「採血のときに気分が悪くなった」「朝礼で立っていたら目の前が真っ暗になった」「電車の中で急にめまいがして倒れそうになった」——このような経験をされた方は少なくないのではないでしょうか。
こうした症状の多くは「血管迷走神経反射」と呼ばれる生理的な反応によって引き起こされています。一般的に「貧血で倒れた」と表現されることもありますが、実は医学的な貧血とは異なる現象です。
血管迷走神経反射は、健康な方でも起こりうる体の防御反応の一種ですが、突然の失神は転倒による怪我につながることもあり、正しい知識を持っておくことが大切です。本記事では、血管迷走神経反射の仕組みから症状、対処法、予防法まで、一般の方にもわかりやすく解説いたします。
目次
- 血管迷走神経反射とは
- 自律神経と迷走神経の基礎知識
- 血管迷走神経反射が起こるメカニズム
- 血管迷走神経反射の原因と誘因
- 血管迷走神経反射の症状
- 血管迷走神経反射が起こりやすい人の特徴
- 起こりやすい場面と状況
- 「貧血」との違いについて
- 他の失神との違いと注意すべき症状
- 血管迷走神経反射の診断方法
- 発作が起きたときの対処法
- 血管迷走神経反射の予防法
- 治療が必要なケースと受診の目安
- 日常生活での注意点
- まとめ
- 参考文献
1. 血管迷走神経反射とは
血管迷走神経反射(けっかんめいそうしんけいはんしゃ)は、さまざまな刺激によって自律神経のバランスが急激に変化し、血圧低下や心拍数の減少が起こることで、脳への血流が一時的に不足する状態を指します。英語では「Vasovagal Reflex」または「Vasovagal Reaction(VVR)」と呼ばれています。
この反射が起こると、めまいや気分不快、冷や汗などの症状が現れ、重症の場合には意識を失って倒れてしまうこともあります。血管迷走神経反射による失神は「血管迷走神経性失神」と呼ばれ、失神の原因としては最も頻度が高いものとされています。
重要なのは、血管迷走神経反射自体は病気ではなく、すべての人が持っている生体防御反応の一つだということです。ただし、この反射が起こりやすい体質の方もおり、繰り返し症状が出る場合には日常生活に支障をきたすこともあります。
血管迷走神経反射は、横になって安静にすることで通常は数分から十数分で回復し、後遺症が残ることはほとんどありません。しかし、失神によって転倒し、頭部を打撲するなどの二次的な怪我のリスクがあるため、適切な対処と予防が重要になります。
2. 自律神経と迷走神経の基礎知識
血管迷走神経反射を理解するためには、まず自律神経の働きについて知っておく必要があります。
自律神経とは
自律神経は、私たちの意思とは関係なく、体の機能を自動的に調整している神経系です。心臓の拍動、呼吸、消化、体温調節、血圧の維持など、生命を維持するために欠かせない働きを担っています。
自律神経は「交感神経」と「副交感神経」の2つに分かれており、この2つがバランスを取りながら体の状態を調整しています。
交感神経の働き
交感神経は「昼の神経」「活動の神経」とも呼ばれ、体が活動しているときや緊張しているときに優位になります。交感神経が働くと、以下のような変化が起こります。
- 心拍数が増加する
- 血圧が上昇する
- 血管が収縮する
- 瞳孔が散大する
- 汗の分泌が増える
- 消化管の動きが抑制される
危機に直面したときに「闘うか逃げるか(fight or flight)」の反応を起こすのも交感神経の働きです。
副交感神経の働き
副交感神経は「夜の神経」「休息の神経」とも呼ばれ、体がリラックスしているときや睡眠中に優位になります。副交感神経が働くと、以下のような変化が起こります。
- 心拍数が減少する
- 血圧が低下する
- 血管が拡張する
- 瞳孔が収縮する
- 消化管の動きが活発になる
- 唾液の分泌が増える
迷走神経について
迷走神経は、副交感神経の中で最も重要な神経で、全身の副交感神経線維の約7〜8割を占めています。第10脳神経として脳幹から出発し、首、胸、腹部へと長く複雑な経路をたどって分布しています。「迷走」という名前は、ラテン語で「さまよう」を意味する「vagus」に由来し、神経が体内をさまようように広く分布していることを表しています。
迷走神経は、心臓、肺、消化管、血管など多くの臓器に分布しており、心拍数の調整、呼吸の調整、消化の促進などの機能を担っています。この神経が急激に活性化されると、心拍数の低下や血管の拡張が起こり、血圧が下がることになります。
3. 血管迷走神経反射が起こるメカニズム
血管迷走神経反射は、以下のようなメカニズムで起こります。
第1段階:誘因となる刺激
痛み、恐怖、緊張、長時間の立位、暑さ、脱水など、さまざまな刺激が誘因となります。これらの刺激は、体にとってストレスとなり、まず交感神経が活性化されます。
第2段階:交感神経の過剰な活性化
ストレス刺激に対して、体は「危機対応モード」に入ろうとします。心拍数が上がり、血圧が上昇し、体は緊張状態になります。特に強いストレスや緊張が加わると、交感神経が過剰に活性化されることがあります。
第3段階:副交感神経(迷走神経)の急激な活性化
交感神経の過剰な活性化に対する反動として、または体を守るための防御反応として、副交感神経である迷走神経が急激に活性化されます。これが「反射」として起こるため、「血管迷走神経反射」と呼ばれています。
第4段階:血圧低下と心拍数減少
迷走神経が活性化されると、以下の変化が同時に起こります。
- 末梢血管が拡張する:血管が広がることで、血液が下半身に溜まりやすくなります
- 心拍数が減少する:心臓の拍動がゆっくりになります
- 血圧が低下する:血管拡張と心拍数減少の結果、全身の血圧が下がります
第5段階:脳血流の減少と症状の出現
血圧が低下すると、重力に逆らって脳に血液を送ることが難しくなります。脳への血流が一時的に不足すると、めまい、視界の暗転、気分不快などの症状が現れます。脳血流の減少がさらに進むと、意識を失って倒れてしまいます。
回復のメカニズム
失神して倒れると、体が水平になることで脳への血流が回復しやすくなります。また、迷走神経の過剰な活性化も徐々に収まり、自律神経のバランスが正常に戻ります。そのため、横になって安静にしていれば、通常は数分以内に意識が回復します。
4. 血管迷走神経反射の原因と誘因
血管迷走神経反射を引き起こす原因や誘因は多岐にわたります。以下に主なものを挙げます。
身体的要因
- 痛み
- 採血や注射の際の針刺しの痛み
- 怪我や外傷による痛み
- 腹痛や生理痛
- 長時間の同じ姿勢
- 長時間の立位(朝礼、電車内、イベント会場など)
- 長時間の座位(会議、長距離移動など)
- 身体的ストレス
- 脱水状態
- 空腹
- 睡眠不足
- 疲労
- 発熱
- 環境要因
- 暑さ、高温多湿
- 人混み、換気の悪い場所
- 急激な温度変化
- 排泄に関連するもの
- 排尿後(排尿時失神)
- 排便時の強いいきみ
- 長時間の尿意や便意の我慢
- その他の身体的刺激
- 急に立ち上がる
- 激しい運動の直後
- 食後(食後低血圧)
- 咳やくしゃみ
- 飲酒
精神的要因
- 恐怖・不安
- 注射や採血に対する恐怖
- 血液を見ることへの恐怖
- 医療機関や病院への恐怖
- 精神的ストレス
- 強い緊張
- 驚き
- 不安や心配
- 感情的な動揺
- 予期不安
- 「また倒れるかもしれない」という不安
- 過去の経験からくる恐怖心
医療処置に関連するもの
医療機関で起こりやすい血管迷走神経反射の場面として、以下のようなものがあります。
- 採血
- 予防接種
- 点滴
- 歯科治療
- 内視鏡検査
- その他の侵襲的な処置
これらの場面では、痛みの刺激に加えて、緊張や不安、血液を見ることへの恐怖などが重なり、血管迷走神経反射が起こりやすくなります。
5. 血管迷走神経反射の症状
血管迷走神経反射の症状は、軽度のものから失神に至るものまでさまざまです。多くの場合、失神の前に「前駆症状」と呼ばれる前兆が現れます。
前駆症状(前兆)
失神に至る前に、以下のような症状が現れることが多いです。これらの症状は数秒から数分間続きます。
- 全身症状
- 気分が悪い
- 体がだるい
- 体に力が入らない
- 急な眠気
- 頭部・顔面の症状
- めまい、ふらつき
- 頭が重い、頭痛
- 顔面蒼白(顔色が青白くなる)
- あくびが出る
- 視覚の症状
- 目の前が暗くなる
- 視界がぼやける
- 視野が狭くなる
- 目の前がチカチカする
- 消化器症状
- 吐き気、嘔吐
- 腹部の不快感
- 腹痛
- 自律神経症状
- 冷や汗
- 動悸
- 耳鳴り
- 手足の冷え
- 聴覚の症状
- 周囲の音が遠くに聞こえる
- 耳が詰まった感じ
失神時の症状
前駆症状の後、脳への血流がさらに減少すると、意識を失います。
- 意識消失は通常1分以内で回復します
- 失神中に軽度のけいれんが見られることもあります
- 尿失禁が起こることはまれです
回復後の症状
意識が回復した後も、しばらくは以下のような症状が続くことがあります。
- 全身のだるさ
- 頭がぼんやりする
- 軽いめまい
- 吐き気
- 顔色不良
通常は横になって休んでいれば、数十分から数時間で完全に回復します。
重症度による分類
血管迷走神経反射は、厚生省(現・厚生労働省)の血液研究事業による判定基準で、3段階に分類されています。
I度(軽症):血圧低下、徐脈(脈拍が1分間に40回以上)に加え、顔面蒼白、冷汗、悪心などの症状を伴うもの
II度(中等症):I度に加えて、意識喪失、徐脈(脈拍が1分間に40回以下)、血圧低下(収縮期血圧90mmHg未満)、嘔吐を伴うもの
III度(重症):II度に加えて、けいれん、失禁を伴うもの
6. 血管迷走神経反射が起こりやすい人の特徴
血管迷走神経反射は誰にでも起こりうるものですが、以下のような特徴を持つ方は特に起こりやすい傾向があります。
年齢による特徴
- 若年者(10代〜20代)
- 自律神経のバランスが不安定な時期であるため、血管迷走神経反射が起こりやすいとされています
- 特に思春期は、体の成長に自律神経の発達が追いつかないことがあります
- 学校の朝礼や集会で倒れる生徒の多くは、血管迷走神経反射が原因です
- 高齢者
- 自律神経機能の低下により、血圧調節能力が落ちていることがあります
- 脱水や薬の影響を受けやすい
性別による特徴
- 若年者では女性に多い傾向があります
- これは、女性ホルモンの影響や、体の水分量、筋肉量の違いなどが関係していると考えられています
体質的な特徴
- やせ型の方
- 筋肉量が少なく、下半身に血液が溜まりやすい
- 血圧が低めの傾向がある
- 低血圧の方
- もともと血圧が低い方は、さらに血圧が下がったときに症状が出やすい
- 自律神経が乱れやすい方
- ストレスを受けやすい
- 緊張しやすい
- 不安を感じやすい
生活習慣による特徴
- 睡眠不足の方
- 自律神経のバランスが乱れやすい
- 水分摂取が少ない方
- 脱水状態になりやすい
- 血液量が減少しやすい
- 運動不足の方
- 下半身の筋力が弱く、血液を心臓に戻す力が弱い
- 不規則な生活を送っている方
- 自律神経のリズムが乱れやすい
過去の経験
- 過去に血管迷走神経反射を経験したことがある方は、再発しやすい傾向があります
- また、「また起こるかもしれない」という不安が、さらに症状を誘発することもあります
7. 起こりやすい場面と状況
血管迷走神経反射は、特定の場面や状況で起こりやすいことが知られています。
医療機関での場面
- 採血時
- 針刺しの痛み
- 血液を見ること
- 緊張や不安
- 空腹状態での採血
- 予防接種・注射時
- 注射に対する恐怖
- 緊張
- 待ち時間の長さ
- 健康診断時
- 空腹状態
- 緊張
- 長時間の待機
- 歯科治療時
- 恐怖や緊張
- 痛み
- 長時間の開口
日常生活での場面
- 朝礼・集会
- 長時間の立位
- 緊張
- 暑さ
- 通勤・通学時
- 満員電車での立位
- 暑さ、換気の悪さ
- 人混みによるストレス
- イベント・コンサート
- 長時間の立位
- 興奮
- 人混み
- 入浴時
- 暑さ
- 急に立ち上がる
- 脱水
- トイレ
- 排尿後
- 排便時の強いいきみ
- 長時間の座位
- 食事関連
- 食後の急な動作
- 大量の食事
- 飲酒
特殊な状況
- 暑い季節・高温環境
- 夏場の外出
- サウナや温泉
- 暖房の効いた室内
- 感情的な場面
- ショックな出来事
- 恐怖体験
- 強い驚き
- 運動関連
- 激しい運動の直後
- 運動中の脱水
8. 「貧血」との違いについて
「朝礼で貧血を起こして倒れた」「採血で貧血になった」という表現を聞くことがありますが、これは医学的には正確ではありません。血管迷走神経反射と医学的な貧血は、まったく異なる状態です。
医学的な貧血とは
医学的な「貧血」は、血液中の赤血球やヘモグロビン(血色素)が減少した状態を指します。ヘモグロビンは酸素を全身に運ぶ役割を担っているため、貧血になると全身の組織に十分な酸素が届かなくなります。
貧血の主な原因には以下のようなものがあります。
- 鉄欠乏性貧血(鉄分不足)
- ビタミンB12欠乏性貧血
- 出血による貧血
- 腎臓病に伴う貧血
- 骨髄の病気による貧血
貧血の症状としては、動悸、息切れ、倦怠感、顔色不良などがありますが、これらは慢性的に続くものであり、急に失神するようなことは通常ありません。
血管迷走神経反射との違い
血管迷走神経反射は、血液中のヘモグロビン値とは関係なく、自律神経の急激な変化によって血圧が下がり、脳への血流が一時的に不足することで起こります。
| 項目 | 医学的な貧血 | 血管迷走神経反射 |
|---|---|---|
| 原因 | 赤血球・ヘモグロビンの減少 | 自律神経の急激な変化 |
| 発症の様式 | 慢性的・徐々に | 急性・突然 |
| 症状の持続 | 長期間続く | 一時的(数分〜数十分) |
| 診断方法 | 血液検査 | 問診、ティルト試験など |
| 治療 | 原因に応じた治療(鉄剤など) | 生活指導、予防対策 |
なぜ「貧血」と呼ばれるのか
血管迷走神経反射で脳への血流が減少した状態は、「脳貧血」と呼ばれることがあります。これは「脳に血液が足りない状態」という意味で使われる俗称であり、医学的な貧血とは異なります。
一般的に「貧血で倒れた」と表現される症状の多くは、実際には血管迷走神経反射による一時的な脳血流の低下が原因です。
9. 他の失神との違いと注意すべき症状
失神はさまざまな原因で起こります。血管迷走神経反射による失神は基本的に予後良好ですが、中には生命に関わる重大な病気が原因の失神もあります。
失神の主な分類
失神の原因は大きく以下の3つに分類されます。
- 反射性失神(神経調節性失神)
- 血管迷走神経反射による失神
- 状況失神(排尿、咳、嚥下などに伴う失神)
- 頸動脈洞症候群
- 起立性低血圧による失神
- 自律神経障害
- 薬剤性
- 脱水
- 心原性失神
- 不整脈(徐脈性、頻脈性)
- 器質的心疾患(大動脈弁狭窄症、肥大型心筋症など)
心原性失神との違い
心原性失神は、心臓の病気が原因で起こる失神であり、最も注意が必要です。心原性失神の患者さんの年間死亡率は約30%と報告されており、早急な診断と治療が必要です。
血管迷走神経反射による失神と心原性失神には、以下のような違いがあります。
血管迷走神経反射による失神の特徴
- 前駆症状(気分不快、めまい、冷や汗など)がある
- 誘因がはっきりしている
- 立位や座位で起こることが多い
- 数分以内に完全に回復する
- 若年者に多い
心原性失神の特徴
- 前駆症状がないか、あっても動悸程度
- 前触れなく突然倒れる
- 体位に関係なく起こる
- 運動中や労作中に起こることがある
- 心臓病の既往がある
- 回復に時間がかかることがある
すぐに医療機関を受診すべき症状
以下のような場合は、血管迷走神経反射以外の原因が考えられるため、すぐに医療機関を受診してください。
- 失神時の状況
- 運動中や労作中に起こった
- 横になっているときに起こった
- 前触れなく突然意識を失った
- 胸痛や動悸を伴った
- 呼吸困難を伴った
- 失神後の状況
- 意識の回復に時間がかかった(数分以上)
- 意識が戻った後も混乱が続く
- 麻痺やしびれが残る
- 言葉が出にくい
- その他の注意点
- 失神を繰り返す
- 心臓病の既往がある
- 家族に突然死の既往がある
- 高齢者で初めて失神した
10. 血管迷走神経反射の診断方法
血管迷走神経反射の診断は、主に問診によって行われます。また、他の病気を除外するためのさまざまな検査が行われることがあります。
問診
医師は以下のような点について詳しく確認します。
- 失神やめまいが起こった状況
- 失神前の姿勢(立っていたか、座っていたか)
- 誘因となりそうな要因(痛み、緊張、暑さなど)
- 前駆症状の有無と内容
- 失神の持続時間
- 回復の様子
- 失神の頻度
- 既往歴(心臓病、神経疾患など)
- 服用中の薬
- 家族歴
身体診察
- バイタルサイン(血圧、脈拍、体温)の測定
- 起立性低血圧の有無の確認(臥位と立位での血圧測定)
- 心臓の聴診
- 神経学的診察
検査
- 心電図検査
- 不整脈の有無を確認
- 心臓の病気を示唆する所見がないか確認
- 血液検査
- 貧血の有無
- 電解質異常の有無
- 血糖値
- 甲状腺機能など
- 心臓超音波検査(心エコー)
- 心臓の構造的な異常の有無を確認
- 弁膜症や心筋症の有無
- ホルター心電図(24時間心電図)
- 日常生活中の不整脈の有無を確認
- ヘッドアップティルト試験(傾斜台試験)
- 血管迷走神経反射を再現する検査
- 仰向けの状態から傾斜台を60〜80度に起こし、失神が誘発されるかを観察
- 問診だけで診断がつかない場合に行われることがある
- 脳の検査(必要に応じて)
- 頭部CT、MRI
- 脳波検査
- 脳血管障害やてんかんの除外
11. 発作が起きたときの対処法
血管迷走神経反射の前駆症状が現れたとき、または失神したときの適切な対処法を知っておくことが大切です。
前駆症状を感じたとき(自分自身の場合)
- すぐに座るか横になる
- 前駆症状を感じたら、できるだけ早くその場に座るか、可能であれば横になります
- 無理に立っていようとしないことが重要です
- 座る場所がない場合は、しゃがみ込むだけでも効果があります
- 足を高くする
- 横になれる場合は、足を心臓より高い位置に上げます
- これにより、下半身に溜まった血液が心臓に戻りやすくなります
- 筋肉を緊張させる動作(等尺性筋収縮運動)
- 足を交差させて、足・腹部・臀部の筋肉に力を入れる
- 手を握りしめる(ハンドグリップ)
- これらの動作により一時的に血圧を上げることができます
- 深呼吸をする
- ゆっくりと深呼吸をして、リラックスを心がけます
- 周囲の人に知らせる
- 「気分が悪い」と周囲に伝えておくことで、失神した場合に助けてもらえます
失神した人を見かけたとき(周囲の人の対応)
- 安全な場所に移動させる
- 危険な場所にいる場合は、安全な場所に移動させます
- 仰向けに寝かせる
- 平らな場所に仰向けに寝かせます
- 足を高くする
- 足を20〜30cm程度高くします(ショック体位)
- クッションや椅子などを使用します
- 衣服を緩める
- ベルト、ネクタイ、きつい服などを緩めます
- 呼吸しやすくします
- 新鮮な空気を入れる
- 窓を開けるなど、換気を良くします
- 人だかりがある場合は、少し離れてもらいます
- 意識の回復を確認する
- 通常は1分以内に意識が回復します
- 名前を呼んで反応を確認します
- 回復後もしばらく休ませる
- 意識が回復しても、すぐに起き上がらせず、しばらく横になったまま休ませます
- 急に立ち上がると再び失神することがあります
救急車を呼ぶべき状況
以下の場合は、救急車を呼ぶことを検討してください。
- 意識が戻らない(数分以上)
- 呼吸がない、または弱い
- 失神中に頭を強く打った
- けいれんが長く続く(数分以上)
- 胸の痛みや呼吸困難がある
- 繰り返し失神する
- 高齢者で初めての失神
12. 血管迷走神経反射の予防法
血管迷走神経反射を完全に防ぐことは難しいですが、以下の対策により発生リスクを減らすことができます。
日常生活での予防
- 十分な水分摂取
- 1日1.5〜2リットル程度の水分を摂る
- 特に暑い季節や運動時は意識的に水分を補給する
- 脱水は血管迷走神経反射の大きな誘因です
- 適度な塩分摂取
- 極端な塩分制限は避ける(医師から制限されている場合を除く)
- 適度な塩分は血圧の維持に役立ちます
- 十分な睡眠
- 睡眠不足は自律神経のバランスを乱します
- 規則正しい睡眠習慣を心がけましょう
- 規則正しい食事
- 空腹状態を避ける
- 朝食をしっかり食べる
- 暴飲暴食を避ける
- 急な姿勢変換を避ける
- 横になった状態から急に立ち上がらない
- 立ち上がる前に足を動かしたり、ゆっくり起き上がる
- 長時間の立位を避ける
- やむを得ず長時間立つ場合は、足踏みをしたり、かかとの上げ下げをする
- 両足を時々組み替える
- 壁や柱にもたれかかる
- 適度な運動
- 下半身の筋力をつけることで、血液を心臓に戻す力が強くなります
- ウォーキング、軽いジョギング、水泳などがおすすめです
採血・注射時の予防
- 事前に申告する
- 過去に気分が悪くなったことがある場合は、必ず医療スタッフに伝えましょう
- 横になった状態で処置を受けることができます
- 体調を整える
- 十分な睡眠をとる
- 適度に食事をしておく(空腹を避ける)
- 水分をしっかり摂っておく
- リラックスを心がける
- 深呼吸をする
- 針や血液を見ないようにする
- 気を紛らわせる(好きな音楽を聴く、話をするなど)
- 処置後の対応
- 処置後もすぐに立ち上がらず、椅子に座った状態で15分以上休む
- 気分が悪くなったらすぐに横になる
環境の調整
- 暑さ対策
- 暑い場所に長時間いることを避ける
- こまめに涼しい場所で休憩する
- 通気性の良い服装を心がける
- 人混みを避ける
- 満員電車などでは、可能であれば空いている時間帯を選ぶ
- 気分が悪くなったらすぐに降りる
- 換気を良くする
- 換気の悪い場所では長時間過ごさない
弾性ストッキングの活用
医療用の弾性ストッキング(着圧ソックス)を使用することで、下半身に血液が溜まるのを防ぐことができます。特に、繰り返し血管迷走神経反射を起こす方には効果的です。
13. 治療が必要なケースと受診の目安
血管迷走神経反射は多くの場合、予防法を実践し、症状が出たときに適切に対処することで問題なく過ごせます。しかし、以下のような場合は医療機関を受診することをおすすめします。
医療機関を受診すべきケース
- 初めて失神した場合
- 原因の特定と、他の病気の除外のために検査を受けることが大切です
- 失神を繰り返す場合
- 頻繁に失神する場合は、背景に別の病気が隠れている可能性があります
- 生活の質(QOL)の低下を防ぐためにも、専門的な評価が必要です
- 失神によって怪我をした場合
- 転倒による頭部外傷などは、二次的な問題を引き起こす可能性があります
- 以下のような症状を伴う場合
- 胸の痛みや動悸
- 呼吸困難
- 激しい頭痛
- 手足のしびれや麻痺
- 運動中や労作中に起こった場合
- 心臓の病気が原因の可能性があります
- 心臓病の既往や家族歴がある場合
- より慎重な評価が必要です
受診する診療科
- 内科
- 循環器内科
- 神経内科
症状や状況によって適切な診療科は異なりますが、まずはかかりつけ医に相談するのが良いでしょう。必要に応じて専門医を紹介してもらえます。
治療について
血管迷走神経反射は基本的に生命予後が良好であり、薬物治療が必要になることは稀です。治療の中心は以下のような非薬物療法です。
- 患者教育
- 病態の理解
- 誘因の回避
- 前駆症状への対応
- 予防法の実践
- 生活指導
- 十分な水分摂取
- 適度な塩分摂取
- 規則正しい生活
- 適度な運動
- チルトトレーニング(起立訓練)
- 自宅で壁に寄りかかって立つ訓練を行う
- 徐々に時間を延ばしていく
- 自律神経の調節機能を鍛える効果が期待されます
- 薬物療法(重症例)
- 血圧を上げる薬(ミドドリンなど)
- β遮断薬
- 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)
- これらは症状が重く、非薬物療法で改善しない場合に検討されます
- ペースメーカー治療(ごく一部の重症例)
- 徐脈が主体で、薬物療法でも改善しない場合に検討されることがあります
14. 日常生活での注意点
血管迷走神経反射を起こしやすい方が、日常生活で気をつけるべきポイントをまとめます。
外出時の注意点
- 無理をしない
- 体調が悪いときは無理に外出しない
- 疲れを感じたら休憩する
- 一人での行動に注意
- 失神の既往がある方は、できるだけ一人での行動を避ける
- やむを得ない場合は、周囲に既往を伝えておく
- 危険な場所を避ける
- 高所での作業
- プールや海での一人での水泳
- 混雑した場所での長時間の滞在
乗り物での注意点
- 電車・バス
- 具合が悪くなったら無理せず座る
- 優先席を利用することをためらわない
- 気分が悪くなったら途中下車する
- 車の運転
- 失神を繰り返す方は、運転に注意が必要です
- 前駆症状を感じたら、すぐに車を安全な場所に停める
- 症状がコントロールできない場合は、運転を控えることも検討
仕事での注意点
- 職場への報告
- 既往がある場合は、上司や同僚に伝えておく
- 緊急時の対応を共有しておく
- 仕事内容の調整
- 長時間の立ち仕事
- 高所での作業
- 危険を伴う機械操作
- これらは可能であれば避けるか、注意して行う
学校での注意点(学生の方・保護者の方へ)
- 学校への報告
- 担任の先生や養護教諭に既往を伝えておく
- 体育や朝礼での配慮をお願いする
- 朝礼・集会での対応
- 長時間の立位を避ける
- 気分が悪くなったらすぐに座るか、保健室に行く
- 日陰や涼しい場所を選ぶ
- 体育の授業
- 体調が悪いときは無理をしない
- 水分をしっかり摂る
心理的なケア
血管迷走神経反射を繰り返すと、「また倒れるかもしれない」という不安から、外出や人前に出ることを避けるようになってしまうことがあります。このような不安が強い場合は、医師に相談してください。
- 正しい知識を持つことで、不安を軽減できます
- 対処法を知っていれば、自信を持って行動できます
- 必要に応じて、心療内科やカウンセリングの利用も検討しましょう

15. まとめ
血管迷走神経反射について、重要なポイントをまとめます。
血管迷走神経反射とは
- 自律神経の急激な変化により、血圧低下と心拍数減少が起こる生理的反応
- 失神の原因として最も多い
- 病気ではなく、誰にでも起こりうる体の防御反応
主な原因・誘因
- 痛み、恐怖、緊張などの精神的ストレス
- 長時間の立位や座位
- 暑さ、脱水、空腹
- 睡眠不足、疲労
主な症状
- 前駆症状:めまい、気分不快、冷や汗、視界の暗転など
- 重症の場合は失神に至る
- 横になって休めば通常数分で回復
「貧血」との違い
- 一般的に「貧血で倒れた」と言われるものの多くは血管迷走神経反射
- 医学的な貧血とは異なる病態
予防法
- 十分な水分摂取
- 規則正しい生活
- 急な姿勢変換を避ける
- 長時間の立位を避ける
- 採血時は事前に申告し、横になって受ける
発作時の対処法
- 前駆症状を感じたら、すぐに座るか横になる
- 足を高くする
- 周囲の人に知らせる
受診の目安
- 初めて失神した場合
- 失神を繰り返す場合
- 怪我をした場合
- 心臓の症状を伴う場合
血管迷走神経反射は、正しい知識と適切な対策により、日常生活への支障を最小限に抑えることができます。症状が気になる方は、一度医療機関を受診して、適切な診断と指導を受けることをおすすめします。
参考文献
- 厚生労働省「接種後の『失神』や、その原因ともいわれる『血管迷走神経反射』とは何ですか。」
- 日本救急医学会「迷走神経反射」
- 日本心臓財団「神経調節性失神はどういう病気ですか」
- メディカルノート「迷走神経反射について」
- MSDマニュアル「自律神経系の概要」
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務