はじめに
近年、ダイエット効果が注目されているリベルサス(一般名:セマグルチド)ですが、「痩せる薬」として話題になる一方で、その副作用や危険性について十分な理解を持たずに使用される方も増えています。リベルサスは本来、2型糖尿病の治療薬として厚生労働省に承認された医薬品であり、ダイエット目的での使用には十分な注意が必要です。
この記事では、アイシークリニック渋谷院の医療コラムとして、リベルサスの副作用と危険性について詳しく解説し、安全な使用のために知っておくべき重要な情報をお伝えします。
リベルサスとは何か
基本的な作用機序
リベルサスは、GLP-1受容体作動薬という種類に分類される経口薬です。体内で自然に分泌されるGLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)というホルモンと同様の働きをする薬剤で、以下のような作用があります:
- 血糖依存性インスリン分泌促進:血糖値が高い時のみインスリン分泌を促進
- グルカゴン分泌抑制:血糖値上昇を抑制するホルモンの作用を調整
- 胃排出遅延:胃の内容物の移動を遅らせ、満腹感を持続
- 中枢性食欲抑制:脳の満腹中枢に働きかけ食欲を抑制
ダイエット効果のメカニズム
リベルサスがダイエット効果を発揮するのは、主に以下のメカニズムによるものです:
- 自然な食欲抑制:GLP-1受容体への作用により、脳の満腹中枢が刺激され、食欲が自然に抑制されます
- 胃腸運動の調整:胃の動きを穏やかにすることで、少量の食事でも長時間満腹感が続きます
- 血糖値の安定化:急激な血糖値の変動を抑えることで、間食への欲求を減らします
よく見られる副作用とその頻度
消化器系副作用(発現頻度:5%以上)
リベルサスの最も頻繁に報告される副作用は消化器症状です。臨床試験データによると、以下の症状が高い頻度で見られます:
吐き気・嘔吐
- 発現頻度:約18-20%
- 特徴:服用開始から24-72時間以内に現れることが多い
- 持続期間:通常2-4週間で軽減する傾向
下痢
- 発現頻度:約5-8%
- 特徴:服用初期に多く、1-2週間で改善することが一般的
便秘
- 発現頻度:約5-7%
- 特徴:胃腸の動きが抑制されることによる
腹部膨満感・胃もたれ
- 発現頻度:約3-5%
- 特徴:食後の不快感として現れやすい
神経系・全身症状
頭痛・めまい
- 発現頻度:約2-4%
- 特徴:浮動性めまい(ふわふわとした感覚)が多い
倦怠感・疲労感
- 発現頻度:約2-3%
- 特徴:食事量減少に伴う症状の可能性
味覚異常
- 発現頻度:約1-2%
- 特徴:味が感じにくくなったり、味の感じ方が変化
用量依存性の副作用
リベルサスの副作用は用量に依存する傾向があります:
- 3mg:軽度の胃腸症状が中心
- 7mg:吐き気や食欲不振が増加する傾向
- 14mg:胃腸症状に加えて、めまいや倦怠感などの全身症状も現れやすくなる
重篤な副作用と危険性
低血糖(頻度不明)
症状と危険度 リベルサス単独では低血糖のリスクは比較的低いとされていますが、以下の状況では注意が必要です:
- 軽度の症状:脱力感、倦怠感、冷汗、動悸、手の震え
- 重度の症状:意識消失、けいれん(血糖値50mg/dL未満)
特に危険な状況
- 他の糖尿病治療薬との併用時
- 極端な食事制限を行った場合
- アルコール摂取時
対処法 軽度の場合は砂糖やブドウ糖、甘いジュースを摂取。重度の場合は直ちに医療機関を受診してください。
急性膵炎(発現頻度:0.1%)
症状の特徴
- 持続的な激しい腹痛:しばしば背中に放散する痛み
- 嘔吐を伴う症状:食事に関係なく続く吐き気と嘔吐
- 発熱:炎症に伴う体温上昇
危険性 急性膵炎は適切に治療されないと生命に危険を及ぼす可能性があります。膵炎の既往歴がある方は、リベルサスの使用が禁忌とされています。
対応 上記症状が現れた場合は、直ちにリベルサスの服用を中止し、緊急医療機関を受診してください。
胆道系障害(頻度不明)
胆嚢炎・胆管炎
- 症状:右上腹部やみぞおち周辺の激しい痛み、発熱、悪心・嘔吐
- 危険性:進行すると敗血症やショック状態に至る可能性
胆汁うっ滞性黄疸
- 症状:皮膚や白目が黄色くなる、尿や便の色の変化
- 危険性:肝機能障害の進行
イレウス(腸閉塞)(頻度不明)
症状
- 高度な便秘
- 腹部膨満
- 持続する腹痛
- 嘔吐
この症状が現れた場合は、投与を中止し、適切な処置を受ける必要があります。
リスク要因と使用禁忌
使用できない方(禁忌)
- リベルサスの成分に対するアレルギーの既往
- 1型糖尿病患者
- 糖尿病性ケトアシドーシス、糖尿病性昏睡の既往
- 重症感染症、手術などの緊急時
特に注意が必要な方
既往歴による注意
- 膵炎の既往歴がある方
- 胆石症、胆嚢疾患の既往がある方
- 摂食障害の既往がある方
- アルコール依存症の既往がある方
体型・年齢による注意
- BMI 20未満の痩せ型の方
- 高齢者(75歳以上)
- 妊娠中・授乳中の女性
他疾患との関連
- 重度の腎機能障害
- 重度の肝機能障害
- 心血管疾患の既往
副作用の予防と対処法
副作用を軽減するための服用方法
段階的な増量 リベルサスは必ず3mgから開始し、4週間以上の間隔をあけて段階的に増量することが重要です:
- 第1-4週:3mg(1日1回)
- 第5-8週:7mg(1日1回)※効果不十分な場合
- 第9週以降:14mg(1日1回)※さらに効果不十分な場合
適切な服用タイミング
- 空腹時服用:起床後すぐ、その日の最初の食事の30分以上前
- 水分制限:120mL以下の水で服用
- 服用後の注意:30分間は飲食、他の薬の服用を避ける
消化器症状への対処法
吐き気・胃もたれの軽減
- 少量ずつ、よく噛んで食事をする
- 脂肪の多い食事を避ける
- 刺激の強い食品(香辛料、アルコール)を控える
- 食後は横にならず、上体を起こして休む
便秘の対処
- 水分摂取を増やす
- 食物繊維の豊富な食品を摂取
- 適度な運動を心がける
- 必要に応じて医師に相談し、下剤の使用を検討
日本人における安全性データ
PIONEER試験での安全性結果
日本人2型糖尿病患者を対象としたPIONEER試験では、以下の安全性データが報告されています:
PIONEER 9試験(日本人対象)
- 参加者数:243例
- 観察期間:52週間
- 重篤な低血糖:報告なし
- 主な副作用:消化器症状(吐き気、下痢)が中心
副作用発現率(日本人データ)
- 吐き気:約15-18%
- 下痢:約8-10%
- 便秘:約5-7%
- 腹痛:約3-5%
市販後調査データ
PIONEER REAL調査(日本)
- 実臨床での安全性調査
- 新たな安全性上の懸念は認められず
- 75歳以上の高齢者でも同様の安全性プロファイル

適正使用のための医療機関選び
適切な医療機関の条件
必要な専門性 リベルサスの安全な使用には、以下の専門知識を持つ医療機関での処方が重要です:
- **内科専門医(糖尿病専門医)**による処方
- 定期的な血液検査の実施体制
- 副作用発現時の適切な対応能力
- 他の薬剤との相互作用の知識
避けるべき状況
- 十分な検査なしでの処方
- フォローアップ体制が不十分な医療機関
- 個人輸入での入手
- オンライン診療のみでの処方(初回は対面診療が推奨)
定期的な検査項目
必要な検査頻度
- 血液検査:服用開始から1ヶ月後、その後3ヶ月ごと
- 体重・血圧測定:毎回受診時
- 腹部症状の問診:毎回受診時
監視すべき検査値
- 血糖値、HbA1c
- 肝機能(AST、ALT)
- 腎機能(クレアチニン、eGFR)
- 膵酵素(アミラーゼ、リパーゼ)
緊急時の対応
直ちに医療機関を受診すべき症状
重篤な副作用のサイン
- 急性膵炎を疑う症状
- 持続的な激しい腹痛(特に背中に放散する痛み)
- 嘔吐を伴う症状
- 重度の低血糖症状
- 意識がもうろうとする
- けいれんを起こす
- 呼びかけに反応しない
- 胆道系障害の症状
- 黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)
- 右上腹部の激しい痛み
- 高熱を伴う腹痛
服用中止の判断基準
医師の指示により服用を中止すべき場合
- 重篤な副作用の発現
- 日常生活に支障をきたす程度の副作用が持続
- 他の治療法への変更が必要と判断された場合
自己判断での中止は避ける リベルサスは半減期が長い薬剤のため、中止後も効果が持続する可能性があります。副作用や体調の変化があっても、必ず医師に相談してから服用を中止してください。
学会・行政の見解
日本糖尿病学会の見解
日本糖尿病学会は「GLP-1受容体作動薬およびGIP/GLP-1受容体作動薬の適応外使用に関する見解」を発表し、以下の点を強調しています:
- 適応外使用の慎重性:美容やダイエット目的での使用は推奨されない
- 安全性の未確立:2型糖尿病治療以外での安全性や有効性は確立されていない
- 適正使用の重要性:医師の適切な判断と継続的な管理が必要
厚生労働省の注意喚起
厚生労働省は2023年11月に事務連絡を発出し、以下の点について注意を促しています:
- 適応外使用への警告:美容・痩身目的での使用の安全性は確認されていない
- 医療機関への協力要請:適正使用の徹底
- 患者への情報提供:リスクとベネフィットの十分な説明
まとめ
リベルサスは確かに体重減少効果が期待できる薬剤ですが、医薬品である以上、様々な副作用や危険性が存在します。特に注意すべき重要なポイントをまとめます:
重要な注意点
- 重篤な副作用の可能性:急性膵炎、重度の低血糖、胆道系障害など、生命に関わる副作用のリスクがあります
- 適切な医療管理の必要性:専門医による定期的な診察と検査が不可欠です
- 個人差の大きさ:副作用の現れ方や程度には大きな個人差があります
- 段階的な使用法の重要性:3mgから開始し、体の反応を見ながら慎重に増量することが重要です
安全な使用のために
- 必ず医療機関での処方を受ける
- 定期的な検査とフォローアップを受ける
- 副作用の初期症状を理解し、異常を感じたら直ちに医師に相談する
- 自己判断での増量や中止は避ける
- 他の薬剤との併用については必ず医師に相談する
リベルサスによるダイエットを検討される方は、これらのリスクを十分に理解した上で、専門医と相談しながら慎重に判断することが重要です。安全で効果的な治療のためには、医師との密な連携と継続的なサポートが不可欠であることを忘れないでください。
参考文献
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務