はじめに
楽しい食事のあと、突然襲ってくる腹痛や下痢、吐き気。これらは「食あたり」の典型的な症状です。食あたりは医学的には「食中毒」と呼ばれ、細菌やウイルス、寄生虫などに汚染された食品を摂取することで起こる健康被害を指します。
日本では毎年数万件の食中毒が報告されており、私たちの身近に潜む健康リスクの一つです。特に気温や湿度が高くなる梅雨から夏にかけては、細菌性食中毒が急増します。しかし、冬場にはノロウイルスによる食中毒が多発するなど、一年を通じて注意が必要な疾患といえます。
本記事では、アイシークリニック渋谷院の医療コラムとして、食あたりの症状や原因、予防法、そして発症時の適切な対処法について詳しく解説します。正しい知識を身につけることで、食あたりのリスクを減らし、万が一発症した場合でも適切に対応できるようになりましょう。
食あたり(食中毒)とは
食あたりとは、細菌やウイルス、寄生虫、あるいはそれらが産生する毒素に汚染された食品や飲料を摂取することで起こる急性の胃腸炎症状を主体とした疾患群です。厚生労働省の定義によれば、食中毒とは「食品や飲料水を介して病原微生物や有害物質が体内に入り、下痢や嘔吐などの症状を引き起こす疾病」とされています。
食あたりは、原因物質によって「感染型」「毒素型」「中間型」の3つに大きく分類されます。感染型は病原体が腸管内で増殖して症状を引き起こすタイプ、毒素型は食品内で産生された毒素によって症状が現れるタイプ、中間型はその中間の性質を持つタイプです。
食中毒の発生状況
厚生労働省の統計によると、日本国内では年間約1,000件から1,500件の食中毒事件が報告され、患者数は1万5,000人から2万人程度となっています。ただし、これは医療機関を受診し、保健所に届け出られた症例のみであり、実際には軽症で受診しないケースも多いため、実際の発生数はこれよりもはるかに多いと推定されています。
月別の発生状況を見ると、細菌性食中毒は6月から9月の暖かい時期に多く、ウイルス性食中毒、特にノロウイルスによるものは11月から3月の寒い時期に多い傾向があります。
食あたりの主な症状
食あたりの症状は原因となる病原体によって異なりますが、一般的には消化器症状が中心となります。ここでは代表的な症状について詳しく見ていきましょう。
腹痛
食あたりの最も一般的な症状の一つが腹痛です。多くの場合、下腹部や臍周囲に痛みを感じます。痛みの程度は軽度の不快感から激しい痙攣性の痛みまで様々で、原因菌によって特徴が異なります。
腸管出血性大腸菌(O157など)による食中毒では、激しい腹痛を伴うことが多く、カンピロバクターによる食中毒では、発熱とともに持続的な腹痛が見られます。痛みは断続的に起こることもあれば、持続的なこともあります。
下痢
下痢も食あたりの代表的な症状です。通常、水様便から始まり、回数が増えていくのが特徴です。1日に数回から十数回排便することもあり、重症例では脱水症状を引き起こす危険性があります。
原因菌によって便の性状も異なります。例えば、腸管出血性大腸菌では血便が見られることがあり、「出血性大腸炎」と呼ばれます。サルモネラ菌やカンピロバクターによる食中毒でも、粘血便が見られることがあります。一方、ノロウイルスによる食中毒では、主に水様下痢となります。
嘔吐・吐き気
吐き気や嘔吐も頻繁に見られる症状です。特に黄色ブドウ球菌やノロウイルスによる食中毒では、嘔吐が主症状となることが多く、突然の激しい嘔吐から始まることもあります。
嘔吐は食後数時間以内に起こることもあれば、1日から2日後に現れることもあります。頻回の嘔吐は脱水症状を引き起こしやすく、特に小児や高齢者では注意が必要です。
発熱
多くの食中毒では発熱を伴います。発熱の程度は原因によって異なり、微熱から38度以上の高熱まで様々です。カンピロバクターやサルモネラ菌による食中毒では、比較的高い熱が出ることが多く、38度から40度の発熱が見られることもあります。
発熱は病原体が体内で増殖していることを示すサインであり、免疫系が反応している証拠でもあります。ただし、黄色ブドウ球菌のように毒素型の食中毒では、発熱を伴わないこともあります。
その他の症状
上記の主要症状以外にも、以下のような症状が現れることがあります。
- 倦怠感・脱力感: 全身のだるさや疲労感を感じることが多く、日常生活に支障をきたすこともあります
- 頭痛: 発熱に伴って頭痛が生じることがあります
- 筋肉痛・関節痛: インフルエンザ様の症状として現れることがあります
- 悪寒・戦慄: 高熱に伴って寒気を感じることがあります
- めまい: 脱水や発熱により、めまいやふらつきを感じることがあります
重症化のサイン
以下のような症状が見られる場合は、重症化している可能性があり、早急な医療機関の受診が必要です。
- 血便が出る
- 高熱(39度以上)が持続する
- 激しい腹痛が続く
- 意識がもうろうとする
- 尿が出ない、または著しく減少する
- 唇や皮膚が乾燥し、皮膚のハリがなくなる(脱水症状)
- けいれんが起こる
これらの症状は、腸管出血性大腸菌による溶血性尿毒症症候群(HUS)やその他の重篤な合併症の可能性を示唆しており、命に関わることもあるため、速やかに医療機関を受診してください。
食あたりの主な原因
食あたりの原因は多岐にわたりますが、大きく分けて細菌性、ウイルス性、寄生虫性、自然毒、化学物質に分類されます。ここでは特に頻度の高い原因について詳しく解説します。
細菌性食中毒
細菌性食中毒は、細菌またはその毒素によって引き起こされる食中毒です。日本の食中毒の中で最も多いタイプの一つで、特に夏場に多発します。
カンピロバクター
カンピロバクターは、日本の細菌性食中毒の原因菌として最も多く報告されている細菌です。主に鶏肉や牛肉などの食肉、特に加熱不十分な鶏肉を食べることで感染します。
特徴:
- 潜伏期間は2日から7日と比較的長い
- 下痢、腹痛、発熱が主な症状
- 少量の菌(数百個程度)でも感染が成立する
- 症状は通常1週間程度で改善する
カンピロバクター食中毒の注意点は、まれに「ギラン・バレー症候群」という神経系の合併症を引き起こす可能性があることです。ギラン・バレー症候群は、手足の麻痺や呼吸困難を引き起こす重篤な疾患ですが、発症頻度は低く、適切な治療により多くの場合回復します。
サルモネラ菌
サルモネラ菌は、卵や鶏肉、食肉などを介して感染する細菌です。特に生卵や加熱不十分な卵料理が原因となることが多くあります。
特徴:
- 潜伏期間は6時間から48時間
- 激しい下痢、腹痛、嘔吐、発熱が主な症状
- 高齢者や乳幼児では重症化しやすい
- 菌血症を起こすと生命に危険が及ぶこともある
日本では卵の生産・流通過程での衛生管理が徹底されているため、新鮮な卵による感染リスクは比較的低いですが、賞味期限を過ぎた卵や、殻が割れた卵、常温で長時間放置された卵は注意が必要です。
腸管出血性大腸菌(O157など)
腸管出血性大腸菌(EHEC)は、ベロ毒素と呼ばれる強力な毒素を産生する大腸菌の一群で、O157が最もよく知られています。牛肉(特に生肉や加熱不十分な肉)、生野菜、井戸水などが原因となります。
特徴:
- 潜伏期間は3日から8日
- 激しい腹痛と水様下痢で始まり、血便へ進行する
- 発熱は軽度から中等度
- 非常に少ない菌数(50個程度)でも感染が成立する
- 溶血性尿毒症症候群(HUS)や脳症などの重篤な合併症を起こすことがある
特に小児や高齢者では重症化しやすく、HUSを発症すると腎不全、溶血性貧血、血小板減少などが起こり、命に関わることもあります。予防のためには、食肉の十分な加熱(中心部75度、1分以上)と、調理器具の衛生管理が重要です。
黄色ブドウ球菌
黄色ブドウ球菌は、人の皮膚や鼻腔に常在する細菌で、食品中で増殖する際に「エンテロトキシン」という毒素を産生します。この毒素は熱に非常に強く、通常の加熱では分解されません。
特徴:
- 潜伏期間は1時間から5時間と非常に短い
- 突然の激しい嘔吐と吐き気が主症状
- 下痢や腹痛を伴うこともある
- 発熱はほとんどない
- 症状は比較的短時間(数時間から1日程度)で改善する
おにぎりや弁当、サンドイッチなど、手で直接触れて調理する食品が原因となりやすいです。調理する人の手指に傷や化膿創がある場合は特に注意が必要で、手袋の着用や調理を控えることが推奨されます。
ウェルシュ菌
ウェルシュ菌は、酸素のない環境で増殖する嫌気性菌で、「給食病」とも呼ばれます。カレー、シチュー、煮物など、大量に調理して保温されていた食品が原因となることが多いです。
特徴:
- 潜伏期間は6時間から18時間
- 腹痛と下痢が主な症状
- 嘔吐や発熱はまれ
- 症状は比較的軽く、1日から2日で改善する
ウェルシュ菌の芽胞は熱に強く、通常の加熱調理では死滅しません。調理後、室温で長時間放置すると、芽胞が発芽して菌が増殖します。予防のためには、調理後は速やかに食べるか、小分けにして急速に冷却し、冷蔵保存することが重要です。
腸炎ビブリオ
腸炎ビブリオは、海水中に生息する細菌で、魚介類を介して感染します。刺身や寿司など、生の魚介類を食べることで感染することが多いです。
特徴:
- 潜伏期間は8時間から24時間
- 激しい腹痛と水様下痢が主な症状
- 嘔吐や発熱を伴うこともある
- 増殖速度が非常に速い(至適条件下では8分から10分で倍増)
腸炎ビブリオは真水や低温に弱いため、魚介類を真水でよく洗い、低温(4度以下)で保存することが予防に効果的です。また、夏場は特に注意が必要で、購入後は速やかに冷蔵・冷凍し、早めに食べることが大切です。
ウイルス性食中毒
ウイルス性食中毒は、主にノロウイルスとロタウイルスによって引き起こされます。特にノロウイルスは、冬場の食中毒の主要な原因となっています。
ノロウイルス
ノロウイルスは、冬季を中心に年間を通じて発生する食中毒の原因ウイルスです。感染力が非常に強く、集団発生を起こしやすいのが特徴です。
特徴:
- 潜伏期間は24時間から48時間
- 突然の激しい嘔吐、下痢、腹痛が主な症状
- 発熱は軽度(37度から38度程度)
- 症状は1日から3日程度で改善する
- 非常に少量のウイルス(10個から100個程度)でも感染が成立する
- 感染経路は食品だけでなく、人から人への接触感染もある
カキなどの二枚貝を生や加熱不十分な状態で食べることで感染することが多いですが、感染者が調理した食品や、感染者の嘔吐物や便を介した二次感染も重要な感染経路です。
ノロウイルスは消毒用アルコールがあまり効かないため、予防には石鹸を使った手洗いが最も重要です。また、次亜塩素酸ナトリウム(家庭用塩素系漂白剤)による消毒が効果的です。
寄生虫による食中毒
寄生虫による食中毒は、生の魚介類や食肉を介して感染することが多く、近年は食生活の多様化により注意が必要となっています。
アニサキス
アニサキスは、サバ、イカ、サンマ、アジなどの魚介類に寄生する線虫の一種です。生の魚介類を食べることで感染し、激しい腹痛を引き起こします。
特徴:
- 食後数時間から数十時間で症状が現れる
- みぞおちの激しい痛みが特徴
- 吐き気や嘔吐を伴うことが多い
- 内視鏡検査で虫体を確認・摘出することで治療する
アニサキスは加熱(60度で1分以上)または冷凍(マイナス20度で24時間以上)で死滅するため、これらの処理が予防に有効です。また、新鮮な魚でも寄生していることがあるため、刺身を食べる際は注意が必要です。
自然毒による食中毒
自然毒による食中毒は、毒キノコや有毒植物、フグ毒などによって引き起こされます。重症化しやすく、死亡例も報告されているため、特に注意が必要です。
フグ毒(テトロドトキシン)
フグの内臓や皮に含まれるテトロドトキシンは、非常に強力な神経毒です。
特徴:
- 食後20分から3時間で症状が現れる
- 唇や舌のしびれから始まり、全身の麻痺へ進行する
- 重症例では呼吸麻痺を起こし、死亡することもある
- 特異的な解毒剤はない
フグは必ず専門の資格を持った調理師が調理したものを食べるようにしましょう。素人によるフグの調理は絶対に避けてください。
毒キノコ
日本には多くの毒キノコが存在し、毎年食中毒が発生しています。食用キノコと見分けがつきにくい種類もあり、誤食による事故が後を絶ちません。
特徴:
- 種類によって症状や潜伏期間が大きく異なる
- 消化器症状(嘔吐、下痢、腹痛)が多いが、神経症状や肝障害を起こすものもある
- 死に至る種類(ドクツルタケなど)も存在する
確実に食用と判断できないキノコは絶対に食べないでください。「派手な色のキノコは毒」「虫が食べているキノコは安全」などの言い伝えは根拠がなく、危険です。
食あたりになりやすい食品
食あたりのリスクが高い食品を知っておくことは、予防のために非常に重要です。以下、特に注意が必要な食品について解説します。
生の食肉
鶏肉、豚肉、牛肉などの生肉や加熱不十分な肉は、カンピロバクター、サルモネラ菌、腸管出血性大腸菌などの細菌に汚染されている可能性があります。
特に鶏肉は高い確率でカンピロバクターに汚染されており、鶏刺しや鶏タタキなどの生肉料理は高リスクです。また、豚肉の生食は食品衛生法で禁止されています。牛肉の生食(ユッケなど)についても、厳しい基準が設けられています。
生卵・加熱不十分な卵料理
卵はサルモネラ菌による食中毒の原因となることがあります。新鮮な卵であっても、保存状態が悪ければ菌が増殖する可能性があります。
特に注意が必要なのは、以下のような場合です。
- 賞味期限を過ぎた卵
- 殻にひびが入っている卵
- 常温で長時間保管された卵
- 半熟卵や温泉卵などの加熱不十分な卵料理
卵を使った生地を含むケーキやクッキーの生地も、焼く前に食べることは避けましょう。
生の魚介類
刺身や寿司などの生の魚介類は、腸炎ビブリオやアニサキスなどのリスクがあります。特に夏場は腸炎ビブリオが増殖しやすく、注意が必要です。
また、カキなどの二枚貝は、ノロウイルスを蓄積していることがあり、生や加熱不十分な状態で食べると感染のリスクがあります。
おにぎり・弁当・サンドイッチ
手で直接触れて調理するおにぎりや、常温で長時間放置される弁当やサンドイッチは、黄色ブドウ球菌による食中毒のリスクがあります。
特に夏場は菌が増殖しやすく、作ってから食べるまでの時間が長くなるほどリスクが高まります。できるだけ早く食べるか、保冷剤を使用して低温を保つことが重要です。
カレー・シチュー・煮物
大鍋で調理し、室温で長時間保存されたカレーやシチュー、煮物は、ウェルシュ菌による食中毒のリスクがあります。
特に、一度調理したものを室温で放置し、翌日温め直して食べる場合に注意が必要です。ウェルシュ菌の芽胞は加熱では死滅しないため、調理後は速やかに食べるか、小分けにして冷蔵保存しましょう。
野菜サラダ・カット野菜
生野菜は、腸管出血性大腸菌(O157など)やサルモネラ菌に汚染されている可能性があります。特にカット野菜は、切り口から菌が侵入しやすく、時間経過とともに菌が増殖するリスクがあります。
購入後は速やかに冷蔵保存し、食べる前によく洗うことが大切です。また、賞味期限を守り、できるだけ早く食べましょう。
チーズ・乳製品
未殺菌の牛乳や、それを使った乳製品(ナチュラルチーズなど)は、リステリア菌などに汚染されている可能性があります。
特に妊婦、高齢者、免疫力が低下している人は、未殺菌乳製品の摂取を避けるべきです。日本で市販されている牛乳は加熱殺菌されているため、通常は安全ですが、海外の製品や直売所の製品には注意が必要です。
食あたりの予防法
食あたりを防ぐためには、「つけない」「増やさない」「やっつける」の3原則が重要です。ここでは、家庭でできる具体的な予防法について詳しく解説します。
1. つけない(清潔)
食中毒菌を食品につけないことが、予防の第一歩です。
手洗いの徹底
手洗いは食中毒予防の最も基本的で重要な対策です。以下のタイミングで、石鹸を使って30秒以上かけて丁寧に手を洗いましょう。
- 調理を始める前
- 生の肉、魚、卵を触った後
- トイレの後
- ペットを触った後
- 食事の前
手洗いの手順は、手のひら、手の甲、指の間、爪の中、手首までしっかりと洗うことが大切です。
調理器具の洗浄・消毒
まな板、包丁、ボウルなどの調理器具は、使用後すぐに洗剤でよく洗い、熱湯や漂白剤で消毒しましょう。
特に生肉や生魚を切ったまな板や包丁は、他の食材に菌が移らないよう、使い分けるか、その都度洗浄・消毒することが重要です。可能であれば、肉・魚用と野菜用でまな板を分けるのが理想的です。
食材の適切な保管
生肉、生魚、生卵などは、他の食品と分けて保管しましょう。冷蔵庫内でも、密閉容器やラップで包んで、汁が漏れないようにします。
買い物から帰ったら、速やかに冷蔵・冷凍庫に入れ、常温で放置する時間を最小限にしましょう。
2. 増やさない(迅速・冷却)
細菌の多くは、温度が高く、栄養と水分が豊富な環境で急速に増殖します。食品中での細菌の増殖を防ぐことが重要です。
適切な温度管理
細菌は10度以下では増殖が遅くなり、マイナス15度以下では増殖が停止します(ただし死滅するわけではありません)。逆に、30度から40度の温度帯では急速に増殖します。
- 冷蔵庫は10度以下、冷凍庫はマイナス15度以下に設定する
- 冷蔵庫の詰めすぎに注意(7割程度までにする)
- 扉の開閉は短時間で、頻度を減らす
- 温かい料理は粗熱を取ってから冷蔵庫へ入れる
調理後は早く食べる
調理した食品は、できるだけ早く(2時間以内に)食べましょう。特に常温で放置する時間が長くなるほど、細菌が増殖するリスクが高まります。
弁当を作る場合は、保冷剤を使用して温度を低く保ちましょう。夏場は特に注意が必要です。
作り置きの注意点
作り置きの料理は、小分けにして保存容器に入れ、速やかに冷蔵庫で保存します。大きな鍋ごと保存すると、中心部の温度が下がりにくく、菌が増殖しやすくなります。
また、作り置きの料理は、食べる前に十分に再加熱(中心部が75度以上で1分以上)しましょう。
3. やっつける(加熱)
ほとんどの食中毒菌は、適切な加熱によって死滅させることができます。
十分な加熱
食品の中心部まで十分に加熱することが重要です。目安は、中心部の温度が75度以上で1分以上(ノロウイルス対策には85度から90度で90秒以上)です。
- ハンバーグや肉団子は、中心部まで火が通っているか確認する
- 魚は中心部が白く不透明になるまで加熱する
- 卵は黄身まで固まるまで加熱する
加熱の目安として、肉汁が透明になる、中心部の色が変わる、などの視覚的なサインも参考にしましょう。
電子レンジでの加熱
電子レンジで加熱する場合は、加熱ムラに注意が必要です。時々混ぜたり、ラップをして蒸気を閉じ込めたりすることで、均一に加熱できます。
再加熱する場合も、十分な温度(75度以上)まで加熱しましょう。
調理器具の熱湯消毒
まな板、包丁、ふきんなどは、洗剤で洗った後、熱湯(85度以上)をかけて消毒するのが効果的です。特に生肉や生魚を扱った後は、必ず消毒しましょう。
その他の予防ポイント
食材の選び方
- 新鮮なものを選ぶ
- 賞味期限・消費期限を確認する
- パッケージが破れていないか、汁が漏れていないかチェックする
- 冷蔵・冷凍が必要な食品は、買い物の最後に取り、保冷バッグに入れて持ち帰る
水の安全性
井戸水や湧水を使用する場合は、定期的な水質検査を受けましょう。海外旅行時には、水道水が飲用可能かどうかを確認し、不安な場合はミネラルウォーターを使用します。
外食時の注意
- 清潔そうな店を選ぶ
- 生肉や生魚のメニューは、特に夏場は避けるか注意する
- 体調が悪いときや、免疫力が低下しているときは、加熱された料理を選ぶ
食あたりになったときの対処法
万が一食あたりになってしまった場合、適切な対処が症状の軽減と早期回復につながります。
初期対応
安静にする
食あたりの症状が出たら、まずは安静にして体を休めることが大切です。無理に動き回ると、症状が悪化したり、脱水が進んだりする可能性があります。
水分補給
下痢や嘔吐によって、体内の水分と電解質が失われます。脱水症状を防ぐために、こまめな水分補給が非常に重要です。
適切な水分補給の方法:
- 一度に大量に飲むと嘔吐を誘発するため、少量ずつ頻回に飲む
- 経口補水液(OS-1など)が最適
- スポーツドリンクでも可(ただし糖分が多いため、水で2倍に薄めるのが望ましい)
- 水だけでは電解質が補給できないため、経口補水液やスポーツドリンクを併用する
脱水症状のサイン:
- 喉が渇く
- 尿が少ない、または色が濃い
- 皮膚の弾力がなくなる
- 唇や口の中が乾燥する
- めまいやふらつき
これらの症状が見られる場合は、脱水が進行している可能性があるため、医療機関の受診を検討してください。
食事の注意
嘔吐が続いているとき:
- 無理に食べない
- 嘔吐が落ち着くまで絶食し、水分補給に集中する
症状が落ち着いてきたら:
- 消化の良い食べ物から少しずつ始める
- おかゆ、うどん、バナナ、りんご(すりおろし)、白身魚などが適している
- 脂っこいもの、刺激の強いもの、乳製品、食物繊維の多いものは避ける
- 常温に近い温度のものが胃腸に優しい
避けるべきこと
下痢止め薬の自己判断での使用
下痢は、体内の毒素や病原体を排出しようとする防御反応です。安易に下痢止め薬を使うと、毒素や病原体が体内に留まり、症状が悪化したり、回復が遅れたりする可能性があります。
特に腸管出血性大腸菌(O157など)による食中毒が疑われる場合は、下痢止め薬の使用が重篤な合併症のリスクを高めることが知られています。
市販の解熱剤の使用
高熱で辛い場合でも、市販の解熱剤を使う前に医師や薬剤師に相談することをおすすめします。特に小児の場合、アスピリンなど一部の解熱剤は使用を避けるべき場合があります。
アルコールの摂取
アルコールは脱水を促進し、胃腸に負担をかけるため、症状が完全に回復するまで控えましょう。
医療機関を受診すべきタイミング
以下のような症状がある場合は、速やかに医療機関を受診してください。
緊急性が高い症状:
- 血便が出る(黒い便、赤い便、便に血が混じる)
- 高熱(38.5度以上)が続く
- 激しい腹痛が持続する
- 意識がもうろうとする、反応が鈍い
- 水分が取れない、または飲んでもすぐに吐いてしまう
- 尿が半日以上出ない
- 唇や皮膚が著しく乾燥し、皮膚をつまんでも戻らない
- けいれんが起こる
- 呼吸困難がある
早めの受診が望ましい症状:
- 症状が2日以上続く
- 症状が徐々に悪化している
- 1日に10回以上の下痢がある
- 乳幼児、高齢者、妊婦、基礎疾患のある人
- 海外旅行から帰国後の発症
医療機関での治療
医療機関では、問診、身体診察、必要に応じて検査(血液検査、便培養検査など)が行われます。
主な治療法:
- 輸液療法: 脱水が強い場合、点滴で水分と電解質を補給します
- 整腸剤: 腸内環境を整える薬が処方されることがあります
- 抗菌薬: 細菌性食中毒で必要と判断された場合に処方されます(すべての食中毒に有効ではありません)
- 対症療法: 吐き気止めや解熱剤などが処方されることがあります
重症例や合併症が疑われる場合は、入院治療が必要になることもあります。
家族への感染予防
食あたりの原因によっては、家族など周囲の人に感染する可能性があります。特にノロウイルスは感染力が強いため、以下の対策が重要です。
感染拡大を防ぐための対策:
- トイレの後、食事の前には必ず石鹸で手を洗う
- タオルは共用せず、個人専用のものを使う
- 嘔吐物や便の処理は、マスクと手袋を着用して行う
- 嘔吐物や便で汚れた場所は、次亜塩素酸ナトリウム(塩素系漂白剤)で消毒する
- 症状が治まっても、1週間程度はウイルスが排出される可能性があるため、手洗いを徹底する
- 調理は避けるか、特に注意して行う
特に注意が必要な人
食あたりは誰にでも起こりうる疾患ですが、以下のような人は特に注意が必要であり、重症化しやすい傾向があります。
乳幼児
乳幼児は免疫機能が未熟で、体重に対する水分の割合が多いため、脱水症状が急速に進行しやすいです。また、症状を言葉で表現できないため、重症化に気づくのが遅れる可能性があります。
注意点:
- 少しでもぐったりしている、おしっこが出ない、唇が乾燥しているなどの症状があれば、すぐに医療機関を受診する
- 下痢や嘔吐があるときは、こまめな水分補給を心がける
- 離乳食期の食材は、十分に加熱する
- 蜂蜜は1歳未満の乳児には絶対に与えない(乳児ボツリヌス症のリスク)
高齢者
高齢者は免疫機能が低下しており、また基礎疾患を持っていることが多いため、食中毒が重症化しやすいです。さらに、喉の渇きを感じにくくなっているため、脱水症状に陥りやすい傾向があります。
注意点:
- 生の食材や加熱不十分な食材は避ける
- こまめな水分補給を心がける
- 少しでも症状がある場合は、早めに医療機関を受診する
- 飲み込む力(嚥下機能)が低下している場合、誤嚥性肺炎にも注意が必要
妊婦
妊娠中は免疫機能が変化するため、一部の食中毒にかかりやすくなります。特にリステリア菌による食中毒は、胎児に影響を及ぼす可能性があり、注意が必要です。
注意点:
- 生の食肉、生の魚介類、未殺菌の乳製品は避ける
- 加熱された食品を選ぶ
- 症状が出た場合は、速やかに産婦人科医または内科医に相談する
- リステリア菌は胎盤を通過して胎児に感染する可能性があるため、特に注意が必要
免疫力が低下している人
がん治療中、臓器移植後、HIV感染症、糖尿病、肝硬変などで免疫力が低下している人は、食中毒のリスクが高く、また重症化しやすいです。
注意点:
- 生の食材は避け、十分に加熱された食品を食べる
- 食品の保存や調理に特に注意を払う
- 少しでも症状がある場合は、すぐに主治医に連絡する

食あたりに関するよくある疑問
賞味期限は、「おいしく食べられる期限」で、この日を過ぎてもすぐに食べられなくなるわけではありません。主に缶詰、インスタント食品、スナック菓子などに表示されています。
消費期限は、「安全に食べられる期限」で、この日を過ぎたら食べない方が良いとされています。主に弁当、生鮮食品、調理パンなど、傷みやすい食品に表示されています。
ただし、いずれも「未開封で、表示されている保存方法で保存した場合」の期限であることに注意が必要です。
冷凍しても、ほとんどの食中毒菌は死滅しません。冷凍は菌の増殖を止めるだけで、解凍すると再び増殖を始めます。したがって、冷凍前にすでに汚染されていた食品は、解凍後も注意が必要です。
ただし、アニサキスなどの寄生虫は、マイナス20度で24時間以上冷凍することで死滅します。
Q3: 見た目や臭いで食中毒菌の有無は分かる?
多くの食中毒菌は、食品の見た目、臭い、味を変えません。したがって、「見た目が普通だから大丈夫」「臭いがしないから安全」という判断は危険です。
一方、明らかに腐敗している(異臭がする、変色している、ぬめりがあるなど)食品は、食中毒菌が大量に増殖している可能性が高いため、絶対に食べないでください。
Q4: 食べてすぐに症状が出たら食あたり?
食べた直後に症状が出た場合、食あたりではなく食物アレルギーの可能性も考えられます。また、食あたりでも黄色ブドウ球菌のように潜伏期間が短い(1時間から5時間)ものもあれば、カンピロバクターのように長い(2日から7日)ものもあります。
症状が出た場合は、直前の食事だけでなく、過去1週間程度の食事内容を振り返ることが、原因特定に役立ちます。
Q5: 一緒に食べた人が大丈夫なら、食あたりではない?
必ずしもそうとは限りません。食中毒の発症には個人差があり、同じ食品を食べても、摂取した菌の量、個人の体調や免疫力によって、発症する人としない人がいます。
また、食べた量や、食品の中での菌の分布(均一でない場合がある)によっても差が出ます。
Q6: 食あたりは人にうつる?
原因によります。ノロウイルスのようなウイルス性食中毒は、人から人へ感染します。感染者の嘔吐物や便、またはそれらで汚染された物を介して感染が広がります。
一方、細菌性食中毒の多くは、人から人への直接感染はまれですが、感染者が調理した食品を介して間接的に感染することはあります。
いずれの場合も、手洗いの徹底と適切な衛生管理が感染拡大防止に重要です。
まとめ
食あたり(食中毒)は、細菌、ウイルス、寄生虫、自然毒などによって引き起こされる消化器症状を主体とした疾患です。主な症状は下痢、腹痛、嘔吐、発熱などで、原因や個人の状態によって重症度は異なります。
予防の基本は「つけない(清潔)」「増やさない(迅速・冷却)」「やっつける(加熱)」の3原則です。手洗いの徹底、食材の適切な保管、十分な加熱調理が重要となります。
万が一食あたりになった場合は、安静にして水分補給を心がけ、症状が重い場合や長引く場合、また血便や高熱などの危険なサインがある場合は、速やかに医療機関を受診してください。特に乳幼児、高齢者、妊婦、免疫力が低下している人は注意が必要です。
食の安全は、私たち一人ひとりの日々の心がけから始まります。正しい知識を持ち、適切な予防対策を実践することで、食あたりのリスクを大きく減らすことができます。
参考文献
本記事の作成にあたり、以下の信頼できる情報源を参考にしました。
- 厚生労働省「食中毒」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/index.html
食中毒の統計情報、予防法、発生状況など、包括的な情報が掲載されています。 - 厚生労働省「家庭でできる食中毒予防の6つのポイント」
https://www.mhlw.go.jp/www1/houdou/0903/h0331-1.html
家庭での食中毒予防に関する具体的なガイドラインが示されています。 - 国立感染症研究所「食中毒」
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/500-food-poisoning.html
各種食中毒の病原体、疫学、予防に関する専門的な情報が提供されています。 - 消費者庁「食品の安全に関する情報」
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/food_safety/
消費者向けの食品安全情報、注意喚起が掲載されています。 - 東京都福祉保健局「食品衛生の窓」
https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/shokuhin/
東京都における食中毒の発生状況や予防情報が提供されています。 - 日本食品衛生学会
http://jsfst.smoosy.atlas.jp/
食品衛生に関する学術的な情報や研究成果が公開されています。
※本記事の内容は2025年11月時点の情報に基づいています。最新の情報については、上記の公的機関のウェブサイトをご確認ください。
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務