はじめに
皮膚にできる良性腫瘍の中でも最も頻度の高い粉瘤(ふんりゅう、アテローム、表皮嚢腫)。一見簡単に見える手術ですが、実は「手術を受けたのに再発した」「傷跡が目立つようになった」「感染してしまった」といった失敗例も少なくありません。
アイシークリニック渋谷院では、これまで数多くの粉瘤治療を手がけてきた経験から、患者様により安全で確実な治療を提供するため、粉瘤手術で起こりうる失敗とその対策について詳しく解説いたします。
粉瘤とは何か?なぜ手術が必要なのか
粉瘤の基本的な仕組み
粉瘤は、皮膚の下に袋状の構造物(嚢胞)ができ、その中に本来皮膚から剥がれ落ちるはずの垢(角質)や皮脂が蓄積されてできる良性腫瘍です。日本形成外科学会によると、形成外科で切除する皮下腫瘍の中で最も頻度の高い疾患とされています。
粉瘤の特徴的な症状として以下が挙げられます:
- 皮膚の下にコロコロとしたしこりを触れる
- 中央に黒い点(開口部、「へそ」と呼ばれる)がある場合が多い
- 圧迫すると独特の悪臭のする物質が出ることがある
- 自然に消失することはなく、徐々に大きくなる傾向がある
- 感染すると急激に腫れ、痛みや発熱を伴う
なぜ手術による摘出が必要なのか
粉瘤は良性腫瘍であるため、必ずしも緊急性を要する疾患ではありません。しかし、以下の理由から外科的摘出が推奨されています:
1. 自然治癒の可能性がない 薬物療法や保存的治療では根本的な治癒は期待できません。袋状の構造物(嚢胞壁)が存在する限り、内容物の蓄積は続きます。
2. 感染リスクの増大 粉瘤の中央にある開口部から細菌が侵入し、炎症性粉瘤(感染性粉瘤)を発症するリスクがあります。一度感染を起こすと、再発を繰り返しやすくなります。
3. サイズの増大 時間経過とともに徐々に大きくなるため、手術時期が遅れるほど切除範囲が大きくなり、傷跡も目立ちやすくなります。
4. 稀な悪性化のリスク 関東労災病院の報告では、炎症や化膿を繰り返すと稀に皮膚癌が発生することがあるとされています。
粉瘤手術で起こりうる失敗の種類
1. 最も多い失敗:不完全摘出による再発
粉瘤手術における最も深刻な失敗は、嚢胞壁の不完全摘出による再発です。実際の臨床現場では、以下のような問題が報告されています。
くり抜き法での再発事例 大田区の皮膚科医による報告では、某皮膚科クリニックで「くり抜き法」を受けた患者が、術後2年で完全に元通りに再発した症例が紹介されています。この症例では、粉瘤中央部に手術による白色瘢痕が残っていたものの、本体の嚢胞壁は完全に残存していました。
大学病院での再発例 大学病院皮膚科で行われたくり抜き法の症例では、4年後に再発が確認されました。原因は粉瘤の「へそ」部分の取り残しで、手術部位とへそがずれていたことが再発の要因となりました。
再発率に関する医学的見解 手術経験豊富な医師の報告によると、不適切な手術では再発率が30-50%に達する場合もあるとされています。一方、適切な技術による完全摘出では再発率は5%以下に抑えられます。
2. 感染合併症
粉瘤手術において感染は重要な合併症の一つです。特に以下の状況で感染リスクが高まります:
炎症性粉瘤の緊急手術 あすなろクリニックの報告症例では、75歳男性の感染性粉瘤に対する緊急手術後、翌日から膿の流出と周囲の炎症が継続し、14日目にろう孔を形成した事例があります。この症例では最終的に2回の手術が必要となりました。
術後感染の症状と対応
- 手術翌日から続く膿の流出
- 創部周囲の持続的な発赤と腫脹
- 発熱や全身倦怠感
- 創部の疼痛増強
感染が発生した場合、抗生物質投与、創部洗浄、場合によっては再手術が必要となります。
3. 美容的な失敗:目立つ瘢痕形成
不適切な切開デザインによる問題 従来の紡錘形切開では、3cmの粉瘤を摘出するのに6-9cmの切開が必要となり、長い線状瘢痕が残ります。特に顔面や首など露出部位では美容的な問題となります。
ケロイド形成 一部の患者では体質的にケロイドを形成しやすく、小さな手術創でも目立つ瘢痕となる場合があります。これは手術手技というより患者の体質的要因が大きいですが、事前の説明と同意が重要です。
4. 技術的な失敗要因
手術手技の問題点
- 嚢胞壁の破損:内容物が周囲組織に漏出し、炎症反応や再発の原因となる
- 不十分な止血:術後血腫形成や感染のリスク増大
- 不適切な縫合:創部離開や瘢痕の拡大
解剖学的理解の不足 粉瘤の解剖学的構造を十分理解せずに手術を行うと、重要な嚢胞壁を取り残すリスクが高まります。特に「へそ」部分の確実な摘出は、再発予防において極めて重要です。
手術方法別の失敗リスクと対策
くり抜き法(パンチ法)の問題点
利点
- 切開創が小さく、美容的に優れる
- 手術時間が短い(5-20分程度)
- 縫合が不要な場合が多い
問題点と失敗リスク 大田区皮膚科医による詳細な分析では、くり抜き法について以下の問題が指摘されています:
- 技術的難易度の高さ
- 炎症性粉瘤では手技が困難
- 大きな粉瘤では適応が限定的
- 操作に熟練を要する
- 再発リスクの高さ
- 嚢胞壁の取り残しが起こりやすい
- 特に「へそ」部分の不完全摘出
- 実際の再発率の把握が困難
- 適応の限界
- 直径2cm以上の粉瘤では困難
- 炎症を起こした粉瘤での制約
- 解剖学的に複雑な部位での限界
切開法(紡錘形切除)の特徴
利点
- 確実な完全摘出が可能
- 再発率が低い(適切な手技で5%以下)
- 炎症性粉瘤にも対応可能
- 病理学的検査が容易
問題点
- 比較的大きな切開創
- 手術時間がやや長い(30分-1時間)
- 術後の制約がより多い
失敗を避けるための要点
- 適切な切開デザイン(皮膚割線に沿った配置)
- 嚢胞壁の確実な摘出
- 丁寧な止血処理
- 層別縫合による美容的配慮
炎症性粉瘤の治療における特殊な問題
炎症性粉瘤とは
炎症性粉瘤は、通常の粉瘤に細菌感染や異物反応による炎症が加わった状態です。以下の特徴があります:
- 急速な腫大と強い疼痛
- 発赤、熱感、波動の出現
- 場合によっては発熱や全身症状
- 膿の形成と自然破裂の可能性
治療の困難さと失敗要因
二段階治療の必要性 炎症性粉瘤の場合、多くは以下の二段階治療が必要となります:
- 第一段階:緊急処置
- 切開排膿
- 抗生物質投与
- 炎症の沈静化
- 第二段階:根治手術
- 炎症沈静後の嚢胞摘出
- 完全摘出による再発防止
一期的摘出の困難さ あすなろクリニックの経験では、5cm以上の炎症性粉瘤では一期的完全摘出が困難な場合が多いとされています。これは以下の理由によります:
- 炎症により解剖学的構造が不明瞭
- 嚢胞壁の脆弱化と破損リスク
- 周囲組織への炎症の波及
- 術後感染リスクの増大
炎症性粉瘤治療での失敗事例
症例1:ろう孔形成 75歳男性の感染性粉瘤に対する手術後、術後14日目に洗浄液が離れた部位から流出し、ろう孔形成が確認された症例があります。最終的に追加手術が必要となりました。
症例2:不完全摘出 大きな炎症性粉瘤で、初回手術では排膿のみ行い、炎症沈静後の二期的手術で完全摘出を図る予定でしたが、患者の通院中断により不完全治療となった事例があります。
失敗を避けるための対策
患者側でできる対策
早期受診の重要性
- 皮膚のしこりに気づいたら早期に専門医受診
- 粉瘤が小さいうちの治療により、手術の負担と失敗リスクを最小化
- 自己判断での経過観察は避ける
感染予防
- 粉瘤を無理に押したり潰したりしない
- 清潔を保つ(ただし過度の洗浄は避ける)
- 細菌侵入を防ぐため、患部を不用意に触らない
クリニック選択の重要性 以下の点を確認して医療機関を選択することが重要です:
- 専門性
- 皮膚科専門医または形成外科専門医の在籍
- 粉瘤治療の豊富な経験
- 適切な手術設備の完備
- 説明の充実性
- 手術方法の詳細な説明
- リスクと合併症の十分な説明
- 術後ケアの指導
- アフターケア体制
- 術後フォローアップの充実
- 合併症発生時の対応体制
- 緊急時の連絡体制
医療機関での対策
術前評価の徹底
- 超音波検査による嚢胞の詳細な評価
- 感染の有無の確認
- 患者の全身状態の評価
- アレルギー歴や服薬歴の確認
適切な手術方法の選択 患者の状態に応じた最適な手術方法の選択が重要です:
- 非炎症性の小さな粉瘤:くり抜き法も選択肢
- 大きな粉瘤や炎症性粉瘤:切開法を基本とする
- 再発例:必ず切開法による確実な摘出
手術手技の標準化
- 嚢胞壁の確実な同定と摘出
- 適切な止血処理
- 層別縫合による美容的配慮
- 術中の嚢胞壁完全摘出の確認
術後合併症への対応
一般的な術後合併症
出血・血腫
- 頻度:約2-5%
- 症状:腫脹、疼痛、圧迫感
- 対応:圧迫止血、場合により血腫除去
創部感染
- 頻度:約1-3%
- 症状:発赤、腫脹、疼痛、膿性分泌物
- 対応:抗生物質投与、創部洗浄、ドレナージ
創部離開
- 頻度:約1-2%
- 原因:感染、過度の活動、縫合不全
- 対応:再縫合または二次治癒
合併症予防のための患者指導
術後行動制限
- 手術当日と翌日:飲酒と激しい運動の禁止
- 1週間程度:重労働や激しいスポーツの制限
- 抜糸まで:創部の過度な牽引を避ける
創部ケア
- 適切な軟膏塗布とガーゼ保護
- シャワー浴は翌日から可能(創部を直接強く洗わない)
- 入浴は抜糸後から
- 創部の観察と異常時の早期受診
再発症例への対応
再発の診断と評価
再発が疑われる場合、以下の評価が必要です:
臨床的評価
- 同部位での再度の腫瘤形成
- 前回手術創との位置関係の確認
- 感染の有無の評価
画像診断
- 超音波検査による嚢胞の確認
- 必要に応じてMRI検査
- 嚢胞壁の残存の確認
再手術の計画
手術方法の選択 再発例では確実な摘出が最優先されるため、以下の原則に従います:
- 基本的に切開法を選択
- 前回手術創を含む十分な切除範囲の設定
- 瘢痕組織を含めた確実な摘出
技術的配慮
- 瘢痕による解剖学的変化への対応
- より慎重な嚢胞壁の同定
- 周囲正常組織との境界の確認
最新の治療技術と今後の展望
診断技術の進歩
高解像度超音波 最新の超音波機器により、嚢胞壁の詳細な描出が可能となり、術前計画の精度が向上しています。
MRI診断 複雑な症例や再発例では、MRIによる詳細な画像診断が有用です。
手術技術の改良
内視鏡補助下手術 一部の施設では、内視鏡を用いた低侵襲手術の研究が進められています。
レーザー治療 小さな粉瘤に対する炭酸ガスレーザー治療も選択肢の一つとなっています。
術後ケアの進歩
創傷被覆材の改良 新しい創傷被覆材により、術後の感染リスク低減と早期回復が期待されています。
瘢痕予防 シリコンジェルシートやレーザー治療による瘢痕予防技術の発展があります。
症例から学ぶ:失敗を避けるために
症例1:くり抜き法後の再発
患者背景 40歳男性、背部の3cm粉瘤
経過 某皮膚科クリニックでくり抜き法施行。術後2年で完全に再発し、当院受診。
問題点
- 嚢胞壁の不完全摘出
- 術後フォローアップの不足
- 再発時の対応の遅れ
対策
- 切開法による確実な再摘出
- 病理検査による完全摘出の確認
- 定期的なフォローアップ
症例2:炎症性粉瘤の治療困難例
患者背景 55歳女性、臀部の感染性粉瘤
経過 緊急切開排膿後、炎症沈静化を待って根治手術施行。術後経過良好。
学習点
- 炎症期での無理な摘出は避ける
- 二段階治療の重要性
- 患者への十分な説明と理解
症例3:美容的配慮の重要性
患者背景 25歳女性、顔面の2cm粉瘤
経過 皮膚割線を考慮した切開デザインにより、術後瘢痕を最小化。
ポイント
- 解剖学的知識に基づく切開計画
- 丁寧な縫合技術
- 術後の瘢痕ケア指導

患者・家族への提言
粉瘤を発見したら
- 早期の専門医受診 自己判断せず、皮膚科または形成外科専門医を受診する
- 無理な操作の禁止 押したり潰したりせず、清潔を保つ
- 症状の変化に注意 急な腫大、発赤、疼痛があれば緊急受診
手術を受ける際の注意点
- 十分な説明を求める
- 手術方法の選択理由
- 予想される結果と合併症
- 術後の生活制限
- セカンドオピニオンの活用 特に大きな粉瘤や複雑な症例では、複数の医師の意見を聞く
- 術後ケアの重要性 指示に従った適切な術後ケアが成功の鍵
医療従事者への提言
適切な診断と評価
- 詳細な問診と身体所見の取得
- 必要に応じた画像診断の実施
- 他疾患との鑑別診断
手術適応の慎重な判断
- 患者の年齢、全身状態、希望の考慮
- 手術方法の適切な選択
- リスクと利益の十分な説明
継続的な技術向上
- 専門学会での研鑽
- 最新の知見の習得
- 合併症症例の検討と改善
まとめ
粉瘤手術は一見簡単に見える手術ですが、確実な治癒を得るためには適切な診断、手術方法の選択、丁寧な手技、そして術後ケアが重要です。失敗の多くは不完全摘出による再発であり、これは適切な手術方法の選択と確実な手技により予防可能です。
アイシークリニック渋谷院では、豊富な経験と最新の知識に基づき、患者様一人ひとりに最適な治療を提供いたします。粉瘤でお悩みの方は、ぜひお気軽にご相談ください。
参考文献
- 日本形成外科学会:粉瘤(アテローム・表皮嚢腫)診療指針 https://jsprs.or.jp/general/disease/shuyo/hifu_hika/funryu.html
- 日本医事新報社:粉瘤(表皮嚢腫)診断と治療 https://www.jmedj.co.jp/premium/treatment/2017/d140604/
- 関東労災病院:粉瘤について – 医療ガイド https://kantoh.johas.go.jp/column/20210419_18.html
- 兵庫医科大学病院:粉瘤(ふんりゅう)診療ガイド https://www.hosp.hyo-med.ac.jp/disease_guide/detail/195
- メディカルノート:粉瘤の原因・症状・治療法 https://medicalnote.jp/diseases/粉瘤
- 是枝哲:皮膚科処置 基本の「キ」粉瘤に対する処置.Derma 2021
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務