はじめに
「お腹が痛い」という症状は、誰もが一度は経験したことがあるでしょう。軽い腹痛であれば自然に治まることも多いですが、中には重大な病気のサインであることもあります。腹痛は日常生活で最も頻繁に遭遇する症状の一つであり、その原因は実に多岐にわたります。
腹痛の原因を正しく理解することで、適切な対処法を選択でき、必要な場合には速やかに医療機関を受診することができます。本記事では、腹痛の原因について、症状の特徴や部位別に詳しく解説し、どのような場合に医療機関を受診すべきかについてもご説明します。
腹痛とは何か
腹痛の定義
腹痛とは、腹部(お腹)に感じる痛みの総称です。医学的には、横隔膜の下から骨盤までの範囲に生じる痛みを指します。この広い範囲には、胃や腸などの消化器系、肝臓、胆嚢、膵臓、腎臓、膀胱などの泌尿器系、さらに女性の場合は子宮や卵巣などの生殖器系が含まれています。
腹痛のメカニズム
腹痛は、主に以下の3つのメカニズムによって引き起こされます。
1. 内臓痛 腹部の臓器自体に問題が生じたときの痛みです。臓器の伸展や収縮、炎症などによって起こります。内臓痛は、痛みの場所がはっきりしないことが多く、「鈍い痛み」「重苦しい痛み」として感じられることが特徴です。
2. 体性痛 腹膜(腹部の臓器を覆う膜)が刺激されることによる痛みです。内臓痛と比べて、痛みの場所が比較的はっきりしており、「鋭い痛み」「刺すような痛み」として感じられます。虫垂炎や腹膜炎などで見られる痛みです。
3. 関連痛 実際に問題がある臓器とは異なる場所に痛みを感じる現象です。例えば、胆石による痛みが右肩に放散することなどがあります。これは、内臓と体表面の神経が脊髄で同じレベルに入力されるために起こります。
腹痛の種類と分類
腹痛は、その性質や持続時間によって、いくつかのタイプに分類されます。
発症の仕方による分類
急性腹痛 数時間から数日の間に急激に発症する腹痛です。虫垂炎、胆石症、腸閉塞、消化管穿孔などの緊急性の高い疾患が原因のことがあります。
慢性腹痛 数週間から数ヶ月にわたって継続する、または繰り返し起こる腹痛です。慢性胃炎、過敏性腸症候群、機能性ディスペプシアなどが原因となることが多いです。
痛みの性質による分類
疝痛 断続的に強くなったり弱くなったりする、波のある痛みです。腸管の蠕動運動や尿路結石、胆石などによる管腔臓器の痙攣で起こります。
持続痛 持続的に続く一定の痛みです。炎症や臓器の腫大などで見られます。
刺すような痛み 鋭く、短時間の激しい痛みです。消化管穿孔や臓器の破裂などの緊急疾患で見られることがあります。
鈍痛 はっきりしない、重苦しい痛みです。内臓痛の特徴で、様々な消化器疾患で見られます。
部位別に見る腹痛の原因
腹痛の原因を考える上で、痛みの部位は重要な手がかりとなります。腹部は医学的に9つの領域に分けられますが、ここでは主要な部位別に考えられる原因をご紹介します。
上腹部(みぞおち)の痛み
考えられる主な疾患
- 胃炎・胃潰瘍:胃の粘膜に炎症や潰瘍ができる病気です。ストレス、ピロリ菌感染、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の服用などが原因となります。食後や空腹時に痛みが強くなることがあります。
- 十二指腸潰瘍:十二指腸の粘膜に潰瘍ができる病気です。空腹時や夜間に痛みが強くなり、食事をすると軽減することが特徴です。
- 逆流性食道炎:胃酸が食道に逆流することで食道粘膜に炎症が起こる病気です。胸やけや呑酸(酸っぱいものがこみ上げる感じ)を伴うことが多いです。
- 機能性ディスペプシア:検査をしても明らかな異常が見つからないにもかかわらず、上腹部の痛みや不快感が続く状態です。ストレスや生活習慣が関与していると考えられています。
- 急性膵炎:膵臓に急激な炎症が起こる病気です。激しい上腹部痛が背中に抜けるように広がるのが特徴で、吐き気や嘔吐を伴います。アルコールの多飲や胆石が主な原因です。
- 心筋梗塞:心臓の病気ですが、特に下壁梗塞では上腹部痛として現れることがあります。胸の痛みや圧迫感、冷や汗、呼吸困難などを伴う場合は緊急受診が必要です。
右上腹部の痛み
考えられる主な疾患
- 胆石症・胆嚢炎:胆嚢に石ができたり、胆嚢に炎症が起こる病気です。脂肪の多い食事の後に痛みが強くなることがあり、右肩への放散痛を伴うこともあります。
- 肝炎:肝臓に炎症が起こる病気です。ウイルス性肝炎、アルコール性肝炎、薬剤性肝炎などがあります。黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)や全身倦怠感を伴うことがあります。
- 肝膿瘍:肝臓に膿がたまる病気です。発熱を伴うことが多く、右上腹部に持続的な痛みが現れます。
左上腹部の痛み
考えられる主な疾患
- 脾臓の疾患:脾臓の腫大や脾梗塞などで痛みが生じます。血液疾患や感染症に伴って起こることがあります。
- 胃の疾患:胃は中央から左側にかけて位置しているため、胃炎や胃潰瘍の痛みが左上腹部に感じられることもあります。
- 膵尾部の疾患:膵臓の左側(尾部)の炎症や腫瘍によって、左上腹部に痛みが生じることがあります。
中央腹部(臍周囲)の痛み
考えられる主な疾患
- 急性胃腸炎:ウイルスや細菌による感染で起こります。腹痛に加えて、下痢、嘔吐、発熱などの症状を伴います。
- 腸閉塞(イレウス):腸管が物理的または機能的に閉塞する状態です。腹部膨満感、嘔吐、排便・排ガスの停止などを伴い、緊急対応が必要です。
- 虫垂炎(初期):虫垂炎は初期には臍周囲の痛みとして始まり、徐々に右下腹部へ移動するのが特徴です。
- 腸間膜動脈閉塞症:腸に血液を供給する血管が詰まる病気です。激しい腹痛が突然起こり、緊急手術が必要となることがあります。
右下腹部の痛み
考えられる主な疾患
- 急性虫垂炎:虫垂(盲腸の先端にある細い管)に炎症が起こる病気です。最初は臍周囲の痛みから始まり、徐々に右下腹部へ移動します。吐き気、嘔吐、発熱を伴うことがあり、早期の診断と治療が重要です。
- 卵巣嚢腫茎捻転(女性):卵巣の嚢腫(液体の入った袋)がねじれることで、突然の激しい痛みが起こります。緊急手術が必要なことがあります。
- 子宮外妊娠(女性):受精卵が子宮以外の場所(主に卵管)に着床する状態です。破裂すると激しい腹痛と出血を起こし、緊急手術が必要です。
- 尿管結石:腎臓で作られた結石が尿管を通る際に激しい痛みを引き起こします。右側の腰から下腹部、さらに鼠径部へ放散する痛みが特徴です。
左下腹部の痛み
考えられる主な疾患
- 憩室炎:大腸の壁にできた憩室(袋状の突出部)に炎症が起こる病気です。特に左下腹部の痛みと発熱を伴います。
- 大腸炎:大腸に炎症が起こる病気の総称で、感染性腸炎、虚血性大腸炎、潰瘍性大腸炎、クローン病などが含まれます。
- 卵巣疾患(女性):左側の卵巣の嚢腫や炎症、茎捻転などで痛みが生じます。
- 尿管結石:左側の尿路に結石が詰まった場合、左下腹部から鼠径部への痛みが生じます。
下腹部全体の痛み
考えられる主な疾患
- 膀胱炎:膀胱に細菌感染が起こる病気です。下腹部の痛みや不快感に加えて、頻尿、排尿時痛、残尿感などの症状があります。女性に多く見られます。
- 過敏性腸症候群(IBS):検査をしても器質的な異常が見つからないにもかかわらず、腹痛や腹部不快感と便通異常(下痢や便秘)が続く病気です。ストレスが症状を悪化させることが知られています。
- 月経困難症(女性):月経に伴う下腹部痛です。子宮内膜症などの器質的な原因がある場合と、原因が特定できない機能性のものがあります。
- 骨盤内炎症性疾患(女性):子宮、卵管、卵巣などの骨盤内臓器に細菌感染が起こる病気です。下腹部痛、発熱、おりものの異常などの症状があります。
主な原因疾患の詳細
ここでは、腹痛の原因となる主要な疾患について、さらに詳しく解説します。
消化器系の疾患
胃・十二指腸潰瘍
胃や十二指腸の粘膜が傷つき、深い傷(潰瘍)ができる病気です。
主な原因
- ヘリコバクター・ピロリ菌の感染
- 非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の長期服用
- ストレス
- 喫煙、アルコールの過剰摂取
症状の特徴
- 上腹部の痛み(みぞおちの辺り)
- 胃潰瘍:食後に痛みが悪化することが多い
- 十二指腸潰瘍:空腹時や夜間に痛みが強くなり、食事で軽減する
- 吐き気、胸やけ、食欲不振
- 重症の場合:吐血、下血(タール便)
診断と治療 内視鏡検査(胃カメラ)で診断します。ピロリ菌陽性の場合は除菌治療を行い、プロトンポンプ阻害薬などの胃酸分泌抑制薬で治療します。
急性胃腸炎
ウイルスや細菌などの病原体による感染、または食中毒によって胃腸に炎症が起こる病気です。
主な原因
- ウイルス感染:ノロウイルス、ロタウイルスなど
- 細菌感染:サルモネラ、カンピロバクター、病原性大腸菌など
- 食中毒:腐敗した食品や毒素を含む食品の摂取
症状の特徴
- 腹痛(主に臍周囲や下腹部)
- 下痢
- 嘔吐
- 発熱
- 全身倦怠感
診断と治療 問診と診察、必要に応じて便検査や血液検査を行います。多くの場合は対症療法(整腸剤、吐き気止めなど)と十分な水分補給で改善しますが、脱水が重度の場合は点滴が必要です。
虫垂炎
虫垂に炎症が起こる病気で、「盲腸」とも呼ばれます。あらゆる年齢で起こりますが、特に10〜30代に多く見られます。
症状の特徴
- 初期:臍周囲の痛み
- 進行すると:右下腹部への痛みの移動
- 吐き気、嘔吐
- 発熱(多くは37〜38度程度)
- 食欲不振
- 歩くと響くような痛み
診断と治療 診察、血液検査、超音波検査、CT検査などで診断します。基本的には手術(虫垂切除術)が必要ですが、初期段階で抗生物質による保存的治療が試みられることもあります。穿孔(破れること)して腹膜炎になると重症化するため、早期の診断と治療が重要です。
腸閉塞(イレウス)
腸管が閉塞して内容物が通過できなくなる状態です。
原因
- 機械的腸閉塞:腫瘍、癒着、ヘルニアなどによる物理的な閉塞
- 機能的腸閉塞:腸管の蠕動運動が低下・停止することによる閉塞
症状の特徴
- 腹痛(間欠的な疝痛が多い)
- 腹部膨満感
- 嘔吐(進行すると便臭のある嘔吐)
- 排便・排ガスの停止
診断と治療 診察、腹部X線検査、CT検査で診断します。鼻から胃まで管を入れて腸管の減圧を行い、絶食と点滴で経過を見ます。改善しない場合や絞扼性(血流障害を伴う)イレウスの場合は緊急手術が必要です。
急性膵炎
膵臓に急激な炎症が起こる病気です。
主な原因
- アルコールの過剰摂取(男性に多い)
- 胆石(女性に多い)
- 高脂血症
- 特定の薬剤
- 原因不明
症状の特徴
- 激しい上腹部痛(背中に抜けるような痛み)
- 吐き気、嘔吐
- 発熱
- 前かがみの姿勢で痛みが軽減することがある
診断と治療 血液検査(膵酵素の上昇)、CT検査などで診断します。絶食、点滴、痛み止めなどの保存的治療を行います。重症例では集中治療が必要となり、合併症(膵壊死、多臓器不全など)を起こすと生命に関わることもあります。
胆石症・急性胆嚢炎
胆嚢に石ができる病気(胆石症)と、胆嚢に炎症が起こる病気(胆嚢炎)です。
症状の特徴
- 右上腹部の痛み
- 脂肪の多い食事の後に痛みが悪化
- 右肩への放散痛
- 吐き気、嘔吐
- 胆嚢炎では発熱を伴う
- 黄疸(胆管結石を合併した場合)
診断と治療 超音波検査、CT検査などで診断します。無症状の胆石は経過観察のこともありますが、症状がある場合や胆嚢炎を起こした場合は手術(胆嚢摘出術)を検討します。
憩室炎
大腸の壁にできた憩室(袋状の突出部)に炎症や感染が起こる病気です。
症状の特徴
- 左下腹部の痛み(日本人では右側のこともある)
- 発熱
- 下痢または便秘
- 吐き気
診断と治療 CT検査などで診断します。軽症例は抗生物質と食事制限で治療しますが、重症例(膿瘍形成、穿孔など)では手術が必要なこともあります。
泌尿器系の疾患
尿路結石
腎臓、尿管、膀胱、尿道に結石(石)ができる病気です。特に尿管結石は激しい痛みを引き起こします。
症状の特徴
- 突然の激しい側腹部痛(腰から脇腹の痛み)
- 下腹部や鼠径部への放散痛
- 血尿
- 吐き気、嘔吐
- 痛みが波状に変化する(疝痛発作)
診断と治療 尿検査、超音波検査、CT検査で診断します。小さな結石は自然排石を待ちますが、大きな結石や症状が強い場合は体外衝撃波結石破砕術(ESWL)や内視鏡手術などを行います。
膀胱炎
膀胱に細菌感染が起こる病気で、特に女性に多く見られます。
症状の特徴
- 下腹部の痛みや不快感
- 頻尿(トイレが近くなる)
- 排尿時の痛み(排尿時痛)
- 残尿感
- 尿の混濁
- 発熱は通常ない(ある場合は腎盂腎炎の可能性)
診断と治療 尿検査で白血球や細菌の有無を確認します。抗生物質で治療し、多くは数日で改善します。水分を多く摂取することも重要です。
婦人科系の疾患(女性)
子宮内膜症
子宮内膜(子宮の内側を覆う組織)が子宮以外の場所に発生し、増殖する病気です。
症状の特徴
- 月経痛(進行性に悪化する)
- 月経時以外の下腹部痛や腰痛
- 性交痛
- 排便痛
- 不妊症の原因となることもある
診断と治療 内診、超音波検査、MRI検査などで診断します。痛み止め、ホルモン療法、手術などの治療法があり、症状や年齢、妊娠希望の有無などによって選択します。
卵巣嚢腫茎捻転
卵巣にできた嚢腫(液体の入った袋)がねじれる病気です。
症状の特徴
- 突然の激しい下腹部痛
- 吐き気、嘔吐
- 冷や汗
- ショック状態になることもある
診断と治療 超音波検査、CT検査で診断します。緊急手術が必要で、ねじれた卵巣の血流を回復させるか、壊死している場合は切除します。
子宮外妊娠
受精卵が子宮内膜以外の場所(主に卵管)に着床する異常妊娠です。
症状の特徴
- 下腹部痛(片側のことが多い)
- 不正性器出血
- 月経の遅れ
- 破裂すると激しい腹痛と大量出血
診断と治療 妊娠反応、超音波検査、血液検査などで診断します。破裂前であれば薬物治療や腹腔鏡手術、破裂後は緊急手術が必要です。
骨盤内炎症性疾患(PID)
子宮、卵管、卵巣などの骨盤内臓器に細菌感染が起こる病気です。
症状の特徴
- 下腹部痛
- 発熱
- おりものの増加や異常
- 性交痛
- 不正性器出血
診断と治療 内診、血液検査、超音波検査などで診断します。抗生物質で治療しますが、膿瘍形成がある場合は手術が必要なこともあります。早期治療が重要で、放置すると不妊症の原因となります。
機能性疾患
過敏性腸症候群(IBS)
検査をしても器質的な異常が見つからないにもかかわらず、腹痛や腹部不快感と便通異常が続く病気です。
症状の特徴
- 腹痛や腹部不快感
- 下痢、便秘、またはその両方が交互に起こる
- 排便によって症状が改善する
- ストレスで症状が悪化する
- 朝や食後に症状が出やすい
診断と治療 他の疾患を除外するために検査を行い、診断基準(Rome IV基準)に基づいて診断します。食事療法、ストレス管理、薬物療法(整腸剤、下痢止め、便秘薬など)、心理療法などを組み合わせて治療します。
機能性ディスペプシア
検査をしても明らかな異常が見つからないにもかかわらず、上腹部の痛みや不快感が続く病気です。
症状の特徴
- 上腹部痛や上腹部の不快感
- 早期飽満感(少し食べただけでお腹がいっぱいになる)
- 食後の膨満感
- 吐き気
診断と治療 胃内視鏡検査などで器質的疾患を除外して診断します。食事療法、ストレス管理、胃酸分泌抑制薬、消化管運動機能改善薬などで治療します。
緊急性の高い腹痛
以下のような症状がある場合は、重大な病気の可能性があり、緊急の医療対応が必要です。すぐに救急車を呼ぶか、救急外来を受診してください。
すぐに救急車を呼ぶべき症状
- 激しい腹痛が突然起こった
- 消化管穿孔、大動脈瘤破裂、子宮外妊娠破裂、卵巣嚢腫茎捻転などの可能性
- 腹痛とともに意識がもうろうとする、冷や汗が出る
- ショック状態の可能性があり、生命に危険
- 腹痛とともに吐血や大量の下血(黒いタール状の便)がある
- 消化管出血の可能性
- 腹痛とともに胸痛、息苦しさがある
- 心筋梗塞、肺塞栓症、大動脈解離などの可能性
- 腹部全体が板のように硬くなっている
- 腹膜炎の可能性
- 妊娠の可能性がある女性の激しい腹痛
- 子宮外妊娠破裂の可能性
- 高熱(38.5度以上)を伴う激しい腹痛
- 重症感染症の可能性
- 便が全く出ない、ガスも出ない、激しい嘔吐を伴う
- 腸閉塞の可能性
早めに医療機関を受診すべき症状
- 腹痛が数時間続いても改善しない
- 腹痛が徐々に悪化している
- 発熱を伴う腹痛
- 嘔吐を繰り返す
- 血尿や排尿時の強い痛みを伴う腹痛
- 黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)を伴う腹痛
- 体重減少を伴う慢性的な腹痛
- 月経以外の不正出血を伴う下腹部痛(女性)
腹痛の診断方法
医療機関では、腹痛の原因を特定するために、以下のような検査を行います。
問診と身体診察
問診で確認される内容
- いつから痛みが始まったか
- 痛みの場所と性質(鈍痛、刺すような痛み、疝痛など)
- 痛みの程度と変化
- 随伴症状(発熱、嘔吐、下痢、便秘など)
- 食事との関連
- 月経との関連(女性の場合)
- 既往歴や服用中の薬
- 最近の旅行や食事の内容
身体診察
- 腹部の視診:腹部の膨満や皮疹の有無
- 聴診:腸蠕動音の確認
- 打診:鼓音や濁音の確認
- 触診:圧痛の部位、筋性防御(腹筋の緊張)、反跳痛の有無
血液検査
- 白血球数:炎症や感染の有無
- CRP(C反応性蛋白):炎症の程度
- 肝機能、膵酵素:肝臓や膵臓の異常
- アミラーゼ、リパーゼ:膵炎の診断
- 腎機能:腎臓の異常
- 妊娠反応:子宮外妊娠などの除外(女性)
尿検査
- 尿路感染症の診断
- 血尿の確認(尿路結石など)
- 妊娠反応
便検査
- 潜血反応:消化管出血の有無
- 細菌培養:感染性腸炎の原因菌の特定
画像検査
腹部X線検査
- 腸閉塞、消化管穿孔などの診断
- 結石の有無
超音波検査(エコー)
- 胆石、胆嚢炎の診断
- 虫垂炎の診断
- 卵巣や子宮の異常(女性)
- 腹水の有無
- 非侵襲的で繰り返し行える
CT検査
- 詳細な臓器の状態を確認
- 虫垂炎、憩室炎、腸閉塞、膵炎などの診断
- 腫瘍や膿瘍の検出
- 緊急時に有用
MRI検査
- 軟部組織の詳細な観察
- 骨盤内臓器の評価(女性)
- 膵臓や胆道の詳細な評価
内視鏡検査
- 上部消化管内視鏡(胃カメラ):胃・十二指腸潰瘍、胃炎などの診断
- 下部消化管内視鏡(大腸カメラ):大腸炎、大腸がんなどの診断
腹痛の応急処置と対処法
腹痛が起こったときの基本的な対処法をご紹介します。ただし、激しい痛みや緊急性の高い症状がある場合は、すぐに医療機関を受診してください。
自宅でできる対処法
安静にする 無理をせず、楽な姿勢で安静にしましょう。横になる場合は、膝を曲げた姿勢が楽なことが多いです。
温める(場合によって) お腹を温めると痛みが和らぐことがあります。湯たんぽやカイロを使用する場合は、低温やけどに注意してください。ただし、虫垂炎など炎症性疾患の疑いがある場合は温めない方が良いこともあります。
水分補給 嘔吐や下痢がある場合は脱水に注意が必要です。少量ずつ、こまめに水分を摂取しましょう。スポーツドリンクや経口補水液が適しています。
食事を控える 腹痛がある間は、消化の良いものを少量ずつ摂るか、無理に食べないようにしましょう。症状が落ち着いたら、おかゆやうどんなど消化の良いものから始めます。
やってはいけないこと
自己判断で痛み止めを飲む 痛み止めは痛みを和らげますが、原因疾患を隠してしまい、診断を遅らせる可能性があります。特に虫垂炎などでは、痛み止めで症状が一時的に改善しても、実際には病状が進行していることがあります。
アルコールを飲む アルコールは胃腸に負担をかけ、症状を悪化させる可能性があります。
激しい運動 腹痛があるときに無理に体を動かすと、症状が悪化することがあります。
熱いお風呂に入る 発熱や炎症がある場合、入浴は避けた方が良いでしょう。
腹痛の予防
腹痛の原因は多岐にわたりますが、日常生活で以下のような点に注意することで、予防できる腹痛もあります。
食生活の改善
規則正しい食事
- 1日3食、規則正しく食べる
- 早食いを避け、よく噛んで食べる
- 暴飲暴食を避ける
- 脂肪の多い食事を控える
食品の安全管理
- 食材は新鮮なものを選ぶ
- 加熱が必要なものは十分に加熱する
- 手洗いを徹底する
- 調理器具を清潔に保つ
食物繊維の摂取
- 便秘予防のため、野菜や果物、全粒穀物などを積極的に摂る
水分補給
- 十分な水分を摂る(1日1.5〜2リットルが目安)
生活習慣の改善
ストレス管理
- 適度な運動
- 十分な睡眠
- リラックスする時間を持つ
- 趣味や楽しみを持つ
禁煙
- 喫煙は消化性潰瘍のリスクを高めます
節酒
- 過度のアルコール摂取は胃炎や膵炎の原因となります
規則正しい排便習慣
- 便意を我慢しない
- 朝食後にトイレに行く習慣をつける
定期的な健康診断
胃内視鏡検査
- 40歳以上は定期的な検査を検討
- ピロリ菌検査と除菌治療
大腸がん検診
- 便潜血検査を定期的に受ける
- 異常があれば大腸内視鏡検査
腹部超音波検査
- 肝臓、胆嚢、膵臓、腎臓などの異常の早期発見
腹痛と生活習慣病
腹痛は、生活習慣病とも関連があります。
メタボリックシンドローム
肥満、高血圧、高血糖、脂質異常などが重なった状態で、以下のような腹痛関連疾患のリスクが高まります。
- 胆石症
- 膵炎
- 逆流性食道炎
- 脂肪肝
糖尿病
糖尿病は様々な合併症を引き起こし、腹痛の原因となることがあります。
- 糖尿病性胃腸症:胃の運動機能低下
- 膵炎:慢性膵炎のリスク増加
- 感染症:腹部臓器の感染リスク増加
年代別の注意点
小児の腹痛
子どもの腹痛には以下のような特徴があります。
- 言葉で痛みを正確に表現できないことがある
- 便秘が原因のことが多い
- 反復性腹痛(機能性腹痛)も多い
- 虫垂炎は診断が遅れやすい
- 腸重積症(腸管が入り込む病気)に注意
高齢者の腹痛
高齢者の腹痛には以下のような特徴があります。
- 痛みを感じにくい場合がある
- 重症でも症状が軽い場合がある
- 便秘が原因のことが多い
- 虚血性大腸炎のリスクが高い
- 大動脈瘤、心筋梗塞にも注意
- 複数の疾患を持っていることが多い
妊娠中の腹痛
妊娠中は生理的な腹痛もありますが、以下のような病的な腹痛に注意が必要です。
- 子宮外妊娠(妊娠初期)
- 流産・切迫流産
- 常位胎盤早期剥離
- 虫垂炎(診断が難しい)
- 妊娠中でも起こりうる他の疾患

まとめ
腹痛は非常に一般的な症状ですが、その原因は軽症のものから生命に関わる重大な疾患まで多岐にわたります。
重要なポイント
- 痛みの部位と性質が診断の手がかり:どこが、どのように痛むかを正確に把握することが大切です。
- 随伴症状に注目:発熱、嘔吐、下痢、血便などの症状があるかどうかも重要な情報です。
- 緊急性の判断:激しい突然の痛み、意識障害、ショック症状などがある場合は、すぐに救急車を呼びましょう。
- 早期受診の重要性:腹痛が続く場合や悪化する場合は、早めに医療機関を受診しましょう。
- 予防可能な腹痛もある:食生活や生活習慣の改善で予防できる腹痛も多くあります。
- 自己判断は危険:重大な病気のサインを見逃さないために、気になる症状があれば専門医に相談しましょう。
腹痛は体からの重要なメッセージです。適切に対処し、必要に応じて医療機関を受診することで、深刻な事態を避けることができます。日頃から自分の体の変化に注意を払い、健康管理を心がけましょう。
参考文献
- 日本消化器病学会「消化器病について」
- 日本消化器外科学会「一般の方へ」
- 厚生労働省「e-ヘルスネット」
- 日本医師会「健康の森」
- 日本腹部救急医学会「腹部救急診療ガイドライン」
- 日本消化器内視鏡学会「消化器内視鏡について」
本記事は医療情報の提供を目的としており、特定の疾患の診断や治療を目的とするものではありません。気になる症状がある場合は、必ず医療機関を受診してください。
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務