はじめに
重症のニキビや繰り返しできるニキビに悩む方にとって、イソトレチノインは「最後の切り札」とも言える治療薬です。海外では30年以上の実績を持つこの薬は、確かに高い効果が期待できる一方で、様々な副作用について正しく理解し、適切な医師の管理のもとで使用することが極めて重要です。
本記事では、イソトレチノインの副作用について、頻度の高いものから重篤なものまで詳しく解説し、安全に治療を受けるために知っておくべき注意点をご紹介します。
イソトレチノインとは
イソトレチノインは、ビタミンA誘導体(レチノイド)の一種で、皮脂分泌の抑制、毛穴詰まりの解消、抗炎症作用、アクネ菌に対する抗菌作用など、ニキビ治療に必要な複数の効果を併せ持つ内服薬です。
商品名の例:
- ロアキュタン(Roaccutane)
- アキュテイン(Accutane)
- アクネトレント(Aknetrent)
- イソトロイン(Isotroin)
1982年に米国FDAによってニキビ治療薬として承認されて以来、世界各国で使用され、多くの臨床試験によってその有効性と安全性が確認されています。ただし、日本では現在も未承認の薬剤であり、自費診療での処方となります。
イソトレチノインの主な副作用
よく起こる副作用(頻度:高)
1. 口唇炎・唇の乾燥(発生率:90%以上)
イソトレチノインの最も一般的な副作用で、ほぼ全ての患者さんに見られます。皮脂分泌が抑制されることで、唇が極度に乾燥し、ひび割れや皮むけが生じます。
症状の特徴:
- 唇の乾燥、つっぱり感
- ひび割れ、皮むけ
- 口角炎
- 痛みや出血を伴うことがある
対処法:
- こまめなリップクリームの使用
- ワセリンの塗布
- 刺激の少ない保湿成分配合のリップバームの使用
2. 皮膚の乾燥(発生率:約30-50%)
皮脂分泌の抑制により、顔や体全体の肌が乾燥しやすくなります。特に頬や口周りに症状が現れやすく、朝起きた時の肌のつっぱり感を多くの方が経験します。
症状の特徴:
- 肌のカサカサ感
- 皮むけ
- 赤み
- かゆみ
- つっぱり感
対処法:
- 保湿効果の高いローションやクリームの定期的な使用
- 入浴後や洗顔後、肌が湿っているうちの保湿
- 非刺激性の保湿剤の選択
3. ドライアイ(発生率:約20-30%)
涙の分泌量が減少することで、目の乾燥が生じます。コンタクトレンズ装用者は特に注意が必要です。
症状の特徴:
- 目の乾燥感
- 異物感
- 目のかゆみ
- 視界のぼやけ
対処法:
- ドライアイ用目薬の使用
- パソコンやスマートフォンの使用時間の制限
- 加湿器の使用
- コンタクトレンズの装用時間短縮
4. 鼻の乾燥・鼻血(発生率:約15-25%)
鼻の粘膜が乾燥することで、鼻血が出やすくなります。特に乾燥する季節に注意が必要です。
症状の特徴:
- 鼻の内側の乾燥
- かさぶたの形成
- 鼻血
- 鼻づまり感
対処法:
- 鼻の中への保湿ジェルやワセリンの塗布
- 加湿器の使用
- 鼻を強くかまない
- 適度な水分補給
一般的な副作用(発生率:中)
5. 頭痛・めまい(発生率:約10-20%)
頭蓋内圧の上昇や水分不足が原因とされています。治療初期に現れることが多く、徐々に改善することがほとんどです。
対処法:
- 十分な水分補給
- 適切な休息
- 症状が続く場合は医師に相談し、鎮痛剤の処方を検討
6. 関節痛・筋肉痛(発生率:約5-15%)
特に運動を行う方や高用量で治療している方に見られることがあります。
対処法:
- 軽い運動やストレッチ
- 適度な休息
- 症状が重い場合は医師に相談
7. 光線過敏症(発生率:約10-15%)
日光に対する敏感性が増し、通常よりも日焼けしやすくなります。
対処法:
- 日焼け止めの使用(SPF30以上推奨)
- 日傘や帽子の使用
- 長時間の日光浴を避ける
稀に起こる副作用(発生率:低)
8. 好転反応(初期悪化)(発生率:約6-20%)
治療開始初期にニキビが一時的に悪化することがあります。これは薬が効いている証拠でもあり、通常1-2ヶ月で改善します。
9. 肝機能異常(発生率:約15%)
血液検査で肝機能の数値が上昇することがあります。定期的な検査により早期発見・対応が可能です。
10. 脂質異常症(発生率:約10-25%)
血中のコレステロールや中性脂肪の値が上昇することがあります。
11. 薬疹(発生率:約5%未満)
皮膚に発疹が現れることがあります。
12. 吐き気・嘔吐(発生率:約5%未満)
消化器症状として現れることがあります。食後の服用で軽減されることが多いです。
重篤な副作用について
1. 催奇形性(妊娠への影響)
イソトレチノインの最も深刻な副作用は、胎児への催奇形性です。妊娠中の女性が服用した場合、以下のような重篤な先天異常が起こる可能性が極めて高くなります。
起こりうる先天異常:
- 顔面の異常
- 頭蓋の異常
- 中枢神経系の異常
- 心血管系の異常
- 胸腺の異常
- 副甲状腺の異常
重要な注意事項:
厚生労働省の注意喚起によれば、イソトレチノインの服用を開始する1ヶ月前から服用中、および服用終了後少なくとも1ヶ月間(安全マージンを考慮して6ヶ月間とする医療機関もあります)は、確実な方法で避妊を行うことが絶対に必要です。
治療開始前には必ず妊娠検査を行い、陰性であることを確認する必要があります。
2. 精神症状
イソトレチノインの使用により、以下のような精神症状が報告されています。
報告されている症状:
- うつ病
- うつ状態
- 自殺念慮
- 自殺行動
- 幻覚
- 幻聴
- 攻撃性の増加
- 不安の増大
ただし、これらの症状とイソトレチノインの明確な因果関係については、現在も議論が続いています。重要なのは、これらの症状が現れた場合、すぐに医師に相談することです。
3. 重篤な皮膚反応
非常に稀ですが、以下のような重篤な皮膚反応が起こることがあります。
- スティーブンス・ジョンソン症候群
- 中毒性表皮壊死症(TEN)
これらの症状が現れた場合は、すぐに服用を中止し、緊急受診が必要です。
4. 視力への影響
稀に以下のような視力に関する副作用が報告されています。
- 夜間視力の低下
- かすみ目
- 光の周りにハロー(輪)が見える
- 角膜への影響
5. 消化器系への影響
- 急性膵炎
- 炎症性腸疾患の悪化
これらの症状は非常に稀ですが、腹痛や下痢などの症状が続く場合は医師に相談が必要です。
副作用の管理と対処法
乾燥対策の徹底
イソトレチノイン治療中の最も重要な副作用管理は、乾燥対策の徹底です。
スキンケアのポイント:
- 保湿剤の選択
- 刺激の少ない、保湿効果の高い製品を選ぶ
- セラミドやヒアルロン酸配合の製品が効果的
- アルコールフリーの製品を選ぶ
- 保湿のタイミング
- 洗顔後すぐに保湿
- 入浴後、肌が湿っているうちに保湿
- 1日複数回の保湿
- 唇のケア
- こまめなリップクリームの使用
- 就寝前のワセリン塗布
- 刺激の少ないリップバームの選択
紫外線対策
光線過敏症により、通常よりも日焼けしやすくなるため、徹底した紫外線対策が必要です。
紫外線対策のポイント:
- SPF30以上の日焼け止めの使用
- 帽子や日傘の活用
- 長時間の外出時は日陰を選ぶ
- 午前10時から午後2時の外出を控える
定期的な検査の重要性
イソトレチノインの副作用を早期に発見するため、定期的な検査が不可欠です。
推奨される検査:
- 血液検査(1-2ヶ月ごと)
- 肝機能検査(AST、ALT、ビリルビン)
- 脂質検査(総コレステロール、中性脂肪)
- 血球計数
- 妊娠検査(女性の場合)
- 治療開始前
- 治療中(月1回)
- 治療終了後
- 眼科検査(必要に応じて)
- ドライアイの評価
- 夜間視力の確認
副作用が現れた場合の対応
軽度の副作用の場合
- 適切なケアの実施
- 乾燥に対する保湿強化
- 生活習慣の見直し
- 医師への相談
- 症状の程度を正確に伝える
- 用量調整の検討
重篤な副作用の疑いがある場合
以下の症状が現れた場合は、すぐに医師に連絡し、必要に応じて緊急受診してください。
緊急を要する症状:
- 突然の発疹や呼吸困難
- 重篤な腹痛や持続する下痢
- 精神状態の急激な変化
- 視力の急激な低下
- 重度の頭痛や意識障害
治療を安全に受けるための注意点
医師選びの重要性
イソトレチノイン治療は、経験豊富な医師のもとで行うことが極めて重要です。
良い医療機関の特徴:
- イソトレチノイン治療の十分な経験がある
- 定期的な検査体制が整っている
- 副作用への適切な対応ができる
- 患者への十分な説明を行う
- 緊急時の連絡体制が整っている
個人輸入の危険性
厚生労働省は、イソトレチノインの個人輸入について強く注意喚起しています。
個人輸入の危険性:
- 偽物や不純物が混入している可能性
- 適切な用量管理ができない
- 副作用への対応ができない
- 緊急時の対応が困難
- 法的リスク
米国食品医薬品局(FDA)も、副作用が出やすいためインターネットや個人輸入により入手することのないよう注意喚起を行っています。
併用禁忌薬について
イソトレチノイン服用中は、以下の薬剤との併用を避ける必要があります。
主な併用禁忌薬:
- テトラサイクリン系抗生物質
- ビタミンA製剤
- 一部の避妊薬(プロゲスチンのみの製剤)
服用方法について
正しい服用方法:
- 1日1-2回、食後に服用
- 脂肪分を含む食事と一緒に服用(吸収率向上のため)
- 決められた用量を守る
- 自己判断で中止しない

治療期間と効果の持続
標準的な治療期間
イソトレチノインの標準的な治療期間は4-6ヶ月です。効果を最大化し、再発を防ぐためには、ニキビが改善してからさらに1-2ヶ月間の継続服用が推奨されます。
累積投与量の重要性
適切な累積投与量(120-150mg/kg)により、再発率が下がるとされています。そのため、自己判断での服用中止は再発リスクを高める可能性があります。
治療終了後の効果
適切に治療を完了した場合、多くの方で3-5年間はニキビが作られにくい状態が維持されます。これは、イソトレチノインが皮脂腺の構造自体を変化させるためです。
好転反応との向き合い方
治療開始初期に一時的にニキビが悪化する「好転反応」は、約20%の方に見られます。これは薬が効いている証拠でもあり、通常1ヶ月程度で改善します。
好転反応の特徴:
- 治療開始後1-4週間で出現
- 既存のニキビが一時的に悪化
- 新しいニキビが増える
- 炎症や赤みが強くなる
対処法:
- 医師への相談
- 適切なスキンケアの継続
- 自己判断での服用中止は避ける
- 低用量からの開始を検討
特別な注意が必要な方
女性の患者さん
妊娠の可能性がある女性は、特に厳重な管理が必要です。
必要な対応:
- 治療開始前の妊娠検査
- 確実な避妊方法の実施
- 月1回の妊娠検査
- 治療終了後1-6ヶ月間の避妊継続
精神疾患の既往がある方
うつ病などの精神疾患の既往がある方は、治療開始前に必ず医師に申告し、治療中の精神状態の変化に特に注意する必要があります。
成長期の患者さん
骨の成長に影響を与える可能性があるため、成長期の患者さんでは慎重な検討が必要です。
副作用を最小限に抑えるための工夫
低用量療法
近年では、副作用を軽減するため、低用量(0.5mg/kg/日未満)での治療も行われています。効果は標準用量より緩やかですが、副作用が少ないという利点があります。
隔日投与
副作用が強い場合、隔日での投与により症状を軽減できる場合があります。
段階的な用量調整
患者さんの体質や症状に応じて、用量を段階的に調整することで、副作用と効果のバランスを取ります。
まとめ
イソトレチノインは、重症ニキビや難治性ニキビに対して非常に高い効果を示す治療薬です。しかし、その効果の高さと引き換えに、様々な副作用のリスクも伴います。
安全な治療のための重要なポイント:
- 経験豊富な医師による管理
- 十分な説明を受ける
- 定期的な診察と検査
- 副作用への適切な対応
- 患者さん自身の理解と協力
- 副作用について正しく理解する
- 服用方法を守る
- 変化があれば速やかに報告する
- 適切な副作用管理
- 徹底した乾燥対策
- 紫外線対策
- 定期的な検査の受診
- 女性の場合の特別な注意
- 確実な避妊の実施
- 定期的な妊娠検査
- 治療終了後の避妊継続
イソトレチノインによる治療を検討されている方は、これらの副作用について十分に理解し、信頼できる医療機関で適切な管理のもと治療を受けることをお勧めします。副作用は確かに存在しますが、適切な管理により多くの場合は安全に治療を完了することができます。
何よりも重要なのは、医師との信頼関係を築き、不安なことがあればすぐに相談できる環境を作ることです。一人で悩まず、専門医と二人三脚で治療に取り組むことで、安全で効果的なニキビ治療を実現できるでしょう。
参考文献
- 厚生労働省「アキュテイン(ACCUTANE)(わが国で未承認の難治性ニキビ治療薬)に関する注意喚起について」 https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/kojinyunyu/050609-1b.html
- 日本皮膚科学会「尋常性痤瘡治療ガイドライン」
- Costa CS, Bagatin E, Martimbianco ALC, et al. Oral isotretinoin for acne. Cochrane Database Syst Rev. 2018;11(11):CD009435.
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- Rademaker M. Making sense of the effects of the cumulative dose of isotretinoin in acne vulgaris. Int J Dermatol. 2016;55(5):518-523.
- Blasiak RC, Stamey CR, Burkhart CN, et al. High-dose isotretinoin treatment and the rate of retrial, relapse, and adverse effects in patients with acne vulgaris. JAMA Dermatol. 2013;149(12):1392-1398.
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務