急に立ち上がったとき、目の前が暗くなったりフラフラしたりする「立ちくらみ」。多くの方が一度は経験したことがあるのではないでしょうか。立ちくらみは一過性のものであれば大きな問題にならないことが多いですが、頻繁に起こる場合や症状が強い場合には、重大な病気が隠れている可能性もあります。
この記事では、立ちくらみが起こるメカニズムや原因、対処法、予防法について詳しく解説します。立ちくらみでお悩みの方、ご家族に立ちくらみを起こしやすい方がいらっしゃる方は、ぜひ参考にしてください。
目次
- 立ちくらみとは
- 立ちくらみが起こるメカニズム
- 立ちくらみの主な原因
- 立ちくらみを起こしやすい人の特徴
- 立ちくらみが起きたときの対処法
- 立ちくらみを予防するための生活習慣
- 病院を受診すべき立ちくらみの特徴
- 立ちくらみの診断と検査
- 立ちくらみの治療法
- まとめ
1. 立ちくらみとは
立ちくらみとは、座った状態や横になった状態から急に立ち上がったとき、または長時間立っているときに、目の前が暗くなる、白くなる、フラフラする、気が遠くなるなどの症状が現れることをいいます。医学的には「起立性低血圧」や「脳貧血」と呼ばれることもあります。
立ちくらみの主な症状としては、以下のようなものが挙げられます。
視覚に関する症状として、目の前が暗くなる(暗黒感)、目の前が白くなる(白濁感)、視界がぼやける、目がかすむといったものがあります。
平衡感覚に関する症状としては、フラフラする、足元がふらつく、地面が揺れているような感覚、浮遊感などがあります。
全身症状としては、気が遠くなる、意識がもうろうとする、脱力感、冷や汗、吐き気、顔面蒼白などが見られることがあります。
これらの症状は通常、数秒から数十秒で自然に回復しますが、症状が強い場合には失神(意識を失うこと)に至ることもあり、転倒による怪我のリスクがあるため注意が必要です。
立ちくらみと似た症状に「めまい」がありますが、両者は厳密には異なります。立ちくらみは主に体位変換(立ち上がるなど)をきっかけに発症し、脳への血流低下が主な原因であるのに対し、めまいは回転性のもの(周囲がぐるぐる回る)や浮動性のもの(体がふわふわする)など様々なタイプがあり、内耳の異常や脳の疾患など、より多様な原因で起こります。ただし、実際の臨床では両者が混在して使われることも多く、患者さん自身が「めまい」と「立ちくらみ」を区別することが難しい場合もあります。
2. 立ちくらみが起こるメカニズム
立ちくらみのメカニズムを理解するためには、まず私たちの体が姿勢を変えたときにどのように血圧を調整しているかを知る必要があります。
重力と血液の移動
私たちが横になっている状態から立ち上がると、重力の影響で約500〜800mLもの血液が下半身に移動します。これにより、心臓に戻ってくる血液量(静脈還流量)が一時的に減少し、心臓から全身に送り出される血液量(心拍出量)も減少します。その結果、そのままでは脳に送られる血液量も減少し、脳が酸素不足の状態に陥ってしまいます。
自律神経による血圧調整
健康な状態では、このような血圧低下を防ぐために自律神経が素早く働きます。私たちの体には、大動脈弓や頸動脈洞という部位に圧受容器(バロレセプター)と呼ばれるセンサーがあり、血圧の変化を感知しています。
立ち上がって血圧が下がり始めると、この圧受容器が血圧低下を感知し、自律神経系に信号を送ります。すると交感神経が活性化され、心臓の拍動を速く・強くし、末梢の血管を収縮させることで血圧を維持します。同時に副交感神経の活動が抑制されます。この一連の反応は通常、数秒から十数秒以内に完了し、私たちは立ち上がっても血圧を安定して保つことができるのです。
立ちくらみが起こる仕組み
しかし、何らかの原因でこの血圧調整機能がうまく働かない場合、立ち上がったときに血圧が十分に維持されず、脳への血流が一時的に不足してしまいます。脳は非常に酸素の需要が高い臓器であり、全身の血流量の約15〜20%を必要としています。そのため、わずかな血流低下でも敏感に反応し、立ちくらみやめまいなどの症状として現れるのです。
一般的に、立ち上がってから3分以内に収縮期血圧(上の血圧)が20mmHg以上低下するか、拡張期血圧(下の血圧)が10mmHg以上低下した場合、または収縮期血圧が90mmHg未満に低下した場合に「起立性低血圧」と診断されます。
3. 立ちくらみの主な原因
立ちくらみを引き起こす原因は多岐にわたります。ここでは代表的な原因について詳しく解説します。
3-1. 起立性低血圧
起立性低血圧は、立ちくらみの最も一般的な原因の一つです。前述したように、立ち上がったときに自律神経による血圧調整がうまく働かず、血圧が急激に低下することで発症します。
起立性低血圧は、発症のタイミングや持続時間によっていくつかのタイプに分類されます。
即時型起立性低血圧は、立ち上がった直後(15秒以内)に一過性の血圧低下が起こるタイプで、若年者にも多く見られます。通常は1〜2分以内に血圧が回復します。
遅延型起立性低血圧は、立ってから3分以上経過してから徐々に血圧が低下するタイプで、高齢者に多く見られます。
神経原性起立性低血圧は、自律神経系の障害が原因で起こるタイプで、パーキンソン病、糖尿病性神経障害、多系統萎縮症などの疾患に伴って発症することがあります。
3-2. 自律神経の乱れ(自律神経失調症)
自律神経のバランスが乱れると、血圧調整機能が正常に働かなくなり、立ちくらみが起こりやすくなります。自律神経の乱れを引き起こす要因としては、以下のようなものがあります。
ストレスは、自律神経の乱れの大きな原因の一つです。精神的なストレスが続くと、交感神経が過剰に活性化された状態が続き、自律神経のバランスが崩れてしまいます。
睡眠不足も影響します。十分な睡眠がとれないと、自律神経の調整機能が低下し、様々な自律神経症状が現れやすくなります。
不規則な生活習慣として、食事時間や睡眠時間が不規則な生活を続けると、体内時計が乱れ、自律神経のリズムも乱れてしまいます。
過度な疲労がたまると、自律神経の機能が低下し、血圧調整がうまくいかなくなることがあります。
ホルモンバランスの変化も原因となります。女性の場合、月経周期に伴うホルモン変動や、更年期のホルモンバランスの変化が自律神経に影響を与え、立ちくらみを起こしやすくなることがあります。
3-3. 脱水
体内の水分が不足すると、血液量(循環血液量)が減少し、血圧が低下しやすくなります。その結果、立ち上がったときに脳への血流が不足し、立ちくらみが起こりやすくなります。
脱水の原因としては、水分摂取不足、発汗(暑い環境での作業や運動)、下痢や嘔吐、利尿作用のある飲料(コーヒー、アルコールなど)の過剰摂取、利尿剤の使用などが挙げられます。
特に高齢者は、のどの渇きを感じにくくなるため、知らないうちに脱水状態に陥りやすく、注意が必要です。また、暑い季節には熱中症の初期症状として立ちくらみが現れることもあります。
3-4. 貧血
貧血と立ちくらみの関係は、一般的によく誤解されている部分があります。医学的な意味での「貧血」とは、血液中の赤血球やヘモグロビンの量が減少した状態を指します。ヘモグロビンは全身に酸素を運ぶ役割を担っているため、貧血になると体全体が酸素不足の状態になり、疲れやすさ、息切れ、動悸、顔色が悪くなるなどの症状が現れます。
一方、「脳貧血」という言葉は医学用語ではなく、一般的に使われる俗語で、脳への血流が一時的に低下した状態を指します。立ちくらみは主にこの脳貧血の状態であり、血液の貧血とは直接的には異なります。
ただし、貧血がある場合、血液の酸素運搬能力が低下しているため、わずかな血流低下でも脳が酸素不足を感じやすくなり、立ちくらみが起こりやすくなる可能性はあります。
貧血の中で最も多いのは鉄欠乏性貧血で、特に月経のある女性に多く見られます。鉄欠乏性貧血では、疲れやすい、息切れ、動悸、顔面蒼白、爪がもろくなる、氷を無性に食べたくなる(異食症)などの症状が現れることがあります。
3-5. 心臓疾患・不整脈
心臓から送り出される血液量が減少したり、心臓のリズムが乱れたりすると、脳への血流が不安定になり、立ちくらみや失神を起こすことがあります。
不整脈は、心臓の電気的な興奮のリズムが異常になった状態です。不整脈には、脈が遅くなる徐脈性不整脈と、脈が速くなる頻脈性不整脈があります。
徐脈性不整脈の場合、脈が1分間に50回未満になったり、一時的に脈が途切れたりすることがあります。これにより心臓から送り出される血液量が減少し、脳への血流が不足して、めまい、立ちくらみ、失神などの症状が現れます。
頻脈性不整脈の場合、脈が極端に速くなると、心臓が効率よく血液を送り出せなくなり、同様に脳への血流不足による症状が現れることがあります。
心臓弁膜症は、心臓の弁がうまく機能しなくなる病気です。弁の狭窄や逆流により、心臓のポンプ機能が低下し、立ちくらみの原因となることがあります。
心不全は、様々な原因で心臓のポンプ機能が低下した状態です。心不全があると、全身に十分な血液を送り出せなくなり、立ちくらみを含む様々な症状が現れます。
心臓が原因の立ちくらみは「心原性失神」と呼ばれ、特に前触れなく突然起こることが特徴です。心原性失神は命に関わる可能性があるため、早急な診断と治療が必要です。
3-6. 耳の疾患
内耳には「三半規管」という平衡感覚をつかさどる器官があり、この部位に異常があると、めまいや立ちくらみが起こることがあります。
良性発作性頭位めまい症(BPPV)は、内耳の耳石が三半規管に入り込むことで起こるめまいです。頭の位置を変えたときに回転性のめまいが起こるのが特徴で、立ち上がったときに立ちくらみのような症状を感じることがあります。
メニエール病は、内耳のリンパ液が増加することで起こる疾患で、回転性のめまい、難聴、耳鳴り、耳閉感などの症状が発作的に現れます。
これらの耳の疾患によるめまいは、厳密には立ちくらみ(血圧低下による脳血流不足)とは異なるメカニズムで起こりますが、患者さんが「立ちくらみ」として訴えることもあります。
3-7. 薬の副作用
様々な薬剤が立ちくらみの原因となることがあります。特に以下のような薬剤を服用している場合は注意が必要です。
降圧剤は、高血圧の治療に使われる薬ですが、効きすぎると血圧が下がりすぎて立ちくらみを起こすことがあります。特に服用を開始した直後や、用量を増やした後に起こりやすいです。
利尿剤は、体内の水分を尿として排出する薬で、高血圧やむくみの治療に使われます。脱水を引き起こしやすく、血液量の減少による立ちくらみの原因となります。
血管拡張薬は、狭心症などの治療に使われる薬で、血管を広げる作用があります。血管が広がりすぎると血圧が下がり、立ちくらみを起こすことがあります。
抗うつ薬・抗精神病薬は、一部のものは起立性低血圧の副作用があり、立ちくらみを起こすことがあります。
パーキンソン病治療薬のドパミン作動薬などは、血圧を下げる作用があり、立ちくらみの原因となることがあります。
前立腺肥大症治療薬のα遮断薬は、血管を広げる作用があるため、立ちくらみを起こしやすくなります。
複数の薬を服用している場合(多剤併用)、薬の相互作用により立ちくらみが起こりやすくなることもあります。薬を服用し始めてから立ちくらみが増えた場合は、主治医に相談することが大切です。
3-8. その他の原因
糖尿病では、長期間血糖値が高い状態が続くと、自律神経に障害が起こる糖尿病性神経障害を発症することがあります。自律神経が障害されると、血圧調整機能が低下し、立ちくらみが起こりやすくなります。
パーキンソン病は、脳の神経細胞が変性する病気で、動作が遅くなる、手足が震える、筋肉がこわばるなどの運動症状に加えて、自律神経症状として立ちくらみが現れることがあります。
甲状腺機能低下症は、甲状腺ホルモンの分泌が低下する病気で、倦怠感、体重増加、寒がり、便秘などの症状とともに、立ちくらみが起こることがあります。
低血糖は、血糖値が異常に低下した状態で、糖尿病の治療中(インスリンや経口血糖降下薬の使用中)に起こることがあります。低血糖では、冷や汗、手の震え、動悸などとともに、ふらつきや立ちくらみが現れることがあります。
妊娠中は、ホルモンの変化や血液量の増加、つわりによる脱水などが原因で、立ちくらみが起こりやすくなります。
長期の臥床も原因となります。病気や怪我で長期間寝たきりの状態が続くと、自律神経の血圧調整機能が低下し、起き上がったときに立ちくらみを起こしやすくなります。
4. 立ちくらみを起こしやすい人の特徴
立ちくらみは誰にでも起こり得る症状ですが、特に以下のような人は立ちくらみを起こしやすい傾向があります。
年齢による傾向
高齢者は、加齢に伴って圧受容器(血圧のセンサー)の感度が低下し、自律神経の反応も遅くなるため、立ちくらみを起こしやすくなります。後期高齢者(75歳以上)では約1割の方に起立性低血圧が見られるという報告もあります。また、高齢者では動脈硬化が進行していることも多く、血管の柔軟性が低下して血圧調整がうまくいかないことも一因です。
思春期の若者も、成長期における自律神経のバランスの不安定さから、立ちくらみを起こしやすい年代です。特に「起立性調節障害」という疾患は、思春期の子どもに多く見られ、朝起きられない、立ちくらみ、倦怠感などの症状が特徴です。
性別による傾向
女性は男性に比べて立ちくらみを起こしやすい傾向があります。その理由としては、月経による鉄分の喪失で貧血になりやすいこと、ホルモンバランスの変動が自律神経に影響を与えること、筋肉量が少なく下半身の血液を心臓に戻す力が弱いこと、低血圧の人が多いことなどが挙げられます。
生活習慣・体質による傾向
もともと血圧が低い人は、さらに血圧が下がったときに脳への血流が不足しやすく、立ちくらみを起こしやすくなります。
水分摂取が少ない人は、慢性的に血液量が少ない状態になりがちで、立ちくらみのリスクが高まります。
運動不足の人は、下半身の筋肉量が少ないと、立ち上がったときに下半身にたまった血液を心臓に戻す力(ミルキング作用)が弱くなり、立ちくらみを起こしやすくなります。
痩せ型の人は、体格が細い人は血管の収縮機能が弱い傾向があり、血圧が下がりやすいことがあります。
ストレスが多い人は、慢性的なストレスは自律神経のバランスを乱し、立ちくらみの原因となります。
5. 立ちくらみが起きたときの対処法
立ちくらみが起きたときは、慌てずに適切な対処をすることが大切です。
その場での応急処置
立ちくらみを感じたら、まずその場にしゃがみ込むか、すぐに座るか横になりましょう。無理に立ち続けようとすると、失神して転倒する危険があります。頭を低い位置にすることで、脳への血流が回復しやすくなります。
近くに壁や手すりがある場合は、それにつかまって体を支えましょう。周囲に人がいれば、助けを求めることも大切です。
横になれる場所であれば、仰向けに寝て足を少し高くする(枕やクッションなどで足を上げる)と、下半身の血液が心臓に戻りやすくなり、回復が早まります。
症状が落ち着いた後
立ちくらみの症状が落ち着いたら、ゆっくりと体を起こしましょう。急に起き上がると再び立ちくらみを起こす可能性があります。まず仰向けの状態から横向きになり、次に上半身を起こして座った姿勢になり、数分間その姿勢を維持してから、最後にゆっくりと立ち上がるという順序で体を起こすと良いでしょう。
脱水が原因と考えられる場合は、水分を補給しましょう。ただし、一度に大量に飲むのではなく、少しずつ飲むようにしてください。
やってはいけないこと
立ちくらみが起きたとき、無理に立ち続けたり歩き続けたりすることは避けましょう。失神して転倒すると、頭を打つなど重大な怪我につながる可能性があります。
また、駅のホーム、横断歩道、階段など危険な場所で立ちくらみを感じた場合は、すぐに安全な場所に移動することを最優先にしてください。
6. 立ちくらみを予防するための生活習慣
立ちくらみを予防するためには、日常生活の中で以下のような点に気を付けることが大切です。
ゆっくりと立ち上がる
最も基本的な予防法は、急に立ち上がらないことです。座っている状態から立ち上がるときは、まず足を動かして血液の循環を促し、それからゆっくりと立ち上がるようにしましょう。ベッドから起き上がるときは、まず横向きになり、次に上半身を起こして足を床につけ、数分間座った姿勢を保ってから立ち上がると良いでしょう。
十分な水分摂取
脱水は立ちくらみの大きな原因の一つです。1日を通じて十分な水分を摂取するように心がけましょう。一般的には、1日に1.5〜2リットル程度の水分摂取が推奨されています。ただし、心臓病や腎臓病がある方は、水分摂取量について主治医に相談してください。
特に暑い季節、運動後、入浴後、起床時などは脱水になりやすいため、意識して水分を補給することが大切です。アルコールやカフェインを含む飲料は利尿作用があるため、摂りすぎに注意が必要です。
適度な塩分摂取
塩分(ナトリウム)には体内に水分を保持する働きがあり、適度な塩分摂取は血液量を維持するために重要です。ただし、高血圧や心臓病、腎臓病がある方は塩分制限が必要な場合があるため、主治医に相談してください。
規則正しい生活
自律神経のバランスを整えるためには、規則正しい生活を送ることが大切です。毎日同じ時間に起床・就寝する、3食を規則正しく摂る、十分な睡眠時間を確保する(一般的には7〜8時間)などを心がけましょう。
適度な運動
適度な運動は、下半身の筋力を維持・向上させ、血液を心臓に戻すポンプ機能を高めます。ウォーキング、水泳、サイクリングなどの有酸素運動がおすすめです。特に下半身の筋肉を鍛える運動(スクワット、かかとの上げ下げ、足踏みなど)は、立ちくらみの予防に効果的です。
ただし、激しい運動の直後は立ちくらみを起こしやすいため、運動後はゆっくりとクールダウンを行い、水分を補給するようにしましょう。
ストレス管理
ストレスは自律神経のバランスを乱す大きな要因です。自分なりのストレス解消法を見つけ、ストレスをため込まないようにしましょう。リラクゼーション、趣味の活動、十分な休息、友人や家族との交流などが効果的です。
長時間の立ちっぱなしを避ける
長時間立ち続けていると、下半身に血液がたまりやすくなります。仕事などで長時間立っている必要がある場合は、こまめに足を動かす、かかとの上げ下げをする、弾性ストッキングを着用するなどの対策が有効です。
入浴時の注意
入浴中は体が温まって血管が広がり、血圧が下がりやすくなります。お湯から急に立ち上がると立ちくらみを起こしやすいため、湯船から出るときはゆっくりと体を起こし、立ち上がる前に浴槽のふちにつかまって体を安定させましょう。また、入浴前後には水分を補給することも大切です。
食後の注意
食事の後、消化のために消化管に血液が集まるため、血圧が下がりやすくなります(食後低血圧)。特に高齢者や糖尿病のある方は食後低血圧を起こしやすいため、食後すぐに立ち上がることは避け、食後30分〜1時間程度は安静にするようにしましょう。
弾性ストッキングの活用
弾性ストッキング(着圧ソックス)は、下半身の血管を圧迫することで血液のたまりを防ぎ、心臓への血液の戻りを助けます。立ちくらみを繰り返す方には、医療用の弾性ストッキングの着用が推奨されることがあります。
7. 病院を受診すべき立ちくらみの特徴
立ちくらみは一過性のものであれば大きな問題がないことも多いですが、以下のような場合は医療機関を受診することをお勧めします。
頻度が多い場合
たまに起こる軽い立ちくらみであれば心配ないことが多いですが、頻繁に(週に何度も)立ちくらみが起こる場合は、何らかの病気が隠れている可能性があります。
症状が強い・長引く場合
目の前が真っ暗になる、意識を失いそうになる、失神した、症状が数分以上続くなど、症状が強い場合や長引く場合は、医療機関を受診しましょう。
失神を伴う場合
立ちくらみから失神(意識を失うこと)に至った場合は、心臓や脳の病気が原因である可能性があり、早急な検査が必要です。特に前触れなく突然失神した場合は、心臓に問題がある可能性が高いため、すぐに医療機関を受診してください。
他の症状を伴う場合
立ちくらみとともに以下のような症状がある場合は、重大な病気のサインである可能性があります。
胸痛、動悸、息切れがある場合は、心臓の病気の可能性があります。頭痛、しびれ、ろれつが回らないなどの症状がある場合は、脳血管疾患の可能性があります。発熱がある場合は、感染症による脱水や自律神経への影響の可能性があります。黒色便、血便がある場合は、消化管出血による貧血の可能性があります。
新たに服用し始めた薬がある場合
新しい薬を飲み始めてから立ちくらみが増えた場合は、薬の副作用の可能性があります。自己判断で薬を中止せず、処方した医師に相談してください。
特定の状況で繰り返す場合
排尿後、排便後、咳をした後など、特定の状況で繰り返し立ちくらみが起こる場合は、「状況失神」と呼ばれる特殊なタイプの立ちくらみの可能性があり、医療機関での評価が必要です。
8. 立ちくらみの診断と検査
立ちくらみの原因を特定するために、医療機関では以下のような診察や検査が行われます。
問診
まず、医師は詳しい問診を行います。立ちくらみがいつ、どのような状況で起こるか、どのくらいの頻度で起こるか、症状の程度、持続時間、失神の有無、他に伴う症状があるか、既往歴、服用中の薬、生活習慣などについて詳しく聞かれます。
身体診察
血圧測定(臥位と立位での血圧を測定して比較)、脈拍の確認、心音・呼吸音の聴診、神経学的診察などが行われます。
起立試験
起立試験は、起立性低血圧の診断に用いられる基本的な検査です。まず5分以上安静に横になった状態で血圧と脈拍を測定し、その後立ち上がってから1分後、3分後、5分後などに血圧と脈拍を測定します。立ち上がった後に血圧が一定以上低下した場合、起立性低血圧と診断されます。
ヘッドアップティルト試験
ヘッドアップティルト試験は、自律神経を介する失神(血管迷走神経性失神など)の原因を調べるための検査です。患者さんを検査台に横たわらせ、安全ベルトで固定した状態で検査台を60〜70度程度に傾け、20〜45分間その状態を維持します。この間の血圧、脈拍、症状の変化を観察し、失神や失神前兆が誘発されるかどうかを確認します。
血液検査
貧血の有無(ヘモグロビン値など)、電解質バランス、血糖値、甲状腺機能、腎機能、肝機能などを調べます。これにより、貧血、脱水、糖尿病、甲状腺疾患などの可能性を評価できます。
心電図検査
心臓の電気的な活動を記録し、不整脈や心臓の異常がないかを確認します。通常の心電図で異常が見つからない場合でも、24時間心電図(ホルター心電図)や携帯型心電計による長時間のモニタリングを行うことがあります。
心エコー検査
超音波を使って心臓の構造と機能を評価します。心臓弁膜症、心筋症、心不全などの心臓の器質的異常がないかを確認します。
その他の検査
症状や疑われる原因に応じて、脳のMRIやCT、耳の検査(聴力検査、平衡機能検査など)、電気生理学的検査(心臓カテーテルを用いた検査)などが行われることがあります。
9. 立ちくらみの治療法
立ちくらみの治療は、その原因によって異なります。
原因疾患の治療
立ちくらみの原因となっている病気がある場合は、まずその治療を行います。例えば、不整脈があれば抗不整脈薬やペースメーカーによる治療、貧血があれば鉄剤などによる貧血の治療、糖尿病があれば血糖コントロールの改善などが行われます。
原因薬剤の見直し
薬の副作用で立ちくらみが起こっている場合は、薬の種類や用量の変更、中止などが検討されます。ただし、自己判断で薬を中止すると危険な場合があるため、必ず主治医に相談してください。
非薬物療法
多くの場合、まず生活習慣の改善(前述の予防法を参照)が指導されます。十分な水分・塩分摂取、ゆっくりと立ち上がる、弾性ストッキングの着用、下半身の筋力トレーニングなどが推奨されます。
薬物療法
生活習慣の改善だけでは症状が改善しない場合、薬物療法が検討されることがあります。
ミドドリン(メトリジン)は、交感神経を刺激して血管を収縮させ、血圧を上昇させる薬です。起立性低血圧の治療に広く用いられています。
ドロキシドパ(ドプス)は、体内でノルアドレナリンに変換され、血圧を上昇させる作用があります。
フルドロコルチゾンは、鉱質コルチコイドと呼ばれる薬で、体内にナトリウムと水分を保持させることで血液量を増やし、血圧を維持します。
アメジニウム(リズミック)は、ノルアドレナリンの分解を抑制することで、血圧を維持する作用があります。
これらの薬は、医師の診断と処方のもとで使用されます。
物理的対処法(カウンターマニューバー)
立ちくらみの症状を感じ始めたときに、以下のような動作を行うことで症状を軽減できることがあります。
脚を組む動作は、立った状態で両足をクロスさせます。下半身を圧迫する動作として、太ももを手で強く押さえる、おなかに力を入れるなどがあります。しゃがみ込みは、低い姿勢をとることで脳への血流を確保します。
これらの動作は、下半身にたまった血液を心臓に戻すのを助けたり、血管を圧迫して血圧を維持したりする効果があります。

10. まとめ
立ちくらみは、多くの人が経験する一般的な症状です。主な原因は、立ち上がったときの血圧調整機能の低下による脳への血流不足です。自律神経の乱れ、脱水、貧血、心臓疾患、薬の副作用など、様々な要因が立ちくらみの原因となり得ます。
立ちくらみを予防するためには、ゆっくりと立ち上がる、十分な水分を摂取する、規則正しい生活を送る、適度な運動を行うなどの生活習慣の改善が大切です。
一過性の軽い立ちくらみであれば心配ないことが多いですが、頻繁に起こる場合、症状が強い場合、失神を伴う場合、他の症状を伴う場合などは、医療機関を受診して原因を調べることが重要です。特に心臓の病気が原因の立ちくらみは命に関わる可能性があるため、早期の診断と治療が大切です。
立ちくらみでお困りの方は、まずは生活習慣の見直しから始め、症状が改善しない場合や気になる症状がある場合は、かかりつけ医や専門医に相談することをお勧めします。
参考文献
- 失神の診断・治療ガイドライン(日本循環器学会)
- 不整脈|病気について|国立循環器病研究センター
- 自律神経失調症(済生会)
- 立ち上がる時は油断大敵!不意に襲う立ちくらみ(サワイ健康推進課)
- 立ちくらみ(MSDマニュアル家庭版)
- 起立性低血圧(MSDマニュアル プロフェッショナル版)
- 不整脈(日本心臓財団)
- 不整脈とは(慶應義塾大学病院 KOMPAS)
- 貧血・かくれ貧血(厚生労働省 働く女性の心とからだの応援サイト)
- 鉄欠乏性貧血について(奈良県医師会)
- 自律神経失調症|わかりやすい病気のはなしシリーズ(日本臨床内科医会)
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務