はじめに
耳たぶに突然現れるしこりや腫れ、そして押すと感じる痛み。このような症状を経験されたことはありませんか?耳たぶは身体の中でも比較的目立つ部位であり、そこに何らかの異常が現れると、多くの方が不安を感じられることでしょう。
耳たぶにできるしこりには様々な原因があり、その多くは良性で治療可能なものです。しかし、中には適切な医療処置が必要なケースもあるため、正しい知識を持つことが重要です。本記事では、アイシークリニック渋谷院の専門的見地から、耳たぶのしこりと痛みについて詳しく解説いたします。
耳たぶの構造と機能
耳たぶの解剖学的特徴
耳たぶ(耳垂)は、外耳の最下部に位置する軟らかい組織です。他の耳介部分とは異なり、軟骨を含まず、主に皮膚、皮下脂肪、結合組織から構成されています。この構造的特徴により、耳たぶは柔軟性に富み、ピアスなどの装飾品を着用する部位としても選ばれています。
耳たぶには豊富な血管網が分布しており、比較的血流が良好な部位です。また、感覚神経も分布しているため、圧迫や刺激に対して敏感に反応します。これらの特徴が、しこりや炎症が生じた際の症状に影響を与えています。
耳たぶのしこりの主な原因
1. 粉瘤(アテローム)
粉瘤は、耳たぶにできるしこりの中で最も一般的な原因の一つです。皮膚の表皮成分が皮膚の下に蓄積してできる良性の腫瘤で、正式には表皮嚢腫と呼ばれます。
症状の特徴:
- 丸くて可動性のあるしこり
- 通常は痛みがないが、炎症を起こすと痛みや赤みを伴う
- 中央に黒い点状の開口部が見えることがある
- 徐々に大きくなる傾向がある
発生メカニズム: 粉瘤は、皮膚の表皮が皮下に陥入し、袋状の構造を形成することで発生します。この袋の中に角質や皮脂などの老廃物が蓄積され、しこりとして触知されるようになります。
2. 皮脂腺嚢腫
皮脂腺の出口が何らかの原因で詰まることにより、皮脂が皮下に蓄積してできる嚢腫です。耳たぶには皮脂腺が比較的多く分布しているため、この部位での発生も珍しくありません。
症状の特徴:
- やや軟らかいしこり
- 黄白色の内容物を含む
- 感染を併発すると痛みや熱感を伴う
- 自然に縮小することもある
3. ピアス関連の合併症
ピアスホールの感染
ピアスを着用している方、または過去に着用していた方に特に多く見られる原因です。不適切なピアシングや不十分なアフターケアにより、ピアスホール周囲に細菌感染が生じることがあります。
症状の特徴:
- ピアスホール周囲の腫れと痛み
- 発赤と熱感
- 膿の分泌
- 触ると激しい痛みを感じる
ケロイド・肥厚性瘢痕
ピアス装着後の治癒過程で、正常範囲を超えて結合組織が増殖することにより形成される硬いしこりです。
症状の特徴:
- 硬く盛り上がったしこり
- 赤みや痒みを伴うことがある
- 押すと痛みを感じる場合がある
- 時間の経過とともに大きくなる傾向
4. リンパ節腫脹
耳たぶ周辺のリンパ節が腫れることにより、しこりとして触知されることがあります。これは感染症やアレルギー反応などの影響で生じることが多いです。
症状の特徴:
- 可動性のある軟らかいしこり
- 押すと痛みを感じる
- 発熱や他の全身症状を伴うことがある
- 原因となる疾患の改善とともに縮小する
5. 毛包炎・せつ・よう
毛穴に細菌が感染することで生じる炎症性疾患です。耳たぶにも細かい毛が生えているため、これらの感染症が生じる可能性があります。
症状の特徴:
- 赤く腫れた痛みのあるしこり
- 中央に膿頭を形成することがある
- 触ると強い痛みを感じる
- 熱感を伴う
6. 悪性腫瘍(まれなケース)
非常にまれですが、耳たぶに悪性腫瘍が発生することもあります。基底細胞癌、扁平上皮癌、悪性黒色腫などが報告されています。
注意すべき症状:
- 急速に大きくなるしこり
- 表面が潰瘍化している
- 出血しやすい
- 周囲組織への固着
- 色調の変化
症状の詳細な観察ポイント
しこりの性状による分類
軟らかいしこり
- 皮脂腺嚢腫
- リンパ節腫脹
- 血腫
硬いしこり
- ケロイド
- 瘢痕組織
- 石灰化した粉瘤
可動性のあるしこり
- 粉瘤
- リンパ節腫脹
- 脂肪腫
固定性のしこり
- ケロイド
- 悪性腫瘍(まれ)
- 深い感染症
痛みの特徴による分類
自発痛(何もしなくても痛い)
- 急性感染症
- 炎症を起こした粉瘤
- せつ・よう
圧痛(押すと痛い)
- リンパ節腫脹
- 皮脂腺嚢腫
- 軽度の感染症
無痛性
- 非炎症性の粉瘤
- 脂肪腫
- ケロイド(初期)
診断のプロセス
問診で確認される内容
医師は以下の点について詳しく伺います:
発症の経緯:
- いつ頃から気になり始めたか
- 大きさの変化
- 痛みの変化
- 誘因となる出来事の有無
既往歴:
- ピアスの装着歴
- 過去の同様な症状
- アレルギーの有無
- 外傷の既往
現在の症状:
- 痛みの程度と性質
- 随伴症状(発熱、倦怠感など)
- 日常生活への影響
身体診察
視診:
- しこりの大きさ、形状
- 表面の状態
- 色調の変化
- 周囲皮膚の状態
触診:
- 硬さ
- 可動性
- 圧痛の有無
- 表面の性状
- 境界の明瞭性
必要に応じて行われる検査
超音波検査
しこりの内部構造や深さ、血流の状態を評価するために実施されることがあります。非侵襲的で痛みもなく、診断に有用な情報を提供します。
細針吸引細胞診
悪性腫瘍が疑われる場合や、診断が困難な場合に実施されることがあります。細い針でしこりの一部を採取し、顕微鏡で細胞を観察します。
病理組織検査
手術で摘出した組織を詳しく調べる検査です。確定診断のために最も重要な検査の一つです。
治療法の選択肢
保存的治療
経過観察
症状が軽微で、悪性の可能性が低い場合は、定期的な経過観察を行うことがあります。特に小さな粉瘤や皮脂腺嚢腫では、この方法が選択されることが多いです。
薬物療法
抗生物質: 細菌感染が原因の場合、適切な抗生物質の投与により症状の改善が期待できます。内服薬または外用薬が使用されます。
ステロイド外用薬: 炎症性の変化に対して、ステロイド外用薬が処方されることがあります。ケロイドの初期治療にも使用されます。
鎮痛薬: 痛みが強い場合は、NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)などの鎮痛薬が処方されることがあります。
理学療法
ケロイドや瘢痕に対して、圧迫療法やマッサージなどの理学療法が行われることがあります。
外科的治療
切開排膿
感染により膿が蓄積している場合、切開して膿を排出する処置が行われます。局所麻酔下で行われる比較的簡単な処置です。
摘出手術
根本的な治療として、しこりの完全摘出が行われることがあります。以下のような場合に適応となります:
- 粉瘤の再発防止
- 悪性腫瘍の疑い
- 美容的な改善を希望する場合
- 症状の改善が保存的治療では困難な場合
手術の流れ:
- 局所麻酔の実施
- 適切な皮膚切開
- しこりの慎重な摘出
- 止血処置
- 創部の縫合
- 創傷保護
レーザー治療
ケロイドや小さな腫瘤に対して、レーザー治療が選択されることがあります。侵襲性が低く、美容的な仕上がりが期待できる治療法です。
冷凍療法
液体窒素を使用した冷凍療法は、小さな良性腫瘤やケロイドの治療に用いられることがあります。
治療法の選択基準
治療法の選択は以下の要因を総合的に判断して決定されます:
- しこりの原因と性質
- 症状の程度
- 患者さんの年齢と全身状態
- 美容的な考慮
- 患者さんの希望
- 治療のリスクと利益のバランス
予防策と日常生活での注意点
ピアス関連の予防策
適切なピアシング
- 清潔な環境で施術を受ける
- 滅菌された器具の使用を確認する
- 施術者の技術と経験を確認する
- アレルギーを起こしにくい材質の選択
アフターケア
- 施術後の清潔保持
- 適切な消毒液の使用
- 過度な刺激を避ける
- 定期的な観察
ピアスの選択と管理
- アレルギーを起こしにくい材質(チタン、サージカルステンレスなど)
- 適切なサイズの選択
- 定期的な清掃
- 長期間の連続装着を避ける
一般的な予防策
皮膚の清潔保持
- 適切な洗浄
- 過度な洗浄の回避
- 清潔なタオルの使用
外傷の予防
- 耳たぶへの過度な刺激を避ける
- 搔きむしりの防止
- 適切な爪の管理
生活習慣の改善
- バランスの取れた食事
- 十分な睡眠
- ストレス管理
- 適度な運動
早期発見のための自己チェック
定期的に以下の点をチェックすることで、異常の早期発見が可能です:
- 耳たぶの見た目の変化
- 新しいしこりの出現
- 既存のしこりの大きさや硬さの変化
- 痛みや熱感の有無
- 色調の変化
- 表面の変化(潰瘍、出血など)
いつ医師に相談すべきか
緊急性の高い症状
以下の症状がある場合は、速やかに医療機関を受診してください:
- 急速に大きくなるしこり
- 激しい痛みや発熱
- 表面からの出血や膿の流出
- 周囲組織への広がり
- 全身症状(発熱、倦怠感など)
専門医への相談が推奨される状況
- 1週間以上続く症状
- 保存的治療で改善しない場合
- 再発を繰り返す場合
- 美容的な改善を希望する場合
- 悪性腫瘍への不安がある場合
受診時の準備
医師の診察を受ける際は、以下の情報を整理しておくと診断に役立ちます:
- 症状の詳細な経過
- 現在服用している薬剤
- アレルギーの有無
- 過去の同様な症状
- 気になることや質問事項
治療後の経過と注意点
手術後の経過
術直後から1週間
- 創部の安静保持
- 適切な創傷管理
- 感染兆候の観察
- 処方薬の確実な服用
1週間から1ヶ月
- 徐々に日常活動への復帰
- 創部の経過観察
- 抜糸(必要に応じて)
- 瘢痕の管理
1ヶ月以降
- 最終的な治癒の確認
- 瘢痕の成熟
- 必要に応じて追加治療の検討
合併症の予防と対処
感染の予防
- 創部の清潔保持
- 適切な創傷被覆
- 早期の感染兆候の認識
瘢痕の最小化
- 適切な創傷管理
- 紫外線防止
- 瘢痕予防クリームの使用
再発の予防
- 原因となる要因の除去
- 定期的な経過観察
- 生活習慣の改善
最新の治療動向
低侵襲治療の発展
近年、患者さんの負担を軽減する低侵襲治療法の開発が進んでいます:
- 内視鏡補助下手術
- レーザー治療の進歩
- 超音波ガイド下治療
- 薬物の局所注射療法
再生医療の応用
瘢痕やケロイドの治療において、再生医療技術の応用が研究されています:
- 幹細胞治療
- 成長因子の利用
- 組織工学的アプローチ
個別化医療の推進
患者さん一人一人の特性に応じた治療法の選択がより重要視されています:
- 遺伝子解析に基づく治療選択
- 体質を考慮した薬物選択
- ライフスタイルに合わせた治療計画

よくある質問と回答
A1: 原因によっては自然治癒する場合があります。リンパ節の腫れや軽度の皮脂腺嚢腫などは、原因が除去されれば改善することがあります。しかし、粉瘤などの構造的な問題は、根本的な治療が必要な場合が多いです。
A2: 絶対に避けてください。不適切な処置により感染が悪化したり、瘢痕が残ったりする可能性があります。また、内容物が周囲に散らばることで炎症が拡大することもあります。
A3: はい、できます。粉瘤、皮脂腺嚢腫、リンパ節腫脹など、ピアスとは無関係な原因でもしこりは形成されます。
A4: 原因や治療法により大きく異なります。保険適用の治療であれば、初診料と処置料を合わせて数千円程度から。手術が必要な場合は、1万円から3万円程度が一般的です。美容目的の治療は自費診療となる場合があります。
A5: 完全に治癒した後であれば可能ですが、医師と相談の上で決定することが重要です。術式や個人の治癒能力により、時期は異なります。
まとめ
耳たぶのしこりで押すと痛い症状は、多くの場合、適切な診断と治療により改善可能な良性の疾患です。しかし、症状を放置することで悪化したり、まれに深刻な疾患が隠れていたりする可能性もあります。
重要なポイントは以下の通りです:
- 早期の医師への相談: 症状に気づいたら、できるだけ早く専門医に相談することが大切です。
- 正確な診断の重要性: 適切な治療を行うためには、まず正確な診断が必要です。
- 個別化された治療: 患者さん一人一人の状況に応じた最適な治療法を選択することが重要です。
- 予防の重要性: 日常生活での注意点を守ることで、多くの問題は予防可能です。
- 継続的な経過観察: 治療後も定期的な経過観察を続けることが重要です。
アイシークリニック渋谷院では、最新の医療技術と豊富な経験を基に、患者さん一人一人に最適な治療を提供しております。耳たぶのしこりや痛みでお悩みの方は、お気軽にご相談ください。早期の適切な対応により、多くの場合、良好な治療結果を得ることができます。
参考文献
- 日本皮膚科学会:「皮膚腫瘍診療ガイドライン」第2版、金原出版、2020年 https://www.dermatol.or.jp/uploads/uploads/files/guideline/hifushuyo_GL2020.pdf
- 日本形成外科学会:「ケロイド・肥厚性瘢痕治療ガイドライン」2018年版 https://jsprs.or.jp/member/disease_treatment/guideline/post_13.html
- 一般社団法人日本耳鼻咽喉科学会:「外耳疾患診療の手引き」2019年 https://www.jibika.or.jp/members/guideline/gaiji_tebiki.html
- 厚生労働省:「医療安全情報」ピアス関連感染症について https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000188411.html
- 日本医師会:「かかりつけ医のための皮膚科疾患診療マニュアル」第3版、2021年
- 社団法人日本美容外科学会:「美容医療診療指針」2020年改訂版
図表
表1: 耳たぶのしこりの原因別特徴
原因 | 硬さ | 可動性 | 痛み | 特徴的な症状 |
---|---|---|---|---|
粉瘤 | やや硬い | あり | 炎症時のみ | 中央に黒点、徐々に増大 |
皮脂腺嚢腫 | 軟らか | あり | 感染時のみ | 黄白色内容物 |
ピアス感染 | 硬い | 制限される | 強い | 発赤、熱感、膿分泌 |
ケロイド | 硬い | なし | 軽度 | 赤み、痒み、盛り上がり |
リンパ節腫脹 | 軟らか | あり | あり | 全身症状を伴うことあり |
表2: 緊急度別の対応指針
緊急度 | 症状 | 対応 |
---|---|---|
緊急 | 急速な増大、激痛、発熱、出血 | 即座に救急外来受診 |
準緊急 | 中等度の痛み、膿分泌、広がる発赤 | 数日以内に専門医受診 |
非緊急 | 軽度の痛み、小さなしこり、慢性的な症状 | 1-2週間以内に受診 |
免責事項: 本記事は一般的な医療情報の提供を目的としており、個別の症状や治療については必ず医師にご相談ください。症状や治療法は個人差があり、記載内容がすべての方に当てはまるものではありません。
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務