「あせも」のような状態と考えるとわかりやすいでしょう。
この疾患は春から夏にかけての季節の変わり目に発症しやすく、秋になると症状が落ち着いてくるのが特徴です。汗疱という名前から汗が直接的な原因と思われがちですが、実際には小水疱と汗腺は通常つながっておらず、水疱内容液も汗とは異なります。
汗疱の症状の特徴
汗疱の症状は以下のような特徴があります:
水疱の形成
- 手のひらや足の裏に、直径1~2mmの小さな水ぶくれが多数できる
- 水ぶくれ同士がくっついて大豆大になることもある
- 水ぶくれは深部にでき、破れにくい
皮膚の変化
- 水ぶくれができた周辺が赤くなったり、白く濁ったりする
- 薄く円く「襟飾り状」に皮がむける
- 皮膚の表面から剥がれ落ちて、自然に治っていく
自覚症状
- 通常、かゆみや痛みは伴わない
- 時に赤くなった部分がかゆく感じることがある
- 軽い痛みを覚えることもある
発症部位
- 手のひら、足の裏が主な発症部位
- 手足の指の側面にもできることがある
- 両手足に同時に生じることが多い
汗疱の原因
汗疱の原因は完全には解明されていませんが、以下のような要因が関与していると考えられています:
体質的要因
- 手足に汗をかきやすい体質(多汗症)
- アトピー性皮膚炎などのアレルギー体質
環境的要因
- 高温多湿な環境
- 季節の変化(春から夏への移行期)
- ストレスの増加
金属アレルギー
- ニッケル、コバルト、クロムなどの金属に対するアレルギー反応
- 食品中の金属成分が汗として排出される際のアレルギー反応
- 歯科治療で使用される金属詰め物の影響
その他の要因
- 化学物質への接触
- 感染症による刺激
- 薬剤によるアレルギー反応
水虫(足白癬)とは何か
水虫の基本的な概念
水虫とは、白癬菌(はくせんきん)というカビの一種が足裏の皮膚に増殖して起こる感染症です。医学的には「足白癬(あしはくせん)」と呼ばれます。日本皮膚科学会皮膚真菌症診療ガイドライン2019によると、足白癬の有病率は人口の約21.6%、爪白癬では10.0%と推計されており、5人に1人は足水虫があり、10人に1人は爪水虫があるという、非常に身近な感染症です。
白癬菌は皮膚糸状菌の一種で、ケラチンと呼ばれる皮膚のたんぱく質を栄養源とし、温かく湿った環境を好むため、靴下や靴で覆われ高温多湿となりやすい足部の皮膚(角層)でよく増殖します。
水虫の症状の特徴
水虫は症状によって3つのタイプに分類されます:
趾間型水虫(しかんがた)
- 足の指の間に発症
- 皮膚が白くふやけて皮がむける
- ジュクジュクと湿った状態になる
- 赤くなって炎症を起こすことがある
- 強いかゆみを伴うことが多い
小水疱型水虫(しょうすいほうがた)
- 足の裏や側面に小さな水疱ができる
- 日が経つと赤くなり皮膚がむけてくる
- かゆみが強いのが特徴
- 汗疱と最も間違えられやすいタイプ
角化型水虫(かくかがた)
- 足の裏やかかとがガサガサと乾燥
- 角層が厚く硬くなる
- 皮膚がむけ、ひび割れを伴う
- かゆみはほとんどない
- 見た目が「たこ」や「ひび割れ」に似ている
爪水虫(爪白癬)
- 爪が白く濁ったり厚くなったりする
- 爪の先端がボロボロになる
- かゆみや痛みがほぼない
- 他のタイプと合併することが多い
水虫の原因と感染経路
原因菌
- 主にTrichophyton rubrum(紅色白癬菌)
- Trichophyton interdigitale(指間白癬菌)
- その他の皮膚糸状菌
感染経路
- 感染者の皮膚から剥がれ落ちた角質(鱗屑)からの感染
- 共有物を介した感染:スリッパ、足ふきマット、タオルなど
- 公共施設での感染:温泉、プール、スポーツジムなど
感染プロセス 白癬菌が皮膚に付着してから侵入するまでに丸一日(24時間)、傷がある場合は半日(12時間)程度要するとされています。つまり、24時間以内に足を洗えば感染を防ぐことができるのです。
感染リスク因子 研究によると、水虫がうつりやすいリスク因子は以下の通りです:
- 加齢
- 男性
- 高コレステロール血症
- ゴルフなどのスポーツ活動
- 同居家族に水虫の方がいる
- 公共の体育館の利用
- スリッパや足ふきマットの共有
汗疱と水虫の見分け方
汗疱と水虫、特に小水疱型の水虫は症状が非常に似ており、専門医でも視診だけでは判断が困難な場合があります。ここでは、両者を見分けるための重要なポイントをご紹介します。
発症部位による見分け方
特徴 | 汗疱 | 水虫(小水疱型) |
---|---|---|
主な発症部位 | 手のひら、足の裏の両方 | 足の裏、足の側面中心 |
手足の関係 | 手足同時に生じることが多い | 足から始まり、手への感染は稀 |
診断の目安 | 手掌だけであれば汗疱を疑う | 足の裏だけであれば白癬を疑う |
症状の違い
水疱の特徴
- 汗疱: 深部にある小水疱、破れにくい、円形に皮がむける
- 水虫: 浅い部分の水疱、破れやすい、不規則に皮がむける
かゆみの程度
- 汗疱: かゆみが軽いか、全くない場合が多い
- 水虫: 強いかゆみを伴うことが多い
季節性
- 汗疱: 春から夏にかけて悪化、秋になると軽快
- 水虫: 梅雨から夏場にかけて悪化、冬でも持続することがある
感染性の違い
汗疱
- 他人にうつることはない
- 家族内感染の心配なし
- 共用物の使用制限不要
水虫
- 感染性がある
- 家族内感染のリスクあり
- 共用物(スリッパ、タオルなど)の使用制限が必要
経過の違い
汗疱
- 症状が軽い場合は2~3週間で自然に改善
- 再発を繰り返すことが多い
- 治療しなくても改善することがある
水虫
- 自然治癒は期待できない
- 治療しないと悪化・拡大する
- 爪白癬に進行するリスクがある
診断方法:正確な判別のために
皮膚科での診断プロセス
問診
- 症状の出現時期と経過
- かゆみの有無と程度
- 家族内の水虫の有無
- 職業や生活環境
- 既往歴とアレルギーの有無
視診
- 病変の形態と分布
- 水疱の性状と皮むけの様子
- 色調の変化
- 周囲皮膚の状態
検査方法
顕微鏡検査(KOH直接鏡検) これが最も重要な検査です。
- 患部の皮膚を採取して顕微鏡で観察
- 白癬菌が存在するかを直接確認
- その場で結果がわかる(3分程度)
- 汗疱では白癬菌は検出されない
- 水虫では白癬菌が確認される
真菌培養検査
- より確実な診断のための検査
- 原因菌の種類を特定できる
- 結果まで2~4週間を要する
- 薬剤感受性試験も可能
パッチテスト
- 汗疱で金属アレルギーが疑われる場合
- アレルギー反応の有無を確認
- 48時間後と72時間後に判定
診断時の注意点
市販薬使用後の診断 先に市販されている水虫薬を使ってしまうと、診断の精度が落ちることがあります。できれば、水虫薬を使わずに受診してください。
ステロイド外用後の診断 ステロイド薬を使用していると、水虫の場合に菌の検出が困難になったり、症状が修飾されることがあります。
検査のタイミング
- 入浴直後は避ける(菌が洗い流される可能性)
- 薬剤使用を一時中止してからの受診が望ましい
治療法の違いと注意点
汗疱の治療
汗疱の治療は症状の程度や原因によって異なりますが、基本的には外用薬による治療が中心となります。
軽症の場合 症状が軽い場合は、2~3週間で水ぶくれは吸収され、自然と改善されていきます。
- 保湿剤の使用: ワセリン、セラミド配合クリームなど
- 使用タイミング: 入浴後の湿った肌に塗布
中等症から重症の場合 かゆみがあり症状も悪化している場合は、ステロイド外用薬を使用します。
- ステロイド外用薬: 中等度から強力なステロイド薬
- 抗ヒスタミン薬: かゆみが強い場合の内服薬
- 抗アレルギー薬: アレルギー反応を抑制
特殊な治療
- 金属アレルギーの場合: 原因金属の除去、低金属食事療法
- 皮膚が分厚くなった場合: 尿素含有軟膏やサリチル酸ワセリン
水虫の治療
日本皮膚科学会皮膚真菌症診療ガイドライン2019では、手・足白癬については外用抗真菌薬を、爪白癬の合併例に関しては内服抗真菌薬を第一選択にすべきであるとされています。
外用抗真菌薬による治療
- 使用方法: 1日1回の塗布
- 治療期間:
- 趾間型:2ヵ月以上
- 小水疱型(汗疱型):3ヵ月以上
- 角化型:6ヵ月以上
主な外用抗真菌薬
- ルリコナゾール(ルリコン®)
- テルビナフィン(ラミシール®)
- イミダゾール系薬剤
- アリルアミン系薬剤
内服抗真菌薬による治療 以下の場合に適応となります:
- 爪白癬の合併例
- 角化型の難治例
- 接触皮膚炎を合併している場合
- 外用薬の塗布が困難な場合
主な内服抗真菌薬
- テルビナフィン(ラミシール®)
- イトラコナゾール(イトリゾール®)
- ホスラブコナゾール(ネイリン®)
治療の注意点
間違った薬剤使用のリスク
- 汗疱に水虫薬: かぶれで症状が悪化する可能性
- 水虫にステロイド薬: 感染が拡大し、症状が悪化する
治療継続の重要性
- 水虫: 症状が改善しても菌が残存している可能性があるため、医師の指示通り継続
- 汗疱: 再発を防ぐため、予防的なスキンケアが重要
予防方法とセルフケア
汗疱の予防
日常生活での注意点
- 手足を清潔に保つ
- 水分や汗をこまめに拭き取る
- 通気性の良い靴や靴下を選ぶ
- ストレスの軽減
スキンケア
- シャンプーや洗剤は刺激の少ないものを選ぶ
- ノンシリコンタイプや天然成分を使用したものが効果的
- 適切な保湿を心がける
金属アレルギー対策
- 原因となる金属の特定と除去
- 低金属食事療法(必要に応じて)
- 歯科金属の見直し
water虫の予防
環境対策
- 足を清潔で乾燥した状態に保つ
- 毎日の足洗いと十分な乾燥
- 通気性の良い靴の選択
- 靴の交替使用と十分な乾燥
感染防止対策
- 家族内での共用物の使用制限
- スリッパ、タオル、靴下の個人使用
- 公共施設でのスリッパ着用
- 足ふきマットの清潔管理
靴・靴下の管理
- 吸湿性・通気性の良い素材の選択
- 靴の定期的な消毒と乾燥
- 靴下の毎日交換
- 裸足での生活時間の確保

よくある質問と回答
A: 視診だけでは医師でも正しく判断することは難しい症状ですため、皮膚科での顕微鏡検査が最も確実な方法です。この検査により白癬菌の有無を確認でき、3分程度で診断ができます。汗疱では白癬菌は検出されませんが、水虫では白癬菌が確認されます。
A: 汗疱は再発を繰り返しますが、適切な治療により症状をコントロールすることは可能です。症状が軽い場合は、2~3週間で水ぶくれは吸収され、自然と改善されていきます。ただし、原因となる金属アレルギーや体質的要因が解決されない限り、季節的な再発の可能性があります。
A: 水虫は自然治癒を期待できない感染症です。治療しないと症状が悪化・拡大し、爪白癬に進行するリスクもあります。また、家族や周囲の人への感染源となる可能性もあるため、適切な治療が必要です。
A: 正確な診断なしに市販薬を使用するのは推奨できません。汗疱に水虫薬を使用すると症状が悪化する可能性があり、水虫にステロイド薬を使用すると感染が拡大することがあります。まずは皮膚科で正確な診断を受けることが重要です。
A: 妊娠中や授乳中の場合、使用できる薬剤に制限があります。特に内服薬については慎重な判断が必要です。外用薬については比較的安全に使用できるものもありますが、必ず皮膚科医に相談してから治療を開始してください。
A: 子どもの場合、汗疱は成長とともに軽快することが多いとされています。一方、水虫は大人ほど多くありませんが、家族内感染の可能性があります。いずれの場合も、大人と同様に正確な診断が重要ですので、症状が気になる場合は皮膚科を受診してください。
まとめ
汗疱と水虫は、症状が非常に似ているため一般の方による鑑別は困難ですが、適切な知識を持つことで早期受診につなげることができます。
重要なポイント
- 自己診断は危険: 見た目だけでは判断困難
- 専門医による診断: 顕微鏡検査による正確な鑑別が重要
- 治療法の違い: 病気によって全く異なる治療が必要
- 早期治療: 適切な診断により早期改善が期待できる
- 予防の重要性: 生活習慣の改善で再発・感染を防止
足に気になる症状が現れた際は、「急がば回れ」の精神で、まず皮膚科専門医を受診し、正しい診断のもとに的確な治療を受けることが最も重要です。適切な治療により、足のトラブルから解放され、快適な生活を取り戻すことができるでしょう。
参考文献
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- 埼玉県皮膚科医会. 異汗性湿疹について. http://saitamahifuka.org/public/dermatosis/異汗性湿疹/
- 徳島県医師会. 水虫、汗疱などに関する医療情報. https://www.tokushima.med.or.jp/kenmin/doctorcolumn/hc/934-2014-09-05-05-55-19
- 仲弥, 宮川俊一, 服部尚子ほか. 足白癬・爪白癬の実態と潜在罹患率の大規模疫学調査(Foot Check 2007). 日本臨床皮膚科医会雑誌. 2009;27:27-36.
- Watanabe S, Harada T, Hiruma M, et al. Epidemiological survey of foot diseases in Japan: Results of 30000 foot checks by dermatologists. J Dermatol. 2010;37:397-406.
- Shimoyama H, Sei Y. 2016 Epidemiological survey of dermatophytosis in Japan. Med Mycol J. 2017;58:E9-E17.
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務