はじめに
「急に目の前が真っ暗になって倒れそうになった」「立ちくらみがして意識が遠のいた」——このような経験をしたとき、多くの方が「貧血かもしれない」と考えるのではないでしょうか。しかし、実はその症状、貧血ではなく「迷走神経反射」である可能性があります。
迷走神経反射と貧血は、どちらもめまいや立ちくらみ、意識消失といった似た症状を引き起こすため、混同されがちです。しかし、この二つは全く異なるメカニズムで起こる別の状態であり、対処法も予防法も異なります。
本記事では、迷走神経反射と貧血の違いを明確にし、それぞれの症状、原因、対処法について詳しく解説します。
迷走神経反射とは
迷走神経反射の基本
迷走神経反射(めいそうしんけいはんしゃ)は、正式には「血管迷走神経反射(Vasovagal Syncope)」と呼ばれ、自律神経の一時的な異常によって引き起こされる失神の一種です。一般的には「脳貧血」とも呼ばれますが、これは医学的には正確な表現ではなく、実際には貧血とは異なる現象です。
迷走神経は、脳から出て全身に広がる非常に長い神経で、副交感神経系の主要な神経です。この神経は心臓の拍動を遅くしたり、血管を拡張させたりする働きがあります。迷走神経反射では、何らかの刺激によって迷走神経が過剰に働き、急激に心拍数が低下し、血管が拡張することで血圧が急降下します。
その結果、脳への血流が一時的に不足し、めまい、立ちくらみ、時には意識消失といった症状が現れるのです。
迷走神経反射が起こるメカニズム
迷走神経反射が起こるプロセスを、もう少し詳しく見ていきましょう。
1. トリガー(引き金)の発生 長時間の立位、痛み、恐怖、ストレス、採血、暑い環境などの刺激が迷走神経を刺激します。
2. 自律神経の異常反応 通常、私たちの体は自律神経によって血圧や心拍数を適切に保っていますが、何らかの刺激によってこのバランスが崩れます。特に副交感神経(迷走神経)が過剰に働き、交感神経の働きが相対的に低下します。
3. 心拍数の低下と血管拡張 迷走神経の過剰な刺激により、心臓の拍動が遅くなり(徐脈)、同時に末梢血管が拡張します。
4. 血圧の急降下 心拍数の低下と血管拡張により、血圧が急激に下がります。
5. 脳血流の減少 血圧低下により、重力に逆らって脳に血液を送ることが困難になり、脳への血流が一時的に不足します。
6. 症状の出現 脳血流の不足により、めまい、ふらつき、視界が暗くなる、冷や汗、吐き気などの前駆症状が現れ、最終的には意識を失うこともあります。
迷走神経反射の症状
迷走神経反射の症状は、前駆症状(失神の前に現れる症状)と失神そのものに分けられます。
前駆症状
- めまい、ふらつき
- 視界が暗くなる、視野が狭くなる
- 耳鳴り
- 顔面蒼白
- 冷や汗
- 吐き気
- 全身の脱力感
- 動悸
これらの前駆症状は、失神の数秒から数分前に現れることが多く、この時点で座る、横になるなどの対処をすれば失神を防げることがあります。
失神時の症状
- 意識消失(通常は数秒から数分)
- 筋肉の緊張低下による転倒
- 一時的な呼吸の変化
- まれに短時間のけいれん様運動
失神後は通常、数秒から数分で意識が回復します。横になった状態であれば、脳への血流が改善されるため、比較的速やかに回復することが多いです。
迷走神経反射の原因とトリガー
迷走神経反射を引き起こすトリガーは人によって異なりますが、代表的なものには以下があります。
身体的要因
- 長時間の立位(満員電車、朝礼など)
- 急に立ち上がる動作
- 脱水状態
- 過度の疲労
- 睡眠不足
- 空腹
- 暑い環境
- 過度の運動後
医療行為関連
- 採血
- 注射
- 痛みを伴う処置
- 血液や傷口を見ること
心理的要因
- 強い恐怖や不安
- 極度のストレス
- パニック
- ショックを受ける出来事
その他の要因
- 排尿や排便時の強いいきみ
- 激しい咳
- 嚥下(食べ物を飲み込むこと)
- 首を強く締め付ける衣服
これらのトリガーは個人差が大きく、同じ人でも体調や環境によって反応が変わることがあります。
貧血とは
貧血の基本
貧血とは、血液中の赤血球またはヘモグロビン(赤血球に含まれる酸素を運ぶタンパク質)が減少した状態を指します。ヘモグロビンは全身に酸素を運ぶ重要な役割を果たしているため、貧血になると全身の組織や臓器に十分な酸素が届かなくなります。
貧血の診断基準は、一般的に以下の通りです(世界保健機関WHOの基準):
- 成人男性:ヘモグロビン値が13g/dL未満
- 成人女性(非妊娠時):ヘモグロビン値が12g/dL未満
- 妊娠中の女性:ヘモグロビン値が11g/dL未満
日本では貧血を持つ人の割合が比較的高く、特に月経のある女性や妊娠中の女性に多く見られます。
貧血の種類
貧血にはいくつかの種類があり、原因によって分類されます。
1. 鉄欠乏性貧血 最も一般的な貧血で、体内の鉄分が不足することで起こります。鉄はヘモグロビンの主要な構成成分であるため、鉄が不足するとヘモグロビンが十分に作られなくなります。
原因:
- 月経による慢性的な出血
- 消化管からの出血(潰瘍、がんなど)
- 偏った食事による鉄摂取不足
- 妊娠・授乳による鉄需要の増加
- 成長期の鉄需要の増加
2. 再生不良性貧血 骨髄の造血機能が低下し、赤血球だけでなく白血球や血小板も減少する病気です。原因不明のことも多いですが、薬剤、化学物質、ウイルス感染などが関与することがあります。
3. 溶血性貧血 赤血球が通常よりも早く破壊されることで起こる貧血です。遺伝性のものと後天性のものがあります。
4. 巨赤芽球性貧血 ビタミンB12や葉酸の不足により、赤血球が正常に成熟できずに起こる貧血です。
5. 腎性貧血 腎臓の機能が低下することで、赤血球の産生を促すホルモン(エリスロポエチン)が十分に作られなくなり起こる貧血です。
6. 慢性疾患に伴う貧血 がん、慢性感染症、自己免疫疾患、慢性腎臓病などの長期的な病気に伴って起こる貧血です。
貧血の症状
貧血の症状は、ヘモグロビン値の低下の程度や速度によって異なります。ゆっくりと進行した貧血では、体が慣れてしまい症状が軽いこともあります。
一般的な症状
- 疲れやすい、倦怠感
- 動悸、息切れ(特に運動時)
- 顔色が悪い、顔面蒼白
- 頭痛、めまい
- 立ちくらみ
- 集中力の低下
- 耳鳴り
- 冷え性
鉄欠乏性貧血に特徴的な症状
- 爪が反り返る(スプーン爪)
- 口角炎、口内炎
- 舌炎(舌が赤くなり痛む)
- 異食症(氷、土などを食べたくなる)
- 髪の毛が抜けやすくなる
重度の貧血の症状
- 頻脈(脈が速くなる)
- 狭心症様の胸痛
- 心不全症状(むくみ、呼吸困難)
- 意識障害
貧血の症状は、迷走神経反射のように急激に現れるのではなく、徐々に進行することが多いのが特徴です。
貧血の原因
貧血の原因は多岐にわたりますが、主なものを挙げると以下の通りです。
鉄分の不足または消費の増加
- 偏った食事、ダイエット
- 月経による慢性的な出血
- 妊娠・授乳
- 成長期
- 激しいスポーツ(マラソンなど)
出血
- 消化管出血(胃潰瘍、十二指腸潰瘍、大腸がんなど)
- 痔
- 子宮筋腫などによる過多月経
- 外傷
赤血球産生の異常
- 骨髄の病気
- 腎臓病(エリスロポエチン産生低下)
- ビタミンB12や葉酸の不足
- 慢性疾患(がん、感染症、自己免疫疾患など)
赤血球の破壊亢進
- 溶血性貧血
- 脾臓の機能亢進
迷走神経反射と貧血の違い
迷走神経反射と貧血は、どちらもめまいや立ちくらみといった症状を引き起こすため混同されがちですが、根本的なメカニズムが異なります。ここでは、両者の違いを詳しく見ていきましょう。
発症メカニズムの違い
迷走神経反射
- 一時的な自律神経の異常反応
- 血液の成分には問題がない
- 急激な血圧低下による脳血流の一時的な減少
- 通常は数秒から数分で回復
貧血
- 血液中のヘモグロビンや赤血球の慢性的な減少
- 全身への酸素供給能力の低下
- 持続的な状態
- 治療しなければ改善しない
症状の現れ方の違い
迷走神経反射
- 突然、急激に症状が現れる
- 特定のトリガー(立位、採血、恐怖など)がある
- 前駆症状(視界が暗くなる、冷や汗など)がある
- 横になれば比較的速やかに回復
- 意識消失することがある
貧血
- 徐々に症状が進行する
- 常に症状がある(程度の差はある)
- 運動時に症状が悪化する
- 横になっても根本的な改善はない
- 意識消失は稀(重度の場合を除く)
検査所見の違い
迷走神経反射
- 血液検査は正常
- ヘモグロビン値は正常範囲
- 心電図で一時的な徐脈が見られることがある
- チルト試験(傾斜台試験)で診断可能
貧血
- 血液検査でヘモグロビン値の低下
- 赤血球数の減少
- 場合によっては鉄関連の数値異常
- 持続的な検査値の異常
対処法の違い
迷走神経反射
- 横になる、座る
- 脚を高く上げる
- トリガーを避ける
- 水分・塩分摂取
- 弾性ストッキングの着用
貧血
- 原因に応じた治療
- 鉄剤などの薬物療法
- 食事療法
- 場合によっては輸血
- 根本原因の治療
予防法の違い
迷走神経反射
- トリガーとなる状況を避ける
- 規則正しい生活
- 十分な水分・塩分摂取
- 急に立ち上がらない
- 前駆症状を感じたら早めに対処
貧血
- バランスの良い食事
- 鉄分の積極的な摂取
- 定期的な血液検査
- 出血性疾患の早期治療
- 必要に応じて鉄剤の服用
迷走神経反射の診断と検査
診断のプロセス
迷走神経反射の診断は、主に以下のステップで行われます。
1. 詳細な問診 医師は以下のような点について詳しく尋ねます:
- 症状が起きた状況(いつ、どこで、何をしていたときか)
- 前駆症状の有無と内容
- 意識消失の持続時間
- 回復までの時間
- これまでに同様の症状があったか
- トリガーとなる要因
- 家族歴
- 服用している薬
2. 身体診察
- バイタルサイン(血圧、脈拍、体温)の測定
- 起立性低血圧の有無の確認
- 心音、肺音の聴診
- 神経学的診察
3. 血液検査 貧血や電解質異常、血糖値異常などを除外するため、基本的な血液検査を行います。
4. 心電図検査 不整脈などの心臓の異常を除外するために行います。
5. チルト試験(Head-up Tilt Test) 迷走神経反射の診断に最も有用な検査です。傾斜台の上に仰向けに寝た状態から、台を60〜80度傾けて頭を上にした姿勢を15〜45分程度維持します。この間、血圧と心拍数を連続的に測定し、症状の再現を観察します。迷走神経反射がある場合、血圧低下や徐脈、症状の出現が見られます。
6. その他の検査 必要に応じて以下の検査を行うことがあります:
- ホルター心電図(24時間心電図)
- 心エコー検査
- 脳波検査
- 頭部CT・MRI検査
他の疾患との鑑別
迷走神経反射と症状が似ている他の疾患を除外することも重要です。
鑑別が必要な疾患
- 不整脈(心房細動、房室ブロックなど)
- 起立性低血圧
- 低血糖
- 脱水
- てんかん
- 心疾患(大動脈弁狭窄症、肥大型心筋症など)
- 脳血管障害
- パニック障害
- 過換気症候群
これらの疾患を除外し、総合的に判断して迷走神経反射の診断が確定します。
貧血の診断と検査
診断のプロセス
貧血の診断は比較的明確で、血液検査が中心となります。
1. 問診
- 症状の内容と持続期間
- 月経の状況(女性の場合)
- 食生活、ダイエットの有無
- 消化器症状(黒色便、血便など)
- 既往歴、家族歴
- 服用している薬
2. 身体診察
- 顔色、結膜の色(貧血の有無)
- 爪の状態(スプーン爪など)
- 舌、口腔内の状態
- リンパ節の腫れ
- 肝臓・脾臓の腫大の有無
3. 血液検査 貧血の診断と分類に必須の検査です:
基本的な検査項目:
- ヘモグロビン値:貧血の有無と程度を判定
- 赤血球数
- ヘマトクリット値
- 平均赤血球容積(MCV):赤血球の大きさを示す
- 平均赤血球ヘモグロビン量(MCH)
- 平均赤血球ヘモグロビン濃度(MCHC)
- 網状赤血球数:骨髄の造血能力を評価
鉄欠乏性貧血の診断に必要な検査:
- 血清鉄
- 総鉄結合能(TIBC)
- 血清フェリチン:体内の貯蔵鉄を反映
- トランスフェリン飽和度
その他の貧血の原因を調べる検査:
- ビタミンB12
- 葉酸
- エリスロポエチン
- ハプトグロビン(溶血の有無)
- ビリルビン
4. 追加検査 貧血の原因を特定するため、必要に応じて以下の検査を行います:
- 便潜血検査:消化管出血の有無
- 胃カメラ・大腸カメラ:消化管出血の原因検索
- 骨髄検査:骨髄の造血機能を直接評価
- 画像検査(CT、MRIなど)
貧血の分類
血液検査の結果から、貧血は以下のように分類されます:
赤血球の大きさによる分類
- 小球性貧血(MCV < 80fL):鉄欠乏性貧血、慢性疾患に伴う貧血など
- 正球性貧血(MCV 80-100fL):急性出血、溶血性貧血、再生不良性貧血など
- 大球性貧血(MCV > 100fL):ビタミンB12欠乏、葉酸欠乏など
この分類により、貧血の原因をある程度推定できます。
迷走神経反射の治療と対処法
急性期の対処法
迷走神経反射の前駆症状を感じたとき、または倒れそうになったときの対処法は以下の通りです。
1. すぐに安全な場所で座る、または横になる 転倒によるケガを防ぐため、最も重要な対処法です。可能であれば横になり、足を心臓より高く上げると脳への血流が改善され、回復が早まります。
2. 衣服を緩める 首や腹部を締め付けている衣服を緩め、血流を改善します。
3. 新鮮な空気を取り入れる 窓を開ける、涼しい場所に移動するなど。
4. 水分を摂取する 意識がはっきりしていれば、水や電解質を含む飲料を少しずつ飲みます。
5. 様子を観察する 通常は数分で回復しますが、以下の場合は救急車を呼ぶ必要があります:
- 意識が戻らない
- 呼吸がない、または異常
- けいれんが続く
- 胸痛や動悸が強い
- 頭部を強打した
長期的な管理と予防
迷走神経反射を繰り返す場合、以下のような対策が有効です。
1. トリガーの回避 自分の迷走神経反射を引き起こすトリガーを把握し、できるだけ避けるようにします。
具体的な対策:
- 長時間立ち続けない(適宜座る、足踏みする)
- 採血や注射の際は横になって行う
- 暑い場所、混雑した場所を避ける
- 急に立ち上がらない
- 空腹を避ける
2. 水分と塩分の摂取 体液量を増やすことで血圧の維持に役立ちます。
- 1日2〜3リットルの水分摂取
- 塩分を適度に摂る(1日10g程度)
- スポーツドリンクの利用
3. 弾性ストッキングの着用 下肢への血液貯留を防ぎ、脳への血流を維持するのに役立ちます。医療用の弾性ストッキング(着圧ストッキング)が効果的です。
4. 身体対抗圧迫法(Physical Counter-pressure Maneuvers) 前駆症状を感じたときに行う動作で、血圧を一時的に上げることができます:
- 手を強く握り締める
- 両手を組んで強く引っ張り合う
- 脚をクロスさせて力を入れる
- スクワット姿勢をとる
5. チルトトレーニング(傾斜台訓練) 医師の指導の下、自宅で壁に寄りかかって立つ訓練を行い、起立に対する耐性を高める方法です。
6. 生活習慣の改善
- 規則正しい睡眠
- 適度な運動
- ストレス管理
- 過度のアルコール摂取を避ける
薬物療法
生活指導で改善しない場合、薬物療法を検討することがあります。
使用される薬剤
- β遮断薬:心拍数の急激な低下を抑制
- ミドドリン:血管収縮作用があり、血圧を維持
- フルドロコルチゾン:体液量を増やし、血圧を上げる
- SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬):特定のケースで有効
ただし、薬物療法の効果には個人差があり、生活指導が基本となります。
貧血の治療と対処法
貧血の治療は、その原因によって異なります。
鉄欠乏性貧血の治療
最も一般的な貧血である鉄欠乏性貧血の治療について詳しく説明します。
1. 鉄剤の服用 経口鉄剤が第一選択です。
- フェロ・グラデュメット、フェルム、フェロミアなど
- 1日100〜200mgの鉄を補給
- 空腹時の服用が吸収が良いが、胃腸障害がある場合は食後でも可
- ビタミンCと一緒に摂ると吸収が促進される
副作用:
- 吐き気、胃痛
- 便秘、下痢
- 便が黒くなる(異常ではない)
2. 注射による鉄補給 経口鉄剤で効果が不十分な場合や、胃腸障害で服用できない場合に行います。
- 静脈注射または点滴
- より確実に鉄を補給できる
3. 食事療法 鉄を多く含む食品を積極的に摂取します。
鉄を多く含む食品:
- 赤身の肉(牛肉、豚肉)
- レバー
- 魚(カツオ、マグロ、イワシなど)
- 貝類(アサリ、シジミ)
- 大豆製品(納豆、豆腐)
- 緑黄色野菜(ほうれん草、小松菜)
- 海藻類(ひじき、のり)
吸収を高めるポイント:
- ヘム鉄(動物性食品に含まれる)は吸収されやすい
- 非ヘム鉄(植物性食品に含まれる)はビタミンCと一緒に摂ると吸収が良くなる
- お茶やコーヒーは鉄の吸収を妨げるため、食事中は避ける
4. 原因疾患の治療 出血が原因の場合、その原因を治療する必要があります:
- 消化管出血:潰瘍の治療、ピロリ菌の除菌など
- 子宮筋腫:必要に応じて手術
- 痔:適切な治療
その他の貧血の治療
再生不良性貧血
- 免疫抑制療法
- 骨髄移植
- 輸血
溶血性貧血
- 原因に応じた治療
- ステロイド療法
- 脾臓摘出術(場合による)
巨赤芽球性貧血
- ビタミンB12または葉酸の補給
- 注射または内服
腎性貧血
- エリスロポエチン製剤の注射
- 鉄剤
慢性疾患に伴う貧血
- 原疾患の治療
- 必要に応じて輸血
輸血
重度の貧血で、以下のような場合に輸血が行われます:
- ヘモグロビン値が7g/dL以下
- 心不全などの症状がある
- 急速な貧血の進行
輸血により一時的にヘモグロビン値は上がりますが、根本的な治療にはならないため、原因疾患の治療が重要です。
いつ医療機関を受診すべきか
迷走神経反射で受診が必要なケース
以下のような場合は、医療機関を受診する必要があります。
すぐに受診(救急受診)が必要な場合
- 意識を失って回復しない
- 呼吸が止まっている、異常な呼吸
- けいれんが続く
- 強い胸痛、息苦しさがある
- 転倒時に頭部を強打した
- 骨折などの外傷がある
- 初めての失神で原因が不明
早めの受診が望ましい場合
- 頻繁に迷走神経反射を起こす(週に何度も)
- 前駆症状なく突然意識を失う
- 失神が数分以上続く
- 失神後の回復に時間がかかる
- 運動中に失神する
- 横になった状態で失神する
- 家族に心臓病や突然死の方がいる
定期的な経過観察が必要な場合
- 明らかなトリガーがあり、適切に対処できている
- 症状が軽度で、生活に支障がない
ただし、「単なる迷走神経反射だろう」と自己判断せず、初めての失神や気になる症状がある場合は医療機関を受診することをお勧めします。
貧血で受診が必要なケース
以下のような症状がある場合は、貧血の可能性があるため医療機関を受診しましょう。
早めの受診が必要な場合
- 疲れやすさが続く
- 息切れ、動悸が気になる
- 顔色が悪いと言われる
- 立ちくらみが頻繁にある
- 月経量が多い
- 黒色便や血便がある
- 体重が減少している
すぐに受診(救急受診)が必要な場合
- 強い息苦しさ、呼吸困難
- 激しい動悸
- 胸痛
- 意識がもうろうとする
- 大量の出血がある
定期的な検査が望ましい人
- 月経のある女性
- 妊娠中、授乳中の女性
- 菜食主義の方
- 激しいスポーツをしている方
- 消化器疾患のある方
貧血は徐々に進行することが多いため、自分では気づきにくいこともあります。健康診断などで貧血を指摘された場合は、たとえ自覚症状がなくても医療機関を受診して原因を調べることが大切です。

よくある質問(FAQ)
A. 迷走神経反射そのものは通常、生命に危険はありません。しかし、失神による転倒でケガをするリスクや、運転中や高所での作業中に起こると危険です。また、頻繁に起こる場合や、他の病気が隠れている可能性もあるため、医師の診察を受けることをお勧めします。
A. 軽度の貧血でも放置すべきではありません。貧血が続くと心臓に負担がかかり、心不全などの合併症を引き起こす可能性があります。また、貧血の原因が消化管のがんなど重大な病気であることもあります。健康診断で貧血を指摘されたら、必ず医療機関を受診しましょう。
Q3. 立ちくらみがあるのですが、これは迷走神経反射ですか、それとも貧血ですか?
A. 立ちくらみだけではどちらとも判断できません。迷走神経反射は急激に症状が現れ、横になればすぐに改善することが多いです。貧血は持続的な症状があり、特に運動時に悪化します。正確な診断には血液検査などが必要ですので、医療機関を受診してください。
Q4. 採血でいつも気分が悪くなるのですが、どうすればよいですか?
A. 採血による迷走神経反射は比較的よく起こります。事前に医師や看護師に伝え、横になった状態で採血してもらうこと、採血後もすぐに立ち上がらず、しばらく横になって休むことが有効です。また、採血前に水分を十分摂っておくことも予防になります。
Q5. 鉄剤を飲んでいますが、いつまで続ければよいですか?
A. 鉄欠乏性貧血の治療では、ヘモグロビン値が正常になった後も、体内の貯蔵鉄(フェリチン)が十分に回復するまで鉄剤を続ける必要があります。通常、数か月から半年程度かかります。医師の指示に従い、定期的に血液検査を受けながら治療を続けましょう。
Q6. 妊娠中ですが、立ちくらみがよく起こります。大丈夫でしょうか?
A. 妊娠中は生理的に血圧が低下しやすく、また貧血にもなりやすいため、立ちくらみが起こりやすくなります。急に立ち上がらない、十分な水分摂取、休息をとるなどの対策が重要です。ただし、頻繁に起こる場合や症状が強い場合は、担当の産婦人科医に相談してください。
Q7. 子どもが朝礼で倒れました。何か病気があるのでしょうか?
A. 朝礼での失神は、子どもや若い人によく見られる迷走神経反射の典型例です。長時間の立位、朝食抜き、睡眠不足などが原因となります。多くの場合、生活習慣の改善で予防できますが、繰り返す場合や他の症状がある場合は小児科を受診しましょう。
Q8. 運動をすると動悸や息切れがひどいのですが、これは貧血ですか?
A. 貧血の可能性があります。貧血では運動時に症状が悪化しやすく、動悸や息切れが起こります。ただし、心臓や肺の病気の可能性もあるため、一度医療機関で検査を受けることをお勧めします。
Q9. 鉄分の多い食事を心がけていますが、なかなか貧血が改善しません。
A. 食事療法だけで貧血を改善するのは時間がかかります。また、出血などの原因がある場合は、食事だけでは改善しません。鉄剤の服用や原因疾患の治療が必要な場合があるため、医師に相談してください。
Q10. 家族に迷走神経反射を起こす人がいます。遺伝しますか?
A. 迷走神経反射には家族性の傾向が見られることがあり、遺伝的な要因が関与している可能性が示唆されています。ただし、明確な遺伝形式は分かっておらず、環境要因も大きく影響します。家族に迷走神経反射を起こす人がいる場合、予防策を知っておくことが役立ちます。
まとめ
迷走神経反射と貧血は、どちらもめまいや立ちくらみといった症状を引き起こしますが、全く異なるメカニズムで起こる別の状態です。
迷走神経反射は、自律神経の一時的な異常により、急激に血圧が下がることで起こります。特定のトリガーがあり、横になればすぐに回復することが多いです。血液検査では異常が見られません。
貧血は、血液中のヘモグロビンや赤血球が減少し、全身への酸素供給が不十分になった状態です。症状は徐々に進行し、血液検査で診断できます。
両者を正確に区別し、適切に対処することが重要です。自己判断せず、気になる症状がある場合は医療機関を受診しましょう。
参考文献
本記事は、以下の信頼できる情報源を参考に作成しました。
- 日本循環器学会 – 失神の診断・治療ガイドライン
- 日本内科学会 – 貧血の診療ガイド
- 厚生労働省 – e-ヘルスネット 貧血の予防には、まずは普段の食生活を見直そう
- 日本血液学会 – 造血器腫瘍診療ガイドライン
- 日本小児循環器学会 – 小児の失神
- 国立循環器病研究センター – 循環器病情報サービス
※本記事の内容は2025年11月時点の医学的知見に基づいています。医療情報は常に更新されるため、最新の情報については医療機関にご相談ください。
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務