寒い季節になると、湯たんぽやカイロ、電気毛布などの暖房器具を使う機会が増えてきます。これらは手軽に体を温められる便利なアイテムですが、使い方を誤ると「低温やけど」を引き起こす可能性があることをご存知でしょうか。
低温やけどは、「低温」という名前から軽いやけどだと誤解されがちですが、実際には通常のやけどよりも重症化しやすく、治療に長期間を要するケースも少なくありません。国民生活センターには、こたつで就寝して足の指を切断するほどの重傷を負った事例や、カイロを貼ったまま寝て皮膚の深い部分までやけどをした事例など、深刻な被害が報告されています。
本記事では、低温やけどの原因やメカニズム、症状の見分け方、適切な応急処置と治療法、そして予防のポイントまで詳しく解説します。寒い季節を安全に過ごすために、ぜひ最後までお読みください。
目次
- 低温やけどとは
- 通常のやけど(高温熱傷)との違い
- 低温やけどが起こるメカニズム
- 温度と接触時間の関係
- 低温やけどの症状と重症度分類
- 低温やけどの原因となる製品・暖房器具
- 低温やけどになりやすい人
- 低温やけどの応急処置
- 低温やけどの治療法
- 低温やけどの予防法
- クリニックでの診察について
- まとめ
1. 低温やけどとは
低温やけどとは、医学用語では「低温熱傷(ていおんねっしょう)」と呼ばれ、比較的低い温度(約44℃〜50℃程度)のものに長時間皮膚が触れ続けることで生じるやけどのことです。
一般的に「やけど」というと、熱湯や火、熱した金属などの高温なものに触れて瞬間的に起こるものをイメージする方が多いでしょう。しかし低温やけどは、「温かくて気持ちいい」と感じる程度の温度でも発症する可能性があります。この点が低温やけどの怖いところであり、自覚症状がないまま皮膚の奥深くまでダメージが進行してしまうのです。
低温やけどの原因として代表的なものには、湯たんぽ、使い捨てカイロ、電気毛布、電気あんか、こたつ、ホットカーペットなどがあります。これらは冬場に日常的に使用される暖房器具であり、誰もが低温やけどのリスクにさらされていると言えます。
独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)の報告によると、低温やけどの事故は冬場の11月から3月に集中して発生しており、1月が最も多くなっています。また、近年は湯たんぽの出荷個数が増加していることもあり、低温やけどの発症件数も増加傾向にあるとされています。
2. 通常のやけど(高温熱傷)との違い
低温やけどと通常のやけど(高温熱傷)には、いくつかの重要な違いがあります。これらの違いを理解しておくことは、適切な対処や予防のために非常に重要です。
受傷のメカニズムの違い
通常のやけどは、熱湯や火、熱した鍋など非常に高温のものに触れることで瞬間的に発生します。高温のものに触れると、人間は反射的に「熱い!」と感じて手を引っ込めるため、熱源と皮膚が接触する時間は非常に短くなります。そのため、皮膚の表面には強いダメージを受けても、皮膚の深部まで熱が到達しにくいという特徴があります。
一方、低温やけどは44℃〜50℃程度の温度で起こります。この温度帯は人間が「心地よい」と感じる程度であるため、熱さや痛みを感じにくく、長時間にわたって皮膚と熱源が接触し続けてしまいます。その結果、熱がゆっくりと皮膚の深部に浸透し、自覚症状がないまま皮膚の奥深くまで損傷が進行するのです。
損傷の深さの違い
通常のやけどでは、高温による瞬間的な熱傷のため、損傷は皮膚の表面(表皮)にとどまることが多く、適切な処置を行えば比較的早く治癒することが多いです。
これに対して低温やけどは、長時間にわたる熱の蓄積により、皮膚の深部(真皮や皮下組織)まで損傷が及ぶことがほとんどです。日本創傷外科学会の解説によれば、やけどの深さはⅠ度、Ⅱ度、Ⅲ度の3段階に分類されますが、低温やけどの多くは最も重症のⅢ度熱傷に分類されるとされています。
症状の現れ方の違い
通常のやけどは受傷直後から強い痛みや赤み、水ぶくれなどの症状が明確に現れます。そのため、すぐにやけどをしたことに気づき、応急処置や受診につなげやすいという特徴があります。
低温やけどの場合、受傷直後は軽い赤みや違和感程度で、見た目には大したことがないように見えることが多いです。しかし、時間の経過とともに症状が進行し、1〜2週間後には皮膚の壊死(黒くなる)や感覚麻痺などの重篤な症状が現れることがあります。この「見た目は軽症なのに実は重症」という点が、低温やけどの怖さであり、発見や治療の遅れにつながりやすい原因となっています。
治療期間の違い
通常のやけど(軽度〜中等度)であれば、数日から数週間で治癒することが多いですが、低温やけどは皮膚の深部まで損傷しているため、治療には数か月を要することも珍しくありません。重症の場合は、壊死した皮膚の除去(デブリードマン)や皮膚移植手術が必要になることもあります。
3. 低温やけどが起こるメカニズム
低温やけどがなぜ起こるのか、その発症メカニズムを詳しく見ていきましょう。
皮膚と熱の関係
人間の皮膚は外側から順に、表皮、真皮、皮下組織という3層構造になっています。表皮は厚さ約0.2mm程度の薄い層で、真皮は約2mm程度、その下に皮下脂肪を含む皮下組織があります。
皮膚が熱源に触れると、熱は皮膚の表面から深部へと伝わっていきます。通常の高温やけどでは、瞬間的に高温にさらされるため熱は表皮に集中しますが、低温やけどでは長時間にわたって熱がじわじわと浸透するため、皮下組織にまで熱が到達してしまいます。
組織障害のメカニズム
一般に、組織の温度が44℃を超えると細胞の障害が始まるとされています。温度が高いほど、また接触時間が長いほど、組織の損傷は深くなります。
低温やけどでは、44〜50℃程度の熱が長時間にわたって皮膚に作用し続けます。この温度帯では痛みを感じにくいため、熱源から離れようという反応が起きず、知らないうちに熱が蓄積されていきます。
特に注意が必要なのは、低温やけどでは「外側から内側へ」ではなく「内側から外側へ」損傷が進行することです。皮膚の表面は血流によってある程度熱が逃げますが、皮下脂肪は血流が少ないため熱がこもりやすく、皮膚の表面よりも先に皮下組織の方が損傷を受けます。これが低温やけどの発見が遅れる原因の一つです。
血流と圧迫の影響
低温やけどが起こりやすい部位は、かかと、くるぶし、すねなど「皮膚のすぐ下に骨がある部位」です。これらの部位は、体重による圧迫で血流が悪くなりやすく、熱を分散させる能力が低下しています。
また、就寝中に湯たんぽやカイロが体の下敷きになったり、サポーターやガードルでカイロを締め付けたりすると、血流が阻害されて低温やけどのリスクが高まります。血流が悪い状態では、熱が組織内にこもりやすくなり、より短時間・低温でもやけどを起こす可能性があるのです。
4. 温度と接触時間の関係
低温やけどは、熱源の温度と皮膚との接触時間によって発症リスクが決まります。一般的に言われている温度と発症時間の目安は以下の通りです。
- 44℃の場合:約3〜6時間で発症
- 45℃の場合:約1〜3時間で発症
- 46℃の場合:約30分〜1時間で発症
- 47℃の場合:約45分程度で発症
- 50℃の場合:約2〜3分で発症
この数値を見ると、50℃に近い温度では数分程度の接触でも低温やけどが発症する可能性があることがわかります。湯たんぽに沸騰直前のお湯を入れた場合、表面温度は50℃以上になることもあり、非常に短時間でもやけどのリスクがあります。
ただし、これはあくまで目安であり、実際には以下のような要因によって発症時間は大きく変動します。
- 皮膚の厚さ(高齢者や乳幼児は皮膚が薄いため短時間で発症しやすい)
- 接触部位の血流状態
- 圧迫の有無と程度
- 個人の体調や基礎疾患の有無
- 皮膚の水分状態
実際の事故事例では、製品評価技術基盤機構(NITE)が報告しているように、温水洗浄便座の表面温度が37〜38℃程度であっても、数時間身体を押しつけていたことで熱傷と診断されたケースもあります。温度が低くても、長時間の接触と圧迫が加わると低温やけどを発症する可能性があるのです。
5. 低温やけどの症状と重症度分類
低温やけどの症状は、やけどの深さ(深度)によって異なります。やけどの深さは一般的にⅠ度、Ⅱ度、Ⅲ度の3段階に分類されます。
Ⅰ度熱傷(表皮熱傷)
Ⅰ度熱傷は、損傷が表皮までにとどまる最も軽いやけどです。
症状としては、皮膚が赤くなり(発赤)、ヒリヒリとした痛みを感じます。水ぶくれ(水疱)はできません。日焼けと同じ程度のやけどと考えてよいでしょう。
通常は数日で自然に治癒し、傷跡(瘢痕)が残ることはほとんどありません。炎症を抑える外用剤などで治療を行います。
Ⅱ度熱傷(真皮熱傷)
Ⅱ度熱傷は、損傷が真皮まで達したやけどです。深さによってさらに2つに分けられます。
浅達性Ⅱ度熱傷(SDB:Superficial Dermal Burn)は、真皮の浅い部分までの損傷です。水ぶくれができ、水ぶくれの下の皮膚は赤色を呈します。強い痛みを伴います。適切な治療を行えば、2週間程度で傷跡を残さずに治癒することが多いですが、炎症後の色素沈着が残ることがあります。
深達性Ⅱ度熱傷(DDB:Deep Dermal Burn)は、真皮の深い部分まで損傷が及んだ状態です。水ぶくれができますが、水ぶくれの下の皮膚は白っぽい色を呈します。痛みは浅達性に比べて軽いことがあります。治癒には3〜4週間を要し、傷跡が残る可能性があります。場合によっては手術が必要になることもあります。
Ⅲ度熱傷(皮下熱傷)
Ⅲ度熱傷は、表皮と真皮が完全に損傷され、皮下組織まで障害が及んだ最も重症のやけどです。
皮膚は血の気がなくなり、蝋のように白くなったり、炭のように黒くなったりします。痛みを感じる神経まで損傷されているため、逆に痛みを感じないことが特徴です。自然治癒は期待できず、壊死した組織を切除(デブリードマン)した上で、植皮手術が必要になることがほとんどです。
低温やけどの特徴
低温やけどの多くは、見た目は軽症に見えても、実際にはⅢ度熱傷に達していることが少なくありません。これは低温やけどの最大の特徴であり、危険な点です。
受傷直後は皮膚が少し赤くなる程度で、痛みも軽いことが多いです。しかし、1〜2週間かけて血流の悪化とともに細胞の壊死が進み、皮膚が黒くなっていきます。最初の段階では軽傷に見えても、時間の経過とともに重症化していくのが低温やけどの怖さです。
また、低温やけどでは受傷時点ですでに深部までダメージが及んでおり、壊死した組織を元に戻す方法はありません。そのため、初期の段階で医療機関を受診し、適切な経過観察と治療を受けることが非常に重要です。
6. 低温やけどの原因となる製品・暖房器具
低温やけどは、身近な暖房器具や日用品によって引き起こされます。原因となる代表的な製品とその特徴を見ていきましょう。
湯たんぽ
湯たんぽは低温やけどの原因として最も報告が多い製品の一つです。金属製、プラスチック製、ゴム製、電子レンジ加熱式など様々な種類がありますが、いずれも低温やけどを起こす可能性があります。
お湯の温度や素材によって表面温度は異なりますが、沸騰直前のお湯を入れた場合、表面温度は50℃を超えることもあります。タオルやカバーで包んでいても、長時間接触すれば低温やけどになる恐れがあります。
就寝中に足元に置いた湯たんぽが、無意識のうちに体に接触したまま数時間が経過し、翌朝やけどに気づくというケースが典型的です。好発部位は、すね、ふくらはぎ、くるぶし、かかとなど下肢が多くなっています。
使い捨てカイロ
使い捨てカイロは、貼るタイプと貼らないタイプがありますが、いずれも低温やけどの原因となります。カイロの表面温度は使用環境によって異なりますが、最高温度が60℃以上になることもあります。
特に貼るタイプのカイロを肌に直接貼ったり、サポーターやガードルで圧迫したりすると、血流が悪くなって低温やけどのリスクが高まります。また、就寝中やこたつの中で使用すると、思いのほか高温になることがあります。靴下用カイロを靴を履かずに使用したり、別の部位に使用したりすることも危険です。
電気毛布・電気敷き毛布
電気毛布や電気敷き毛布は、就寝中に長時間使用することで低温やけどを起こすことがあります。寝ている間は無意識のため、同じ部位が長時間熱源に接触し続けてしまいます。
電気毛布を使用する場合は、就寝前に布団を温める目的で使用し、就寝時には電源を切ることが推奨されています。一晩中つけたまま眠ることは避けましょう。
電気あんか
電気あんかも湯たんぽと同様に、就寝時の低温やけどの原因となります。足元を温めるために使用され、就寝中に足と長時間接触することでやけどを起こします。
また、電気あんかは保管時にコードを本体に巻いて収納していると、付け根部分が断線し、翌シーズンの使用開始時に発火する事故も報告されています。低温やけどだけでなく、火災のリスクにも注意が必要です。
こたつ
こたつで就寝してしまい、長時間足が熱源に接触したまま過ごすことで低温やけどを起こすケースがあります。国民生活センターに寄せられた事例では、こたつで就寝して足の指を切断するほどの重傷を負った70代男性のケースが報告されています。
こたつは暖房器具の中でもうっかり眠ってしまいやすい製品です。熟睡してしまいそうな場合はタイマーを設定するなどの対策が必要です。
電気カーペット・ホットカーペット
電気カーペットやホットカーペットの上で長時間同じ姿勢でいたり、眠ってしまったりすると、接触部位に低温やけどを起こすことがあります。消費者庁には、薄手の服を着た子どもをホットカーペットの上で3時間ほど寝かせていたところ、背中が赤くなったという相談も寄せられています。
特に乳幼児は自分で体を動かすことが難しく、熱いと訴えることもできないため、保護者が注意を払う必要があります。
暖房便座(温水洗浄便座)
意外に思われるかもしれませんが、暖房便座も低温やけどの原因となることがあります。長時間便座に座り続けることで、臀部に低温やけどを起こすケースが報告されています。
特に高齢者や認知症の方など、長時間トイレに座り続けてしまう可能性がある方は注意が必要です。
ノートパソコン
ノートパソコンに内蔵されたバッテリーは、長時間の使用によって高熱になることがあります。膝の上に置いた状態で長時間パソコンを使用していると、太ももに低温やけどを起こす可能性があります。
パソコンを長時間使用する際は、同じ姿勢が続くことで血流が悪くなっていることもあり、低温やけどのリスクが高まります。
スマートフォン・携帯電話
スマートフォンや携帯電話も、長時間の使用によって本体が熱くなることがあります。充電しながらの使用や、ゲームなど負荷の高い使用を続けていると、手や体に接触した部位が低温やけどになる可能性があります。
7. 低温やけどになりやすい人
低温やけどは誰にでも起こりうるものですが、特に以下のような方はリスクが高いため、より一層の注意が必要です。
高齢者
高齢者は低温やけどのリスクが最も高いグループの一つです。理由としては、まず皮膚が薄くなっていることが挙げられます。加齢に伴い皮膚の厚さが減少するため、熱が深部に到達しやすくなります。
また、温度や痛みに対する感覚が鈍くなっていることも大きな要因です。熱さを感じにくいため、危険な状態に気づきにくくなります。さらに、運動機能の低下により、熱源から自分で離れる反応が遅れることもあります。
血行が悪くなりやすいことも、高齢者が低温やけどになりやすい原因の一つです。血流が悪いと熱を分散させる能力が低下し、組織へのダメージが蓄積しやすくなります。
乳幼児・小児
乳幼児は皮膚が薄く、大人に比べて短時間で低温やけどに至ることがあります。また、熱いと感じても自分で訴えることができず、自力で熱源から離れることも難しいため、保護者が十分に注意を払う必要があります。
電気カーペットやこたつの上で眠ってしまったり、湯たんぽに触れ続けてしまったりするケースがあります。乳幼児の近くに低温やけどの原因となる製品を置かないようにしましょう。
糖尿病患者
糖尿病の合併症として末梢神経障害(神経障害性疼痛)が生じると、手足の感覚が鈍くなります。熱さや痛みを感じにくくなるため、低温やけどに気づきにくく、重症化しやすい傾向があります。
また、糖尿病患者は血行障害を伴っていることも多く、傷の治りも遅くなります。低温やけどを起こした場合、治療が長期化したり、重症化したりするリスクが高いため、暖房器具の使用には細心の注意が必要です。
体に麻痺がある方
脳卒中の後遺症などで体に麻痺がある方は、麻痺部位の感覚が鈍くなっていたり、自分で体を動かせなかったりするため、低温やけどのリスクが高くなります。
介護者は、麻痺がある部位に暖房器具が長時間接触していないか、定期的に確認することが大切です。
飲酒後・服薬後の方
飲酒後に熟睡してしまうと、熱さを感じても目が覚めにくく、無意識のまま長時間熱源に接触し続けてしまうことがあります。泥酔状態での就寝時には、湯たんぽやカイロ、電気毛布などの使用を控えましょう。
睡眠薬や鎮痛剤などを服用した後も同様に、深い眠りに入りやすく、低温やけどのリスクが高まります。
血行が悪い方
冷え性の方や、動脈硬化などで血行が悪い方は、皮膚の温度調節機能が低下しているため、低温やけどになりやすい傾向があります。
皮膚が冷たいからといって湯たんぽやカイロを直接当てていると、血流が悪いために熱が逃げにくく、思いのほか早く低温やけどを起こすことがあります。
認知症の方
認知症の方は、暖房器具の適切な使用方法を理解できなかったり、熱さを感じても対処できなかったりすることがあります。また、温水洗浄便座に長時間座り続けてしまうなど、予測しにくい行動をとることもあります。
ご家族や介護者は、認知症の方の暖房器具の使用状況を注意深く見守る必要があります。
8. 低温やけどの応急処置
低温やけどを負ってしまった場合、または低温やけどの可能性がある場合には、以下の応急処置を行いましょう。
流水で冷やす
低温やけどに気づいたら、まず患部を流水で冷やすことが基本です。目安として10〜30分程度、水道水などの流水で直接患部を冷やします。冷やすことで痛みを和らげ、やけどがさらに深くなることを防ぐ効果が期待できます。
ただし、低温やけどの場合、通常のやけどと比べて冷やすことの効果は限定的です。低温やけどは受傷時点ですでに皮膚の深部までダメージが及んでいることが多く、表面を冷やしても深部の損傷を回復させることはできません。それでも、応急処置として流水で冷やすことは推奨されています。
氷や保冷剤は使わない
冷やす際には、氷や保冷剤を直接当てることは避けてください。氷や保冷剤は冷たすぎるため、凍傷を起こしたり、水ぶくれが破れたりするリスクがあります。常温の水道水を流しっぱなしにして冷やすのが最も安全です。
広範囲の低温やけどの場合や、高齢者・乳幼児の場合は、長時間冷やし続けると低体温になる恐れがあるため、注意が必要です。
水ぶくれは破らない
水ぶくれ(水疱)ができている場合は、絶対に自分で破らないようにしましょう。水ぶくれを破ると、そこから細菌が侵入して感染症を起こし、症状が悪化する恐れがあります。
もし水ぶくれが破れてしまった場合は、破れた皮はそのままにしておきます。ワセリンを塗ったラップで傷口を覆うと、雑菌の侵入を防ぐことができます。ガーゼは皮膚に張り付きやすく、剥がす際に痛みを伴うため避けた方がよいでしょう。
民間療法は行わない
やけどの応急処置として、アロエや味噌を塗るという民間療法が伝えられていますが、これらは低温やけどにはほとんど効果がありません。低温やけどは皮膚の表面だけでなく深部まで損傷している可能性があり、表面に何かを塗っても改善は期待できません。
また、民間療法を行うことで患部の状態が分かりにくくなり、医療機関での診断に支障をきたすこともあります。民間療法や自己判断での処置は避け、速やかに医療機関を受診しましょう。
早めに医療機関を受診する
低温やけどは見た目では重症度を判断しにくいやけどです。軽いやけどのように見えても、実際は皮膚の深部まで損傷している可能性があります。痛みや赤み、違和感があれば、自己判断せずに早めに医療機関を受診してください。
低温やけどは時間の経過とともに症状が進行するため、初期の段階で適切な医療を受けることが重要です。受診が遅れると、より大掛かりな治療が必要になったり、傷跡が残ったりする可能性が高くなります。
9. 低温やけどの治療法
低温やけどの治療法は、やけどの深さ(深度)によって異なります。
軽度(Ⅰ度〜浅達性Ⅱ度)の場合
Ⅰ度から浅達性Ⅱ度までの比較的浅いやけどであれば、軟膏療法や創傷被覆剤による保存的治療が行われます。
炎症を抑えるステロイド外用剤や、やけど専用の絆創膏などを使用し、傷口を湿潤状態に保ちながら自然治癒を促します。この段階であれば、数週間程度で傷跡を残さずに治癒することが多いです。
ただし、傷口に細菌感染を起こすと、やけどの傷が深くなり、治癒が遅れます。感染予防のため、定期的な洗浄や抗菌剤の使用が必要になることもあります。
中等度〜重度(深達性Ⅱ度〜Ⅲ度)の場合
深達性Ⅱ度からⅢ度の深いやけどでは、より専門的な治療が必要になります。
まず、壊死した組織の除去(デブリードマン)が行われます。デブリードマンとは、死んでしまった皮膚や皮下組織を外科的に切除する処置です。壊死組織を残しておくと細菌感染の温床となるため、早期に除去することが重要です。
デブリードマンの後、傷が広範囲であれば植皮手術(植皮術)が必要になることがあります。植皮術とは、体の他の部位から皮膚を採取して、やけどの傷口に移植する手術です。太ももや臀部など、目立ちにくい部位から皮膚を採取することが多いです。
治療期間の目安
低温やけどの治療期間は、やけどの深さと範囲によって大きく異なります。
軽度のやけどであれば数週間で治癒しますが、重度のやけどでは以下のような経過をたどることがあります。
損傷した皮膚と正常な皮膚の境界がはっきりしてくるまでに2〜4週間かかります。その後、壊死組織が自然にとれるまでに1〜2ヶ月を要することもあります。傷が上皮化(表皮が再生すること)するまでにはさらに時間がかかり、全体として数か月の治療期間が必要になることも珍しくありません。
植皮手術が必要な場合は、入院治療が必要となります。
後遺症について
低温やけどは深部まで損傷が及ぶことが多いため、治癒後に傷跡(瘢痕)が残ることがあります。ケロイド状に盛り上がったり、白っぽい傷跡が残ったり、皮膚がひきつれたりすることがあります。
また、関節の近くにやけどを負った場合、瘢痕拘縮(傷跡によって関節の動きが制限されること)が起こる可能性もあります。
後遺症を最小限に抑えるためにも、低温やけどに気づいたら早めに医療機関を受診し、適切な治療を受けることが大切です。
10. 低温やけどの予防法
低温やけどは、暖房器具の正しい使い方を知り、注意を払うことで予防できます。以下に、製品別の予防ポイントをまとめました。
湯たんぽの正しい使い方
湯たんぽは「布団を温めるための道具」であり、「体を直接温めるもの」ではないという認識を持つことが大切です。
就寝前に湯たんぽを布団に入れて布団を温め、就寝時には必ず湯たんぽを布団から取り出しましょう。湯たんぽを入れたまま眠ることは、たとえタオルやカバーで包んでいても低温やけどのリスクがあります。
また、沸騰直前のお湯は温度が高すぎるため、70〜80℃程度のお湯を使用することが推奨されています。各製品の取扱説明書に記載された適切な温度を守りましょう。
使い捨てカイロの正しい使い方
使い捨てカイロは、必ず衣服の上から使用し、肌に直接触れないようにしましょう。貼るタイプのカイロは、肌着の上ではなく、肌着よりも外側の衣服に貼ることが推奨されています。
カイロを貼った部分をサポーターやガードルなどで圧迫しないように注意してください。また、長時間同じ場所に当て続けないよう、適宜位置を変えることも大切です。
就寝時のカイロの使用は避けましょう。こたつや暖房器具の近くでカイロを使用すると、急激に温度が上がることがあるため注意が必要です。
靴下用カイロは靴を履いた状態で使用することを前提に設計されています。靴を履かずに使用したり、他の部位に使用したりすると、思いのほか高温になり低温やけどの原因となります。
電気毛布・電気敷き毛布の正しい使い方
電気毛布や電気敷き毛布は、就寝前に布団を温める目的で使用し、就寝時には電源を切りましょう。一晩中つけたまま眠ることは低温やけどのリスクを高めます。
どうしても就寝中に使用したい場合は、必ずタイマーを設定して、一定時間で自動的に電源が切れるようにしましょう。
電気あんかの正しい使い方
電気あんかも湯たんぽと同様に、就寝前に布団を温める目的で使用し、就寝時には布団から取り出して電源を切りましょう。
体に直接触れないよう、足元から離れた位置に置くことも有効です。
こたつの注意点
こたつで眠ってしまうと、長時間にわたって足が熱源に接触し続けることになり、低温やけどのリスクが非常に高くなります。こたつで熟睡してしまいそうな場合は、タイマーを設定して一定時間で電源が切れるようにしておきましょう。
室内がある程度温まったら、こたつの電源を一度切ることも効果的です。
電気カーペット・ホットカーペットの注意点
電気カーペットやホットカーペットの上で長時間同じ姿勢でいたり、眠ってしまったりしないように注意しましょう。特に乳幼児を電気カーペットの上で寝かせることは避けてください。
使用時はタイマーを活用し、長時間の連続使用を避けることが大切です。
共通する予防のポイント
すべての暖房器具に共通する予防のポイントをまとめると、以下のようになります。
まず、肌に直接当てないことが基本です。必ず衣服や布を介して使用しましょう。
次に、同じ場所に長時間当てないことも重要です。適宜位置を変えたり、体勢を変えたりして、同じ部位が長時間熱にさらされないようにしましょう。
そして、就寝時の使用には特に注意が必要です。眠っている間は無意識のため、熱源と長時間接触し続けてしまいます。就寝時に使用する暖房器具は、必ずタイマーを設定するか、就寝前に電源を切る・取り出すようにしましょう。
高齢者や乳幼児、糖尿病患者など、低温やけどのリスクが高い方は、これらの製品の使用について主治医に相談することも推奨されています。
11. クリニックでの診察について
低温やけどの症状がある場合や、暖房器具を使用していて皮膚に違和感を感じた場合は、早めに医療機関を受診することをお勧めします。
受診の目安
以下のような症状がある場合は、早めに医療機関を受診しましょう。
皮膚に赤みやヒリヒリとした痛みがある場合、たとえ軽い症状であっても受診をお勧めします。低温やけどは見た目では重症度を判断しにくいため、専門家による診察が重要です。
水ぶくれ(水疱)ができている場合は、Ⅱ度以上のやけどの可能性があります。自己判断せずに受診してください。
皮膚の色が変わっている(白っぽい、黒っぽい)場合は、深いやけどの可能性があります。早急に受診が必要です。
痛みがない、または痛みが軽い場合でも、低温やけどでは神経まで損傷されていることがあります。見た目の軽さで判断せず、受診することをお勧めします。
診察の流れ
医療機関を受診すると、まず受傷の状況(いつ、何によって、どのくらいの時間接触していたか)についての問診が行われます。
次に、患部の視診によりやけどの深さや範囲が評価されます。低温やけどは受傷直後には正確な深度判定が難しいことがあるため、経過観察が必要になることもあります。
やけどの深さや範囲に応じて、適切な治療方針が決定されます。軽度であれば外用剤による治療、重度であれば専門的な治療(デブリードマン、植皮手術など)が検討されます。
12. まとめ
本記事では、低温やけどについて詳しく解説してきました。最後に、重要なポイントをまとめます。
低温やけどは、44〜50℃程度の比較的低い温度のものに長時間皮膚が触れ続けることで生じるやけどです。「低温」という名前から軽いやけどだと誤解されがちですが、実際には皮膚の深部まで損傷が及ぶことが多く、通常のやけどよりも重症化しやすい危険なやけどです。
低温やけどの原因となるのは、湯たんぽ、使い捨てカイロ、電気毛布、電気あんか、こたつ、電気カーペットなど、身近な暖房器具です。これらは冬場に日常的に使用される製品であり、誰もが低温やけどのリスクにさらされています。
特に高齢者、乳幼児、糖尿病患者、麻痺のある方などは低温やけどのリスクが高いため、暖房器具の使用には細心の注意が必要です。
低温やけどを予防するためには、暖房器具を正しく使用することが大切です。肌に直接当てない、同じ場所に長時間当てない、就寝時の使用を避ける(または電源を切る・取り出す)といった基本的なポイントを守りましょう。
万が一低温やけどを負ってしまった場合は、流水で冷やす応急処置を行った上で、早めに医療機関を受診してください。低温やけどは見た目は軽症でも実際には重症のことがあり、時間の経過とともに症状が進行します。自己判断せず、専門家による診察を受けることが重要です。
寒い季節を安全に過ごすために、低温やけどの知識を身につけ、暖房器具を正しく使用しましょう。
参考文献
- 冬場に注意 低温やけど | 済生会
- やけど(熱傷)|一般社団法人 日本創傷外科学会 一般の皆様へ
- 熱傷(やけど)|慶應義塾大学病院 KOMPAS
- 低温やけどにご用心 見た目より重症の場合も|国民生活センター
- 重症になることも 湯たんぽによる低温やけどに注意|国民生活センター
- 「低温やけど」の事故防止について(注意喚起)|製品評価技術基盤機構(NITE)
- あなたは大丈夫? 冬の製品事故|政府広報オンライン
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務