はじめに
近年、糖尿病治療薬として注目を集めているマンジャロ(一般名:チルゼパチド)は、その強力な体重減少効果からダイエット目的での使用も話題となっています。しかし、どんなに優れた薬剤であっても、適切な理解なくして安全な使用はできません。本記事では、マンジャロの痩身効果と共に、知っておくべき副作用や危険性について、最新の医学的知見をもとに詳しく解説いたします。
マンジャロ(チルゼパチド)とは
薬剤の基本情報
マンジャロは、2022年に日本で承認された新しいクラスの糖尿病治療薬で、有効成分はチルゼパチドです。この薬は世界初のGIP/GLP-1二重受容体作動薬として知られており、従来のGLP-1受容体作動薬(オゼンピック、リベルサスなど)とは異なる作用機序を持ちます。
作用メカニズム
チルゼパチドは以下の2つのホルモン受容体に同時に作用します:
1. GIP(グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド)受容体
- インスリン分泌を促進
- 基礎代謝の向上
- 脂肪燃焼の促進
2. GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)受容体
- 血糖値の安定化
- 胃排出の遅延
- 食欲抑制・満腹感の増大
この二重作用により、血糖コントロールと体重減少の両方において、既存の薬剤を上回る効果が期待できるとされています。
痩身効果のエビデンス
SURMOUNT-1試験の結果
肥満患者を対象とした大規模臨床試験であるSURMOUNT-1試験では、驚異的な体重減少効果が報告されています。
試験概要
- 対象:BMI30以上の肥満者、またはBMI27以上で肥満関連疾患を有する成人2,539名
- 期間:72週間(約1年半)
- 試験デザイン:プラセボ対照二重盲検試験
体重減少の結果
- チルゼパチド5mg群:平均15.0%の体重減少
- チルゼパチド10mg群:平均19.5%の体重減少
- チルゼパチド15mg群:平均20.9%の体重減少
- プラセボ群:平均3.1%の体重減少
これらの結果は、従来のダイエット治療薬の常識を覆すほどのインパクトを持っており、20%以上の大幅な体重減少を達成した患者も多数報告されています。
SURPASS-2試験における比較データ
既存のGLP-1受容体作動薬との直接比較を行ったSURPASS-2試験では、セマグルチド(オゼンピック)に対するチルゼパチドの優越性が示されました。
体重減少の比較結果
- チルゼパチド5mg:平均7.6kg減少
- チルゼパチド10mg:平均10.9kg減少
- チルゼパチド15mg:平均13.1kg減少
- セマグルチド1mg:平均5.7kg減少
この結果から、チルゼパチドは既存の最も効果的とされていたGLP-1受容体作動薬をも上回る体重減少効果を持つことが科学的に証明されています。
主な副作用と発現頻度
消化器系副作用(最も頻度の高い副作用)
チルゼパチドの最も一般的な副作用は消化器症状です。これらは薬剤の胃腸への作用によるもので、多くは治療開始初期に現れ、時間とともに軽減する傾向があります。
主な消化器症状と対策
1. 悪心・嘔吐(発現率:約15-30%)
- 症状:食事時や食後の気持ち悪さ、嘔吐
- 対策:少量頻回の食事、脂肪分の少ない食事の摂取
- 重症化のサイン:水分摂取ができない、体重急激減少
2. 下痢(発現率:約10-20%)
- 症状:軟便、水様便、腹痛を伴うことがある
- 対策:水分・電解質の補給、整腸剤の併用
- 注意点:脱水症状に注意が必要
3. 便秘(発現率:約8-15%)
- 症状:排便回数の減少、腹部膨満感
- 対策:水分摂取量の増加、食物繊維の摂取、適度な運動
4. 腹痛・消化不良(発現率:約5-12%)
- 症状:胃の不快感、膨満感、胸やけ
- 対策:食事量の調整、食べ方の工夫(よく噛む、ゆっくり食べる)
時間経過と副作用の変化
臨床試験のデータによると、消化器症状は以下のような経過をたどることが多いです:
- 投与開始1-2週目:副作用のピーク
- 4-8週目:症状の段階的改善
- 12週目以降:多くの患者で症状が軽減または消失
ただし、用量を増量する際には再び症状が現れる可能性があるため、段階的な増量が推奨されています。
その他の一般的副作用
食欲減退(発現率:約8-15%)
- 治療目的に合致した効果である一方、過度な食欲低下は栄養不足につながる可能性
- 必要な栄養素の摂取を心がけることが重要
注射部位反応(発現率:約5-10%)
- 紅斑、腫れ、かゆみ、痛み
- 注射部位を毎回変更することで軽減可能
頭痛・めまい(発現率:約3-8%)
- 血糖値の変動や脱水に関連することが多い
- 十分な水分摂取と血糖値の安定化が重要
重篤な副作用と危険性
急性膵炎(発現頻度:0.1%未満だが重篤)
急性膵炎は頻度は低いものの、生命に関わる可能性のある重篤な副作用です。
症状の特徴
- 激しい腹痛(特に上腹部、背中への放散痛)
- 持続的な嘔吐
- 発熱
- 腹部の張り
危険因子
- 膵炎の既往歴
- 胆石症の既往
- 高トリグリセライド血症
- アルコール多飲歴
対応 膵炎が疑われる症状が現れた場合は、直ちに医療機関を受診し、チルゼパチドの投与を中止する必要があります。膵炎と診断された場合、再投与は禁止されています。
低血糖症(他の糖尿病薬との併用時に注意)
チルゼパチド単独では低血糖のリスクは低いとされていますが、他の血糖降下薬との併用時には注意が必要です。
高リスク併用薬
- インスリン製剤
- スルホニルウレア剤(グリメピリドなど)
- 速効型インスリン分泌促進剤
低血糖の症状
- 冷や汗、動悸
- 手の震え、脱力感
- 強い空腹感
- 意識レベルの低下(重症例)
対策 併用薬がある場合は、医師による用量調整が必要です。低血糖症状が現れた場合は、速やかに糖分を摂取し、必要に応じて医療機関を受診してください。
腎機能障害
激しい嘔吐や下痢による脱水症状が、腎機能悪化を引き起こす可能性があります。
リスク因子
- 高齢者
- 慢性腎臓病の既往
- 脱水状態
- 利尿薬の併用
予防策
- 十分な水分摂取
- 電解質バランスの維持
- 定期的な腎機能検査
アナフィラキシー・重篤なアレルギー反応(極めて稀だが重篤)
2023年7月に日本の添付文書にも追記された重大な副作用です。
症状
- 全身の蕁麻疹
- 顔や唇の腫れ(血管性浮腫)
- 呼吸困難
- 血圧低下
- 意識レベルの低下
対応 これらの症状が現れた場合は、直ちに救急医療を受ける必要があります。過去に薬剤アレルギーの既往がある方は、特に注意深い観察が必要です。
薬物相互作用と併用注意
糖尿病治療薬との相互作用
併用注意薬
- ビグアナイド系薬剤(メトホルミンなど)
- スルホニルウレア剤
- SGLT2阻害剤
- DPP-4阻害剤
- インスリン製剤
これらの薬剤との併用により血糖降下作用が増強され、低血糖のリスクが高まる可能性があります。併用する場合は、医師による慎重な用量調整が必要です。
その他の重要な薬物相互作用
経口避妊薬 チルゼパチドの胃内容物排出遅延作用により、経口避妊薬の吸収が遅れ、効果が減弱する可能性があります。特に投与開始初期や用量増量後には注意が必要です。
ワルファリンなどの抗凝固薬 胃内容物排出遅延により、これらの薬剤の血中濃度が変動する可能性があります。定期的なモニタリングが推奨されます。
使用上の注意と禁忌
絶対禁忌(使用してはいけない患者)
- チルゼパチドに対する過敏症の既往
- 糖尿病性ケトアシドーシス
- 1型糖尿病(インスリン依存性糖尿病)
- 重篤な胃腸障害
- 妊娠中・授乳中の女性
慎重投与(特に注意が必要な患者)
1. 膵炎の既往がある患者 過去に膵炎を経験したことがある患者では、再発リスクが高まる可能性があります。
2. 胆石症・胆嚢疾患のある患者 急速な体重減少により、胆石形成のリスクが高まることがあります。
3. 腎機能障害のある患者 脱水による腎機能のさらなる悪化に注意が必要です。
4. 高齢者(65歳以上) 副作用が現れやすく、より慎重な観察が必要です。
5. 甲状腺髄様癌の既往・家族歴がある患者 動物試験で甲状腺C細胞腫瘍の発生が報告されているため、注意が必要です。
安全な使用のための監視項目
治療開始前の評価
必須検査項目
- 血液検査(血糖値、HbA1c、腎機能、肝機能)
- 甲状腺機能検査
- 膵酵素(アミラーゼ、リパーゼ)
- 心電図
病歴の確認
- 膵炎の既往
- 胆石症の既往
- 甲状腺疾患の既往・家族歴
- 薬剤アレルギーの既往
治療中の定期監視
月1回の評価項目
- 体重測定
- 血糖値・血圧測定
- 副作用症状の確認
- 食事摂取状況の評価
3ヶ月毎の検査項目
- 血液検査(腎機能、肝機能、HbA1c)
- 心血管リスク因子の評価
症状に応じた緊急評価
- 激しい腹痛:膵炎の除外
- 持続する嘔吐・下痢:脱水・電解質異常の評価
- アレルギー症状:即座の医療機関受診
最新の安全性情報と注意喚起
2023年以降の重要な安全性更新
1. アナフィラキシー・血管性浮腫の追記(2023年7月) 国内外での症例評価を踏まえ、重大な副作用として正式に追記されました。頻度は極めて低いものの、初回投与時には特に注意深い観察が必要です。
2. 英国での死亡例報告(2023年) 58歳女性が体重減少目的でチルゼパチドを使用後、多臓器不全で死亡した事例が報告されました。この事例は、医師の管理下での使用の重要性を改めて示しています。
3. 厚生労働省による適応外使用への注意喚起(2025年) ダイエット目的での適応外使用について、「安全性・有効性が十分に検証されていない」として注意が呼びかけられています。
継続使用に関する最新知見
SURMOUNT-4試験(2024年)の結果から、チルゼパチド中止後の体重リバウンドが明らかになっています:
- 継続群:体重減少の維持
- 中止群:52週間で平均14%の体重再増加
この結果は、肥満が慢性疾患であり、長期的な治療継続の重要性を示唆しています。

患者さんへのアドバイス
治療開始前に知っておくべきこと
1. 現実的な期待値の設定
- 体重減少は徐々に現れる(数週間〜数ヶ月)
- 個人差が大きい
- 生活習慣の改善との併用が重要
2. 副作用への心構え
- 初期の消化器症状は一般的
- 多くは時間とともに改善
- 心配な症状は早めに相談
3. 長期的な視点
- 短期間での劇的な変化を期待しない
- 継続的な医師との相談が必要
- 生活習慣の根本的改善が最終目標
日常生活での注意点
食事管理
- 少量ずつ、ゆっくりと食べる
- 脂肪分の多い食事を避ける
- 十分な水分摂取
- 必要な栄養素の確保
運動習慣
- 急激な運動は避ける
- 軽い有酸素運動から開始
- 筋力トレーニングの併用
- 脱水に注意した運動
症状監視
- 体重・血圧の定期測定
- 食事摂取量の記録
- 副作用症状の日記記録
- 定期的な医師との相談
まとめ
マンジャロ(チルゼパチド)は、確かに画期的な体重減少効果を持つ優れた薬剤です。SURMOUNT-1試験で示された20%を超える体重減少は、従来の治療法では達成困難な素晴らしい結果です。しかし、どんなに優れた薬剤であっても、適切な理解と医師の管理なしに安全に使用することはできません。
重要なポイント
- 効果と副作用は表裏一体:強力な効果がある分、副作用のリスクも存在します
- 個人差の大きさ:効果も副作用も患者さんによって大きく異なります
- 継続的な医学的管理の必要性:定期的な検査と医師との相談が不可欠です
- 生活習慣改善との併用:薬剤だけでなく、食事・運動習慣の改善が重要です
- 長期的な視点:短期的な結果だけでなく、長期的な健康維持を目指します
アイシークリニック渋谷院では、患者さんお一人お一人の状況を詳しく評価し、最も安全で効果的な治療計画を提案いたします。マンジャロによる治療をご検討の際は、まず専門医による十分な評価と説明を受けることをお勧めいたします。
肥満治療は一人で行うものではありません。医師、栄養士、看護師などの医療チームと連携しながら、安全で持続可能な体重管理を目指していきましょう。
参考文献
- 日本糖尿病学会「2型糖尿病治療ガイド 2024」
- 日本肥満学会「肥満症診療ガイドライン2022」
https://jpn-geriat-soc.or.jp/info/topics/pdf/20220413_01_01.pdf - Jastreboff AM, et al. “Tirzepatide Once Weekly for the Treatment of Obesity.” N Engl J Med. 2022;387(3):205-216
- Frias JP, et al. “Tirzepatide versus Semaglutide Once Weekly in Patients with Type 2 Diabetes.” N Engl J Med. 2021;385(6):503-515
- 厚生労働省「医薬品医療機器総合機構 マンジャロ皮下注 審査報告書」2022年 https://www.pmda.go.jp/drugs/2022/P20220926001/index.html
- 日本イーライリリー株式会社「マンジャロ皮下注 添付文書」2025年4月改訂
- Wadden TA, et al. “Effect of Subcutaneous Tirzepatide vs Placebo Added to Intensive Behavioral Therapy on Body Weight in Adults With Obesity: The SURMOUNT-3 Randomized Clinical Trial.” JAMA. 2023;330(6):519-529
- 日本内分泌学会「内分泌代謝科専門医研修ガイドブック」改訂第3版 https://square.umin.ac.jp/endocrine/specialist/specialist.html
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務