はじめに
陰部にしこりができて、押すと痛みを感じるという症状は、女性にとって非常に心配な状況です。デリケートな部位であることから、受診をためらってしまう方も多いのではないでしょうか。しかし、陰部は皮脂腺や毛穴が多く、細菌感染や炎症が起こりやすい部位でもあり、様々な原因でしこりや痛みが生じることがあります。
本記事では、陰部にできるしこりの中でも特に「押すと痛い」症状に焦点を当て、考えられる原因疾患、症状の特徴、適切な治療法について詳しく解説いたします。早期の診断と適切な治療により、多くの場合改善が期待できますので、症状でお悩みの方はぜひ参考にしてください。
陰部の構造と特徴
女性の外陰部の解剖
女性の外陰部(陰部)は、大陰唇、小陰唇、陰核、膣前庭、膣口などから構成される複雑な構造を持っています。この部位は以下のような特徴があります:
- 皮脂腺や汗腺が豊富:皮脂や汗の分泌が多く、細菌の繁殖しやすい環境
- 毛穴が密集:陰毛の毛包が多数存在し、毛包炎が起こりやすい
- 粘膜と皮膚の境界部:デリケートで刺激に敏感
- 分泌腺の存在:バルトリン腺など、性行為時の潤滑に関わる腺組織
これらの特徴により、陰部は感染症や炎症性疾患が起こりやすい部位となっています。
しこりができやすい理由
陰部にしこりができやすい理由として、以下が挙げられます:
- 細菌感染の起こりやすさ:温湿度が高く、細菌が繁殖しやすい環境
- 物理的刺激:下着の摩擦、剃毛、性行為による刺激
- ホルモンの影響:月経周期に伴うホルモン変動
- 免疫機能の低下:ストレス、疲労、病気による免疫力低下
陰部のしこりで押すと痛い主な原因疾患
1. 毛嚢炎(毛包炎)
概要と病態
毛嚢炎は、毛穴の奥にある毛包に細菌が感染して炎症を起こす疾患です。陰部では特に多く見られ、「おでき」とも呼ばれます。
原因
- 主な原因菌:黄色ブドウ球菌、表皮ブドウ球菌
- 誘因:
- 陰毛の剃毛や処理による微小な傷
- 下着による摩擦
- 不衛生な環境
- 免疫力の低下(糖尿病、ステロイド使用など)
症状
- 初期症状:毛穴を中心とした赤い腫れ
- 進行時:
- 硬いしこりの形成
- 押すと強い痛み
- 中央に膿点が見える
- 周囲の発赤と熱感
進行段階による分類
- 毛包炎(軽度):毛穴周囲の軽度な炎症
- せつ(中等度):硬いしこりとなり、強い痛みを伴う
- よう(重度):複数の毛包に炎症が広がり、発熱や全身症状を伴う
治療法
- 軽度:抗菌外用薬(ゲンタシン軟膏など)
- 中等度以上:
- 抗生物質の内服(セファム系、マクロライド系など)
- 消炎鎮痛薬
- 重症例では切開排膿が必要
2. バルトリン腺嚢胞・膿瘍
バルトリン腺とは
バルトリン腺は、膣口の左右に位置する分泌腺で、性行為時の潤滑液を分泌する役割を持っています。この腺の出口が詰まると嚢胞を形成し、感染すると膿瘍となります。
病態の進行
- バルトリン腺嚢胞:分泌液が溜まって袋状に腫れた状態
- バルトリン腺膿瘍:嚢胞に細菌感染が起こり、膿が溜まった状態
原因
- 嚢胞形成の原因:
- 腺の出口の閉塞(原因不明が多い)
- 炎症や外傷による損傷
- 機械的圧迫(自転車、ガードルなど)
- 感染の原因菌:
- 大腸菌
- ブドウ球菌
- 連鎖球菌
- 性感染症(淋菌など)
症状
- 嚢胞段階:
- 無症状~軽度の違和感
- 膣口付近の腫れ
- 大きくなると歩行時の不快感
- 膿瘍段階:
- 激しい痛み(押すと特に強い)
- 発赤と腫脹
- 38℃以上の発熱
- 歩行困難
- 排尿・排便時の痛み
治療法
保存的治療:
- 温座浴(40℃程度のぬるま湯に10-15分浸す)
- 抗生物質の内服
- 消炎鎮痛薬
外科的治療:
- 穿刺排液
- 切開排膿
- 造袋術(マルスピア形成術)
- 嚢胞摘出術
3. 性器ヘルペス
概要
性器ヘルペスは、単純ヘルペスウイルス(HSV-1またはHSV-2)の感染により、性器やその周辺に水疱や潰瘍を形成する感染症です。
感染経路
- 性行為(膣性交、肛門性交、オーラルセックス)
- 感染部位との直接接触
- ウイルスが付着したタオルなどを介した間接感染
症状の特徴
初感染時(初発):
- 感染から2-10日後に症状出現
- 外陰部に多数の小さな水疱
- 水疱が破れて浅い潰瘍を形成
- 激しい痛み(押さなくても痛い)
- 排尿困難、歩行困難
- 発熱、頭痛、倦怠感
- 足の付け根のリンパ節腫脹
再発時:
- 初発より症状は軽度
- 前兆として患部のピリピリ感
- 水疱の数も少ない
- 治癒までの期間も短縮
診断と治療
診断:
- 視診による臨床診断
- ウイルス抗原検査
- PCR検査
治療:
- 抗ウイルス薬(アシクロビル、バラシクロビル、ファムシクロビル)
- 重症例では点滴治療
- 鎮痛薬
- 再発抑制療法(頻回再発例)
4. 粉瘤(アテローム)
概要
粉瘤は、皮膚の下に袋状の構造(嚢腫)ができ、その中に角質や皮脂が溜まった良性腫瘍です。陰部にもできることがあります。
特徴
- 通常は痛みのないしこり
- 中央に黒い開口部(へそ)
- 圧迫すると悪臭のある内容物が出ることがある
- 細菌感染すると炎症性粉瘤となり、痛みを伴う
感染時の症状
- 急激な腫脹
- 押すと強い痛み
- 発赤と熱感
- 膿の排出
治療
- 非感染時:経過観察または外科的切除
- 感染時:抗生物質治療、切開排膿
- 根治:嚢腫壁の完全摘出
5. 接触性皮膚炎(かぶれ)
原因
- ナプキンや下着の材質
- 洗剤や柔軟剤
- コンドームのラテックス
- 外用薬
- 石鹸やボディソープ
症状
- 接触部位の発赤
- 腫脹としこり様の硬結
- 押すと痛み
- かゆみ
- 水疱形成(重症例)
治療
- 原因物質の除去・回避
- ステロイド外用薬
- 抗ヒスタミン薬
- 保湿剤
その他の考慮すべき疾患
尖圭コンジローマ
ヒトパピローマウイルス(HPV)感染による性感染症。通常は痛みを伴わないイボ状病変ですが、大きくなると摩擦により痛みを生じることがあります。
梅毒
梅毒の第1期病変として、感染部位に硬いしこり(初期硬結)が生じます。通常は痛みを伴いませんが、まれに圧痛を伴うことがあります。
外陰がん
稀な疾患ですが、40歳以上で新たに生じたしこりの場合は、悪性腫瘍の可能性も考慮する必要があります。
症状別の鑑別ポイント
痛みの性質による鑑別
- 激しい痛み:性器ヘルペス、バルトリン腺膿瘍
- 圧痛:毛嚢炎、炎症性粉瘤
- 無痛性:非感染性の粉瘤、尖圭コンジローマ
しこりの特徴による鑑別
- 硬いしこり:毛嚢炎(せつ)、梅毒初期硬結
- 弾性軟らかい:バルトリン腺嚢胞
- 中央に開口部:粉瘤
- 水疱・潰瘍:性器ヘルペス
発症部位による鑑別
- 毛穴中心:毛嚢炎
- 膣口付近:バルトリン腺嚢胞・膿瘍
- 広範囲:性器ヘルペス、接触性皮膚炎
受診の目安と診療科の選択
緊急受診が必要な症状
- 高熱(38℃以上)
- 激しい痛みで歩行困難
- 排尿困難
- 急速な腫脹の拡大
- 全身状態の悪化
早期受診が推奨される症状
- しこりが徐々に大きくなる
- 押すと痛みがある
- 発赤や熱感を伴う
- 膿の排出
- 2週間以上持続する症状
受診する診療科
婦人科・産婦人科:
- 女性の外陰部疾患全般
- バルトリン腺疾患
- 性感染症
皮膚科:
- 毛嚢炎
- 粉瘤
- 接触性皮膚炎
性病科・感染症科:
- 性感染症専門
診断と検査
問診のポイント
- 症状の発症時期と経過
- 痛みの性質と程度
- 発熱や全身症状の有無
- 性行為歴
- 月経周期との関連
- 使用している下着や衛生用品
- 既往歴と服薬歴
身体診察
- 視診:しこりの大きさ、形状、色調、表面の性状
- 触診:硬さ、可動性、圧痛、熱感
- 周囲の皮膚・粘膜の状態
- リンパ節の触診
必要に応じて行う検査
細菌学的検査:
- 分泌物の培養検査
- グラム染色
ウイルス学的検査:
- ヘルペス抗原検査
- PCR検査
病理学的検査:
- 生検(悪性腫瘍の疑い)
血液検査:
- 梅毒血清反応
- ヘルペス抗体価
治療法の詳細
薬物療法
抗菌薬
外用薬:
- ゲンタマイシン軟膏
- フラジオマイシン軟膏
- クロラムフェニコール軟膏
内服薬:
- セファレキシン(ケフレックス)
- クラリスロマイシン(クラリス)
- レボフロキサシン(クラビット)
抗ウイルス薬
- アシクロビル(ゾビラックス)
- バラシクロビル(バルトレックス)
- ファムシクロビル(ファムビル)
ステロイド外用薬
- ベタメタゾン(リンデロン)
- プレドニゾロン(プレドニン軟膏)
外科的治療
切開排膿
適応:
- バルトリン腺膿瘍
- 毛嚢炎(せつ・よう)
- 炎症性粉瘤
手技:
- 局所麻酔下で施行
- 十分な排膿とドレナージ
- 抗生物質の併用
造袋術(マルスピア形成術)
適応:
- 再発性バルトリン腺嚢胞
- バルトリン腺膿瘍
利点:
- 再発率の低下
- バルトリン腺機能の温存
摘出術
適応:
- 粉瘤の根治
- 再発性病変
- 悪性が疑われる場合
支持療法
- 温座浴
- 鎮痛薬
- 局所の清潔保持
- 適切な下着の着用
予防法と日常のケア
基本的な予防策
衛生管理
- 適切な清拭:排尿・排便後は前から後ろに清拭
- 過度な洗浄は避ける:石鹸での過度な洗浄は常在菌バランスを崩す
- 清潔な下着:毎日交換し、通気性の良い素材を選ぶ
物理的刺激の軽減
- 剃毛時の注意:清潔なカミソリを使用し、剃毛後は保湿
- 下着の選択:締め付けの少ない、綿素材のものを選ぶ
- ナプキンの交換:こまめに交換し、肌に優しい素材を選ぶ
生活習慣の改善
免疫力の維持
- 十分な睡眠:7-8時間の質の良い睡眠
- バランスの取れた食事:ビタミン、ミネラルの摂取
- 適度な運動:血液循環の改善
- ストレス管理:リラクゼーション、趣味の時間
性感染症の予防
- コンドームの使用:性行為時の感染予防
- パートナーとの情報共有:感染症の既往や症状について
- 定期検査:性感染症の定期的なスクリーニング
月経時の注意点
- 生理用品の選択:肌に優しい素材
- 交換頻度:2-3時間おきに交換
- デリケートゾーン用品:pH値を考慮した専用品の使用
再発防止と長期管理
毛嚢炎の再発防止
- 剃毛方法の見直し
- 医療脱毛の検討
- 抗菌薬の予防的使用(医師の指導下)
バルトリン腺疾患の管理
- 定期的な婦人科受診
- 症状の早期発見
- 適切な治療の継続
性器ヘルペスの管理
- 再発の前兆症状の認識
- 抗ウイルス薬の早期投与
- 再発抑制療法の検討
- パートナーへの感染防止
心理的サポートと生活への影響
精神的な負担への対処
陰部の症状は、身体的な不快感だけでなく、精神的な負担も大きくなりがちです:
- 羞恥心や不安:症状について話すことへの抵抗
- 性生活への影響:パートナーとの関係への不安
- 日常生活の制限:痛みによる活動制限
サポート体制の重要性
- 医療スタッフとの信頼関係:十分な説明と理解
- 家族・パートナーの理解:適切な情報共有
- 専門カウンセリング:必要に応じて心理的支援
特別な配慮が必要な場合
妊娠中の管理
- 薬物選択の注意:胎児への影響を考慮
- 分娩時の考慮:性器ヘルペスでは帝王切開の検討
- 産科医との連携:専門的な管理
糖尿病患者の注意点
- 血糖管理:感染リスクの軽減
- 創傷治癒の遅延:より慎重な経過観察
- 合併症の予防:早期治療の重要性
免疫不全患者への対応
- 感染の重症化:より積極的な治療
- 予防的治療:抗菌薬の予防投与
- 専門科との連携:血液内科、感染症科との協力

よくある質問と回答
A1: いいえ、陰部のしこりの原因は性感染症だけではありません。毛嚢炎、バルトリン腺嚢胞、粉瘤など、性感染症以外の原因も多くあります。自己判断せず、専門医の診察を受けることが重要です。
A2: 軽度の毛嚢炎などでは抗菌薬配合の外用薬が有効な場合もありますが、陰部は特にデリケートな部位であり、適切な診断なしに治療を行うのは危険です。医療機関での診察をお勧めします。
A3: 医療従事者は患者さんのプライバシーを守る義務があり、陰部の症状も日常的に診察しています。早期治療により症状の改善と合併症の予防が可能ですので、勇気を持って受診してください。
A4: 性感染症が原因の場合は、パートナーも同時に検査・治療を受ける必要があります。それ以外の原因でも、症状について相談し、理解を得ることが大切です。
A5: 原因疾患により予防法は異なりますが、基本的には清潔保持、適切な下着の着用、免疫力の維持、物理的刺激の軽減が重要です。医師と相談して個人に適した予防策を立てましょう。
まとめ
陰部にできるしこりで押すと痛い症状は、毛嚢炎、バルトリン腺嚢胞・膿瘍、性器ヘルペス、粉瘤、接触性皮膚炎など、様々な原因によって引き起こされます。これらの疾患は適切な診断と治療により改善が期待できますが、放置すると症状の悪化や合併症を引き起こす可能性があります。
特に以下の点が重要です:
- 早期受診の重要性:症状を感じたら恥ずかしがらずに専門医を受診する
- 適切な診断:自己判断せず、医師による正確な診断を受ける
- 適切な治療:疾患に応じた適切な治療を継続する
- 予防の実践:日常的な衛生管理と生活習慣の改善
- 定期的なフォロー:再発防止と早期発見のための定期受診
陰部の症状は誰にでも起こりうる健康問題です。適切な知識を持ち、必要時には迅速に医療機関を受診することで、健康的な生活を維持することができます。症状でお悩みの方は、一人で抱え込まず、専門医にご相談ください。
参考文献
- 日本性感染症学会編. 性感染症 診断・治療ガイドライン2020. 診断と治療社, 2020.
- 厚生労働省. 性感染症に関する情報. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/seikansenshou/index.html
- 日本産科婦人科学会編. 産婦人科診療ガイドライン 婦人科外来編2023.
- 日本皮膚科学会. 皮膚科診療ガイドライン.
- MSDマニュアル家庭版. バルトリン腺嚢胞およびバルトリン腺膿瘍. https://www.msdmanuals.com/ja-jp/home/22-女性の健康上の問題/女性に起きるその他の異常/バルトリン腺嚢胞およびバルトリン腺膿瘍
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務