はじめに
ある日、耳の後ろに小さなしこりができて、触ると痛みを感じる。このような症状を経験された方は少なくないでしょう。特に風邪を引いた後や体調が悪い時に現れることが多く、「大丈夫だろうか」「放っておいても治るのだろうか」と不安に感じることがあります。
耳の後ろのしこりは、様々な原因によって引き起こされる症状です。多くの場合は良性で自然に治癒するものですが、中には適切な治療が必要なケースもあります。本記事では、耳の後ろにできるしこりの原因、症状の特徴、適切な対処法について詳しく解説いたします。
耳の後ろの解剖学的構造
耳の後ろのしこりについて理解するためには、まずこの部位の解剖学的構造を知ることが重要です。
リンパ節の分布
耳の後ろには複数のリンパ節が存在します:
- 浅頸リンパ節:耳の後方に位置し、頭皮や顔面からのリンパ液を処理
- 乳様突起周囲リンパ節:耳介後部に存在し、外耳道や中耳からの感染に反応
- 後頭リンパ節:後頭部に近い部位に位置
皮膚・皮下組織
耳の後ろの皮膚は比較的薄く、皮下脂肪組織も少ないため、わずかな腫れでも触知しやすい特徴があります。また、この部位には皮脂腺や毛囊が存在し、これらが様々な皮膚疾患の原因となることがあります。
骨構造
耳の後方には乳様突起という側頭骨の一部があり、中耳炎の炎症が波及した際に乳様突起炎を引き起こす可能性があります。
耳の後ろのしこりの主な原因
1. リンパ節炎(最も頻度の高い原因)
概要 リンパ節炎は、細菌やウイルスの感染によってリンパ節が炎症を起こす疾患です。耳の後ろのしこりの中で最も頻度が高く、特に風邪や上気道感染症に伴って発症することが多くあります。
症状の特徴
- 押すと痛みがある(圧痛)
- 腫れて硬くなる
- 皮膚の赤みや熱感を伴うことがある
- 発熱や全身倦怠感を伴う場合がある
- 数日から1週間程度で症状が現れる
原因となる感染症
- 風邪やインフルエンザ
- 咽頭炎や扁桃炎
- 中耳炎
- 頭皮の傷や湿疹
- EBウイルス感染症(伝染性単核球症)
- サイトメガロウイルス感染症
治療法 軽度の場合は自然治癒が期待できますが、症状が強い場合は以下の治療が行われます:
- 抗生物質の内服(細菌感染の場合)
- 消炎鎮痛剤の使用
- 十分な休息と水分摂取
- 患部の冷湿布
2. 粉瘤(アテローム)
概要 粉瘤は皮膚の下に袋状の構造ができ、その中に角質や皮脂などの老廃物がたまる良性腫瘍です。アテロームとも呼ばれ、体のどの部位にもできる可能性がありますが、耳の後ろは好発部位の一つです。
症状の特徴
- 通常は痛みがない
- ドーム状に隆起した腫瘤
- 中央に黒い点状の開口部がある場合がある
- 徐々に大きくなる傾向
- 感染を起こすと急激に腫れて痛みが出現
- 独特の臭いを伴うことがある
感染を起こした場合(炎症性粉瘤)
- 強い痛みと腫れ
- 皮膚の発赤と熱感
- 膿の排出
- 発熱を伴う場合がある
治療法 粉瘤は自然治癒することがないため、根治的治療には手術が必要です:
- くりぬき法:小さな穴から内容物と袋を摘出
- 切開法:皮膚を切開して袋ごと完全摘出
- 炎症がある場合は、まず抗生物質で炎症を抑えてから手術を行う
3. 脂肪腫
概要 脂肪腫は皮下の脂肪細胞が増殖してできる良性腫瘍です。全身のどこにでもできる可能性があり、耳の後ろにも発生することがあります。
症状の特徴
- 柔らかく弾力性のあるしこり
- 通常は痛みがない
- 可動性がある(皮膚と一緒に動く)
- ゆっくりと大きくなる
- 境界がはっきりしている
治療法
- 小さく症状がない場合は経過観察
- 大きくなって日常生活に支障がある場合は手術的摘出
- 局所麻酔下での日帰り手術が可能
4. 乳様突起炎
概要 乳様突起炎は、耳の後ろにある乳様突起という骨の空洞部分が感染を起こす疾患です。急性中耳炎の合併症として発症することが多く、特に小児に多く見られます。
症状の特徴
- 耳の後ろの強い痛みと腫れ
- 耳介が前方に押し出される
- 発熱と全身倦怠感
- 耳だれ(耳漏)
- 聴力低下
治療法
- 抗生物質の静脈内投与
- 重症例では手術的ドレナージが必要
- 早期診断・治療が重要
5. 嚢胞
概要 嚢胞は液体が入った袋状の構造物で、先天的な異常や炎症の結果として形成されます。
症状の特徴
- 柔らかく波動性のあるしこり
- 通常は痛みがない
- 感染を起こすと痛みと腫れが出現
治療法
- 小さく症状がない場合は経過観察
- 感染を繰り返す場合や大きくなる場合は手術的摘出
6. 耳下腺腫瘍
概要 耳下腺は耳の下から後ろにかけて存在する唾液腺で、ここに腫瘍ができることがあります。良性が多いですが、悪性の場合もあります。
症状の特徴
- 耳の下から後ろにかけての腫れ
- 良性の場合は通常痛みがない
- 悪性の場合は急速に大きくなり、顔面神経麻痺を伴うことがある
危険な症状:早急な受診が必要な場合
以下の症状がある場合は、悪性疾患や重篤な感染症の可能性があるため、早急に医療機関を受診することが重要です:
悪性リンパ腫の兆候
- 痛みのない硬いしこり
- 急速に大きくなる
- 複数のリンパ節が同時に腫れる
- 発熱、寝汗、体重減少、倦怠感などの全身症状
- 2cm以上の大きさ
重篤な感染症の兆候
- 高熱(38.5℃以上)
- 激しい痛み
- 皮膚の広範囲な発赤
- 顔面神経麻痺
- 意識状態の変化
その他の警告サイン
- 1ヶ月以上持続するしこり
- 硬く可動性のないしこり
- 皮膚との癒着がある
- 複数箇所に同時にしこりが出現
診断方法
問診
医師は以下の点について詳しく聞き取りを行います:
- しこりに気づいた時期
- 痛みの有無と程度
- 発熱や全身症状の有無
- 最近の感染症の既往
- 既往歴やアレルギーの有無
- 服用中の薬剤
身体診察
- 視診:しこりの大きさ、形状、皮膚の色調変化を観察
- 触診:硬さ、可動性、圧痛の有無、周囲との癒着を確認
- 全身のリンパ節触診:他部位のリンパ節腫脹の有無をチェック
検査
血液検査
- 白血球数、CRP:感染や炎症の程度を評価
- 血液像:血液疾患の除外
- 肝機能、腎機能:全身状態の評価
画像検査
- 超音波検査:最も有用な初期検査
- リンパ節の大きさ、形状、内部構造を評価
- 血流の評価も可能
- 非侵襲的で繰り返し検査可能
- CT検査:深部のリンパ節や骨の病変を評価
- MRI検査:軟部組織の詳細な評価が可能
病理学的検査 悪性疾患が疑われる場合や診断が困難な場合に実施:
- 細胞診:注射針で細胞を採取
- 組織生検:より詳細な病理診断が可能
治療法
保存的治療
リンパ節炎の場合
- 抗生物質:細菌感染が疑われる場合
- セフェム系:セファクロル、セフジニルなど
- マクロライド系:クラリスロマイシン、アジスロマイシンなど
- 消炎鎮痛剤:ロキソプロフェン、イブプロフェンなど
- 対症療法:十分な休息、水分摂取、患部の冷却
ウイルス感染の場合
- 特効薬はないため対症療法が中心
- 解熱鎮痛剤、うがい、安静
- 自然治癒を待つ(通常1-2週間)
外科的治療
粉瘤の手術
- くりぬき法(トレパン法)
- 小さな円形の穴から内容物と袋を摘出
- 傷が小さく、術後の痛みが少ない
- 手術時間:5-15分程度
- 切開法(従来法)
- 皮膚を切開して袋ごと完全摘出
- 再発率が低い
- 手術時間:10-30分程度
手術の流れ
- 局所麻酔(極細針を使用して痛みを軽減)
- 腫瘍の摘出
- 止血・縫合
- 抗生物質と鎮痛剤の処方
術後管理
- 術後1-2日は患部を濡らさない
- 1週間後に抜糸
- 手術当日・翌日は飲酒・運動を避ける
- 処方された薬剤の服用
悪性疾患の治療
悪性リンパ腫
- 化学療法(抗がん剤治療)
- 放射線療法
- 分子標的治療
- 造血幹細胞移植(重症例)
転移性リンパ節腫脹
- 原発巣の治療
- 全身化学療法
- 放射線療法
予防方法
感染予防
- 手洗いの励行
- 石鹸と流水で30秒以上
- アルコール系手指消毒剤の使用
- うがいの習慣
- 帰宅時や食事前に実施
- 塩水やうがい薬を使用
- 規則正しい生活
- 十分な睡眠時間の確保
- バランスの取れた食事
- 適度な運動
- ストレス管理
- 免疫力低下を防ぐ
- リラクゼーション法の実践
皮膚の清潔維持
- 適切な洗浄
- 強くこすりすぎない
- 刺激の少ない石鹸の使用
- 保湿ケア
- 皮膚のバリア機能を保つ
- 乾燥を防ぐ
- 外傷の予防
- 頭部や首の外傷を避ける
- ヘアケア用品による刺激を最小限に
日常生活での注意点
マスク着用時の配慮
新型コロナウイルス感染症の流行以降、マスクの長時間着用が一般的になりました。しかし、マスクの紐が耳の後ろを圧迫することで、しこりがある場合に痛みが増強することがあります。
対処法
- 自分の顔に合ったサイズのマスクを選ぶ
- 後頭部で留めるタイプのマスクバンドを使用
- ゴムと耳の間にガーゼや脱脂綿を挟む
- 定期的にマスクを外して耳を休ませる
睡眠時の注意
- 患側を下にして眠ると痛みが増強する可能性
- 柔らかい枕を使用する
- 患部に直接圧力がかからないよう体位を工夫
日常動作での配慮
- 強くこすったり圧迫したりしない
- ヘアブラシやくしの使用時に注意
- 眼鏡のつるが当たらないよう調整
受診のタイミングと診療科の選択
早急な受診が必要な場合
- 激しい痛みがある
- 高熱を伴う
- 急速に大きくなる
- 皮膚の広範囲な発赤
- 顔面神経麻痺の症状
1週間程度様子を見て受診する場合
- 軽度の痛みと腫れ
- 風邪症状に伴って出現
- 徐々に改善傾向にある
適切な診療科
耳鼻咽喉科
- リンパ節炎
- 乳様突起炎
- 耳下腺腫瘍
- 中耳炎に関連した症状
皮膚科
- 粉瘤
- 脂肪腫
- 皮膚の嚢胞
形成外科
- 美容的配慮が必要な手術
- 傷跡を目立たなくしたい場合
内科
- 全身症状が強い場合
- 他科への紹介判断

よくある質問(FAQ)
A1: 症状によって判断が分かれます。激しい痛み、高熱、急速な増大がある場合は早急な受診が必要です。軽度の症状で風邪などに伴って出現した場合は、数日間様子を見ることも可能ですが、1週間以上続く場合は受診をお勧めします。
A2: 粉瘤は良性腫瘍ですが、自然治癒することはありません。放置すると徐々に大きくなり、感染を起こして強い痛みと腫れを生じる可能性があります。また、まれに悪性化することもあるため、早めの手術をお勧めします。
A3: 現在の手術技術では、できるだけ傷跡が目立たないよう配慮されています。くりぬき法では数ミリの小さな傷で済み、切開法でも適切な縫合により傷跡を最小限に抑えることができます。形成外科では特に美容的配慮に優れています。
A4: 感染性のリンパ節炎は適切な治療により完治し、再発はまれです。粉瘤の場合、袋を完全に摘出すれば再発率は低いですが、不完全な摘出では再発の可能性があります。手術は経験豊富な医師に依頼することが重要です。
A5: 医学的に必要と判断される治療には健康保険が適用されます。粉瘤の手術、リンパ節炎の治療なども保険適用となります。美容目的のみの場合は自費診療となることがあります。
最新の研究動向
診断技術の進歩
近年、超音波診断装置の性能向上により、より詳細なリンパ節の評価が可能になっています。エラストグラフィーという技術により、組織の硬さを定量的に評価できるようになり、良性・悪性の鑑別精度が向上しています。
治療法の改良
粉瘤の手術においては、内視鏡を用いた低侵襲手術や、レーザーを用いた治療法の研究が進んでいます。これらの技術により、術後の痛みや傷跡をさらに軽減できる可能性があります。
予防医学の観点
免疫学の進歩により、リンパ節炎の発症メカニズムがより詳しく解明されています。これにより、個人の免疫状態に応じた予防法の開発が期待されています。
まとめ
耳の後ろのしこりは、多くの場合が良性で適切な治療により改善します。最も頻度の高いリンパ節炎は感染に伴って発症し、抗生物質や対症療法により治癒が期待できます。粉瘤や脂肪腫などの腫瘍性病変は手術により根治的治療が可能です。
重要なのは、症状の特徴を正しく理解し、適切なタイミングで医療機関を受診することです。特に、痛みのない硬いしこりや急速に大きくなるしこり、全身症状を伴う場合は、悪性疾患の可能性も考慮して早急な受診が必要です。
日常生活では、感染予防と皮膚の清潔維持を心がけ、マスク着用時の圧迫や睡眠時の体位にも注意を払うことが大切です。また、定期的な健康チェックにより、早期発見・早期治療につなげることができます。
不安や疑問がある場合は、遠慮なく医療従事者にご相談ください。適切な診断と治療により、多くの場合で良好な経過が期待できます。
参考文献
- 公益社団法人日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会「頸部の腫れ・腫瘍」 https://www.jibika.or.jp/modules/disease/index.php?content_id=26
- 公益社団法人日本皮膚科学会「皮膚科Q&A アテローム(粉瘤)」
- 一般社団法人日本形成外科学会「粉瘤(アテローム・表皮嚢腫)」 https://jsprs.or.jp/general/disease/shuyo/hifu_hika/funryu.html
- MSDマニュアル プロフェッショナル版「リンパ節腫脹」 https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/04-心血管疾患/リンパ系疾患/リンパ節腫脹
- メディカルノート「耳の下のしこり:医師が考える原因と受診の目安」 https://medicalnote.jp/symptoms/耳の下のしこり
- 健康長寿ネット「リンパ節腫脹」 https://www.tyojyu.or.jp/net/byouki/rounensei/rinpa.html
- 築地リウマチ膠原病クリニック「リンパ節腫脹」 https://www.tsukiji-irc.jp/common-symptoms/suspected-symptoms/lymphadenopathy/
図表
表1:耳の後ろのしこりの原因別特徴
疾患名 | 痛み | 硬さ | 大きさの変化 | 併発症状 | 治療法 |
---|---|---|---|---|---|
リンパ節炎 | あり | やや硬い | 数日で増大 | 発熱、倦怠感 | 抗生物質、対症療法 |
粉瘤 | なし(感染時あり) | やや硬い | 徐々に増大 | 臭い、感染時発赤 | 手術摘出 |
脂肪腫 | なし | 柔らかい | ゆっくり増大 | 特になし | 手術摘出(必要時) |
乳様突起炎 | 強い痛み | 硬い | 急速に増大 | 高熱、耳漏 | 抗生物質、手術 |
悪性リンパ腫 | なし | 硬い | 急速に増大 | 発熱、体重減少 | 化学療法、放射線療法 |
表2:受診の緊急度
緊急度 | 症状 | 対応 |
---|---|---|
緊急 | 高熱、激痛、急速増大、顔面神経麻痺 | 即座に受診 |
準緊急 | 中等度の痛み、2cm以上のしこり、硬いしこり | 数日以内に受診 |
経過観察 | 軽度の痛み、小さなしこり、風邪症状に伴う | 1週間様子を見て受診 |
図1:耳の後ろの解剖図
[耳介]
|
[外耳道]
|
[乳様突起] ← しこりができやすい部位
|
[リンパ節群]
|
[頸部リンパ節]
免責事項 本記事は一般的な医学情報の提供を目的としており、個別の診断や治療の代替となるものではありません。症状がある場合は必ず医療機関を受診してください。
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務