「なんだかお腹が張って苦しい」「食後にお腹がパンパンになる」「ガスが溜まっている感じがする」——こうした症状に悩まされた経験がある方は多いのではないでしょうか。お腹が張る症状は医学的には「腹部膨満感(ふくぶぼうまんかん)」と呼ばれ、日常的によく見られる症状のひとつです。
多くの場合、食べ過ぎや便秘など一時的な原因で起こりますが、なかには早急な治療が必要な病気が隠れていることもあります。本記事では、お腹が張る原因から考えられる病気、日常生活でできる改善法、そして医療機関を受診すべき目安まで、わかりやすく解説いたします。お腹の張りでお悩みの方は、ぜひ最後までお読みください。
目次
- 腹部膨満感とは何か
- お腹が張る主な原因
- お腹の張りを引き起こす病気
- 緊急性のある症状と受診の目安
- 腹部膨満感の検査方法
- お腹の張りの治療法
- 日常生活でできる改善法と予防策
- よくある質問(Q&A)
- まとめ
- 参考文献
1. 腹部膨満感とは何か
腹部膨満感の定義
腹部膨満感とは、お腹全体または一部が張ったような感覚があり、苦しい、重い、痛いと感じる状態を指します。人によって症状の現れ方はさまざまで、「お腹がパンパンに張る」「お腹がゴロゴロする」「胃が重苦しい」「下腹部だけがぽっこりしている」など、多様な表現で訴えられます。
世界保健機関(WHO)の国際疾病分類では、腹部膨満感は「腹部膨満」と「腹部膨隆」の2種類に分けられています。腹部膨満は主に自覚症状が中心で器質的な異常が見られないもの、腹部膨隆は腹水や腫瘤(しゅりゅう)など他覚的な所見があるものを指します。
腹部膨満感の2つのタイプ
腹部膨満感には大きく分けて2つのタイプがあります。
ひとつ目は、消化管にガスが溜まることで生じるタイプです。このタイプでは「お腹が張って苦しい」「お腹が重い」「お腹がゴロゴロする」といった症状が現れます。食事の際に飲み込む空気や、腸内細菌による発酵で生じるガスが原因となります。
ふたつ目は、胃の運動機能が低下して起こるタイプです。こちらは「胃が重苦しい」「胃に不快感がある」「少し食べただけでお腹がいっぱいになる」といった症状が特徴的です。胃の内容物がスムーズに十二指腸へ送り出されないことで、胃のあたりに膨満感を感じます。
腹部膨満感は身近な症状
お腹の張りは非常に身近な症状で、多くの方が一度は経験したことがあるでしょう。食べ過ぎた後や、便秘が続いているとき、あるいはストレスを感じているときなど、さまざまな場面で起こりえます。
しかし、この「よくある症状」だからこそ、重大な病気のサインを見逃してしまうことがあります。腹部膨満感が長期間続く場合や、他の症状を伴う場合には、何らかの疾患が隠れている可能性があることを覚えておきましょう。
2. お腹が張る主な原因
お腹が張る原因は多岐にわたります。ここでは、病気以外の日常的な原因について詳しく見ていきましょう。
便秘
便秘は腹部膨満感の最も一般的な原因のひとつです。本来体外へ排出されるべき便が腸内に滞留すると、腸の動きが悪くなり、ガスも排出されにくくなります。その結果、お腹の張りが生じ、おならの回数が増加したり、腹痛を伴ったりすることもあります。
さらに、腸内に便が長く留まると悪玉菌が増殖し、ガスの産生がさらに増加するという悪循環に陥ることがあります。便秘が慢性化している場合は、食生活の見直しや適度な運動を心がけることが大切です。
食べ過ぎ・早食い
食事の際に食べ物と一緒に空気を飲み込むことは誰にでもありますが、早食いをする人や大食いの傾向がある人は、より多くの空気を飲み込んでしまいます。この飲み込んだ空気が胃や腸に溜まることで、腹部膨満感が生じます。
また、一度に大量の食事を摂ると、胃が物理的に膨張するだけでなく、消化に時間がかかるため、長時間にわたってお腹の張りを感じることになります。
炭酸飲料の摂取
炭酸飲料には二酸化炭素が含まれているため、飲むと胃の中でガスが発生します。頻繁に炭酸飲料を飲む習慣がある方は、これが腹部膨満感の原因になっている可能性があります。
特定の食品の摂取
消化管内で発酵しやすい食品を摂取すると、腸内でガスが発生しやすくなります。具体的には以下のような食品が挙げられます。
豆類(大豆、小豆、えんどう豆など)は食物繊維が豊富で健康に良い食品ですが、腸内細菌による発酵でガスが発生しやすくなります。玉ねぎやキャベツ、ブロッコリーなどの野菜も同様です。
また、近年注目されている「FODMAP(フォドマップ)」と呼ばれる発酵性の糖質を多く含む食品も、腹部膨満感の原因となることがあります。FODMAPには、小麦製品に含まれるフルクタン、乳製品に含まれる乳糖、果物に含まれる果糖、人工甘味料に含まれる糖アルコールなどがあります。
呑気症(どんきしょう)
呑気症は「空気嚥下症(くうきえんげしょう)」とも呼ばれ、無意識のうちに大量の空気を飲み込んでしまう状態を指します。現代の日本では8人に1人が呑気症に悩んでいるとされています。
主な原因は早食いの習慣や、緊張やストレスによって唾を頻繁に飲み込むことです。食事中に話をすることが多い方や、ガムを頻繁に噛む方、ストローで飲み物を飲むことが多い方も、空気を飲み込みやすくなります。
呑気症の特徴的な症状として、お腹の張り、げっぷの増加、おならの回数の増加などが挙げられます。日内変動があることも特徴で、ストレスを感じやすい平日に症状が悪化し、休日には軽減するというパターンが見られることがあります。
ストレス
ストレスは自律神経のバランスを乱し、消化管の働きに大きな影響を与えます。強いストレスを感じると、大腸の蠕動運動(ぜんどううんどう)が亢進したり、逆に低下したりして、便秘や下痢、腹部膨満感などの症状が現れることがあります。
また、ストレスによって無意識に歯を食いしばったり、唾液を頻繁に飲み込んだりすることで、呑気症を引き起こすこともあります。
腸内環境の乱れ
私たちの腸内には約1,000種類、100兆個にも及ぶ腸内細菌が生息しています。この腸内細菌のバランスが崩れると、ガスの産生が増加し、腹部膨満感が生じやすくなります。
腸内環境の乱れを引き起こす要因としては、偏った食事、食品添加物の過剰摂取、抗生物質の使用、ストレス、睡眠不足などが挙げられます。悪玉菌が増殖すると、腐敗ガスの産生が増加し、臭いの強いおならや腹部膨満感の原因となります。
運動不足
運動不足は腸の蠕動運動を低下させ、便秘やガスの滞留を招きます。デスクワークが中心の生活を送っている方や、あまり体を動かす機会がない方は、腹部膨満感を感じやすい傾向があります。
適度な運動は腸の動きを活発にし、ガスや便の排出を促進する効果があります。
女性特有の原因
女性の場合、月経周期に伴うホルモンバランスの変化によって腹部膨満感が生じることがあります。特に月経前の黄体期には、プロゲステロンの影響で腸の動きが鈍くなり、便秘やお腹の張りを感じやすくなります。
また、更年期障害の症状のひとつとして腹部膨満感が現れることもあります。女性ホルモンの減少により自律神経のバランスが乱れ、消化管の機能に影響を及ぼすためです。
3. お腹の張りを引き起こす病気
腹部膨満感は、さまざまな病気の症状として現れることがあります。ここでは、主な原因疾患について解説します。
過敏性腸症候群(IBS)
過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome:IBS)は、大腸に炎症や潰瘍などの器質的な異常が見られないにもかかわらず、腹痛、下痢、便秘、腹部膨満感などの症状が慢性的に続く疾患です。日本では人口の約10%が罹患しているとされ、比較的頻度の高い疾患として知られています。
IBSは「脳腸相関」の異常、つまり脳と腸のコミュニケーションの乱れが主な原因と考えられています。ストレスを感じると大腸の収縮運動が激しくなり、また痛みを感じやすい知覚過敏状態になります。
IBSは症状のパターンによって、下痢型、便秘型、混合型(下痢と便秘を交互に繰り返す)に分類されます。下痢型は男性に多く、便秘型は女性に多い傾向があります。
IBSの診断には国際的な診断基準である「Rome IV基準」が用いられます。この基準では、過去3カ月間に週1回以上の頻度で腹痛があり、排便との関連や便の性状の変化を伴う場合にIBSと診断されます。
機能性ディスペプシア
機能性ディスペプシア(Functional Dyspepsia:FD)は、胃カメラ検査などで胃に炎症や潰瘍などの器質的な異常が認められないにもかかわらず、胃の不快感、みぞおちの痛み、腹部膨満感、早期飽満感(少し食べただけで満腹になる)などの症状が続く疾患です。
原因は完全には解明されていませんが、胃の運動機能の低下、胃の知覚過敏、ストレス、ピロリ菌感染などが関与していると考えられています。
機能性ディスペプシアの特徴として、食後に症状が悪化すること、げっぷやガスが増えること、吐き気を伴うことなどが挙げられます。症状は人によって異なり、ストレスや過労が症状を悪化させる要因となります。
逆流性食道炎
逆流性食道炎は、胃酸を含む胃の内容物が食道に逆流し、食道粘膜に炎症を起こす疾患です。日本における食生活の欧米化に伴い、幅広い年齢層で罹患者が増加しています。
主な症状は胸焼け、酸っぱいものが上がってくる感覚(呑酸)、のどの違和感、咳などですが、腹部膨満感も起こりやすい症状のひとつです。
原因としては、下部食道括約筋の機能低下、肥満による腹圧の上昇、暴飲暴食、喫煙、ストレスなどが挙げられます。
慢性胃炎
慢性胃炎は胃の粘膜が慢性的に炎症を起こしている状態で、その原因の約80%がピロリ菌感染によるものとされています。
症状としては、胃痛、胃もたれ、腹部膨満感、食欲不振、げっぷの増加などがありますが、中には症状を感じない方もいます。慢性胃炎を放置すると、胃潰瘍や胃がんに進展するリスクがあるため、早期の発見と治療が重要です。
急性胃腸炎
急性胃腸炎は、ウイルスや細菌の感染、薬の副作用、暴飲暴食などによって胃腸の粘膜に急激な炎症が起こる疾患です。季節によって流行する病原体が異なり、夏季はカンピロバクターやサルモネラなどの細菌によるものが多く、冬季はノロウイルスやロタウイルスなどのウイルスによるものが多くなります。
主な症状は腹痛、吐き気、嘔吐、下痢ですが、腹部膨満感や発熱を伴うこともあります。多くの場合は数日で回復しますが、脱水には注意が必要です。
腸閉塞(イレウス)
腸閉塞は、何らかの原因によって腸管が塞がれ、内容物が通過できなくなった状態を指します。腹部手術による癒着、ヘルニア、腫瘍などが原因となることがあります。
症状としては、強い腹痛、腹部膨満感、嘔吐、便やおならが出なくなるなどが挙げられます。腸閉塞は緊急性の高い疾患であり、放置すると腸の壊死や穿孔(せんこう)を起こす可能性があるため、早急な治療が必要です。
大腸がん
大腸がんは、大腸に発生する悪性腫瘍です。腫瘍が腸管内を徐々に塞いでいくことで、便秘と下痢を繰り返す便通異常、排便してもすっきりしない残便感、腹部膨満感などの症状が現れます。
大腸がんは初期には自覚症状が乏しいことが多く、腹部膨満感は早期発見のきっかけとなる重要なサインとなりえます。特に、体重減少や血便、貧血などの症状を伴う場合は、速やかに医療機関を受診することが重要です。
胃がん
胃がんは胃に発生する悪性腫瘍で、日本人に多いがんのひとつです。部位別のがんによる死亡数では、男性では第2位、女性では第4位に位置しています。
初期には自覚症状が乏しく、進行するにつれて胃の不快感、食欲不振、腹部膨満感、体重減少などの症状が現れます。腹部膨満感が続く場合は、胃カメラ検査を受けることをおすすめします。
膵臓がん
膵臓がんは膵臓に発生する悪性腫瘍で、早期発見が難しく、予後の厳しいがんとして知られています。症状としては、腹痛、腰背部痛、黄疸、体重減少などがありますが、腹部膨満感が現れることもあります。
肝硬変
肝硬変は、慢性的な肝臓の炎症によって肝細胞が壊れ、線維化が進行した状態です。肝硬変が進行すると、腹水(お腹に液体が溜まる状態)が生じ、強い腹部膨満感を引き起こします。
腹水は肝硬変以外にも、心不全、腎不全、がん性腹膜炎などでも生じることがあり、いずれも重篤な疾患です。
卵巣腫瘍(女性)
女性の場合、卵巣に腫瘍ができると下腹部の膨満感が現れることがあります。卵巣腫瘍には良性のものと悪性のものがありますが、いずれも早期発見と適切な治療が重要です。
下腹部の張りが続く場合や、月経周期と関係なく症状がある場合は、婦人科を受診することをおすすめします。
子宮筋腫・子宮内膜症(女性)
子宮筋腫は子宮にできる良性の腫瘍で、大きくなると膀胱や腸を圧迫し、頻尿や便秘、下腹部の膨満感などの症状を引き起こします。
子宮内膜症は、子宮内膜に似た組織が子宮以外の場所に発生する疾患で、月経痛や性交痛、排便痛などの症状に加えて、下腹部の膨満感を感じることがあります。
小腸内細菌異常増殖症(SIBO)
小腸内細菌異常増殖症(Small Intestinal Bacterial Overgrowth:SIBO)は、本来細菌が少ないはずの小腸で細菌が異常に増殖してしまう状態です。過敏性腸症候群と診断された患者の6〜8割以上がSIBOを合併しているという報告もあります。
SIBOでは、小腸内で細菌による異常な発酵が起こり、ガスの過剰産生、腹部膨満感、下痢、栄養吸収不良などの症状が現れます。
上腸間膜動脈症候群
上腸間膜動脈症候群は、急激なダイエットなどによって腹部の脂肪が減少し、十二指腸が血管に圧迫されることで起こる疾患です。食後の胃もたれ、吐き気、腹痛、腹部膨満感などの症状が現れます。
この疾患の特徴として、仰向けで横になると症状が悪化し、うつ伏せになると症状が改善する傾向があります。
4. 緊急性のある症状と受診の目安
腹部膨満感の多くは、食べ過ぎや便秘など日常的な原因によるもので、生活習慣の改善で解消できます。しかし、中には緊急の治療を必要とする場合もあります。以下のような症状がある場合は、速やかに医療機関を受診してください。
緊急に受診すべき症状
激しい腹痛を伴う腹部膨満感は要注意です。特に、痛みがどんどん強くなる場合や、お腹を押すと非常に痛い場合は、腸閉塞や虫垂炎、膵炎などの急性腹症の可能性があります。
息苦しさを伴う場合も危険なサインです。腹部の膨満が横隔膜を圧迫し、呼吸に影響を及ぼしている可能性があります。
食事を摂っていないのに急にお腹が張り始めた場合は、腹水の貯留や腸閉塞などの可能性があります。
発熱を伴う腹部膨満感は、感染症や炎症性疾患の可能性を示唆します。
嘔吐を繰り返す場合、特に便のような臭いの嘔吐(糞臭嘔吐)がある場合は、腸閉塞の可能性が高く、緊急の対応が必要です。
便やおならが全く出なくなった場合も、腸閉塞を疑う重要なサインです。
早めに受診すべき症状
以下のような症状がある場合は、緊急ではありませんが、早めに消化器内科を受診することをおすすめします。
腹部膨満感が2週間以上続いている場合は、何らかの疾患が隠れている可能性があります。
体重減少を伴う場合は、がんなどの悪性疾患の可能性も考慮する必要があります。
血便がある場合は、大腸がんや炎症性腸疾患などの可能性があります。
むくみや尿量の減少を伴う場合は、心不全や腎不全、肝硬変などの可能性があります。
食欲不振が続く場合も、背景に何らかの疾患がある可能性があります。
受診をおすすめする症状
以下のような症状がある場合は、一度消化器内科を受診して原因を調べることをおすすめします。
食後にいつもお腹が張る場合は、機能性ディスペプシアや逆流性食道炎などの可能性があります。
げっぷやおならの回数が明らかに増えた場合は、呑気症や腸内環境の乱れなどが考えられます。
夜間にお腹の張りで目が覚めることがある場合は、何らかの疾患のサインかもしれません。
便秘と下痢を繰り返す場合は、過敏性腸症候群や大腸がんの可能性があります。
5. 腹部膨満感の検査方法
腹部膨満感の原因を調べるために、医療機関ではさまざまな検査が行われます。
問診
まず医師が症状について詳しく聞きます。いつから症状があるか、どのような状況で悪化するか、食事との関連はあるか、便通の状態はどうか、ストレスの有無、既往歴、服用中の薬などを確認します。女性の場合は最終月経の確認も行われます。
問診だけで原因がある程度推定できることも多く、非常に重要なプロセスです。
身体診察
腹部を視診、触診、打診、聴診して、腫瘤の有無、圧痛の部位、腸音の状態などを確認します。お腹を叩いてポンポンと鳴る音(鼓音)が聴こえれば、ガスが溜まっていることがわかります。液体が溜まっている場合は、波動を感じることがあります。
血液検査
炎症の程度を示すCRP、肝機能、腎機能、電解質バランス、貧血の有無などを調べます。がんの可能性がある場合は腫瘍マーカーの検査も行われます。甲状腺機能の検査が追加されることもあります。
腹部X線検査(レントゲン)
腸内のガスの溜まり具合や分布、便の貯留状況、腸閉塞の有無などを確認できます。比較的簡便に行える検査で、腸閉塞の診断に有用です。
腹部超音波検査(エコー)
肝臓、胆嚢、膵臓、腎臓などの臓器の状態を観察できます。腹水の有無や量も評価できます。被曝がなく、繰り返し行える検査です。
腹部CT検査
X線を用いて体の断面画像を撮影する検査です。臓器の詳細な状態、腫瘍の有無、腸閉塞の原因などを調べることができます。緊急性の高い疾患が疑われる場合に行われることが多いです。
胃カメラ検査(上部消化管内視鏡検査)
口または鼻から内視鏡を挿入し、食道、胃、十二指腸を直接観察する検査です。胃炎、胃潰瘍、逆流性食道炎、胃がんなどの診断に用います。必要に応じて組織を採取し、病理検査を行うこともできます。
大腸カメラ検査(下部消化管内視鏡検査)
肛門から内視鏡を挿入し、大腸全体を観察する検査です。大腸ポリープ、大腸がん、炎症性腸疾患などの診断に用います。腹部膨満感の原因が大腸にあると考えられる場合に行われます。
6. お腹の張りの治療法
腹部膨満感の治療は、原因に応じて行われます。
生活習慣の改善
便秘や呑気症、食事が原因の腹部膨満感の場合は、生活習慣の改善が治療の基本となります。詳しくは次章で解説します。
薬物療法
腹部膨満感に対しては、さまざまな薬が用いられます。
消化管運動機能改善薬は、胃や腸の動きを改善し、内容物の排出を促進します。代表的なものとして、モサプリドクエン酸塩(ガスモチン)やアコチアミド塩酸塩水和物(アコファイド)などがあります。
整腸剤は、腸内細菌のバランスを整え、ガスの産生を抑制します。ビフィズス菌や乳酸菌を含む製剤が用いられます。
消泡剤(ガス除去剤)は、消化管内のガスの泡を消し、ガスの排出を促進します。ジメチコンなどが代表的です。
便秘がある場合は、各種の便秘薬(緩下剤、浸透圧性下剤、刺激性下剤など)が用いられます。最近では、慢性便秘症に対する新しい治療薬も登場しています。
漢方薬
漢方薬も腹部膨満感の治療に広く用いられています。
大建中湯(だいけんちゅうとう)は、お腹が冷えて痛み、腹部膨満感がある場合に使用されます。腸の動きを改善する効果があり、便回数や便性状を大きく変えることなく膨満感を軽減します。
桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)は、腹痛を伴う腹部膨満感に対して用いられます。
その他、六君子湯、半夏瀉心湯、人参湯なども症状に応じて使用されます。
原因疾患の治療
腹部膨満感の原因が特定の疾患である場合は、その疾患に対する治療が行われます。
過敏性腸症候群の場合は、食事療法、生活習慣の改善に加えて、症状のタイプに応じた薬物療法が行われます。ストレスが大きく関与している場合は、心理療法が併用されることもあります。
逆流性食道炎の場合は、胃酸の分泌を抑えるプロトンポンプ阻害薬(PPI)やカリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB)が用いられます。
ピロリ菌感染がある場合は、除菌療法が行われます。
がんが発見された場合は、手術、化学療法、放射線療法などが検討されます。
腸閉塞の場合は、絶食と輸液による保存療法が行われますが、効果がない場合や原因によっては外科手術が必要となります。
7. 日常生活でできる改善法と予防策
腹部膨満感の多くは、日常生活の工夫で改善・予防することができます。
食事の改善
ゆっくりよく噛んで食べる
早食いは空気の飲み込みを増やし、腹部膨満感の原因となります。食事はゆっくりとよく噛んで食べることを心がけましょう。一口の量を控えめにし、食べ物をしっかり噛むことで、消化も良くなります。
暴飲暴食を避ける
一度に大量の食事を摂ると、胃に負担がかかり、腹部膨満感が生じやすくなります。腹八分目を心がけ、規則正しい時間に食事を摂りましょう。
発酵食品を積極的に摂る
ヨーグルト、納豆、キムチ、味噌などの発酵食品には、腸内環境を整えるプロバイオティクスが含まれています。これらを積極的に摂ることで、腸内細菌のバランスが改善し、ガスの産生が抑制される効果が期待できます。
食物繊維を適切に摂る
便秘が原因の腹部膨満感には、食物繊維の摂取が効果的です。ただし、急に大量の食物繊維を摂ると、かえってガスが発生しやすくなることがあります。徐々に量を増やしていくことが大切です。
水溶性食物繊維(海藻、こんにゃく、オクラなど)は便を柔らかくし、不溶性食物繊維(野菜、きのこ、豆類など)は便のかさを増やします。両方をバランスよく摂ることが理想的です。
原因となる食品を控える
自分にとってガスが発生しやすい食品がわかっている場合は、それらを控えることで症状が改善することがあります。食事日記をつけて、どの食品を食べた後に症状が悪化するかを記録してみるのも良いでしょう。
過敏性腸症候群の方には、高FODMAP食品を3週間程度控える「低FODMAP食」が効果的な場合があります。ただし、長期間の制限は栄養バランスを崩す可能性があるため、医師や管理栄養士の指導のもとで行うことをおすすめします。
炭酸飲料を控える
炭酸飲料はガスを含んでいるため、腹部膨満感を悪化させます。水やお茶など、炭酸を含まない飲み物を選びましょう。
カリウムを含む食品を摂る
カリウムには体内の余分なナトリウムを排出し、むくみを軽減する効果があります。アボカド、バナナ、ほうれん草、ジャガイモ、豆類などに多く含まれています。
生姜を取り入れる
生姜には消化を助ける作用があり、消化不良による腹部膨満感を軽減する効果が期待できます。生姜に含まれるジンゲロールやショウガオールには、腸で産生されたガスの排出を助ける働きがあります。食後に生姜をスライスしてお湯に浸けたジンジャーティーを飲んだり、料理に生姜を加えたりしてみましょう。
適度な運動
適度な運動は腸の蠕動運動を促進し、ガスや便の排出を助けます。ウォーキング、軽いジョギング、水泳などの有酸素運動がおすすめです。特に食後30分〜1時間後の軽い散歩は、消化を助ける効果があります。
また、腹筋を鍛える運動やストレッチも腸の動きを活発にします。ヨガやピラティスなども効果的です。
運動は週に3〜4回、30分程度を目安に、無理のない範囲で継続することが大切です。
ストレス管理
ストレスは自律神経のバランスを乱し、消化管の働きに影響を与えます。日常的にストレスを感じている方は、ストレス解消法を見つけることが重要です。
深呼吸や瞑想、リラクゼーション法などは、自律神経を整える効果があります。趣味の時間を持つ、友人と過ごす、自然の中で過ごすなど、自分に合ったストレス解消法を実践しましょう。
十分な睡眠を取ることも、ストレス管理に重要です。睡眠不足は自律神経のバランスを乱し、消化管の機能に悪影響を及ぼします。
姿勢に気をつける
猫背などの不良姿勢は、腹部を圧迫し、消化管の働きを妨げることがあります。デスクワークの方は特に、正しい姿勢を意識しましょう。
食後すぐに横になると、胃酸の逆流を招きやすくなります。食後は少なくとも30分〜1時間は体を起こした状態でいることをおすすめします。
お腹を温める
お腹を冷やすと、腸の動きが鈍くなることがあります。冷たい飲み物や食べ物を摂り過ぎないようにし、温かいものを意識して摂りましょう。お腹を冷やさないよう、腹巻きやカイロを使用するのも効果的です。
ガス抜きの体操
腸に溜まったガスを排出するための体操も効果的です。
仰向けに寝て、両膝を抱えて胸に引き寄せる「ガス抜きのポーズ」は、腸を刺激してガスの排出を促します。左右にゆっくり体を揺らすとさらに効果的です。
うつ伏せになり、お腹の下に枕やクッションを入れて腹部に軽い圧をかける方法も、ガスの排出を助けます。
お腹を時計回りにやさしくマッサージすることも、腸の動きを促進します。
市販薬の活用
軽度の腹部膨満感であれば、市販の整腸剤や消泡剤で改善することがあります。ただし、症状が続く場合や、他の症状を伴う場合は、自己判断せずに医療機関を受診しましょう。

8. よくある質問(Q&A)
お腹が張っているときは、無理に食事を摂らず、消化の良いものを選びましょう。おかゆやスープ、よく茹でたうどんなど、温かくて柔らかく、脂質の少ないものがおすすめです。便秘が原因の場合は、食物繊維を多く摂ることで便通が改善し、結果的に張りが軽減することもあります。ただし、お腹の張りそのものを直接改善してくれる特効薬のような食べ物は特にありません。
便秘がなくても腹部膨満感が生じることはあります。考えられる原因としては、呑気症(空気の飲み込みすぎ)、特定の食品によるガス発生、腸内細菌の活動によるガス産生、ストレスや不安による腸の動きの乱れ、女性の更年期障害、不溶性食物繊維の摂り過ぎなどがあります。これらの原因でも腸にガスが溜まり、お腹が張ることがあります。
Q3. 夜になるとお腹が張るのはなぜですか?
夜になると腹部膨満感が強くなる場合、日中に摂取した食事が消化される過程でガスが発生している可能性があります。また、一日の疲れやストレスが蓄積し、自律神経のバランスが乱れることで症状が現れることもあります。症状が毎日続くようであれば、胃炎や逆流性食道炎、機能性ディスペプシアなどの慢性疾患の可能性もあるため、消化器内科を受診することをおすすめします。
Q4. お腹の張りが左側だけにある場合はどうしてですか?
お腹の左側には大腸の一部(下行結腸、S状結腸)や腎臓などがあります。痛みがない場合は、便秘によって下行結腸に偏ってガスや便が溜まっている可能性があります。痛みを伴う場合は、大腸憩室炎、尿管結石、女性の場合は卵巣など婦人科系の問題の可能性もあります。症状が続く場合や痛みを伴う場合は、早めに医療機関を受診しましょう。
Q5. お腹の張りに即効性のある対処法はありますか?
残念ながら、腹部膨満感に対して即効性のある対処法は限られています。ガス抜きの体操(膝を抱えるポーズなど)、お腹の時計回りマッサージ、温かい飲み物を飲む、軽い散歩をするなどが、比較的早く効果を感じられる方法です。楽な姿勢をとり、締め付けの強い衣服を緩めることも大切です。症状が強い場合は、医師に相談して適切な薬を処方してもらいましょう。
Q6. 腹部膨満感を予防するにはどうすればいいですか?
腹部膨満感を予防するためには、規則正しい食生活を心がけることが基本です。ゆっくりよく噛んで食べる、暴飲暴食を避ける、発酵食品や食物繊維をバランスよく摂る、炭酸飲料を控えるなどを実践しましょう。また、適度な運動、十分な睡眠、ストレス管理も重要です。便秘にならないよう、水分を十分に摂ることも大切です。
Q7. 市販薬でお腹の張りは治りますか?
軽度の腹部膨満感であれば、市販の整腸剤や消泡剤で改善することがあります。ただし、市販薬はあくまで対症療法であり、根本的な原因を解決するものではありません。症状が2週間以上続く場合、他の症状を伴う場合、原因に心当たりがない場合は、自己判断で市販薬を使い続けるのではなく、医療機関を受診して原因を調べることをおすすめします。
9. まとめ
お腹が張る症状(腹部膨満感)は、多くの方が経験する身近な症状です。原因は食べ過ぎや便秘、ストレス、腸内環境の乱れなど日常的なものから、過敏性腸症候群、機能性ディスペプシア、さらには大腸がんや腸閉塞などの深刻な疾患までさまざまです。
多くの場合、食生活の改善、適度な運動、ストレス管理などの生活習慣の見直しで症状は軽減します。しかし、激しい腹痛や息苦しさを伴う場合、症状が長期間続く場合、体重減少や血便などの症状を伴う場合は、早めに医療機関を受診することが重要です。
「たかがお腹の張り」と軽視せず、体からのサインに耳を傾けましょう。
10. 参考文献
- 過敏性腸症候群 – e-ヘルスネット(厚生労働省)
- 患者さんとご家族のための過敏性腸症候群(IBS)ガイド – 日本消化器病学会
- 過敏性腸症候群について – 日本臨床内科医会
- 過敏性腸症候群(IBS) – MSDマニュアル家庭版
- 日本人の食事摂取基準(2020年版) – 厚生労働省
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務