はじめに
陰部にできものができると、多くの方が不安や恥ずかしさを感じ、一人で悩んでしまうことがあります。しかし、陰部のできものは決して珍しいことではなく、適切な知識と対処法を知っておくことで、冷静に対応することができます。
本記事では、陰部にできる様々なできものの種類、その特徴、受診が必要なタイミング、そして日常的な予防方法について、医学的な観点から詳しく解説いたします。恥ずかしがらずに適切な医療機関を受診することの大切さも含めてお伝えします。
陰部のできものの基本的な分類
1. 感染性のできもの
毛嚢炎(もうのうえん)
毛嚢炎は、毛穴に細菌が感染して起こる炎症です。陰部は毛が密集しており、湿度も高いため、毛嚢炎が起こりやすい部位です。
主な特徴:
- 毛穴を中心とした赤い腫れ
- 軽い痛みやかゆみ
- 膿を持つことがある
- 複数個所に同時発生することがある
原因:
- 不適切な毛の処理(カミソリ負けなど)
- 蒸れや摩擦による毛穴の損傷
- 免疫力の低下
- 不衛生な環境
粉瘤(ふんりゅう・アテローム)
粉瘤は皮膚の下に袋状の構造ができ、その中に角質や皮脂などの老廃物が蓄積した良性の腫瘍です。
主な特徴:
- 皮膚の下にできる丸い腫れ
- 触ると柔らかく、動くことがある
- 中央に小さな黒い点(開口部)が見えることがある
- 感染すると急激に腫れて痛みを伴う
注意点:
- 自分で押し出そうとすると感染のリスクが高まる
- 完全な治療には外科的処置が必要な場合が多い
バルトリン腺炎
女性特有の疾患で、膣の入り口付近にあるバルトリン腺に感染が起こることで発症します。
主な特徴:
- 膣の入り口の片側が腫れる
- 強い痛みを伴うことが多い
- 歩行や座位が困難になることがある
- 発熱を伴う場合がある
2. 性感染症によるできもの
梅毒による皮疹
梅毒は梅毒トレポネーマという細菌による感染症で、進行段階によって様々な症状が現れます。
第1期症状(初期硬結・硬性下疳):
- 感染から3週間程度で出現
- 痛みのない硬い潰瘍
- 自然に治癒することがあるが、感染は継続
第2期症状:
- 全身に発疹が現れる
- 陰部にも湿疹様の病変が出現
ヘルペスウイルス感染症
単純ヘルペスウイルス(HSV)による感染症で、1型と2型があります。
主な特徴:
- 水ぶくれ状の病変
- 強い痛みを伴うことが多い
- 初感染時は発熱や全身倦怠感を伴うことがある
- 再発を繰り返すことがある
尖圭コンジローマ
ヒトパピローマウイルス(HPV)による感染症で、良性の腫瘍として分類されます。
主な特徴:
- カリフラワー状やニワトリのトサカ状の形状
- 通常は痛みやかゆみを伴わない
- 徐々に大きくなったり、数が増えたりする
- 男女ともに発症する可能性がある
3. 非感染性のできもの
脂肪腫
皮膚の下にできる良性の脂肪組織の腫瘍です。
主な特徴:
- 柔らかく、動きやすい
- 通常は痛みを伴わない
- 成長は緩やか
- 圧迫による症状がなければ治療の必要性は低い
皮様嚢腫(デルモイドシスト)
先天的な要因で形成される嚢胞性の腫瘍です。
主な特徴:
- 生まれつき存在することが多い
- 髪の毛や歯などの組織を含むことがある
- 悪性化のリスクは低いが、定期的な観察が必要
フォアダイス斑
皮脂腺が目立って見える生理的な現象で、病気ではありません。
主な特徴:
- 小さな白色や黄色の粒状の隆起
- 痛みやかゆみは伴わない
- 思春期以降に目立つようになる
- 治療の必要性はない
危険度の判定基準
緊急受診が必要な症状
以下の症状がある場合は、速やかに医療機関を受診してください:
- 急激な腫れと強い痛み
- バルトリン腺炎や化膿性の感染症の可能性
- 抗生物質による治療が必要
- 発熱を伴う症状
- 全身感染に進行するリスク
- 早急な治療介入が必要
- 出血を伴う潰瘍
- 悪性腫瘍の可能性を否定する必要
- 組織検査が必要な場合がある
- 急速に大きくなるできもの
- 悪性腫瘍の可能性
- 早期の診断と治療が重要
早期受診が推奨される症状
- 持続する痛みやかゆみ
- 感染症や炎症性疾患の可能性
- 適切な治療により症状改善が期待できる
- 性交渉後に出現した症状
- 性感染症の可能性
- パートナーの検査も必要な場合がある
- 複数のできものが同時出現
- ウイルス感染や免疫系の問題の可能性
- 全身状態の評価が必要
経過観察で良い症状
- 痛みやかゆみのない小さなできもの
- フォアダイス斑や小さな脂肪腫の可能性
- 変化がなければ治療の必要性は低い
- 長期間変化のないできもの
- 良性腫瘍の可能性が高い
- 定期的な自己観察で十分な場合が多い
受診時の準備と心構え
受診前の準備
症状の記録
- いつ頃から症状が現れたか
- できものの大きさや形状の変化
- 痛みやかゆみの程度
- 発熱や全身症状の有無
- 性交渉の有無とタイミング
清潔にしておく
- 過度な洗浄は避ける(症状が悪化する可能性)
- 普段通りの清潔を保つ
- 香料の強い石鹸やボディソープは避ける
診察の流れ
問診
医師は以下のような質問をします:
- 症状の経過
- 既往歴
- 使用中の薬剤
- アレルギーの有無
- 性交渉歴
視診・触診
- 患部の観察
- 大きさや硬さの確認
- 周囲のリンパ節の触診
必要に応じた検査
- 培養検査(細菌感染が疑われる場合)
- 血液検査(性感染症の検査など)
- 組織検査(悪性腫瘍が疑われる場合)
医師との効果的なコミュニケーション
恥ずかしがらずに正直に話す
陰部の症状について話すのは恥ずかしいものですが、正確な診断のためには正直な情報提供が不可欠です。医師は専門的な立場から、患者さんの症状を客観的に評価します。
症状を正確に伝える
- 「なんとなく気になる」ではなく、具体的な症状を伝える
- 痛みの程度は10段階で表現する
- 日常生活への影響度を説明する
質問や不安は遠慮なく相談する
- 治療方法について
- 再発の可能性について
- 日常生活での注意点について
- パートナーへの影響について
日常的な予防方法
基本的な衛生管理
適切な清潔の保持
陰部の清潔は重要ですが、過度な洗浄は逆効果になることがあります。
推奨される清潔方法:
- 1日1回、ぬるま湯での洗浄
- 刺激の少ない石鹸の使用
- 前から後ろに向かって洗う(女性の場合)
- 洗浄後はよく乾燥させる
避けるべき行為:
- 1日に何度も石鹸で洗う
- 膣内の洗浄(女性の場合)
- 強くこすりすぎる
- 香料の強い製品の使用
服装と下着の選び方
通気性の良い素材を選ぶ
- 綿100%の下着が理想的
- 化学繊維は蒸れやすいため避ける
- サイズは適度にゆとりのあるものを選ぶ
締め付けの強い服装を避ける
- スキニージーンズやタイトなズボンは長時間着用を避ける
- 運動後は速やかに着替える
- 湿った下着は早めに交換する
毛の処理について
適切な処理方法
陰毛の処理は個人の選択ですが、不適切な方法は皮膚トラブルの原因となります。
推奨される方法:
- 清潔なカミソリやハサミを使用
- 処理前後の消毒
- 毛の流れに沿って処理
- 処理後は保湿ケア
避けるべき方法:
- 不潔な器具の使用
- 無理な角度での処理
- 処理直後の激しい運動
- アルコール系の消毒液の使用
生活習慣の改善
免疫力の向上
免疫力が低下すると、感染症にかかりやすくなります。
免疫力向上のための生活習慣:
- 規則正しい睡眠(7-8時間)
- バランスの取れた食事
- 適度な運動
- ストレスの管理
- 禁煙・適度な飲酒
性感染症の予防
性感染症による陰部のできものを予防するには:
- コンドームの正しい使用
- 信頼できるパートナーとの関係
- 定期的な性感染症検査
- 症状がある時の性交渉は避ける
治療方法の概要
薬物療法
抗生物質
細菌感染が原因の場合に使用されます。
適応疾患:
- 毛嚢炎
- バルトリン腺炎
- 細菌性の皮膚感染症
使用上の注意:
- 医師の指示通りに服用
- 症状が改善しても最後まで服用
- アレルギー歴は必ず申告
抗ウイルス薬
ウイルス感染が原因の場合に使用されます。
適応疾患:
- ヘルペスウイルス感染症
- その他のウイルス性皮膚疾患
外用薬
局所的な治療に使用されます。
種類:
- 抗生物質軟膏
- 抗炎症薬
- 保湿剤
外科的治療
切開排膿
膿が溜まっている場合に行われます。
適応:
- バルトリン腺膿瘍
- 化膿性の粉瘤
- その他の膿瘍
摘出術
腫瘍の完全除去が必要な場合に行われます。
適応:
- 粉瘤
- 脂肪腫
- 悪性が疑われる腫瘍
レーザー治療
一部の疾患に対して行われます。
適応:
- 尖圭コンジローマ
- 一部の良性腫瘍
経過観察
治療の必要がない場合でも、定期的な観察は重要です。
観察のポイント:
- 大きさの変化
- 色調の変化
- 症状の変化
- 新たなできものの出現

よくある質問と回答
A1: 陰部のできものの原因は性感染症だけではありません。毛嚢炎、粉瘤、脂肪腫など、性交渉と関係のない原因によるものも多くあります。ただし、性感染症の可能性も否定できないため、気になる症状がある場合は医師による診察を受けることをお勧めします。
A2: 自分でできものを潰すことは感染のリスクを高めるため、避けてください。また、薬局で購入できる薬では根本的な治療にならない場合が多く、症状が悪化する可能性もあります。適切な診断と治療のためには、医療機関での受診が必要です。
A3: 性感染症が原因の場合は、パートナーの検査と治療が必要になることがあります。医師の判断により、パートナーの検査の必要性について説明がありますので、恥ずかしがらずに相談してください。
A4: 妊娠中は免疫力が変化するため、普段よりも感染症にかかりやすくなることがあります。また、一部の薬剤は妊娠中に使用できないものもあるため、妊娠していることを必ず医師に伝えて、適切な治療を受けてください。
A5: 原因となる疾患によって予防方法は異なりますが、基本的には適切な衛生管理、免疫力の維持、生活習慣の改善が重要です。また、性感染症の場合は、コンドームの使用や信頼できるパートナーとの関係が予防につながります。
A6: 疾患の種類や重症度によって治療期間は大きく異なります。軽度の毛嚢炎であれば数日から1週間程度、外科的治療が必要な場合は数週間から数ヶ月かかることもあります。医師から説明される治療計画をよく理解し、指示に従って治療を継続することが重要です。
A7: 一時的に症状が改善しても、根本的な原因が解決されていない場合があります。また、見た目では判断できない疾患もあるため、気になる症状がある場合は医師による診察を受けることをお勧めします。
まとめ
陰部のできものは、多くの人が経験する可能性のある症状です。その原因は感染症から良性腫瘍まで様々であり、適切な診断と治療のためには専門的な医学知識が必要です。
最も重要なのは、恥ずかしさや不安から一人で悩まず、適切なタイミングで医療機関を受診することです。早期の診断と治療により、多くの疾患は完治可能であり、症状の悪化や合併症を防ぐことができます。
日常的な予防としては、適切な衛生管理、通気性の良い服装の選択、免疫力の維持、そして性感染症の予防が重要です。これらを心がけることで、陰部のできもののリスクを大幅に減らすことができます。
症状がある場合は速やかに、そして症状がない場合でも定期的な健康チェックの一環として、泌尿器科、婦人科、皮膚科などの専門医による診察を受けることをお勧めします。適切な医療ケアにより、健康で快適な生活を維持していきましょう。
参考文献
- 日本泌尿器科学会:「泌尿器科診療ガイドライン」 https://www.urol.or.jp/guideline/
- 日本産科婦人科学会:「産婦人科診療ガイドライン」 https://www.jsog.or.jp/guideline/
- 日本皮膚科学会:「皮膚科診療ガイドライン」 https://www.dermatol.or.jp/guideline/
- 厚生労働省:「性感染症に関する特定感染症予防指針」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/seikansenshou/
- 国立感染症研究所:「感染症情報」 https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases.html
- 日本性感染症学会:「性感染症診断・治療ガイドライン」 https://jsstd.umin.jp/
- 日本医師会:「健康の森」 https://www.med.or.jp/forest/
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務