はじめに
「インフルエンザといえば高熱」というイメージをお持ちの方は多いでしょう。確かに、インフルエンザの典型的な症状として38℃以上の発熱がよく知られています。しかし実際には、インフルエンザに感染しても熱が出ない、または微熱程度にとどまるケースが存在することをご存じでしょうか。
このような「熱が出ないインフルエンザ」は、「隠れインフル」とも呼ばれ、本人が気づかないうちに周囲に感染を広げてしまうリスクがあります。また、症状が軽いからといって放置すると、知らず知らずのうちに重症化してしまう可能性もあるのです。
この記事では、アイシークリニック渋谷院の医療コラムとして、熱が出ないインフルエンザについて詳しく解説します。その特徴や原因、見分け方、そして適切な対処法について、一般の方にもわかりやすくお伝えしていきます。
インフルエンザの基本知識
インフルエンザとは
インフルエンザは、インフルエンザウイルスに感染することによって起こる気道感染症です。厚生労働省のインフルエンザQ&Aによると、普通の風邪とは異なり、38℃以上の発熱、頭痛、関節痛、筋肉痛、全身倦怠感などの症状が比較的急速に現れるのが特徴とされています。
インフルエンザの型
インフルエンザウイルスには主にA型、B型、C型があり、季節性インフルエンザの原因となるのは主にA型とB型です。現在日本で流行しているのは、A(H1N1)亜型、A(H3N2)亜型(香港型)、B型(山形系統とビクトリア系統)の4種類です。
一般的な症状
典型的なインフルエンザの症状には以下のようなものがあります。
- 発熱症状: 38℃以上の高熱(39〜40℃に達することも)
- 全身症状: 全身倦怠感、食欲不振、頭痛
- 筋肉・関節症状: 筋肉痛、関節痛
- 呼吸器症状: 咳、のどの痛み、鼻水(発熱よりやや遅れて出現)
通常、発症から4〜5日前後で症状は軽快傾向となり、10日前後で治癒することが多いとされています。
普通の風邪との違い
普通の風邪は、のどの痛み、鼻水、くしゃみ、咳などの症状が中心で、発熱は軽度(37〜38℃程度)、全身症状はあまり見られません。一方、インフルエンザは急激に発症し、高熱を伴い、全身症状が強く現れることが特徴です。
熱が出ないインフルエンザとは
発熱しないインフルエンザの存在
インフルエンザといえば高熱が当たり前と思われがちですが、実際には発熱しないケース、または微熱程度にとどまるケースが存在します。これは医学的にも確認されている現象です。
興味深いデータとして、インフルエンザ感染が確認された人の約16%は無症状だったという報告や、家庭内での二次感染では約6割が発熱しなかったという研究結果があります。特に2009年に流行した新型インフルエンザでは、軽い症状の人やまったく症状が出ない人が多くいたことがわかっており、熱が出ない人は全体の約8〜32%、寄宿学校では3人に1人がまったく症状がなかったという報告もあります。
「隠れインフル」の問題点
熱が出ないインフルエンザが問題となるのは、主に以下の理由からです。
1. 本人が気づきにくい
発熱という明確なサインがないため、本人がインフルエンザに感染していることに気づかず、普通の風邪や軽い体調不良と判断してしまうことがあります。
2. 周囲への感染リスク
症状が軽いため、自覚なく職場や学校に出向いてしまい、知らないうちに周囲の人にウイルスをうつしてしまう危険性があります。インフルエンザウイルスは発症前日から発症後5〜7日程度にわたって体外に排出されるため、感染力は決して低くありません。
3. 診断の遅れ
「熱がないからインフルエンザではない」と自己判断し、適切な治療を受けるタイミングを逃してしまう可能性があります。
4. 重症化のリスク
症状が軽いということは、免疫機構がうまく機能していない可能性も考えられます。特に高齢者や免疫力の低下している方では、かえって重症化するリスクがあるため注意が必要です。
なぜ熱が出ないのか|原因を理解する
1. ワクチン接種による免疫の獲得
インフルエンザワクチンを接種している場合、ウイルスに対する免疫が体内に形成されているため、感染しても症状が軽くなることがあります。ワクチンには発症予防効果だけでなく、感染した際の症状を軽減する効果もあるため、発熱が抑えられることがあります。
2. 過去の感染歴による交叉免疫
過去に類似したインフルエンザウイルスに感染したことがある場合、すでに獲得していた免疫(交叉免疫)が働くことで、症状が軽くなる可能性があります。2009年の新型インフルエンザで症状が軽い人が多かった理由の一つとして、既存のインフルエンザウイルスと似ていたため、すでに免疫を持っている人が多かったことが考えられています。
3. 感染初期における解熱剤の使用
インフルエンザに感染したばかりの時期に、風邪と勘違いして市販の解熱剤を服用してしまうと、発熱が抑えられてしまいます。しかし解熱剤にはインフルエンザウイルスそのものを抑える効果はないため、熱だけが下がり、その他の症状は続くという状態になることがあります。
4. 年齢や体質による影響
免疫力の弱い高齢者や小さな子どもは、症状があまり出ないため、熱も高くは上がらないことがあります。また個人の体質によっても、発熱の程度には差が生じます。
5. インフルエンザB型の特性
インフルエンザB型は、A型と比べて発熱が37〜38℃程度と比較的低めであることが知られています。B型では微熱に加え、腹痛や嘔吐、下痢などの消化器系の症状が見られることがあり、発熱期間が長く続く傾向があります。
6. ウイルス量の影響
体内に侵入したウイルスの量が少ない場合、症状が軽くなる可能性があると言われています。
熱が出ないインフルエンザの症状と特徴
熱が出なくても、インフルエンザには他の特徴的な症状があります。以下のような症状が見られる場合は、インフルエンザの可能性を疑うべきです。
全身症状
全身倦怠感
発熱がなくても、体全体がだるく、重く感じることがあります。普段の疲れとは異なる、全身を包み込むような倦怠感が特徴です。
関節痛・筋肉痛
インフルエンザウイルスは背中や腰、関節、筋肉に影響を与え、激しい痛みやこわばりを引き起こすことがあります。熱がなくても、体の節々が痛む場合はインフルエンザを疑う必要があります。
頭痛
激しい頭痛もインフルエンザの特徴的な症状の一つです。
呼吸器症状
咳
咳の症状は発熱よりやや遅れて出現することが多く、熱がない場合でも咳が続くことがあります。
のどの痛み
のどの違和感や痛みが生じることがありますが、他の感染症と比べると比較的軽度な傾向にあります。
鼻水・鼻づまり
鼻汁や鼻閉の症状も見られることがあります。
消化器症状(特にB型)
インフルエンザB型の場合、腹痛、嘔吐、下痢などの消化器系の症状が前面に出ることがあります。
寒気・悪寒
発熱との関連性がある症状ですが、体温を正常に保とうとする生体反応として震えや寒気が見られることがあります。体を温める対策が有効です。
診断方法と受診のタイミング
インフルエンザ検査の種類
現在、医療機関では主に「迅速抗原検出キット」を使用した検査が行われています。鼻やのどの粘液を綿棒でぬぐった液を用いて、5〜15分程度で結果がわかります。
検査のタイミングが重要
インフルエンザ迅速検査は、ウイルス量がある程度増えていないと陽性を検出できません。検査のタイミングによる陽性検出率は以下のとおりです。
- 38℃以上の発熱から12時間未満: 約30%
- 発熱から24時間未満: 約60%
- 発熱から24時間以上: 約100%
- 37℃台の微熱: 極めて低い
つまり、確実な検査を受けるためには、症状が出てから12時間以上、できれば24時間以上経過してから受診することが望ましいとされています。
ただし、熱が出ない場合は「いつから症状が始まったのか」が判断しにくいため、以下のような症状がある場合は早めの受診をお勧めします。
こんな症状があれば受診を
- 全身倦怠感が突然出現した
- 関節痛や筋肉痛がある
- 激しい頭痛がある
- 咳が続いている
- 周囲でインフルエンザが流行している
- インフルエンザ患者との接触歴がある
微熱か高熱かによらず、これらの症状がある場合はインフルエンザの可能性があります。「症状が軽いからインフルエンザではない」と決めつけず、念のために検査を受けることが大切です。
検査陰性でもインフルエンザの可能性
迅速検査で陰性が出ても、インフルエンザに感染していないとは言い切れません。流行期にインフルエンザ陽性者との接触があり、発熱・咽頭痛・関節痛といったインフルエンザ様症状がある場合、医師の判断により検査が陰性でもインフルエンザと臨床診断されることがあります。
治療法と自宅でのケア
抗インフルエンザウイルス薬
インフルエンザの主な治療法は、抗インフルエンザウイルス薬の使用です。現在、以下のような薬剤が使用されています。
- オセルタミビルリン酸塩(タミフル®)
- ザナミビル水和物(リレンザ®)
- ペラミビル水和物(ラピアクタ®)
- ラニナミビルオクタン酸エステル水和物(イナビル®)
- バロキサビル マルボキシル(ゾフルーザ®)
これらの薬は、発症後48時間以内に使用することで、ウイルスの増殖を抑え、発熱期間を1〜2日短縮し、症状の改善を早める効果があります。ただし、ウイルスを完全に死滅させるわけではなく、増殖を抑える効果であることを理解しておく必要があります。
対象者について
厚生労働省の指針では、65歳以上の高齢者、重症化の恐れのある基礎疾患のある方が抗インフルエンザ薬による治療の対象とされています。
若年健常者においては、発症早期の抗インフルエンザ薬投与により有症状期間の短縮が期待できますが、症状の強さを軽減したり重症化を予防する効果は認めないと言われています。
解熱剤の使用について
市販の解熱剤を使用する場合は、アセトアミノフェンの使用が推奨されています。一部の解熱剤にはインフルエンザ脳症のリスクを高める成分が含まれているため、医師の処方を受けることが望ましいです。
また、解熱剤はインフルエンザの治療を遅らせることにつながりかねないため、首やわきの下を冷やしても眠れないほどの苦痛がある場合に、最終手段として用いるようにしてください。
自宅での療養方法
十分な休養
周囲に感染を広げないためにも、自宅で安静に療養することが重要です。
水分補給
脱水症状を予防するため、こまめに水分を補給しましょう。イオン飲料水や経口補水液などが効果的です。
栄養補給
体力を維持するため、無理のない範囲で栄養のある食事を摂りましょう。
加湿
室内の湿度を50〜60%に保つことで、ウイルスの活動を抑制し、のどや気道の粘膜を保護できます。
インフルエンザは自然治癒する
インフルエンザは抗ウイルス薬を使用しなくても、5〜7日間で自然治癒します。無理に薬物治療を行わなくても、適切な休養と水分補給で回復することができます。
周囲への感染を防ぐために|重要な注意点
感染力がある期間
インフルエンザウイルスは、発症の前日から発症後5〜7日程度にわたって体外に排出されます。感染力が最も強いのは発熱を中心とする発症直後2〜3日間です。
重要なのは、熱が下がっても体内のウイルスがすぐにいなくなるわけではないということです。症状が改善しても、体内に残っているウイルスが周りの人に感染する可能性があるので注意が必要です。
出勤・登校停止の目安
学校保健安全法では、児童・生徒について以下のように定められています。
「発症した後5日を経過し、かつ解熱した後2日(幼児は3日)を経過するまで」
大人の出勤停止期間は法律で決まっていませんが、医学的にも社会的にも、この基準をそのまま目安にするのが最も合理的です。
熱が出ない場合の対応
発熱が見られないインフルエンザの場合、出勤・登校停止期間の判断が難しくなります。静岡県病院協会の見解によると、検査が陽性になった日から5日間の休職が必要であると考えられています。
何も症状がなく検査をするということはないはずで、何らかの症状があって検査をしたのですから、その日から数えて5日間は休職が必要という考え方です。
家庭内での感染対策
家族がインフルエンザにかかった場合は、以下の対策を徹底しましょう。
マスク着用
患者本人も看護する家族もマスクを着用します。
手指衛生
こまめな手洗いと、アルコール消毒を行います。
別室での療養
可能であれば、患者は別室で療養します。発症後5日(day0〜day5の6日間)かつ解熱後2日までは別室が望ましいとされています。
共有空間の利用を最小限に
食事や就寝を分け、共有空間は短時間の利用にとどめます。
換気
定期的に部屋の換気を行います。
インフルエンザの予防対策
ワクチン接種
インフルエンザ予防の第一は、ワクチン接種を受けることです。ワクチンには以下の三つの役割があります。
- 感染予防
- 感染した際の発症予防
- 発症した際の重症化予防
厚生労働省のデータによると、インフルエンザワクチンの有効率は約60%と報告されており、発症を約50%前後減らせることが知られています。
接種のタイミング
流行の2週間前(10月末〜11月頃)に1回接種することが推奨されています。ワクチンの効果は、接種より2週間〜5か月後くらいまで持続します。
接種できない方
以下の方はワクチン接種を受けられません。
- 現在発熱中の方
- 急性疾患に罹患中の方
- 過去の接種によってアナフィラキシーになった方
日常生活での予防策
手洗い・うがい
外出後の手洗いうがいは、体についたインフルエンザウイルスを除去する効果的な手段です。流行シーズンは特に徹底しましょう。
適切な湿度管理
室内の湿度を50〜60%に保つことが効果的です。空気が乾燥していると、インフルエンザに限らずあらゆる感染症にかかりやすくなります。加湿器の使用や、室内に濡れたタオルを干すなどの方法があります。
人混みを避ける
流行期には不要不急の外出を控え、やむを得ず人混みに出る際はマスクを着用しましょう。
十分な睡眠とバランスの良い食事
免疫力を維持するため、規則正しい生活と栄養バランスの取れた食事を心がけましょう。

よくある質問
A. はい、受けられます。発熱がなくても、全身倦怠感、関節痛、筋肉痛、頭痛などの症状がある場合や、周囲でインフルエンザが流行している場合は、積極的に検査を受けることをお勧めします。
A. はい、ワクチンを接種していてもインフルエンザにかかる可能性はあります。ただし、ワクチンには発症予防効果と重症化予防効果があり、感染した場合でも症状が軽くなることが期待できます。
Q3. インフルエンザA型とB型で症状は違いますか?
A. はい、異なります。A型は38℃を超える高熱が特徴ですが、B型は37〜38℃程度と比較的熱が上がらない傾向にあります。また、B型では腹痛や嘔吐、下痢などの消化器系の症状が見られることがあります。
Q4. 一度インフルエンザにかかったら、その年はもうかからないですか?
A. いいえ、そうではありません。インフルエンザA型とB型はまったく異なるウイルスによる異なる病気です。そのため、A型に感染した後にB型に感染することもあります。1シーズンに複数回かかる可能性があります。
Q5. 市販の風邪薬を飲んでも大丈夫ですか?
A. インフルエンザが疑われる場合は、すぐに市販薬を服用せず、まず医療機関を受診することをお勧めします。市販薬には熱を抑える効果がありますが、インフルエンザウイルスを抑えることはできません。また、一部の解熱剤にはインフルエンザ脳症のリスクを高める成分が含まれているため、注意が必要です。
Q6. インフルエンザと新型コロナウイルス感染症の見分け方は?
A. 症状のみでの鑑別は困難です。どちらも発熱、咳、全身倦怠感などの症状が共通しているため、検査を受けて確定診断する必要があります。
Q7. 熱が出ないインフルエンザでも他人にうつしますか?
A. はい、熱の有無にかかわらず、インフルエンザに感染していれば他人にうつす可能性があります。むしろ、本人が気づかずに行動範囲が広くなることで、より多くの人に感染を広げてしまうリスクがあります。
まとめ|熱が出なくても油断は禁物
インフルエンザといえば高熱というイメージが強いですが、実際には発熱しないケースや微熱程度にとどまるケースが存在します。このような「熱が出ないインフルエンザ」には以下のような特徴があります。
重要なポイント
- インフルエンザ感染者の約16%は無症状、家庭内感染の約6割は発熱しないという研究データがあります。
- 原因としては、ワクチン接種、過去の感染歴、解熱剤の使用、年齢や体質、インフルエンザB型の特性などが考えられます。
- 熱がなくても現れる症状には、全身倦怠感、関節痛、筋肉痛、頭痛、咳、のどの痛みなどがあります。
- 感染力は発症前日から発症後5〜7日程度続き、熱が下がってもすぐに感染力がなくなるわけではありません。
- 出勤・登校停止の目安は「発症後5日経過、かつ解熱後2日経過」です。熱が出ない場合も、検査陽性となった日から5日間は休む必要があります。
- 予防にはワクチン接種、手洗い・うがい、適切な湿度管理、十分な休養が効果的です。
アイシークリニック渋谷院からのアドバイス
「熱がないから大丈夫」と自己判断せず、以下のような症状がある場合は早めに医療機関を受診してください。
- 突然の全身倦怠感
- 関節痛や筋肉痛
- 激しい頭痛
- 持続する咳
- 周囲でインフルエンザが流行している
特に流行期には、少しでも体調に違和感を感じたら積極的に検査を受けることで、ご自身の重症化を防ぐだけでなく、周囲への感染拡大も未然に防ぐことができます。
インフルエンザは適切な対処と予防により、そのリスクを大きく減らすことができる感染症です。正しい知識を持ち、自分と周りの人の健康を守りましょう。
参考文献
※本記事の情報は2025年11月時点のものです。最新の情報については、厚生労働省や国立感染症研究所のウェブサイトをご確認ください。
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務